文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表の清田隆之さん。恋バナ大好き女性3名との、今の私たちを取り巻く“恋バナ”座談会を実施! さらにyoi読者の悩みや日々のモヤモヤに向き合う、おすすめの本を紹介していただく連載についてもまとめてご紹介します。
文筆家
1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、『桃山商事』代表。ジェンダーの問題を中心に、恋愛、結婚、子育て、カルチャー、悩み相談などさまざまなテーマで書籍やコラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)など。最新刊『戻れないけど、生きるのだ 男らしさのゆくえ』(太田出版)も好評発売中。桃山商事としての著書に、『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(イースト・プレス)などがある。Podcast番組『桃山商事』もSpotifyなどで配信中。
- 最近、“恋バナ”しづらくなってません?30代の私たちにとって「安心・安全」な恋バナとは<前編>
- 「NEO恋バナ」って何? プライバシーを尊重しつつ、相手への理解を深める秘訣<後編>
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最近、“恋バナ”しづらくなってません?30代の私たちにとって「安心・安全」な恋バナとは<前編>
<座談会参加者>
Aさん
31歳。学生時代から恋バナが大好きで、今は「恋愛リアリティーショーを観ているか」で恋バナができる可能性を探っている。「恋バナをすると、相手の考え方や意外な一面を知れるから楽しい」とのこと。現在は付き合って4年目の彼氏と同棲中。
Bさん
38歳。自分の失恋経験を綴ったZINEを作ったことがある。それをきっかけに様々な恋愛イベントに参加し、運営側に回ることも。恋バナは好きだが、話しづらい事情があるため恋バナできる相手が少ない。
Cさん
35歳。恋バナは好きだが、相手を傷つけてしまう話題を見極めることがとても難しいと感じ、あまりしないようにしている。現在は結婚1年目だが、「結婚してもパートナーとの関係は恋人でもある、よって夫婦の話も恋バナ」という考え。
Aさん:私は昔から友達とよく恋バナをしていたんですよ。人と人とのつながりの中で、恋バナをすることによって知れることってたくさんあるなと考えていて…。でも、今は迂闊に「恋をしていますか?」なんて聞くのはよくないことだと知っています。なので、恋バナが難しくなってしまった。それがちょっと寂しくて…。
Bさん:私も恋バナ大好きです。恋バナ愛では清田さんに負けないと思います(笑)。でも、仲のいい友達がほとんど結婚していることもあって、話していても恋バナになりづらいんですよね。最近は健康についての話題が増えてきました(笑)。
清田さん:わかるわかる(笑)。年齢を重ねていくにつれ、話題がそっちに行っちゃいますよね。腰が痛いとか、あのサプリが効くとか…。
Cさん:私は「相手を傷つけないか」が気になって、恋バナを躊躇してしまうんですよね。たとえ仲のいい友達でも言いたくない事情もあるだろうし…。例えば私は今妊娠してるんですが、「結婚して妊娠したよ!」と友達に報告することすら迷います。結婚していない友達や、結婚しているけれど子どもがいない友達の「私に教えたくない事情」に触れてしまったら…と思うと怖くて。考えすぎなところもかなりあると思うんですけど。
清田さん:なるほど。それぞれの事情もあるし、ライフステージの違いもあるし、時代的な状況もある。いろいろな理由でみなさん「恋バナがしにくい」と感じているわけですね。
Cさん:そうです。「彼氏いるの?」みたいな不躾なことをいきなり聞きたい、みたいな話ではもちろんないんですけど。本当はさらっと恋バナして共感し合ったり、わかり合ったりできるはずなのに、なんとなくできないでいる場や相手がいる気がして、機会損失もありそうだな、と。
清田さん:たしかに恋バナって、ある意味で「今、あなたはどうなの?」と身の上話を聞き出そうとするような行為だから、ためらいはありますよね。セクシュアリティの問題、ハラスメントになってしまう危険性、自分の言葉が相手に規範を押し付ける形になっているのではないかという不安…。
そんな中で恋バナを軽々しくしちゃいけないんじゃないか…という気持ちには、全く同感です。それは進歩的な変化だと思うけれど、一方で「なんか恋バナしにくくなっちゃったなあ」という体感についても、すごくわかる。
Bさん:当たり前のようですが、恋愛する上で相手を深く知るひとつの鍵になるのが「恋バナ」だと私は思うんですね。恋愛や性的指向の話をすると、相手の本質をかなり見られるかなって。だから私は、男性とも恋愛の話がしたいんですよ。
Aさん:友達やこれから仲良くなりたい相手でもそうかも。どういう恋愛観を持っているかを知れると、その人の解像度がすごく上がるんですよね。
Cさん:私は「仕事観」「人生観」みたいな価値観と同じように「恋愛観」も聞いてみたいって感じですね。それも相手の大切な一部分だと思っているんです。仕事の価値観の中には「仕事嫌いだからできるだけしたくない。最低限にして日常を大事にしたい」みたいなものも含まれるじゃないですか。それと同じで、恋愛するのが好きでなかったとしても、「恋愛には興味ない」という話を聞いてみたいんです。それだって、立派な“恋バナ”だと思うんですよね。
清田さん:恋愛にまつわる話って、仕事みたいなオフィシャルな話題よりも、その人の知られざる一面とか、逆にロマンチックな部分とか、すごく味の濃い部分が垣間見えたりしますもんね。恋愛を通したものの見方を聞くことによって見えてくるその人の考え方や個性は、他の話と違う興味深さがあると自分も思います(もちろんプライバシーの問題もあるので、知らせたくないなら話さなくてもいいのは大前提ですが)。
「NEO恋バナ」って何? プライバシーを尊重しつつ、相手への理解を深める秘訣<後編>
清田さん:桃山商事ではもう10年以上番組をやっているのですが、恋バナには本当にいろんな切り口がありえるんだなって感じます。最近扱ったテーマで言うと、例えば「友達のクソ彼氏」。これは、「女友達がクソ彼氏と付き合ってて、そのせいでなぜかこっちの友情にヒビが入ってしまった」みたいな体験談を募集したものです。女友達がひどい男と付き合っている、何度も何度も似たような愚痴を聞かされた、心配だから相談に乗ったし、別れを勧めたりもしたけど、相手は一向に状況を変えようとしない。その姿に愛想を尽かし、「もういいや」って諦めの感情が生まれてしまって友情に亀裂が…という。
Aさん:経験ある…。
Cさん:「別れないならもう不幸せな話を私にしないでくれ」と思って、友情を手放したことがあります。大説得したんですけど力及ばずで…力尽きた。
Bさん:でも、相手も相手で「一般論でくくってほしくない! 私達の気持ちは特別!」と思っているんでしょうね。実際、私も思ったことあるし。そういう人は自分が納得するまでボロボロになりたいんだと思いますよ。
Cさん:…クソ彼氏持ち友達には申し訳ないけれど、このテーマは面白いですね。その人が「何をもって人の彼氏を“クソ”と判断するか」だけじゃなく、今のBさんの話みたいに「クソ彼氏と付き合い続ける友達をどう解釈するか」がわかるのも興味深い。
Aさん:よくある現象を問題として取り上げて、エピソードや考えを話す。これが「NEO恋バナ」か。面白いですね。ピンポイントのエピソードだから、むやみに詮索されたり、恋愛を丸ごと否定したりされたりすることもなくて、安心感もある。
Aさん:そういえば昔、Cさんとした恋バナですごく楽しかったものがあって。あれも「NEO恋バナ」じゃないかと思うんですよ。「好みのタイプって、拡張子でいうとどんな人?」ってやつですね。
Cさん:話した気がするけど、テーマがめちゃくちゃすぎる(笑)。
Aさん:私はjpgの人を好きになるのは難しくて。見えているものが全てで、なんなら拡大すると荒っぽかったりするじゃないですか。せめてtiffとか、印刷に耐えられるくらいの解像度がないと…。
Cさん:あ〜。当時の私はai(Adobeイラストレーター)ファイルだった気がします。レイヤーが統合されてない状態のもの。非表示のレイヤーがいっぱいあって、それを見せてくれたとき嬉しい、みたいな(笑)。今はもうgifがいいですけどね。軽くて色数少ないほうがわかりやすくて楽。
清田さん:なるほど…それで言うと自分はExcelファイルが苦手なタイプかも!
Cさん:でも、「付き合いたい拡張子なんかないよ!」っていう人が圧倒的多数な気がします(笑)。「『スラムダンク』のキャラなら誰と付き合いたい?」とかでもいいと思うんですよ。何かに置き換えて話せれば。
疲れすぎて“虚無”ってない? ショート動画を見続けちゃう夜に寄り添うセラピー本を紹介する連載開始!
ライター藤本:本の新連載をお願いできるということで、とても楽しみです。まずは作戦会議をさせてください!
