マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第23回は『ミステリと言う勿れ』作者の田村由美さんにお話を聞かせていただきました。

●『ミステリと言う勿れ』あらすじ
カレーが大好きな大学生・久能整(くのう・ととのう)。ある日突然、自宅に刑事が現れ、同級生殺害容疑で警察署に連れていかれてしまう。次々に容疑を裏付ける証拠が突きつけられていくが──!? 卓越した洞察力を持つ変わり者の整が、事件の謎も人の心も解きほぐす新感覚ストーリー。

©︎田村由美/小学館
アイディアの点と点をつないで紡ぐストーリー
──『ミステリと言う勿れ』を初めて読んだとき、これまで読んできたどのマンガとも少し違う、哲学書のような印象を受けました。このような新感覚のお話を、どんなふうに思いつかれたのでしょうか。
田村 「取調室で話をする」というアイディア自体は、前から簡単なメモ程度にありました。本格的に考えはじめたのは前作『7SEEDS』の連載中です。数年に一度、編集さんから「そろそろ連載との二本立てをやりませんか? 60ページぐらいで」という無茶振りがくるんですね(笑)。「じゃあ、読み切り作品を何か考えるかなー」と思ってメモを見ていくつか拾ってみて。
最初は、主人公たちがミステリ好きなために事件に巻き込まれてしまう学園群像劇をやろうと思いました。そのサブタイトルに『ミステリと言う勿れ』とつけようかなと思っていたんです。でも、今ひとつ自分のパターンっぽくてつまらないかな、と。群像劇は連載でもやっていましたし。
読み切りって、普段と違うことをやれる場だと思うんですよ。なので、もうひとつ候補としてあった、ちょっと変な話がどうしても気になってしまって…。それが今のストーリーです。ただ、実際に描くのは難しいだろうなと思いました。
──ミステリのようでミステリじゃない、作品の本質を表す素敵なタイトルですが、実は別のお話のタイトルだったんですね。
田村 読者の方にがっかりされてしまうかもしれませんが、「あ、こっちの話でも合うじゃん」と深く考えずに流用したタイトルなんです。このタイトルも、あくまで読み切りだと思っていたので気軽につけられたと思います。最初から連載として考えていたら、熱心なファンの方が多い「ミステリ」というジャンル名をタイトルに入れるなんておそれ多いことはできなかった。
読み切りでの掲載でしたが、ありがたいことにすごく大きな反響をいただきまして、かなり悩んだ末に『7SEEDS』完結後に連載として続けることになりました。

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──『7SEEDS』連載中、田村さんは『猫mix幻奇譚とらじ』や『イロメン ー十人十色ー』などの連載作品も抱えていましたよね。さらに読み切りを考える創作力にも驚かされます。素朴な疑問ですが、こんなにも多様な物語はどうやって生まれるのでしょう?
田村 生まれ方はものすごくいろいろで、話によって違います。例えば、昔描いていた『BASARA』はエジプトに旅行に行ったことからできた話ですし、『龍三郎シリーズ』(『ボクがボクを忘れた理由』など小学生の渋沢龍三郎が主人公のシリーズ)はタイトルが先にありました。『猫mix幻奇譚とらじ』はある映画を観たときに自分の中でつい突っ込んでしまった部分からできています。猫は後付けです。『イロメン』は自分が色にとても興味があったのと、秘密戦隊ゴレンジャーからですし、『巴がゆく!』は巴御前+御庭番でした。『7SEEDS』はイントロだけがポンと浮かんだ話です。
イントロだけ思いつくということは結構あって、そこから一本の話にするのが大変だったりします。基本設定や使いたいアイテムがあるのにキャラがうまくはまらなくてずっと描けないでいるものもあります。思いついたことは創作メモにちょこちょこ書き留めているので、それを見返しながら考えたり組み合わせたりしています。
『ミステリと言う勿れ』も突っ込みから入っているんです。自分は2時間サスペンスドラマが好きだったんですけど、よく取り調べのシーンがありましたよね。で「こう言われたらこう答えたいな」とか「これはこう切り返せないか?」とかぶつぶつ言いながら観てたので。そういう〈話をする〉だけのマンガはどうだろうと思ったんです。
主人公が警察に連れていかれて、いろんな刑事さんたちと話をする。人によっては救いになったり、もしくは叩きのめしたりしているうちに、「犯人が捕まったから帰っていいよ」と言われる。それだけの話です。その時点では事件を解決するとは思っていなかったですし、主人公のキャラクターも何も浮かんでいませんでしたが、「蠍座ですか」というセリフだけはなぜか言おうと思っていました(笑)。

