マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第21回は『マロニエ王国の七人の騎士』作者の岩本ナオさんにお話を聞かせていただきました。

●『マロニエ王国の七人の騎士』あらすじ
マロニエ王国の女将軍・バリバラには七人の息子がいる。その名も「眠くない」「博愛」「暑がりや」「寒がりや」「獣使い」「剣自慢」「ハラペコ 」。目標はいつかかっこよくお姫様を助けること──。少々ポンコツな彼らだが、それぞれが騎士長としてマロニエの周辺7カ国へ赴くことに。冒険を経て騎士たちは成長し、少しずつ世界の謎が明らかになっていく。岩本ナオが贈る、ときめきの王国ファンタジー。

©︎岩本ナオ/小学館
デビュー当時からずっと描きたかった王道ファンタジー
──『マロニエ王国の七人の騎士』(以下『マロニエ~』)のアイディアはどんなところから始まったんですか?
岩本さん 最初は読み切りのつもりだったんです。現代の話を描くよりファンタジーのほうがラクかなと思って気軽に考えはじめました。
──ゼロから世界観を創り出すファンタジーのほうがラク、という発想にびっくりしました。
岩本さん ファンタジーは自由度が高いですから。大学で西洋史を専攻していたこともあって、ずっと描きたいと思っていました。デビュー当時、少女マンガではファンタジーがあまり歓迎されていなくて、私も編集部から「読者が入り込みやすい現代を舞台にした作品を描いてください」と言われていたんです。
でも、年を重ねるにつれて高校生が主人公の話を考えるのがしんどくなってきて…。運がよかったのか、『ハリー・ポッター』シリーズの映画の大ヒットなどがあり、昔のようにファンタジー漫画も描かせてもらえそうな空気になってきたので挑戦してみました。
──7人の騎士という設定はどこから?
岩本さん 前作『金の国 水の国』ではいわゆる美男美女をあえて描かなかったので、次はわかりやすい王道エンタメを描きたくて。友人たちが『刀剣乱舞』などのゲームにはまっているのを見て、「なるほど。じゃあ私もかっこいい男性がいっぱい出てくるマンガを描くか」と。男性がたくさん出てきてもおかしくない設定ということで、以前から興味があった騎士を描くことにしました。人数は、縁起がよさそうだから7人で(笑)。

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──七つの大罪からなのかな、などと深読みしていました(笑)。
岩本さん 全然考えていないです。名前も、「さむがりや」「はらいっぱい」みたいな名前の兄弟が登場する中国の民話をテレビで見て、これはいいなと思って。のちに後悔しましたね。今はもう慣れましたが、自分でつけておきながら「『眠くない』って何?」と違和感がすごかった(笑)。
話を戻すと、主人公が7人もいたら読み切りでまとめられるわけがないんです。フラワーズ編集部は結構柔軟なので、「連載でもいいですか?」と相談してみたらOKが出て、見切り発車で連載が始まりました。最初は1巻に収録されている寒がりやくんと男装のお姫様の話しか考えていなかったので、方向転換するうちにあれよあれよと10年。今に至ります。
美術史から文化人類学まで。細部にこだわったマロニエの国づくり
──マロニエ王国は大陸の真ん中にあり、「食べ物が豊富な国」「好色の国」など文化も宗教も異なる7つの国々に囲まれています。それぞれの国の背景も見ごたえがあって旅するような気持ちで楽しんでいます。先ほど大学で西洋史を学ばれていたと仰っていましたが、創作への影響はありますか。

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岩本さん あると思います。卒論は、なぜかまったく興味がなかった古代ギリシャの彫刻について書いたんです。ゼミの先生が古代ギリシャの研究者だったんですけど、「オリエント(中東)がやりたい」と言ったら先生が「ああ、ギリシャいいですね」と言い出して、まったく噛み合わない。そのまま話が進んで、引き返せなくなっちゃって。
──岩本さんのマンガに出てきそうなやりとりですね(笑)。
岩本さん でも、学んでみたらすごくおもしろくて。彫刻を研究すると、周辺の美術品や建築も勉強することになるんですよね。有名な女神像「サモトラケのニケ」もそうですが、あの時代の彫刻は360度どこから見てもちゃんとした形をしている。なぜかというと、パルテノン神殿のような壁がない建物に置かれていたから。
そんなふうに場所と美術の関係を見るのが好きになって、『マロニエ~』でも「この国はどんな建築だろう」「家の中はどんな内装かな」と考えていくのが楽しいです。
──今描かれているのは、砂漠に取り囲まれたバザールがある好色の国編です。モデルはどのあたりですか?
岩本さん 色んな場所を取り混ぜて描いていますが、インドとか中東あたりのイメージです。マンガって読者さんが絵から入るので、細部をちゃんと描かないと伝わらない。モデルにしたい地域が決まると、どんな動物がいるのかな、どんな味の料理を食べているのかなと調べます。好色の国の料理は酢っぱいんですよ。