清田さん:「素晴らしい本をバンバン紹介するぞー!」と張り切ってはいるのですが、ひとつ大きな懸念もありまして…。というのも、自分としてはこれまで本によって学んだり救われたりした経験がたくさんあるし、最近では仕事を通して素敵な本やマンガに出合う機会も多く、やっぱり本っていいものだよなと、信仰心にも近い気持ちを持っているんですね。でも正直、「今の時代、本ってどれだけ読まれているのかな…」という思いもあって。
ライター藤本:というと?
清田さん:本って、長いし、安くもないし、買う時点では何が書いてあるかもわからないから、それなりにハードルが高いわけじゃないですか。いわゆる「コスパ」も「タイパ」も見通しにくく、そんなエネルギーを要するようなものを、わざわざ選ぶ人がどれだけいるんだろう、と。
今の時代、毎日やるべきことも、チェックすべき情報も、SNSやコミュニケーションツールもいっぱいある。みんな仕事や生活で疲れている上に、細切れの時間を生きているわけですよね。そういうときってSNSを延々と見ちゃったり、スマホゲームを惰性でやり続けちゃったりしませんか?
「自分、何やってんだろ」と思いながら、どんどん時間が溶けていって、「また無駄な時間を過ごしてしまった…」とうんざり、みたいな。僕自身も毎日そんな感じですし。
エディター種谷:あぁ、わかります。
清田さん:『桃山商事』のPodcast番組『恋愛よももやまばなし』では以前、こういった瞬間を“虚無”と名付けて特集したことがあって。「虚無ってるときに何してますか?」というテーマでメンバーやリスナーから体験談を募ったら、すごく面白かったんですよ。「延々といい感じの枝毛を探してます」なんて声があったり(笑)。
エディター種谷:自分が虚無ってるときのことを考えると、私の場合、「他の人は今この間に、もっと高尚でおしゃれなカルチャーに触れたりしているんじゃ…」という謎の焦りを感じることがあるんです。おしゃれな人やカルチャー通の人など、一見素敵な生活を送っていそうな人にも、虚無ってあるんですかね?
清田さん:どうなんですかね…でもやっぱり、素敵ライフを送っている人にだってあると思うんですよね。虚無ってその人の資質というより、社会の仕組みによって生み出されているものだと思うので。今は、ちょっとスマホを開いたら、短くてわかりやすくてテンポのいい動画が、どんどん上がってきますよね。
まるでハイライト集のように、ベストアルバムのように、味の濃いところだけをコンパクトに凝縮したものが、ジャンクな感情を巧みに刺激してくる。これはもう、道を歩けばコンビニがあるのと同様、現代のインフラでありシステムであるとすら言えるかもしれない。そんな虚無から逃れることは、誰にとっても難しい気がします(笑)。
虚無の時間は不可欠で、ゼロにすることはできない。となると、その時間を適度に抑えることが大事になってくるのではないか…。お酒だって、おいしく感じられるうちは“いいお酒”だけれど、ダラダラ飲んでしまうと“悪いお酒”になってしまうじゃないですか。
虚無も、少しならストレス解消になるけれど、1時間、2時間と続けてしまうと、罪悪感が生まれてしまう。だから…例えば、15分くらい虚無ったら、その後、45分くらい読書してみるっていうのはどうでしょう?
ライター藤本:虚無ありきの読書のすすめ、ということですね。
清田さん:「虚無からは逃れられないよね。必要なものだよね。でも、いったん虚無ってみて、生産性の圧力から適度に解放されたあとに、ちょっと本でも読んでみるのはいかがですか?」そんなふうに提案できたらいいかもしれませんよね。
リアリティ番組の感想であらわになった、友達との価値観の違い。モヤモヤにこたえる本は?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
恋愛リアリティショーの感想を女友達と話していたときに、友人が女性を下に見ているような発言をしたことにモヤモヤ…。何気ない一言だったと思いますが、価値観が合うと信頼していただけに、恋愛観やジェンダー観の違いを感じて落ち込み、TikTokを見続けて虚無っています。
清田さん:『桃山商事』ではかつて、旧Podcast番組『二軍ラジオ』の中で「恋愛観にも“右派”と“左派”があるかもね」という話をしたことがあって、このお悩みもそれに当てはまるかもしれません。“右派”は、例えば、既存の常識や規範を重んじ、性別による役割や風習も違和感なく受け入れているような、どちらかというと保守的なタイプ。それに対して“左派”は、そういったものに疑いを持ち、個々の違いを重視するリベラルなタイプ。割合で言えば“右派”が多数派で、モヤるとしたら“左派”が“右派”にという方向が多い気がします。
エディター種谷:この場合、“左派”の仲間だと思っていた友達が、“右派”っぽい発言をしたから戸惑ってしまったのかな。でも、逆に自分がモヤられているというケースもありそう…。
清田さん:確かに…。矛盾とか差別的な発言とか、相手にモヤると「どうして?」と思ってしまうけれど、そもそも人って常に整合性があるわけでもないですもんね。親友だろうが恋人だろうが、どんな関係においても食い違いやすれ違いは絶対にある。価値観の左右に限らず、そのことは前提として意識しておいたほうがいいかもしれませんね。
『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』
キム・ジヘ・著/大月書店
セラピー本① “無意識の偏見”に気がつき、“学ぶ”というコマンドを知れる本
清田さん:そのうえで、このお悩みへのおすすめ本を挙げるなら…。まず、“モヤモヤ”というのはおそらく、違和感の正体がハッキリ言語化されていない「解像度の低い状態」だと思うんですが、それをクリアにするために役立つのが、『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』です。
差別や排除をするつもりはなくても、言葉ひとつに無意識の偏見が埋め込まれていたかも…というのって、誰にでもありうることですよね。
そういう、言動の背景に存在する無自覚な偏見意識について、考えるきっかけをくれるのがこの本。人は誰でも間違うことがあるけれど、他者にそれを指摘されると、とっさに言い訳をしてしまったり、過剰に自罰的になったり他罰的になったりして、苦しくなってしまいがち。そんなとき、この著者のように“学ぶ”というコマンドを心得ておくと、一度立ち止まって対処することができる。それは、自分自身の助けにもなると思うんですよね。
『人間関係のモヤモヤは3日で片付く
ー忘れられない嫌なヤツも、毎日顔を合わせる夫もー』
田房永子・著/竹書房
セラピー本② 自分の気持ちの“解像度”を高めてくれるコミックエッセイ
清田さん:1冊目が、違和感を覚えた原因や背景を考えて、他者や社会に対して解像度を高める本だとしたら、2冊目は、「私はどこに引っかかったんだろう?」と、自分の感情に対して解像度を高める本。『人間関係のモヤモヤは3日で片付く ー忘れられない嫌なヤツも、毎日顔を合わせる夫もー』です。
今回のお悩みの場合、例えば「信じていた人が、こんなことを言うなんて」とショックを受けたのかもしれないし、“女性”という属性を見下されたことで、自分自身も間接的にバカにされたような気がしたのかもしれない。そこはもう少し具体的に聞いてみないとわかりませんが、そういうモヤモヤの元を見つめることで、自分自身を理解していくのに、とても有効な1冊だと思います。
「言っても大丈夫」と思える相手や、「今後も一緒にいるためには伝えておかないと」と感じる関係性なら、一歩踏み込んだほうがいい場合もありますもんね。その場合は、田房さんの著書にもあるように、「そういうことを言うべきではない!」と社会的な視点で話すのではなく、「私はこう思ったけれど、あなたはどうしてそう思うの?」とあくまで主語を自分にして聞いてみるといいのかも。賛同はできないけれど、なぜそう言ったのかは理解できた、という状態までコミュニケーションできたら、モヤモヤも少し晴れるんじゃないかと思います。
『女子マンガに答えがある 「らしさ」をはみ出すヒロインたち 』
トミヤマユキコ・著/中央公論新社
セラピー本③ 人に対して、大らかで肯定的な気持ちになれる1冊
清田さん:この本が面白いのは、たとえネガティブにみなされそうな登場人物でも決して否定的に見ない点。例えば物語の中で‟いやな女”とされているキャラクターについても、その考えが生まれる社会的あるいは心理的な背景を解説した上で、‟いやな女のいない世界なんてつまらない”とクリエイティブに肯定していく。自分を切り離すことなく、同じ社会構造の中で葛藤しながら生きている者同士、同じ行動は取らなくてもそこに至る背景については理解できる…と想像力を駆使しながら共感していく著者の姿勢がかっこいいんですよ。
そうですよね。トミヤマさんはよく「みんなどっこい生きている」という言葉を使われるんですが、この社会の中で「みんなバタバタしながらなんとかやっているんだな」「少しくらい考え方が違っても当然だよな」と思えたら、相手を“戦友”みたいに感じられて、大らかで肯定的な気分になれるんじゃないかなって思います。
”全方位配慮型”すぎてすべてが面倒になる私。自分を肯定できるようになる本、ありますか?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