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──そのセリフだけがポンッとあったなんて…。改めて、物語の創作って本当に不思議なものですね。
田村 そうですね、論理的に説明はできないです(笑)。これは自分の場合ですけど、たいてい思いつくことってシーンにしろセリフにしろ「点」なんです。その前後は何もわからない。点がいっぱい散らばってるけど、どうやってそこに行けばいいかわからない。それをなんとかつないで線にしていくことでお話になります。それが毎回とても困難でのたうち回ります。それをある編集さんが「星座をつくるみたいですね」って言ってくださったことがあって、なんて素敵な表現だろうとありがたく思ったことがあります。
ちゃんと話せなかった後悔やコンプレックスがあるから描いているのかもしれない
──〈話をする〉だけのマンガとおっしゃっていましたが、この作品では対話がとても大切なものとして描かれています。田村さんは、対話の効能についてはどのように考えていますか。
田村 効能…ですか…、その答えになるかどうかわかりませんが、実は第1話にあった猫の話、あれは実際に目にしたことでした。私のごく近しい人が一瞬席をはずした間に病気だった猫が亡くなってしまって、それをすごく悔やんでいたのですが、別の友人が「そりゃそうだよ、大好きだから見られたくないし見せたくなかったんだよ」と言ってくれて。
それを伝えたら彼女は泣きながら「そう思ったら少しラクになるわ…」って。私も一緒に泣きながら、この会話はものすごいと。だから『ミステリと~』を描こうとしたとき、これは入れたいと思ったんです。同じように悔やんでる人がいるんじゃないかって。言葉は誰かを救うことができるって心の底から感じたことでした。
でも私自身は話すのがかなり苦手なんです。だから描いているのかもしれません。対話は大事だと思っているけれど、咄嗟に何を言っていいかわからなかったり、どうしても自分の意見を飲み込んでしまったりする。言った後悔より、言えなかった後悔のほうがずっと多い人間で、それがコンプレックスでもあります。
本音で話して、傷ついたら「私は傷つきました」と相手にちゃんと伝えて、たとえケンカになっても対話を続ける…そんな人間関係をつくることが、憧れるけど私にはできない。多分、人の気持ちを害することがものすごく怖いんだと思います。

©︎田村由美/小学館
ただ、今の日本では、「言いたいことが言えない」「対話がうまくできない」「そもそも揉めたくないから何も言いたくない」と考えている人も少なくないのかなとも感じます。違う意見を受け止め合えるような教育や訓練が全然足りてないというか。
そういえば、デビューを目指す投稿作品の審査をする機会をいただくことがあるんですが、主人公が人とぶつからずに自分の中だけで悩んでこっそり立ち直る展開がとても多くなってきたと感じます。昔はそういうのは絶対ダメだと教えられたんですよ、ぶつかれ!って。でも、もはや今は現実にそういう人が多くなってるんだろうなと。
人とやり合って傷つきたくないし傷つけたくない…。じゃあマンガもそれでいいのか…?って葛藤してるとこです。とはいえ自分は昔気質のマンガ家なので、だからこそマンガの中ぐらいはそれなりに自分の話をするし、相手の話も聞こうと思ってやっています。現実では、整があれだけ滔々と話すのを、みんながすんなり聞くのは難しいですよね(笑)。
──理想を込めた作品でもあるのですね。理想といえば、整の話のベースに、いつも女性や子どもに対する尊重が感じられるところも素敵ですよね。

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田村 そうありたいと思ってます。少女マンガですもん。私自身が普段から考えていることをかなり出しています。それは過去作でも同じですけど。当たり前とされている社会的なルールはいつ、誰が決めたんだろう。本当に変えられないものなのか。そういう疑問を、整は口にしています。疑問だけです。答えはないです。願いみたいなものです。
実際、言葉ひとつでも女性として違和感を覚えることって山のようにありますよね。例えば女偏に家と書いて「嫁」という漢字とか(笑)。でも、その字だって自然に湧いたわけじゃなく誰かの都合で決められたはずなんです。人が決めている。日常で感じるそうした疑問について、正解は出せないけれど、まずは挙げてみようと。
──戦争についての問いも印象に残りました。
田村 なぜ人を殺してはいけないのかについてはずっと考えてきました。「自分が殺されるのが嫌だから」。でも、それだと殺されてもいいという人には当てはまらない。「誰かが悲しむから」。でも、誰も悲しまないって思う人なら通じない、って感じで自問自答して。
あるときドラマ『相棒』で、水谷豊さん演じる右京さんがそのテーマでレポートを書いて元恩師の教授に提出する回があったんですよ。書いた内容は出てこなかったんですけど、教授に「なかなかよかったよ」的なことを言われていて。「何て書いたんだろう? 右京さんならどう言ってくれるんだろう?」ってすごくすごく知りたかった。
『ミステリと~』を描く頃に自分でいったん出した結論はお話の中に入れました。今だって当たり前のように戦争は行われていて、それは犯罪にすらならなくて、実は多くの人が「人を殺してはいけない」なんて考えていないんだなとわかったというか。そもそもその問いが間違ってる…! 一体これはなんだ? という暗い気持ちになっていました。だけど、そうじゃなくしたいという思いで日常は回ってる、許したくない、その部分こそ大事だと思うのでそれも入れました。

