マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第16回は『スキップとローファー』作者の高松美咲さんにお話を聞かせていただきました。
●『スキップとローファー』あらすじ●
石川県から東京の高偏差値高校に首席入学した「みつみ(岩倉美津未)」。クラスメイトたちとの輪が広がっていく中で、いちばん仲良しの“モテ男子”「志摩くん」との距離も少しずつ縮まっていく。ちょっと天然なみつみのまっすぐな存在感が、本人も気づかないうちにクラスメイトたちをやわらかく感化するスクールライフ・コメディ。
少女マンガと青年マンガのハイブリッド⁉︎
©︎高松美咲/講談社
──読むと元気が出る『スキップとローファー』。デビュー作『アメコヒメ』や前作『カナリアたちの舟』とは、雰囲気ががらりと変わっていますよね。この変化には何か理由があったんでしょうか。
マンガ家を目指して投稿するときって、1話完結の短編を描くことが多いんです。デビュー作や1冊で完結する『カナリアたちの舟』は重めの物語ですが、それはやっぱり短編だからこそ。長期連載のネーム(簡単な下描き)がなかなか通らずに悩んでいたときに「長く描くなら、もっと応援できたり前向きになれたりする内容がいいんじゃないか」と思いまして。絵柄もそれまでより軽いトーンを意識しました。
©︎高松美咲/講談社
──みつみの表情、見ていて楽しいです。
うれしいです。かわいくしたかったので、なるべく線を減らしてポップにして。当時アルコ先生(作画)と河原和音先生(原作)の『俺物語‼︎』や、ろびこ先生の『となりの怪物くん』など、学生時代に楽しみにしていた少女マンガをたくさん読み直したんですね。描く側じゃなかったときは気づかなかったけど、「こういう線の抜き方をしていいんだ」とか「決めのコマのかっこよさとかわいさが大事なんだ」とか発見がいっぱいあって、すごく勉強させていただきました。
──『スキップとローファー』は青年誌「アフタヌーン」での連載作ですが、どこか少女マンガの魂を感じる作品でもありますね。
すごく影響を受けていると思います。青年誌だし、最初は職業とか部活とか何か専門的な題材を取り入れたほうがいいんじゃないかと模索したんですが、なかなか描きたいこととはまらなくて…。例えば将棋マンガで人間模様にフォーカスしすぎると「将棋どこ行ったの?」「この物語は結局どこに行くの?」と読者を不安にさせかねない。ところが、少女マンガの恋愛をテーマにした作品だと、意外とそうならないんです。不思議なテーマですよね。
──マンガのストーリー作りはよく「期待にこたえて、予想を裏切れ」と言われたりしますが、ラブストーリーは小さな期待の向かう先が実はあまり固定化されていないのかもしれませんね。
ゴールのないテーマでもありますし、正解もない。だけど想像しながら見守っていられるんです。それで『スキップとローファー』は、まず少女マンガの王道的なテーマや構造を借りてみようと思いました。そこからいろんなキャラクターに注目していけば私らしい物語が描けるんじゃないかと。
“都会のイケメン”がなぜか“田舎っぺの素朴な女の子”を好きになるラブコメかと思いきや、だんだん「あれ、思っていたお話と違うかも?」みたいな。全部想像通りじゃ面白くないし、少しずつ読者を裏切って驚かせようと考えました。
©︎高松美咲/講談社
装置になりがちな王子様を「この人も人間なんだ」と思わせたい
──みつみと志摩くんのキャラクターは、司馬遼太郎の小説『関ケ原』に登場する石田三成と島左近(三成の右腕として知られる家臣)にインスピレーションを受けたとよくインタビューでお話されていますが、あの…そこからはだいぶ、距離がありますよね?
正直ほぼ原型がなくなってしまったんですけど…(笑)。司馬先生のこの歴史的名作を読んだときに、「やっぱりキャラクターが大事なんだ」と教わった気がします。『関ケ原』の三成はインテリで、すぐにみんなをカチンとさせる嫌われ者。でも島左近だけは「三成って伝え方が下手くそだな。でもそういうところちょっとかわいいな」って思ってるんです。不器用さ込みで三成のことが好きで、私はその関係性がいいなと思って。
──その人の存在ごとひかれていくような。
主従や友人といった枠をちょっと超えていますよね。学園ものでこの関係性を作れないかと考えました。ただ『関ケ原』は戦が背景なのでピリついてこそ熱いドラマになるんですけど、『スキップとローファー』はスクールライフ・コメディ。主人公にはもう少し愛される要素が欲しくて、みつみは天然になりました(笑)。
©︎高松美咲/講談社
──みつみと志摩くんの関係は、恋のようでもあるけど恋じゃなくてもよくて。そこに清々しさを感じます。
私自身、友達といるほうが楽しい高校生でした。お小遣いがあれば洋服よりマンガを買いたかったし、美大に行きたくて絵を描いていたので、恋ではないことで頭がいっぱい。みんなが恋愛に夢中なわけじゃないという実感があるので、そのリアリティを大切にしています。
──誰もが覚えのある感情が描かれていますよね。高松さんは学生時代の記憶などを鮮明に覚えているほうですか?
