仕事、友情、妊活etc…20代後半から30代のyoi読者には、モヤモヤの種がいっぱい。簡単に解決することではないけれど、マンガを読んでちょっと心が軽くなったらうれしいですよね。『女子マンガに答えがある』などの著書で、マンガを通して生き方のヒントを提示してきたトミヤマユキコさんに、読者から寄せられたお悩みに効く“処方箋”のような一冊を選んでいただきました。
お悩み:正社員じゃない自分に焦りを感じています。もっと多様な生き方が知りたいです。
「現在フリーターの25歳です。将来の姿が見えなくて悩んでいます。正社員だけじゃない、いろいろな働き方や生き方が見えたら、もうちょっと肩の力を抜いて生きていけるのだろうと思っていますが、まわりにロールモデルが少なすぎて、正社員じゃない自分にすごく焦りを感じています。独立とか起業のような、大きくてすごいものではなくて、もっと小さくて多様な生き方を知りたいと思っています」
トミヤマ's 処方箋:水凪トリ著『しあわせは食べて寝て待て』
水凪トリ著『しあわせは食べて寝て待て』(秋田書店)
STORY
主人公・麦巻さとこは、正社員としてバリバリと働いていたが、あるとき、一生付き合わなくてはいけない免疫系の病気が発覚してしまう。療養のため、会社を辞めてパートタイムで週4日働くようになったことで収入が減ってしまい、今まで暮らしていた都心のマンションを引き払い、家賃の安い古い団地へ引っ越すことに。そこで、面倒見のよすぎる大家のおばあちゃん・鈴さんをはじめとする団地の住人と出会い、交流するなかで、自分の生き方を見つめ直していく。
団地のコミュニティで気づいた、ゆるやかな暮らしの楽しさ
トミヤマさん:正社員でも、独立や起業のようすごいでもなく、もっと小さくて多様な生き方を知りたいというあなたには、水凪トリ先生の『しあわせは食べて寝て待て』を処方したいと思います。
病気がきっかけで都心のマンションから団地へ引っ越した主人公の麦巻さんは、最初は、お年寄りがたくさん住む団地特有の人間関係に不安を覚えるのですが、お互いがゆるくつながり支え合うコミュニティのなかで、マイペースに働き、健康に気をつけながら生きていくことも悪くないということにだんだんと気がついていきます。
そして、有名になるわけでも、すごいお金持ちになるわけでもないけれど『私の生き方は、これで大丈夫そうだ』という確信を得るのです。
「生き方はひとつじゃない」というメッセージが、男性にも刺さる
私が時々開催しているイベントでこの作品を紹介すると、男性からもとても評判がいいんです。というのも、男性が主人公のマンガは、いかにして偉くなるかや、ライバルをどう出し抜くかなど、何かを成し遂げることをテーマにしている場合が多い。エンタメ作品としては面白いですが、共感できるかというと、ちょっと難しいし、どこか他人事になってしまう。自分ごととして読める男性マンガは、女性マンガに比べると、選択肢が少ないようなんです。
このマンガを読む前は、“出世を目指して頑張らないといけない”、“出世街道から外れたら終わり”という強迫観念を持っていた男性たちも、不測の事態に見舞われた麦巻さんが、現状に絶望することなく、人生をソフトランディングさせていく姿を見て、違った価値観があることに気づく。「まわりの人たちとのコミュニケーションを大事にして、うまくコミュニティの中でやっていけたら、思ったほど不幸を感じずに生きられるんじゃないかと思った!」と熱く語ってくれるんです。
相談者さんも、現在25歳ということで、ちょうど若者から大人になる年齢に差し掛かり、「これから先どう生きていけばいいんだろう」という不安や恐怖を感じていると思うのですが、「それはあなたの悩みであると同時に、あなたとは一見別の世界にいるように見えるサラリ-マン男性が抱えがちな悩みでもある。まわりに同じ悩みを抱えた仲間は意外といるものだ」ということをお伝えしたいです。
相談者さんと同じ悩みを抱える女性からは、「団地に引っ越すことを考えてみようかな」といった感想を聞くことがあります。元気がモリモリと湧き出てくるマンガではないけれど、どんな状況に陥っても、人生をうまく泳いでいくやり方はあることを教えてくれるマンガです。
恋愛しなくても、誰かに寄りかからなくても、人生は大丈夫
そして、本作は「薬膳マンガ」でもあります。スーパーに売っている食材でも、季節に合わせてうまく選べば、体をメンテナンスできるし、劇的な効果があるわけではないけれど、毎日なんとなく健やかでいられるということも教えてくれます。作中に出てくる真似しやすくておいしそうな食べ物が、ガチガチになった心と体をほぐしてくれますよ。
もうひとつ、恋愛の要素が薄いのもおすすめポイント。誰かと支え合って生きていかないといけないという話に帰結せず、“つがいでないお前は不完全である”という呪いを上手に回避してあるところも素晴らしいです。誰かひとりを人生のパートナーと決めるだけが正解じゃないということを提示してくれている、非常に現代的で配慮の行き届いた作品だと思います! この作品を象徴するやわらかな装丁デザインや絵柄にも癒されます。
撮影/井手野下貴弘 取材・文/海渡理恵 企画・構成/木村美紀(yoi)