©︎田村由美/小学館
本来マンガでは、作者の意見を前面に出すのはダメだとされています。でもこのマンガは、やっぱり読み切りだったからちょっと実験的なことをやってみようとしてしまった…。セリフの多さもそうで、これだと読んでもらえないかもしれないと心配でした。普段なら大量に入るアクションやモノローグも入れずに、絵の感じも変えて、とにかくいつもと違うように作ってみたんです。ただ続くと思っていなかったので、なかなか苦しくなってます。読み切りと連載の主人公ってやっぱり違うんですよ。
──どんなところが違うのでしょう?
田村 読み切りや、年に1回ぐらいのペースで掲載する単発連載の場合は、主人公が成長しなくてもいい。どこか得体の知れないまま、ひとつ事件を解決したらリセットしてまた次の事件にいっても大丈夫です。でも、毎月描く連載ならやはり成長が必要じゃないかと私は勝手に思い込んでるんです(笑)。
『ミステリと言う勿れ』では、「広島編」あたりで「整を、悩んで成長する人にすべきだろう」と考えて舵を切りました。キャラがぶれたように見えたかもしれませんが、あのあたりから少しずつ整の表情が豊かになってきて、揺れ動く内面が出てきているはずです。 それがよかったかどうかはまた別の話ですが…。
他者の体に配慮した、葛藤の6ページ
──整の成長の裏には、病院で出会い親交を深めた謎の女性・ライカの存在も大きいですよね。15巻で二人の関係はいったん大きな区切りを迎えましたが、キスをするかどうかで整が6ページ(!)も悩んだシーンがすごく新鮮でした。少女マンガ史に残る、他者の体に対する配慮の6ページだなと。

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田村 あれは描きたかったシーンでした。ライカは、千夜子(ちやこ)という人物の別人格として後から生まれた人です。「別人格のほうと先に出会って親しくなった場合、統合されて消えたら悲しいだろうな」という簡単なメモがなぜかだいぶ前からあって、ちょっと設定的に勇気がいったんですがそんな感じで作っていったキャラクターです。桜の木の下でお別れをするというのは最初から決まっていました。
このシーンは、先にドラマ版で放送されたんです。ドラマのスタッフには私がどう描くつもりかはお話しせずに、「桜の下で別れます」とだけお伝えしておまかせしたのですが、すごく美しく感動的に仕上げてくださいました。菅田将暉さんと門脇麦さんが素晴らしくて。観た方からも「泣いた」っていうコメントが多かったですね。最高にうれしいんだけど、いやこれは描きにくいだろって思って(笑)。
マンガ版はもうちょっと不穏な感じで終わるし、整の6ページ熟考は泣けるより笑えるんじゃないかと思って。そんな美しくできないって。でも描きながら意外にも自分も整も泣きそうになりました。
それは別れの寂しさというよりも、ライカの頑張りに対して「お疲れさまでした」「あなたが休めたらいい」と言うところで、その気持ちが自分にどっと来て。整が泣くのかどうかしばらく悩みました。結局、ドラマ版と同じく整が涙を落とすことはなかったんですが、それ以前からも、整はいつか泣くんだろうかとずっと考えてきました。そしてそれはもう決まっています。遠い点のひとつですが、いつか描けたらうれしいです。
──整の成長とともに、そこにたどり着く瞬間を楽しみにしています。
田村 私の場合、最初にきっちりキャラのことを決められないんです。描いてるうちにキャラが育ってくれて、「そうか、こういう人だったのか」と私も知っていく感じです。整もライカもそうです。『7SEEDS』のときは特にそうで、一人一人のキャラクターだけじゃなく、それぞれの相性や関係性が描くうちに見えてきて、ストーリーが進んでいきました。ある意味行き当たりばったりです(笑)。
──今後の見どころも少しだけ教えてください。
田村 今は「島編」を描いているところです。基本的にミステリのシチュエーションものが大好きなんですよ。嵐の山荘や雪山、絶海の孤島に閉じ込められる人々、みたいなシチュエーションにわくわくします。自分で描くのは壮絶に難しいんですけど…というか不可能なので、整なりの話になればいいかと思ってます。今回もたくさん人がいて、もう困ってますが、頑張ります。楽しんでいただけたらうれしいです。
長いスパンでは星座の話や、整の家族の話など、まだまだ描きたいことがたくさんあります。結末はもう決まってますが、そこに向かうあいだで何が起きるのかはまだ全然わからないので、私自身、頭を抱えて転がりつつ楽しむことを忘れず描いていきたいです。 よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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漫画家
たむら・ゆみ⚫︎9月5日生まれ。和歌山県出身。1983年に『オレたちの絶対時間』(「別冊少女コミック 9月号増刊」)でデビュー。『BASARA』で第38回、『7SEEDS』で第52回、『ミステリと言う勿れ』(いずれも小学館)で第67回小学館漫画賞受賞。文化庁令和5年度芸術選奨 文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞。 著作の数々がアニメ化、舞台化、ドラマ化、映画化など幅広くメディア化されている。 現在、「月刊flowers」で『ミステリと言う勿れ』を連載中。また、「増刊flowers」にて『猫mix幻奇譚 とらじ』を連載中。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。2025年春より、東北芸術工科大学准教授。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works

『ミステリと言う勿れ』 田村由美 ¥594/小学館
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