そうですね、記憶力は私の強みかもしれません。学生時代の気持ちや思考、それぞれのポジションとかをよく覚えているんです。みんなそうだと思っていたから、『スキップとローファー』連載初期は普通すぎてフックが弱いんじゃないかと不安でした。でも感想をいただくうちに初めて「そういう部分を面白いと思っていただけるのか」と気がつきました。
──マンガ家さんは記憶力がいい方が多い気がします。特別な能力ですよね。
生々しくて苦しい話にはしたくないので、リアリティは小出しに。例えば志摩くんは、最初は王子様なんです。すごくいい人ですけど、正直に言うと“都合のいい人”。なぜか主人公のことが好きで助けてくれる装置としての王子様を、どこかで「そうじゃない。この人も人間なんだ」と思わせたくて。みつみについても、いい子すぎて聖人みたいにならないように気をつけています。
©︎高松美咲/講談社
長期連載だからこそ描けた、みつみと志摩くんの関係性
──特に印象に残っているシーンを教えてください。
たくさんあるんですが、一度付き合ったみつみと志摩くんが7巻で友達に戻るシーンでしょうか。長く描いてきたからこそ描けたところです。友達としての積み重ねがあって、初めて言えることだから。志摩くんが読者から嫌われるんじゃないかと心配したんですけど、そんなこともなく。他にも11巻まで続けられたから描けたことがたくさんあります。
©︎高松美咲/講談社
──キャラクターたちの変化は長期連載の醍醐味でもありますね。
10代ってスポンジのように色々なことを吸収して変わっていくので、その時期ならではの性格や関係性の変化もどんどん描きたいですね。一緒に成長を感じて共感したり応援したりしてもらえたらうれしいです。
──長く見守ってきたからこそ心揺さぶられるキャラクターの一人に、みつみのおばのナオちゃんがいます。石川県の故郷でナオちゃんが一人で泣いていた場所も、巻が進むにつれて見え方が変わってきましたね。
ありがとうございます。都会と田舎を描きながら、「都会のほうが楽しいよ」とか「田舎が最高だよ」とかそういうことじゃないなってしみじみ思うんです。みつみで田舎のおおらかな部分を描いているので、トランスジェンダーのナオちゃんを通して、都会のほうがのびのび活躍できる人がいることも描けたらと思っていました。
©︎高松美咲/講談社
──みつみの出身地は「石川県のはしっこ」ということもあり、『スキップとローファー』では能登半島地震の被災地支援をずっとされています。10巻では能登半島地震応援版が出ましたね。
被災地支援については、私自身が動けないときにもいろいろな方にすごく積極的に助けていただいて感謝しています。震災から1年たちましたが、豪雨被害もありましたし、まだ下水道が復旧していない場所もありますので、まだまだこれからも継続していく予定です。
──高松さんが講談社漫画賞の受賞スピーチで「人生が後悔と喪失との戦いのように思えたとき、そればかりではなかったと思わせてくれる友人のようにただ寄り添える作品になれたら幸せ」と仰っていたこと、心に残っています。
大人になると、人の死などの大きな喪失にぶちあたる瞬間がどうしてもあります。そのときに失ったものに目を向けるのではなくて、「今まで私って満ち足りていたんだなあ」と考えることもできるんじゃないかと思うんですね。そうやって自分が生かされてきた感覚を思い出させる作品作りをしていきたいです。
『スキップとローファー』を読んで、しばらく連絡していない友達やいま気になっている人に、勇気を出して声をかけてみようかなって思ってもらえたらうれしいですね。やっぱり人間関係って、ちゃんと体当たりしたときに得られるものがあると思うので。
©︎高松美咲/講談社
主人公・みつみの出身地・能登半島を支援するプロジェクトがスタート!
特設サイトにアクセスして『スキップとローファー』を読むことが、能登半島の支援につながります!
特設サイトはこちら!
【そのほかの支援窓口(一部)】
・能登半島地震への災害義援金
・能登豪雨への災害義援金
・ふるさと納税「さとふる」での災害緊急支援寄付
・石川県災害ボランティア
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works
『スキップとローファー』 高松美咲 ¥748/講談社
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