恋人が欲しいという気持ちはあるのですが、「うまくいかなかったらどうしよう」「アプローチしたら相手に迷惑かな?」などと考えすぎて、恋愛に踏み出せません。いろいろ考えているうちに面倒になって、結局一人で夜な夜なショート動画を見て虚無っています。
清田さん:まず前提として、このお悩みは「考えすぎ」とか「気にしすぎ」で片づけられる問題ではなく、それだけ全方位に気を遣わざるを得ない圧力がかかっている可能性がある…という視点を持つことが大事じゃないかと思います。かつて恋愛が始まる形と言えば、学校、サークル、バイト先、職場など、恋愛目的ではない場で出会った人と、関係を築いていく中で好意が芽生えて…という形が王道だと考えられていたように思いますが、もしそこで気まずくなったら、居場所を失ってしまうリスクもある。
ただでさえ、勉強、仕事、人間関係のマネジメント…と、やるべきことがいっぱいあるから、自分のテンションやコンディションを乱したくない。さらに友人とも対等でいたいから、紹介してもらったりして借りをつくりたくない。努力して「平穏」や「安定」をキープしているという部分があるんだと思います。それもあって、しがらみのないアプリでの出会いが増えているのかも。
『まじめな会社員』冬野梅子・著/講談社
セラピー本① 考えすぎ、配慮しまくり、の自分を肯定できるマンガ
清田さん:そこで…と、早速おすすめの本を紹介します。1冊目『まじめな会社員』は、まさに考えすぎてがんじがらめになっている女性の葛藤を描いたマンガです。あみ子の失敗や挫折を“自己責任”と見る人も少なからずいるとは思うのですが、これを読むと、まじめにならざるを得ない構造の圧力も切実に伝わってきて、必ずしもあみ子がすべて悪いわけじゃない、ということがわかるはず。あみ子と同じようにたくさん考えがちな人も、痛みを共有しつつ「自分を責めすぎなくていいのかも」という気持ちになれるのではないかと思います。
それに、これまでの作品であれば、あみ子はいわゆる“モブキャラ”として描かれがちなタイプだと思うんですが、そんな彼女が物語を引っかき回し、読む人の心をおおいにざわつかせている(笑)。それによって、こんなにも面白く現代的な作品になっているわけですよね。普段、配慮しまくっている人にも、「自分にも自分なりの個性があって、ユニークなストーリーを生むことだってあるんだ」という気持ちになってもらえたら、と思います。
『みんなの「わがまま」入門』富永京子・著/左右社
セラピー本② 上手に「わがまま」を言うエクササイズができる本
清田さん:そこで…2冊目の‟セラピー本”として選んでみたのが、『みんなの「わがまま」入門』。この社会には同調圧力的なものが強く働いているためか、自分の要求や願望を表明することは、和を乱したり、集団に迷惑をかけたりする、わがままな行為だと見なされてしまいますよね。でも、本当にそうだろうか…と、「わがまま」という言葉を括弧でくくってとらえ直していくのが、この本なんです。「わがまま」とされている、「自分はこうしたい」「これはイヤだ」という思いは、大事にしていいし、人に伝えたっていい。「わがまま」は、社会を変える第一歩にだってなり得るんだ、ということを教えてくれる1冊です。
著者の富永京子さんは社会運動の研究をしている方なんです。社会運動というと難しそうに聞こえるけれど、実は、それは家庭や学校で起きていることの延長線上にあるもの。例えば、日常の中で現状を変えたいときに家族や友達にちょっとした希望を伝える、みたいなことは、誰しもやっていることですよね。その感覚で社会ともつながっていけばいいのかも、と感じさせてくれるのも、この本のいいところだなって感じます。
自分に“うっとり”してもいい! 人と比べて落ち込むことをバカバカしいと思えるためのセラピー本をご紹介
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
つい、人と自分を比べてしまうのが悩みです。無意識のうちに「結婚している」「お金がある」「見た目がいい」など、世の中で“よい”とされている物差しを判断基準に人をジャッジしている自分がいて。考えているうちに虚無ってしまい、延々とスマホゲームで現実逃避しています。
清田さん:社会の“こうあるべき”というのはいわゆる「規範」と呼ばれるものだと思いますが、それって誰が決めてるんだという問題がまずあると思うんですよね。人と自分を比べてしまうのも、ある意味では仕方ないことだと思うんですよ。むしろ個人的には、「比べて何が悪いの?ガンガン比べちゃえ!」って思うくらいで。我々は、人と比べてジャッジすることからは逃れられない。だったら、バカバカしいと思えるくらいまでやってみて、自分の気分が上がる要素だけはちゃっかりいただく——。それくらいの感覚でいれば、ちょっと気が軽くなってくると思うんですよね(笑)。
『美容は自尊心の筋トレ』長田杏奈・著/ele-king books
セラピー本① 自分の好きなところを、より好きになるヒントを見つけられる本
清田さん:その上で、今回おすすめしたい本の1冊目は、こちら。『美容は自尊心の筋トレ』です。著者は、雑誌やWebで美容記事を書いている、ライターの長田さん。この本には、長田さんの「美醜の判断基準は人それぞれ、自分の好きな自分になれればいい。そのために、美容という“自尊心の筋トレ”を楽しんで!」というメッセージが込められています。自分は美容に疎く、具体的なケア方法やグッズに関しては初めて知ることも少なくありませんでしたが、そんな初心者でも読みやすく、さっき言った“一人うっとり”できるところを発見し、そこをより好きになるためのヒントがたくさん詰まっている本ではないかと思うんです。
長田さんは美容ライターとして、既存の「美」の価値観を再生産してきたのではないかという反省を語られていましたが、仕事をする中でモヤッと感じつつも抑えつけてきた違和感みたいなものがベースにあって、ある種の責任感も持たれているのだろうと感じます。そういった覚悟も伝わってくるからこそ、これだけ力強いメッセージになっているんじゃないかと思います。
『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』kemio・著/KADOKAWA
セラピー本② 直感的でクリエイティブな言葉が体に響くエッセイ
清田さん:続いて2冊目に紹介するのも、言葉の力を感じられる本。YouTubeなどで活躍する動画クリエイター・kemioさんのエッセイ『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』です。
『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』なんて言葉、どうやっても思いつきませんよね。「どう?見て!いいでしょ⁉」って、死ぬまで自分のランウェイを歩くイメージというか。モデルも自分、観客も自分、でも別にOK。それを全身で体現しているkemioさんの言葉は、直感的でクリエィティブ。「やなこと全部、スワイプして消すよ」とか、言葉の意味を頭で考える前に、体に響いてきて、めちゃくちゃ気持ちいいですよね。きっと、言葉を選ぶことなく体から出てきたものをそのまま形にしているんだろうな。「こんなの書けない!すげー!」のひと言です。
人と自分を比べてしまうのも、社会の“こうあるべき”という価値観を内面化してしまうのも、避けがたいことだと受け止めてあげる。そして、長田さんの本を読んで“一人うっとり”の力を磨いてみる。そうすると、社会の圧力も自分のショックも、だんだん軽くなっていくかもしれない。そして、ガチガチに凝り固まった状態からいい感じにほぐれてきたところで、kemioさんのエッセイを読みながら「もうよくない?シュッ!」って、悩みをスワイプして吹っ飛ばす。そんなふうに、段階的に読んでみるのはどうでしょうか。
上司や同僚と価値観が合わない…。自分らしい働き方を考えるための2冊!
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
会社の人たちと、仕事に対する価値観が合いません。上司が夜遅くても構わずLINEで連絡してきたり、先輩がやることもないのに会社に残って喋っていたりして、退社しづらい雰囲気で…。帰り道や寝る前に、虚無って意味もなくSNSを見続けてしまいます。自分らしく働くためには、どうすればいいでしょうか?
清田さん:ひとつの案として、親しい同僚や優しい先輩といった、信頼できる人に話をして、少しずつ仲間を増やしていくのはどうでしょうか。あるいは、問題の相手に小さな仕返しをしていくとか。例えば、夜遅くに来たLINEに対し、「体調が悪くて寝込んでいたので、連絡が遅くなってすみません…」などと、罪悪感を抱かせるような返信をしてみたり(笑)。「業務時間外に連絡をするというのは、こういうことだぞ」というのをあの手この手で伝えて、悪い習慣を改めてもらえるようにもっていく。
この相談者さんは何も間違ったことをしていないのに、理不尽な環境や風潮に自分を合わせようとして無理が生じているわけですよね。まずは、そのストレスを適度に軽減しつつ、改善のための土壌づくりをしていくことが第一歩になるかもしれません。
鈴木涼美『おじさんメモリアル』(扶桑社)
セラピー本① 芸術的な悪口を楽しんで、悪意を解放できるエッセイ
清田さん:そこで、今回は1冊目に『おじさんメモリアル』をおすすめします!
