『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
©2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures 配給:ザジフィルムズ
年齢も価値観も違う二人の不思議な友情
大学で原子力工学を学ぶ「サロール」は、同級生に頼まれ、ある店で臨時のバイトをすることになる。場所は、アダルトグッズを販売する「セックス・ショップ」。これまで恋愛にもセックスにも縁遠かったサロールは、初めて見る商品や変わった客に戸惑うばかり。何より驚いたのは、店のオーナー女性「カティア」の存在だ。高級フラットに一人で暮らし、セックス・ショップを営む彼女は、いったい何者なのか?
都会の片隅にあるセックス・ショップを舞台にしたモンゴル映画『セールス・ガールの考現学』には、あらゆる面で対照的な二人の女性が登場する。おしゃれや化粧に興味がなく無気力なサロールと、つねに高級そうな衣服や宝石をまとい、出かける際にはばっちり化粧をするカティア。大学と家を往復するだけの単調な毎日を送るサロールに対し、カティアは毎晩自宅で豪勢な料理を作ったりレストランに出かけたりと、実に精力的だ。ロシア語を流暢に操り、行く先々で声をかけられる彼女は、どうやらそうとう顔が広いらしい。
この二人のどこか噛み合わない掛け合いがとにかく楽しい。周囲にまったく関心を示さないサロールに、カティアは「なぜそんなにぼんやりしてるの?」と呆れてしまう。〈自分の靴を眺めてる間に 人生においていかれるわよ〉。
そんなカティアの言葉をまるで理解できない様子のサロールだが、セックス・ショップでいろんな人々の欲望の形を目にし、カティアの突拍子もない遊びにつき合ううち、徐々に変化を見せていく。眉毛や髭をそり、ヘアスタイルやファッションも大きく変わる。ただし、着飾るだけが変化ではない。縮こまっていた背筋を伸ばすと同時に、サロールは自分の知らなかった世界に関心を持つようになり、友人や家族に向ける視線も変化する。そしてこれまで敬遠していたセックスにも俄然興味を抱くようになる。こうして彼女の顔には明らかな自信が浮かびはじめる。
サロールを目覚めさせるのが、恋愛や他者の冷たい視線ではないのがうれしい。彼女が自分の見た目を気にしはじめるのは、カティアの放つパワーにひかれていったからのように思う。人生を心から楽しみ、欲望に忠実に生きる年上の友人に導かれるように、うつむいて自分の靴ばかり眺めていたサロールは、目の前に広がる人生に目を向けはじめたのだ。
一方で、カティアはどうしようもない悲しさを抱えた女性でもある。一見自信に満ちあふれた彼女だが、その心の内には決して癒えない傷がある。映画は、若い女性が新しい一歩を踏み出す姿を祝いながら、年を重ねた女性が自分の人生と葛藤する様をも優しく見つめつづける。
サロールに投げかけるカティアの人生訓は、辛辣だがどれも魅力的で、観客の胸にもずばりと響く。まずは彼女の言葉通り、靴から目を上げ、周囲をじっくりと眺めてみよう。そうすれば、これまで知らなかったいろんな世界が広がるはずだから。
文/月永理絵 編集/国分美由紀