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──神は細部に宿りますね。神といえば、作中ではそれぞれの国の神様が物語の謎のカギになっています。商業が盛んな好色の国ではみんなが貨幣を信奉しているから、神様がいない国と言われていたり。
岩本さん アーシュラ・K・ル=グウィンという作家が書いた『ゲド戦記』というシリーズがありますよね。世界観が緻密に作りこまれた小説ですが、何かでル=グウィンの両親が文化人類学者と作家だと読んだんです。「そういえば私も大学で、ちょっとだけ文化人類学や宗教学を学んだぞ」と思い出して。
食べ物が少ない場所は太陽にすべて左右されるから一神教になるだろうな、とか、比較的豊かな土地には神様がいっぱいいると聞いたぞ、とか。全然詳しくないんですが、私の場合はそのぐらいの知識でざっくり『マロニエ~』を取り巻く宗教を考えていきました。

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本当は毎回キスシーンが出てくるようなマンガを描きたい!
──『マロニエ~』は年に1巻の刊行ペースで6月に10巻が発売になりました。旅に出る兄弟も4人目となり、好色の国編の主人公は次男・博愛です。あらためて1巻の表紙を見ると並んだ兄弟の後ろから順番に物語が進んでいますね。

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岩本さん はい。順番は最初に決めましたね。好色の国編では、普段モテモテの博愛にとって絶対無理めな相手との話を描きたくて、旅のパートナーとなる騎士長補佐に宰相ヒューゴを選びました。
──ヒューゴは、物語序盤では悪人のようにも見えたマロニエ王国宰相です。一筋縄ではいかない相手ですね。
岩本さん この二人は『マロニエ~』史上いちばん壁が厚いです。年が近いわけでもないし、立場も違う。ヒューゴはくたびれたおじさんで、今から価値観を変えることが難しい相手。そこをひっくり返せるかどうか。今、ヒューゴを描くのがすごく楽しいんです。
体力のなさとか、自分がどんどん衰えていく中で若い子がまぶしく見えるのを受け入れていく感じとか、共感しますね。連載開始から10年たった今だから描けるキャラというか。
一方、博愛くんはなかなかこちらの思うようにはならない…。「キャラクターが動く」と言ったりしますが、物語上の人物が自分の意志で行動しているように描くって本当に難しいですよね。主人公として描かなきゃいけない子が大体いちばん動かない。

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──二人の心が通じるように祈っています!
岩本さん 結局、私がいちばん描きたいのって、コテコテの少女マンガなんです。私自身もいろんな少女マンガにときめいてきたし、最後は読者の方に喜んでもらえるシーンを描きたい。『マロニエ~』では政治や外交も描きますが、それはあくまで恋愛とか人間関係を盛り上げるための障壁。二人が近づけない理由であり、関係を深めるための装置です。
子どもの頃『王家の紋章』を読んで、口移しで薬を飲ませるシーンにめちゃくちゃ憧れていたので、本当は私も毎回キスシーンが出てくるようなマンガを描きたいんですよ! なぜかそうならないけど…。
──キスシーンはなかなか登場しませんが(笑)、岩本さんが描かれるじれったい人間模様にもときめきが詰まっています。これも、すごく少女マンガですよね。
岩本さん ありがとうございます。今描いている51話(「月刊flowers」2025年8月号掲載)は、結構いい話になっていると思います。好色の国編ではこれまでの私のマンガで見たことがないものが見られるんじゃないかな。楽しみにしていただけたら。
ちょうど今、全体の折り返し地点でもあります。ここからは秘密をどんどん明かして、そろそろお話の回収に入ろうかなと考えています。
──続きを楽しみにしています! ありがとうございました。

©︎岩本ナオ/小学館

漫画家
いわもと・なお⚫︎岡山県出身。「月刊flowers」 2004年5月号でデビュー。『町でうわさの天狗の子』(小学館)で第55回小学館漫画賞を受賞。『金の国 水の国』(小学館)が「このマンガがすごい!2017オンナ編」第1位、「マンガ大賞2017」第2位にランクイン。同作は2023年にアニメ映画化された。現在、「月刊flowers」で連載中の『マロニエ王国の七人の騎士』も「このマンガがすごい!2018オンナ編」第1位となり、2年連続で第1位に。コミックス最新10巻が2025年6月10日に発売。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。2025年春より、東北芸術工科大学准教授。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works

『マロニエ王国の七人の騎士』 岩本ナオ ¥638/小学館
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