これは、パンツを売る女子高生、社内不倫の相手、高級クラブの愛人…など、様々な経験を持つ作家の鈴木涼美さんが、これまでに出会った“おじさん”たちについて書いたエッセイ。言わばおじさんたちの悪口が書かれているんですが、その観察眼が最高なんです。おじさんという生き物の、鬱陶しさやしょうもなさ、さらにはその奥底にある哀しさまでをも冷酷に見抜いている。
「芸術的な悪口って、こんなに面白いんだ!」って、惚れ惚れしてしまうほど。涼美さんほどの表現をするのはハードルが高すぎるとしても、ムカつく相手を自分なりに意地悪な目で観察し、少しでも溜飲を下げていくのは大いにありだと思います。真面目に取り合う必要はなしということで、今回のようなお悩みを持つ方にとっても、悪意を解放する方法を学ぶきっかけになるんじゃないかなと思った次第です。
中島岳志『「リベラル保守」宣言』(新潮文庫刊)
セラピー本② 自分の価値観と向き合うヒントをくれる本
清田さん:感情面のガス抜きができたら、次は理性面にアプローチということで、2冊目におすすめしたいのが『「リベラル保守」宣言』です。
一見、今回の相談とは縁遠そうな内容ですが、お悩みの中に“価値観”という言葉が出てきたので選んでみました。そもそも“価値観”って何を意味しているのか、“自分らしく”ってどういうことなのか。そういった漠然とした考えを言語化するのに役立つのが、この本。例えば、既存の体制やシステムを維持しようとするのが保守派で、それを変えて進歩していこうとするのがリベラル派だとするなら、「会社の人たちは保守派で自分はリベラル派なのかな」というように、簡単な区分けをしてみるのもひとつ。違いがクリアになることで、「だからこんなに違和感があるんだ!」って気づけるかもしれませんよね。
パートナーを性的に好きかどうかわからない…。こんな自分は酷い人間? 恋愛の悩みに寄り添う本を紹介
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
結婚を考えているパートナーがいます。彼のことは人としてすごく好きですが、見た目がすごくタイプというわけではなく、性的な関係を持つことにやや抵抗があります。“性的に好き”かどうかわからないのに、結婚してもいいのでしょうか…。こんなことを考えているなんて酷い人間だと思われそうで、誰にも相談できず、虚無って深夜にひたすらYouTubeなどを眺めています。
清田さん:「酷い人間」とありますが、自己責任というより社会問題、くらいにとらえてもいいんじゃないかと個人的には思います。性的に好きじゃないけれど結婚することも、性的に好きな相手と結婚したけれどセックスレスになることも、いくらでもあり得ることじゃないですか。言ってしまえば、どんな形の結婚だってOKなはず。
ただ、もちろん相手との合意形成は必要で、この相談者さんの場合もそこは考えた方がいいと思うんですよね。直接そう伝えるかは別として、「あなたに対して愛情は持っているけれど、性的な関係を結ぶことには積極的になれない。ただ、パートナーとしては最高だと思っているので、私としては結婚という選択をしたい。あなたはどう思いますか?」という話をする必要はあるはず。…って、もちろん難しいことだとは思うのですが。
今すぐ簡単にできることではないからこそ、対話に進むための段階的なステップが必要だと思うんです。
渡辺ペコ『1122』(講談社)
セラピー本① 問題の複雑さを教えてくれる漫画
清田さん:そこで、1冊目におすすめしたいのが、渡辺ペコさんの漫画『1122(いいふうふ)』。これは、結婚後セックスレスになり、公認不倫というスタイルを導き出した夫婦の物語。
自分の気持ちも相手の気持ちも、その時々で変わっていく。そうやってどんどん変化していく人間模様を丁寧に描いているのが、この作品の魅力だと思います。この相談者さんの悩みも、引き延ばして考えればセックスレスの問題に関わってくる可能性があるので、一度読んでみると「まだ想像しきれていない、考えるべき点がたくさんあるんだな…」ということに気づけるかも。
非常に複雑な問題だから、シンプルに答えを出すのは難しい。これは決して脅しではなく、あくまで前向きな意味でオススメしているのですが、まずは問題の複雑さを受け止めるのが第一歩なんじゃないかと思います。
メレ山メレ子『こいわずらわしい』(亜紀書房)
セラピー本② 悩みを細かく分解するヒントをくれるコラム集
清田さん:問題の複雑さを実感できたら、次におすすめしたいのは、恋愛コラム集『こいわずらわしい』です。
この本の著者であるメレ山メレ子さん(現在は「沙東すず」に改名)は、昆虫や植物が好きで、その分野のフィールドワークをしているエッセイスト。そんなメレ山さんが恋愛の本を出されると聞いたときは意外に感じたんですが、読んでみると、恋愛という現象の中で発生するさまざまな物事が、まるで昆虫採集のように標本化されていて。ちょっとした心の機微みたいなものが、いろいろな虫や草に例えられつつ、素晴らしい観察眼と描写力で言語化されているのがめちゃくちゃ面白いんです!
今回、この本を選んだ理由は、複雑な悩みを細かく分解するヒントになるんじゃないかな、と思ったから。今、相談者さんは「性的に好きかどうかわからない」「結婚してもいいのでしょうか」と、問題を大きくとらえていると思うんですね。でも、例えば「性的に好き」という言葉で表現している感情も、「こういうところにドキッとする」とか「こういう場面では安心できる」とか、いろいろな要素に因数分解できるはず。そうやって解像度を高めていくことで、「性的に好き」という大きな塊のように捉えていたものが、実は小さな感情や感覚の集合体だったんだ、ということを体感できる気がするんです。
「現状に不満はないが、新しいことをやってみたい」って“平和ボケ”ですか…?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
20代後半、今の仕事や人間関係に大きな不満はないのですが、心のどこかで「もっと違うことに挑戦してみたい」と思っている自分がいます。友達に相談したところ、「特に嫌なこともないのにそれを投げ出したいなんて、平和ボケしているとしか思えない」と言われました。この気持ちは甘えで、今の状態が最適解なのでしょうか…? モヤモヤして虚無ってしまい、深夜にネットサーフィンをする日々を送っています。
清田さん:こういう状態って、頭で考えているのではなく、身体が反応しているような感じだと思うんですよね。頭で考えるときは、取り扱える範囲の、ある意味で限定された情報をもとに判断を下していく感じだと思うんですが、身体反応という形で現れたものって、もっと膨大な、それこそこれまでの人生経験が詰め込まれたデータベースがその判断材料になっている、というか。
例えば、新しい人と出会ったときに、相手の雰囲気や話し方などから、なんとなく「この人とは合わなそう…」と感じることってあるじゃないですか。あれも、言語化なんて到底できないほどの自分のビッグデータに身体が反応しているんだと思うんです。そうやって膨大な情報を元に下された判断を、我々は「勘」や「直感」と呼んでいるのではないか…。これが案外当たるのはビッグデータに基づいたものだからで、まだ言語化こそされていないけれど、十分な根拠に基づく判断なのではないかな、と。
スズキナオ『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)
セラピー本① 習慣やルーティンからあえて抜け出してみる「冒険」のための一冊
清田さん:そんなふうに考えて、今回は“ジャーニー”、つまり“冒険”をテーマに本を選んでみました。1冊目は、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』。
普段の習慣やルーティンって、実は自分の行動や思考をかなり規定していると思うんですよね。そこから半歩外に出てみるだけで、前方の30度くらいしか見えていなかった景色が、後方まで360度広がっていたことに気づけるよ、と教えてくれる本だと感じていて。
この本を、“小さなジャーニー”への手引きとして手に取ってもらいたいなって。すぐに真似できそうなこともいっぱい書いてあるから、それを読んで憧れをためることで、「自分にもできるかも!」と“冒険”への気持ちを高められると思います。
花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)
セラピー本② 出会い系サイトを通して「人生の問題」に向き合う私小説
清田さん:2冊目におすすめしたい“冒険の書”は、『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』です。この本は、『ヴィレッジヴァンガード』などで書店員として働いた経験を持ち、現在は店主として書店『蟹ブックス』を営む、花田菜々子さんの自伝的物語。仕事も結婚生活も行き詰まり、人生のどん底まっただ中、という時期に、出会い系サイトに登録し、初対面の人に本をすすめる企画を思いついて実行していく、という“冒険”の模様を綴った作品なんです。
自分がワクワクすることがとにかく大事。いきなり「自分にしかないものとは何か?」みたいに考えても答えは出ないと思うので、まずは「最近、私は何を楽しいと思ったか?」「何を心地いいと思ったか?」「逆に何が嫌だったのか?」と観察してみるといいかもしれない。
面白そう、ワクワクする、というように心が反応する瞬間は、偶然やってくる。それをとらえていけば、またビッグデータが蓄積されて(笑)、よりいっそう自分自身に詳しくなっていくと思います。そういう中で、自分のテーマみたいなものに出会えたら最高ですよね。
友達の愚痴を聞かされ続けるのがしんどい…。対等な友人関係を築くには?
