「非婚」「非婚主義」という言葉を聞いたことはありますか? 韓国では既存の結婚制度に疑問を呈する女性たちを中心に「非婚」という考えが広がっています。2023年頃から、翻訳本の出版が相次いだ「非婚本」を、韓国本専門書店「チェッコリ」の佐々木静代さんに教えてもらいました。自分らしく生きるために、結婚という制度にとらわれないという決断をした韓国の女性たちから、私たちが生きるヒントをもらえます。

佐々木静代
佐々木静代

大学卒業後、エレクトロニクス情報誌出版社に勤務。専業主婦時代を経て、サンケイリビング新聞社に入社後、ユーザー向け公式サイト(旧えるこみ)編集長を10年務める。退職後、2015年より株式会社クオンが運営する書店・チェッコリの立ち上げから関わり、現在はクオンならびにチェッコリの宣伝広報を務める。一般社団法人 K-BOOK振興会の事務局長も兼務する。

自分らしく生きるために「結婚をしない」という選択

韓国 非婚本 チェッコリ

佐々木さん:女性が生きていく中でぶつかるさまざまな差別を描いた『82年生まれ、キム・ジヨン』を筆頭に、近年韓国から生まれたフェミニズム文学が話題になりました。フェミニズムをテーマにした小説はその後も多く出版されていますが、最近は新たに「非婚」についての本の翻訳が続きました。 


韓国は、日本以上に結婚に対するプレッシャーが強い国。男性優位の家族制度が色濃く残っているので、結婚すると女性のほうがより多くの家事負担を強いられがちです。
さらに韓国は強烈な学歴社会なので、小さな頃からずっと競争させられている。やっと大学に入れたと思ったら、次は就職のための競争です。その大変さは男性も女性も同じなのに、女性は結婚をして出産すると、退職を余儀なくされることも。今までの努力をゼロにされてしまうようなことも稀ではありません。


妻や母であることが、家族からだけでなく社会からも押し付けられてしまって、思い描いていた理想の生き方をすることが難しくなってしまう…。そんな価値観に「NO」を宣言する女性たちが増えたことが「非婚」ムーブメントにつながりました。


男性中心の社会にのみこまれず、自分らしく生きるための「非婚」という選択。家族や友人を集めて結婚しないことを宣言する「非婚式」をする方もいらっしゃるそうです。


未婚女性に対して偏見もいまだ残る中、韓国の女性たちがどんなことに悩み、考えているのか、そして何を求めて非婚を選択しているのか、ムーブメントの背景が見えてくる本を紹介します。彼女たちの意志ある行動に、勇気をもらえる方も多いのではないでしょうか。

結婚しない決断を読み解く“非婚本”3選

『未婚じゃなくて、非婚です』

韓国 非婚本 チェッコリ『未婚じゃなくて、非婚です』

ホンサムピギョル/著 すんみ、小山内園子/訳 左右社 ¥1980

韓国の非婚ブームを大きく広げたとされる女性YouTuberコンビ「ホンサムピギョル」のエッセイ本。「ホンサムピギョル」とは、「一人暮らしの秘訣」と「ひとりで歩む人生、どきやがれ、結婚主義者たち!」というふたつの意味がかけられている。

佐々木さん:「ホンサムピギョル」は、小学生の頃から結婚はしないと決めていた「エス」さんと、もともとは「結婚主義者」だったけれど2018年頃からフェミニズムに興味を持ったという「エイ」さんのコンビ。


母親に二重手術を勧められ、ルッキズムに苦しめられた記憶、恋人に愛されるためにロングヘアをばっさり切ってしまった苦い経験など、非婚を決意するまでの心の動きが克明に描かれています。彼女らが感じてきた数多くのモヤモヤに共感する人も多いのではないでしょうか。

『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』

韓国 非婚本 チェッコリ『私の「結婚」について勝手に語らないでください。』

クァク・ミンジ/著 清水知佐子/訳 亜紀書房 ¥1760

非婚、非出産をテーマにしたポッドキャスト「ビホンセ」の制作兼進行役によるエッセイ。非婚は結婚の反対ではなく、ましては結婚より劣るものではない。多様な生き方のひとつであると改めて教えてくれる一冊。

佐々木さん:「いつ結婚するの?」「子どもは欲しくないんですか?」「一人で寂しいんじゃない?」といった質問は、韓国だけでなく日本でもよくされますよね。このエッセイはそういった非婚の女性に対する偏見に対し、非婚も多様な生き方の一つだから胸をはって自分で選んで決めていい、と教えてくれます。


「わざわざ非婚を宣言しなくてもいいんじゃないか」と苦言を呈したい親との関係について、著者が思いを巡らせる箇所はとても読み応えがあります。気持ちの揺れなども赤裸々に書いているのが素晴らしい。


読み進めていると、隣の国で起きていることとはいえ、「私たちの人生の話なんだ」と自分ごととしてとらえられるようになってくるはず。社会へ疑問を感じたらストレートに言語化し、連帯して声をあげていく韓国の女性たちの力強さに頼もしさを覚えるでしょう。当事者のリアルな声に、心が動かされること必至です。

『結婚も出産もせず親になりました〜非婚のわたしが養子と作る〈新しい家族〉』

韓国 非婚本 チェッコリ『結婚も出産もせず親になりました〜非婚の私が養子と作る〈新しい家族〉』

ペク・ジソン/著 藤田麗子/訳 大和書房 ¥1980 

出版社の代表でもある著者が、母系家族の可能性を夢見てふたりの女児と養子縁組をして育てていく記録。変化する結婚観や社会制度に向き合いながら新しい家族をつくっていく様子を綴っている。

佐々木さん:結婚はしたくないという感情と、子どもを育てたいという感情は両立していいということを教えてくれる一冊。「結婚しないということも、養子を迎えるということも、わたしにとってはごく自然な選択だった」と語る、作者のパワフルな行動力に心を惹かれます。


血縁関係にとらわれず、新しい枠組みで家族という共同体をとらえて理想の形を目指していく姿に、自分の中にある家族像と向き合うきっかけをもらえます。


韓国の女性が非婚を選択する背景には男女差別や若者の貧困などがあり、決して明るい話ばかりではありません。でも、自分の人生は自分でコントロールしたいという力強いメッセージからは数多くの生きるヒントをもらえると思います。

チェッコリ 韓国 書籍 本

チェッコリ


出版社「クオン」が運営する、韓国書籍専門書店。韓国の作家やアーティストらを招いたトークイベントも開催する。


住所:東京都千代田区神田神保町1-7-3 三光堂ビル3階
電話:03-5244-5425
https://www.chekccori.tokyo

撮影/吉田歩 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子