ブレイディみかこ リスペクトーR・E・S・P・E・C・T 筑摩書房

『リスペクトーR・E・S・P・E・C・T』
ブレイディみかこ ¥1,595/筑摩書房

ブレイディみかこが『リスペクトーR・E・S・P・E・C・T』で描く、シンパシーの先にあるもの

ブレイディみかこさんの作品の中に生きる人は、リアルで体温がある。だから、それぞれがいろんな事情や過去を抱えながらこの社会を生きていることを、身近に感じさせてくれる。そして彼らが抱えている困難が個人だけではなく社会全体の問題であり、日本もまた同じであることに気づかせてくれる。

本書は、2014年にロンドンのホームレス・シェルターから追い出されたシングルマザーたちが公営住宅を占拠した事件をモデルにした小説である。「ホームレス・シェルター」とは、さまざまな理由で生活に行き詰まり、高額な家賃が払えずホームレスとなった若年層が住まうホステルのこと。この物語は、政府や地方自治体の事情でシェルターからの退去を求められ、ギリギリの状況に追い込まれた母親たちが立ち上がるところから始まる。

役所に行っても話をろくに聞いてもらえない。幼子を抱えて不平を言うことがわがままだとされ、ロンドンの公営住宅地のほとんどが空き家で放置されているのに、北部への引越しを要求される。ならば自分たちで居住の権利を行使するのだ、と20歳のシングルマザー「ジェイド」をはじめとする女性たちが年齢を超えて連帯して立ち上がり、公営住宅を占拠することになる。

〈R・E・S・P・E・C・T! あたしたちが求めているのは少しばかりのリスペクトなのです〉

ジェイドは占拠運動のスピーチでこう訴える。ここでいう「リスペクト」とは、日本でよく使われている「尊敬する」という意味ではなく、相手が自分と異なる考えを持っていても尊重するとか、敬意をもって扱うということだ。

著者のブレイディさんは、書店員向けに開催された試読会でこの言葉について、相手が何を考えどう感じているのかを想像する力(エンパシー)の先にある概念だと語っていた。彼女たちは、虫けらのように扱われるのではなく、一人の人間として向き合って尊重されることを「少しばかり」求めているだけなのだ。

おかしいと思ったときに声をあげても相手にされない経験は、一度や二度ならず誰しも覚えがあるはずだ。自分の困りごとを「仕方がないこと」だと諦めている人も多いだろう。家賃が高いのは東京も同様だし、勤勉に働いてもいっこうに報われない現状は、ヒリヒリするほどわかる。だからこそ、女性たちが連帯して支援の輪が広がり、互いにできることをして助け合う関係が生まれていくことで、実際に変化を起こすこの物語は希望だ。

そして本書を読むと「リスペクト」は他者に対してだけでなく、自分へも向けていいことがわかる。私が何を思い、どう感じているのか、心の声に耳を傾ける。誰かとつながり、時には支えになるためにも、まずは自分自身への「R・E・S・P・E・C・T」から始めてみよう。

宮台由美子

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ

宮台由美子

代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。

文/宮台由美子 編集/国分美由紀