友達の愚痴を聞かされ続けるのがしんどい…。対等な関係を築くにはどうすればいいですか?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
仲のいい友達に、愚痴を聞かされ続けるのがしんどいです。出会った当初から、友達が9割話して、私はほどんど聞く担当。それに居心地のよさも感じていました。ただ最近は愚痴が加速して、毎回会社の不平不満を浴びせられるように。もはや、はけ口になっているのではないかと感じてしまい、少し距離をおいている状態です。友達と対等な関係を築きたいのですが、どうしたらいいでしょうか。相手に正直な気持ちを伝えるべきでしょうか。モヤモヤしてしまい、虚無ってSNSを眺める時間が増えました…。
ライター藤本:今回は読者の方から、「友達の愚痴を聞かされ続けるのがしんどい」というご相談をいただきました。「不平不満を浴びせられるように」という状況が続くと、確かに滅入ってしまいそうですね。
清田さん:なるほど…自分は最近「粗品とあのちゃんが怪しい」という絶望的なゴシップ動画を何度か目にするうち、まんまと二人の関係が気になり、共演している番組の切り抜き動画なども積極的に探すようになってしまいました。
それはさておき、今回は共感する人も多いお悩みではないかと感じます。
友達だから、できることなら力になりたい。でも、毎回一方的に愚痴を聞かされると、自分が利用されているかのように感じてしまう…。もしかしたら「そんな自分は心が狭いのではないか」という思いもあるかもしれない。相談者さんは今、そんな葛藤を抱えているのではないかと想像します。
現時点では「距離をおく」という対策を取っているわけですよね。大前提として、いくら仲のいい友達とはいえ、相談者さんが無理をする必要はまったくない。対等な関係の再構築を目指したいところではありますが、常に会社の不平不満をこぼさざるを得ないことを思うと、友達のメンタルはそれほど追い詰められている状態かもしれない。だとしたら、距離をおいて愚痴を一時的に回避する、というのは、今できる最善の策と言える気もします。
ライター藤本:お便りには、「相手に正直な気持ちを伝えるべきでしょうか」ともありますね。
清田さん:もちろん、正直な気持ちを伝え、それが良好なコミュニケーションにつながればベストですが、想像するに伝え方が難しそうですよね。もしも相手が罪悪感を抱き、余計に追い詰められてしまったら、それは本望じゃないだろうし、かと言って不機嫌にでもなられたら、それはそれでしんどいし…。
エディター種谷:清田さんは、この連載も含めていろいろなところでお悩み相談を受けていますが、相手のマイナスな感情を受け取りすぎて、気分が重くなってしまうことはありませんか?
清田さん:悩みや愚痴を聞くなかで感情移入し、重たい気分になることはもちろんありますが、今回の相談者さんのように、ある意味“依存される”という状態にまでなることはほとんどありません。というのも、桃山商事はユニット活動で、相談者さんと一対一で会うことは基本的にないし、原則として一度しかお会いできないので、継続的な関係にならないんです。意識してそうしたわけではないけれど、それがキャパオーバーを予防する仕組みになっているのかもしれません。
ライター藤本:ちなみに清田さんご自身は、誰かに相談をしたり愚痴を言ったりすることはできるほうですか?
清田さん:実は、自分自身は本当に苦手でして…なんというか、相談をしてアドバイスをもらってしまったら、絶対にその通りにしなきゃいけないって思ってしまうんですよね。洋服を買うときも、一度着て店員さんに見てもらったら絶対に買わなきゃいけない気がして試着できない、みたいな(笑)。だから自分がお悩み相談を受けるときも、アドバイスや行動指南はしないよう心がけています。「アドバイスをされたから、それに従わないと」と思わせてしまわないように、意識して回答している部分もあるのかもしれません。
それから自分の場合、人に相談できない分、文章を書いたり本を読んだりすることが、その役割を果たしてくれているような気もします。なので今回の相談者さんにも、「とりあえず友達と距離をおいたけど、この先どうしたらいいんだろう?」というモヤモヤに働きかけてくれるような本をご紹介できたらと思います。
セラピー本① 複雑な感情に寄り添い、それを丁寧に解きほぐしてくれる、お悩み相談本
清田さん:1冊目におすすめしたいのは、雨宮まみさんの『まじめに生きるって損ですか?』。
雨宮まみ『まじめに生きるって損ですか?』
(ポット出版)
清田さん:これは、雨宮さんの人気連載だったお悩み相談をまとめたコラム集。「『悩み』とも呼べない『愚痴』を、ただ聞くから思いきり吐き出してほしい」という趣旨のコーナーに、20代~40代の女性が仕事や恋愛、生活や人生についての愚痴を投稿したものなんですが、まずは相談文の熱量がすごい! どれも感情がこもっていて、その筆力の高さに圧倒されます。ここに寄せられた愚痴や悩みを味わうように読み進めるだけでも、一定の浄化作用があるはず。
さらに、それに対する雨宮さんの回答も素晴らしいんですよね。『女子をこじらせて』という名著も有名ですが、ご自身の経験を果敢に自己開示しながら、相談者さんの感情に歩み寄っていく。「頭で理解している」というより「心で共感している」という感じがひしひし伝わってきて、本当にすごい。
ライター藤本:返される言葉のひとつひとつが温かくて、包容力がある印象でした。
清田さん:相談者さんの複雑に絡み合った感情を解きほぐして、「私もこういうことがあったよ」「よく頑張ったね、お茶でも飲んでいってね」と優しい言葉をかけてくれるような感じというか。世の中には多種多様なお悩み相談本がありますが、これは著者が相談者に歩み寄って、一緒に解決策を考えていくスタンスの本。きめ細やかな気遣いを感じられる1冊だと思います。
エディター種谷:誰が読んでも、自分と同じような悩みを抱える方を見つけられそうだし、それに対する雨宮さんの優しい回答に、心底癒される方も多い気がします。
清田さん:今回の相談者さんも、ここにあるたくさんの“愚痴”を読むなかで、友達の抱えている問題について改めて考察を深められるかも。それに加え、自分自身がこれまで愚痴を聞いてきた時間についても、無駄じゃなかったと考えられるようになる気もするんですよね。それはとても価値のあることで、「自分はなかなか立派なことをしてきたんだな」と、これまでの自分を認めてあげてほしいなって思います。
セラピー本② 問題を抱えながら生きていく人々の研究結果を、わかりやすくまとめた1冊
清田さん:続いて2冊目は、名著『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』です。
上岡陽江、大嶋栄子『その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち』
(シリーズ ケアをひらく)/医学書院
清田さん:著者は、薬物やアルコール依存症を抱えた女性のための施設の代表で、ご自身も当事者である上岡陽江さんと、被害体験を持つ女性の福祉支援を行う、ソーシャルワーカーの大嶋栄子さん。この本は、深刻な被害や問題に悩まされた人たちが、“その後”の日常をどうやって生きていくか、ということを考えていくもの。
自分自身の抱える問題について、そのメカニズムや対処法を言語化していく営みは「当事者研究」とも呼ばれていますが、つらさや寂しさを抱えながら生き延びる人々の研究結果が、とてもわかりやすい言葉でまとめられていて。これを読むと、「孤独」や「依存」といった状態について、より理解が深まるような気がするんです。
例えば、“相談”や“愚痴”についても、
<人に頼れない人は、迷惑をかけられないという気持ちから、ちょっとした愚痴を言うことができない。相談しても許されるような、劇的な問題が起きるところまできて、やっと話すことができる>
というような記述があったり。
ライター藤本:ちょっとしたことなら話せるけれど重い相談はできない、と思ってしまいそうですが、逆なんですね。ものすごく深刻になって初めて、これなら話しても大丈夫だろうと思える。
清田さん:自分もそう思っていたので、すごくハッとしました。こうやってさまざまな問題を構造から言語化してくれる本で、とにかく驚きと発見の連続なんです。
相談者さんにとって、友達がこぼす愚痴の意味や、それに対する自分の役割などを、構造的かつ論理的にとらえ直す一冊になったらいいなというのが、この本をおすすめした理由のひとつです。「彼女がこんな愚痴を言うということは、今はこんなフェーズにいるんだな」「私がこの愚痴を聞くことには、こういう意味があるんだな」というように、気持ちに少しでも余裕が生まれたらいいなって。
エディター種谷:この相談者さんの友達の場合、相談者さんという存在に安心して愚痴を言えているということは、ギリギリのところまで追い詰められているわけではないのかも…? と想像しました。
清田さん:この本を読んで、友達が甘えられる状態だということに安心できたり、そんな関係性を築けていることに自信を持てたりするといいですよね。そうすれば、自分が距離をおくという選択をしたことについても「これでいいんだ」と思えそうですし。
今、相談者さんは愚痴の聞き役として、ある意味で責任を背負いすぎているのかもしれません。これらの本を読むことで、それが少しでも軽くなったらいいなと思いますし、もし余裕がありそうだったら、読んだあとに友達にもおすすめしてみるのもありな気がします。今回の2冊は、愚痴の聞き役としての機能も果たしてくれるものなので、友達の気持ちを整理するのにも一役買ってくれるかもしれません。
“素敵な人”ってどんな人?どうしたら“優しい人”になれる?人生に寄り添う漫画&書籍を紹介
“素敵な人”ってどんな人のことなのでしょうか。清田さんはどう思いますか?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
“素敵な人”って、どんな人のことなのでしょうか。思いやりがあるとか、優しいとか、自己中心的じゃないとか、人の話を聞けるとか…。ありきたりなことは思いつくのですが、そもそも優しいって何? 人の話を聞くってどういうこと? 考えれば考えるほどわからなくなり、虚無って深夜までスマホゲームをする日々です…。清田さんは、どんな人が“素敵な人”だと思いますか? ぜひ意見を聞かせてください。
ライター藤本:今回は、「“素敵な人”ってどんな人?」というお便りをいただいたので、それをテーマにお届けしたいと思います。「清田さんの意見を聞かせてください」とのこと、これは深い質問ですよね。
清田さん:確かに深い質問ですね…昨夜、海外のYouTuberが調子に乗った行動をとった直後に転んだり失敗したりする“因果応報”系のショート動画を見て心をスカッとさせていた自分にどんな回答ができるか、のっけから不安です。
実は自分も以前、『SPBS』という書店で『やさしいはつくれる? ~自分を知り、善き他者となるための対話型ワークショップ~』という講座を開催したことがあり、それを1冊にまとめる作業をしているところなので、まさにタイムリーな問いだと感じました。
“優しい”も、“素敵な人”の要素のひとつだと思うんですが、考えれば考えるほど難しいんですよね。優しさが大事だということはわかるけれど、優しいって、時に退屈だったり物足りなかったり…なんとなく面白みにかけるもの、みたいにも感じられるじゃないですか。
それに、優しい人間を目指すためには、まずは自分自身を、そして他者や社会のことをよく知っておく必要がある。コミュニケーションをとる際も、相手の話をよく聞いて、ちゃんと理解しなきゃいけない。そのうえで、複雑なものを整理しすぎないようにゆっくり待つ、モヤモヤしたものを無理やりスッキリさせようとしないで一緒に問い続ける、というような姿勢も必要になってくる…。
そう考えると、優しさってもしかしたら性格や性質の問題ではなく、技術や学びのようなものなのかもしれない。もちろん簡単ではないけれど、努力や心がけによって磨くことができる力なんじゃないか…と考え、『やさしいはつくれる?』というタイトルにした流れがあったんです。
エディター種谷:“優しさ”ひとつとってみても、ひと言で説明することはできそうにないですね。
清田さん:ある人の一面を切り取れば優しいと思っても、別の一面を見れば厳しいと感じることだってあるだろうし。「この人は、絶対的に全部が優しい!」ということはなかなかないと思うんですよね。もしかしたら、人にも物事にも、いろいろな事情や過程があるという前提を持って構えられることが、優しさの第一歩ではあるのかも。
ただ、優しくありたい、素敵でありたいと思い続けることはできるけれど、「よし、優しくなれたぞ!」「素敵になれたぞ!」みたいなゴールはないと思うんですよ。そう考えると、“優しい”や“素敵”に終わりはない。だから、自分自身もこの問題については“考え中”なんです。
セラピー本① 自分が考える“素敵”について深堀りできるコミックエッセイ
清田さん:そこで今回、1冊目に選んだのが、『ニューヨークで考え中(4)』です。
近藤聡乃『ニューヨークで考え中』(亜紀書房)
清田さん:これは、漫画家でアーティストの近藤聡乃さんが、アラサーの頃に移住してから10年以上暮らす、NYでの生活を綴ったコミックエッセイ。日々の出来事や人との出会い、海外で暮らす日本人の視点から見た政治や社会について、などが丁寧に描かれています。
自分にとって、“素敵”という言葉で思いついたのがこの作品。まず、“考え中”っていうタイトルがいいですよね。作品からも、身のまわりで起こる小さな変化を大切にしながら、何事も「こうだ!」って結論を出して片づけず、試行錯誤をし続けるスタンスがにじみ出ていて。
ライター藤本:季節の移ろい、食べ物やインテリア、飼い猫のことなど、日常のワンシーンが親しい人に近況報告するように描かれていて、読む側も丁寧にページをめくりたくなりました。
清田さん:そうそう…近藤さんが、自分の生活や時間を大事に守っているのが伝わってくるんですよね。自分の手で家を心地よく整えるとか、自分の足で散歩しながら草花に目を向けるとか。自分のスタイルをじっくりと編んでいる感じがして、思わず「素敵…!」ってうっとりしてしまうというか。
エディター種谷:清田さんも、日々の出来事にアンテナを張っていたり、お子さんと公園を巡って小さな発見をしていたり、ここに描かれているのに近い暮らしをされているイメージがありました。
清田さん:そんな暮らしが理想ですが、実際は本当に真逆で(苦笑)。「これが終わらない」「あれもやらなきゃ」っていつも余裕がなくて、食事も適当だし、空間づくりにも時間をかけられていない。だからこそ、憧れがあるんです。近藤さん自身も“考え中”というだけあって、自然にこういう暮らしができているわけではなく、あれこれ葛藤しながらたどり着いたんだということがわかる。そんなところもまた素敵だなって感じます。
ライター藤本:この本を読むと、“素敵さ”のヒントが見つかるでしょうか?
清田さん:何を素敵だと感じるかは人それぞれとしか言いようがないので、これはあくまで自分の場合、ということになりますが、「なぜこれを素敵だと感じるんだろう?」と問いかけることで、自分が考える“素敵さ”について深堀りできる作品、とは言えると思います。うっとりするものやハッピーになれるものって誰にでもたくさんあるはずで、それを考えるための一助になればいいなって思います。
セラピー本② 自分の人生を生きる人々の姿が胸を打つ、ノンフィクション・コラム
清田さん:2冊目におすすめしたいのは、『ひそかに胸にやどる悔いあり』。1冊目とはまた違う手触りの素敵さにあふれた作品です。
上原隆『ひそかに胸にやどる悔いあり』(双葉文庫)
清田さん:著者の上原隆さんは、市井の人々の人生をノンフィクション・コラムとして書いてこられた方。自分は大学生の頃から上原さんのファンで、「なんて素敵な文章を書かれる方だろう」と読み続けてきたんです。大きな事件が起きたり派手な盛り上がりがあったりするわけではなく、取材相手の姿が淡々と描かれているんですが、そのキャラクターや感情、見ている景色までがありありと伝わってくるようなところが、とにかく素晴らしくて。
ライター藤本:この本にも、60年間新聞配達をしている人、看板を持って道端に立ち続ける人、川柳の投句がライフワークの人…いろいろな人が出てきますね。
清田さん:そんな一人一人を何日も取材して、時には一緒に新聞配達をしたり、失恋した場所に足を運んだりしながら、だんだん浮かび上がってきた“その人らしさ”を、そっとすくい上げて1篇のコラムにまとめるのが、上原さんのスタイル。分析や分類はせず、あくまで取材相手が日々をどうしているかというところにフォーカスして書かれているんです。コラムの中には、心温まるものもあれば苦しくなるものもあるけれど、どれも読むとじわーっとくるんですよね。「みんな、自分の人生を生きているんだな…」って。
エディター種谷:そういう感覚が、清田さんの考える“素敵な人”とつながるところなのでしょうか?
清田さん:「“素敵な人”とは?」と聞かれたとき、上原さんやその取材相手のことが頭に浮かんだんです。もちろん、コラムの登場人物にはいろいろな人がいて、実際に会って仲良くなれるかどうかはわからないけれど。
自分が思う“素敵な人”とは、抽象的な言い方になりますが、「その人の人生」としか言えない人生を歩んでいる人、ということなのかも。上原さんのコラムを読むと、その具体的な一瞬一瞬をリアルに感じ取ることができる。だから、こんなに胸を打たれるのかもしれません。…そんな自分の思いのたけは、この本の解説でも書かせていただいたので、よかったら読んでみてください(笑)。
ライター藤本:今回ご紹介いただいた2冊は、どちらも小さな物語を大切に扱った作品ですね。
清田さん:そう、近藤さんも上原さんも、ちょっとしたことに感動できるところが素敵だな、と思います。「いかに感動できるか」が人生だと思うので、心が震えるような本にいろいろ触れてもらえたらいいなって思います。
趣味と呼べるものがなく、推しもいません…。人生の支えになるような何かを見つけるには?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
私には趣味と呼べるものがなく、推しもいません。映画や読書や音楽などは好きですが、寝食を忘れて没頭するほどではないし、そのことを考えるだけで幸せな気持ちになれる、人よりも知識があると胸を張れる、というレベルでもありません。それを通して友情が生まれたり、「これがあるから大丈夫!」と思えたりするような、人生の支えになる趣味を見つけたいのですが…。どうしたらいいのかわからず、虚無ってショート動画を流し見する日々です。清田さんには、趣味はありますか?
ライター藤本:今回のご相談は、「趣味と呼べるものがない」というもの。私自身、周りの友人と同じような話になったこともあり、とても共感できるお悩みでした。
清田さん:なるほど……自分は最近、やたらSNSに流れてくるカリスマホスト「軍神」さんの一言一句に心をかき乱され、気づけば軍神さんのショート動画ばかり見るようになってしまいました。
それはそれとして、自分も相談者さんと同じような悩みを抱えて悶々としていた時期があったので、すごく気持ちがわかるような気がします。
エディター種谷:えっ、清田さんもそうなんですか?! サッカーとかスポーツ観戦とか、趣味を楽しまれている印象があったので驚きです。
清田さん:自分は小さい頃からサッカーをやっていて、今でも20年近く所属している草サッカーチームで毎週ボールを蹴ったりしています。40〜50代でもサッカーを楽しめるよう昨年からジムに通ってトレーニングもしているし、海外サッカーを観るのも好きで、夫婦で応援しているチームもある。確かに端から見たら、立派な趣味だと思われるかもしれません。でも自分としては、「単なるアマチュアのプレイヤーだし、海外サッカーに関しても大した試合数を観ているわけでもないので、趣味と言っていいレベルではない」というのが正直な感覚なんですよね…。
その背景には相談者さんと同じく、「寝食を忘れて没頭したり、知識があると胸を張れたりするようなものだけが趣味である」「趣味と呼ぶからには、そのことに対して造詣があり熱く深く語れなければいけない」というような考えがあるんだと思います。
でも、それでは趣味というものの捉え方があまりに狭く、ハードルも高すぎですよね。相談者さんにとっての映画や読書や音楽も、自分にとってのサッカーも、日常的に楽しんでいるものなのに、趣味じゃないのか?というと、そんなわけないじゃん!と。
むしろ、寝食を忘れて没頭したり知識があると胸を張れたりするようなものは、大谷翔平にとっての野球や藤井聡太にとっての将棋のようなもので(笑)、もはや趣味と呼べるレベルを超えちゃっているのではないか。だから多分、「熱く深く語れるものが趣味だ」みたいなイメージは罠なんですよね。「それにだまされないようにしましょう!」と、まずはその意識を共有したいなって思います。
ライター藤本:清田さんが今考える趣味の定義って、どのようなものでしょうか?
清田さん:言葉にするのは難しいですが……心が動くもの、モチベーションを生み出してくれるものならなんでも趣味と呼んでいいのかなって思います。人生にダイナミズムをもたらしてくれるもの、といいますか。自分もサッカー観戦をしていると、応援しているチームが勝てばうれしいし、負けると悔しい。試合に出られない選手のことを気にかけたり、監督の葛藤を想像したり…といろいろ気持ちが揺れ動くんですよね。趣味って、それだけでいいんじゃないかと思うんです。
セラピー本① 心が動く瞬間を大事にしようと感じさせてくれるコミック
清田さん:そこで今回は、趣味の可能性を広げてもらえる本を選んでみました。1冊目は、『神のちからっ子新聞』。
さくらももこ『神のちからっ子新聞』(集英社)
清田さん:これはさくらももこ先生が昔から描き続けてきたもので、「手作り新聞」みたいなフォーマットにいろんなミニコーナーが詰め込まれているんです。自分はさくら先生の大ファンなんですが、『ちびまる子ちゃん』などで描かれている、ほのぼのとした笑いや感動がさくら先生のA面だとしたら、『神のちからっ子新聞』は、ナンセンスで底意地の悪いさくら先生のB面を堪能するのにおすすめの作品です。
ライター藤本:1枚の新聞の中に似顔絵や俳句やお便りのコーナーがあって、ブラックなイラストとシュールなコメントがぎっしり。何も考えずに笑ってしまう一方で、何度も読み返したくなる吸引力もありますね…!
清田さん:どうでもいい発見を発表したり、人に変なあだ名をつけたり、本当にくだらなくて最高ですよね(笑)。
さくら先生は初期の作品からずっとこういうおまけコーナーを描き続けていて。おそらくそこがA面の世界ではなかなか出せない、B面の感性を吐き出す場になっていたんだと思います。
誰かに抱いたちょっとした違和感とか、言葉にならないムカつきとか、些細すぎる発見とか…そういうものを鋭い“人間観察”によって拾い上げるのがさくら作品の真骨頂だと思うのですが、『神のちからっ子新聞』はそんな趣味が全開になった作品。これを読むと、「毎日こんなことを思いついて楽しそうだな」って、しみじみ羨ましくなるんですよね(笑)。それと同時に、「趣味なんて、なんだっていいのかも」という気持ちにもなれそうだな、と。些細でもくだらなくても、自分の心が動いた瞬間こそが大事なのだと感じさせてくれる1冊だと思います。
エディター種谷:「面白いな」とか「腹が立つな」とか心が動いたとして、それを何かの形にしなくても、ただ感じただけで趣味と言っていいんでしょうか?
清田さん:全然いいと思います! さくら先生は心の動きをおもしろくアウトプットできちゃう天才ゆえ、趣味が類まれな作品に昇華されているけれど、誰もがそれを目指すことはできないし、する必要もない。「形や数字にしなきゃ」「何かに繋げて誰かに見てもらわなきゃ」と考えてしまうのも、現代社会に潜む罠。日常の中で何かを感じて、彩りやダイナミズムが生まれればそれで十分なんじゃないでしょうか。その何かを感じるためにこういう本を読んで、感性のストレッチをしていけるといいですよね。
セラピー本② 情熱を傾ける対象を育てるヒントが詰まった1冊
清田さん:続いて2冊目におすすめしたいのは、『ネオ日本食』。
トミヤマユキコ『ネオ日本食』(リトルモア)
清田さん:著者のトミヤマユキコさんは大学の先生であり、「少女漫画における女性の労働」を研究されている方です。ご本人は「キャリアが取っ散らかっている」とよく言っていますが、カルチャーについてのコラムを書き、パンケーキやファッションの本を出し、テレビやラジオにも出演したりと、様々なジャンルでマルチな才能を発揮されています。
ライター藤本:清田さんとも、『大学1年生の歩き方』という共著がありますよね。この本で考察されているのは、ネオ日本食、「海外から持ち込まれたはずなのに、日本で独自の進化を遂げ、わたしたちの食文化にすっかり溶け込んでいる食べ物&飲み物」について。
清田さん:トミヤマさんは餃子とかカレーとかナポリタンとかが好物で、そういう食べものを「ネオ日本食」と名づけ、そのルーツや魅力をいろいろなお店を訪ね歩き、食べ比べながら研究しています。
トミヤマさんは多分、研究対象としてジャンルが確立されているハイソなものより、ごく身近にあるけれどよく考えると不思議だな、って思うようなものに心魅かれるんだと思うんです。本を読んでいると、興味を持ったものをどんどん掘り下げ、さらに興味を広げていく様子がすごく楽しそうな感じで伝わってくる。
エディター種谷:トミヤマさんにとっては、趣味に近い活動ということなんでしょうか。
清田さん:そうかもしれません。ただ、趣味というと「勝手に情熱が溢れ出てくるもの」というイメージを僕自身も持っていたのですが、トミヤマさんのスタンスからは、趣味の“左脳的”な楽しみ方を教わった気がします。つまり、自分で面白いポイントを見出し、それについて調べたり訪ね歩いたりすることで沼にハマっていく…。スタート地点が特別なものでなくても、自分なりの研究を続けるうちに好奇心が縦に横にと展開していき、やがて独自の世界が形成されていた…というのが素晴らしいなって。
もちろん簡単に真似できるものではないけれど、1つ面白いって思ったところから本を読んだり話を聞いたりしながら、情熱を傾ける対象を育てていくのは誰でも挑戦できることだと思うんです。そうやって趣味を作っていくことは可能なんじゃないでしょうか。この本にはそのヒントがたくさん詰まっていると思います。
ライター藤本:今回の相談者さんも気持ちが軽くなりそうですね。
清田さん:ちょっとした興味や発見から日々の刺激が得られたり、人とのつながりが生まれたり、人生の支えになっていったりすることはきっといくらでもあるはず。自分も「趣味」を狭く捉えがち勢なので…もっと広くゆるく構えつつ、いろんな趣味を楽しんでいけたらいいなと思います!
生きることにお金がかかりすぎる…。お金と好きなことのバランスをとるには?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
好きなことをするにも友達と遊ぶにも、お金がかかりすぎることに愕然とすることがあります。お金をかけずに楽しむ方法もあると思いますが、それでも人やものに優先順位をつけて精査したり、いろいろなことをあきらめたりしなければいけない気がします。学生時代はお金がなくても友達とダラダラ楽しむことができたけれど、社会人になってからはなかなかそうもいかなくて。結局、虚無ってSNSなどを眺めては、「今日も何もしなかった……」とため息をついたりする日々です。清田さんは、お金と好きなことのバランスに、どう向き合っていますか?
ライター藤本:今回のお悩みは、「生きることにお金がかかりすぎる」というもの。お便りを読んで、本当にそのとおりだなとうなずいてしまいました。
清田さん:なるほど……自分は昨夜、SNSで流れてきた「○○を食べてる人は今すぐやめて」「○○をやってる人は損してますよ」みたいなショート動画に煽られ、自分の生活を見直そうとまんまと思わされてしまいました。
それはさておき、今回のテーマは、「お金のように限りあるものを何にどう使うか」ということですよね。その問い自体は、人生そのもののような気もするから、ある程度は避けられないかもしれない。
ただ、自由に使えるお金があまり限られていると、相談者さんの言うように、やりたいことを精査したりあきらめなきゃいけなくなったりすることが増えて、楽しくないという気持ちになってしまうのは当然だと思います。
じゃあ、どう解決したらいいのかというと、お金を増やすためにたくさん稼ぐか、勉強して資産運用でも始めよう、みたいな話になりがちだと思うんですが、あいにく自分はお金に関してまったく知識がなくて……。お金のことを考えながら生きるのが、すごく苦手なんですよね。
yoi編集部:ご相談には、「清田さんは、お金と好きなことのバランスに、どう向き合っていますか?」とありますが……。
清田さん:お金のことはよくわからないので、あまり考えたくないというのが正直なところなんです。お金がなくても不安になるし、かと言って今の収入で安心なのかとか考え始めても気持ちがくさくさするし。それに、欲しい本や趣味のサッカーに使うお金を我慢するのも嫌で(苦笑)。急にポルシェが欲しいなんて思わないけれど、今の生活を崩壊させない範囲であれば、欲しいものは我慢したくない。自分にとっては、お金のことを考えないで済む程度に、嫌いではない仕事で収入を得て、楽しく暮らせる、というのが幸せ。とにかく「お金について何も考えなくていい状態」が理想だなって感じます。
ただこれは、完全に個人的な意見で、お金に対する考え方は人それぞれ。年々貯蓄を増やすことが重要だという人もいれば、その日その日を楽しめるのが一番だという人もいるでしょうから。まずは自分の価値観を言語化し、そのために必要なお金を何でどのくらい稼げばいいのかを考えてみることが大事だと思います。
これは、お金だけでなく、体力や時間に関しても言えること。質問者さんも「学生時代はお金がなくても楽しめた」と言っていますが、若くて体力も時間もあったからできたこと、ってたくさんありますよね。ファミレスのドリンクバーだけで朝まで盛り上がったり、青春18きっぷで長時間かけて移動したり。
ライター藤本:確かに……あれは、お金の代わりに体力や時間を使っていた、ということなんですね。
清田さん:お金も、体力や時間も、有限な資産。人生において、それらを何にどう使うのが自分にとって幸せなのかを考えて、その価値観と大きくズレない方法を選ぶようにすれば、ストレスをなくすことは無理でも減らすことはできるんじゃないかな、と思います。
セラピー本① 自分の価値観を考えるヒントになる漫画
清田さん:今回、1冊目に選んだのは、まさにそういった内容をテーマに描いた漫画。『逃げるは恥だが役に立つ』です。
海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』(講談社)
清田さん:この作品は、派遣切りにあった主人公・みくりが、独身の会社員・平匡の家事代行を引き受ける中で、「住む場所と仕事が必要」という自分の状況や「家事をアウトソーシングしたい」という相手の希望、「世間からどう見られるか」という社会的な立場などを考えた結果、契約結婚をすることになる――という物語。
ライター藤本:テレビドラマも大ヒットして社会現象になりましたよね。
清田さん:キャストや脚本が素晴らしかったのはもちろん、ドラマ化のタイミングもよかったから、あれだけ話題になったのかもしれません。恋愛や結婚に対する考え方、名もなき家事や合意形成など、社会的にジェンダー平等の機運が高まっていたところに、そういった問題について考えさせられる作品が放送された、というのも大きかったように思います。
yoi編集部:清田さんは、この作品のどんなところに魅力を感じましたか?
清田さん:需要と供給がマッチして始まった関係ではあるけれど、二人が何にどう価値を感じるのかは当然違っていて、しかもそれがどんどん変化していって、逐一話し合いによってすり合わせをしていくところが面白いな、と。仕事も思想信条も稼ぐお金も違う2人が、「私とあなたは違う人間ですよね」とシビアに線を引いたうえで、一緒に生きていくために「ここは合わせましょう」「ここは分けましょう」と調整していく。「親しき仲にも礼儀あり」ってこういうことなんだ、超重要なことなんだ、という学びもありました。
恋愛ムズキュン要素も最高なんですが、こういう視点で読んでみると、自分が何にどう価値を感じているかを考えるヒントになるかも。人生において、お金や時間をどう使っていくかというシミュレーションができる作品だと思います。
セラピー本② 個人と社会のつながりを感じさせてくれる1冊
清田さん:そして2冊目におすすめしたいのは、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』です。
和田靜香(著)小川淳也(取材協力)
『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?
国会議員に聞いてみた。』(左右社)
清田さん:著者の和田靜香さんは、フリーランスのライターで、50代独身。コロナ禍にバイトをクビになり、この先どうなっちゃうんだろうという不安を抱えながら、いきなり政治家に話をしに行くんです。最初から「政治とかよくわからないけれど、とにかく不安だから、どうすればいいのか全部教えて!」と丸腰でぶつかっていくスタンスがすごい。同業者としても、非常に勇気づけられました。
ライター藤本:「とにかく不安!」「全部教えて!」って、みんなの声を代弁してくれているような気がします。
清田さん:その声を受け止めるのが、ノンフィクション映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の被写体にもなった、衆議院議員の小川淳也さん。とにかくまっすぐで熱い人柄の小川さんが、和田さんの悩みや疑問に対して、「それはあなたの努力不足や選択ミスの結果ではなく、背後にある社会や政治の問題によるもの。結論を出すのは難しいけれど、一人の政治家としてはこう考えている」というように、真正面から対応してくれるんです。納得できる答えを見つけるために、粘り強く語り合う二人の対話が収められた、素晴らしい本だと思います。
相談内容の「生きることにお金がかかりすぎる」というのは、裏を返せば、「生きるために必要なお金がなぜこんなに得られないのか」ということ。相談者さんは、別に贅沢したいと言っているわけではない。「人並みに楽しく生きたいだけで、なぜこんなにお金の心配をしなきゃいけないの?」と思っているわけですよね。どんな職業や立場の人でも、無理のない範囲で働き、自分なりに幸せな生活が送れる社会がいいと思うんですが、頑張って働いても十分なお金が得られない原因は、自分の努力や能力不足ではなく、社会や政治の問題だと考えてもいいのではないか……と。
yoi編集部:本の中にあった、「私の不安は日本の不安だった」という言葉も印象的でした。
清田さん:わかります。この本のすごいところは、和田さんという個人の悩みが、実は社会全体の課題や問題と直結していたことが感じられるところなんですよね。税金、就職、環境、コロナ対応……など、自分たちの身近にあるあらゆる問題が、社会という巨大構造が生み出したものだということがわかる。
ライター藤本:この本を読むと、普段はなかなか意識しない大きな構造への関心が生まれそうですね。
清田さん:それがわかったからといって、今すぐ劇的に生活が変わるわけではないけれど、例えば、「同じ苦しみを感じている人はいっぱいいるんだ」「悩みの先にある政治について勉強してみよう」というふうには思えるかもしれませんよね。さらに、「こういう問題にちゃんと向き合ってくれる政治家に票を投じたいな」「みんなにもそんなふうに政治に関心を持ってほしいな」といった思いが積み重なれば、もっと生活と政治がつながるかもしれない。そうやって世の中の問題が構造から見直されていくといいな、という気持ちで選んだ1冊です。
30歳、「モテたい」欲求を肯定したいけど、縛られたくない……。“モテ”との向き合い方がわかりません!
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
30歳、数年前に到来した周りの結婚ラッシュも落ち着き、出産祝いを送ることが増えました。さすがにパートナー探しをしたほうがいいのか?とマッチングアプリを始めたものの、状況は芳しくありません。親しい友人に自分のアイコンを見せると、痛烈なダメ出しを受け、「アプリ市場で勝つためには、異性にウケる“モテ”を意識した写真にするべき」とのアドバイスが。「モテたい」という気持ちを素直に表現することが避けられがちな今、「モテたい」という欲求も肯定したいけれど、“モテ”に縛られる人間にはなりたくない、とモヤモヤして、虚無りながらアプリでスワイプする日々です。清田さんの、現代における“モテ”との向き合い方を聞かせてください。
ライターF:今回から、新担当編集のHさんと一緒にお話をうかがいます!
エディターH:とても楽しみです。よろしくお願いします!
ライターF:早速ですが、今回のお悩みは、「モテたい」という欲求も肯定したいけれど、“モテ”に縛られたくもない。“モテ”との向き合い方がわからない、というものでした。
エディターH:私自身、相談者さんと同世代ということもあって、すごく共感できるお悩みです。友人たちと話すときの主要トピックと言ってもいいくらい。
清田さん:なるほど……。自分もちょうど最近、桃山商事メンバーの佐藤が「男磨き界隈」と呼んでいる人たちのショート動画を見まくってしまったことから、「モテ」とか「市場価値」みたいな問題についてモヤモヤ考えさせられていたため、なんだかタイムリーな話題です。
それはさておき、今回のお悩みのように、周りの状況が変化したことで、焦りや心細さを感じて、ぼんやり考えていた問題が急に目の前に現れることってありますよね。
今回の相談者さんの場合は、パートナー探しが課題になって、マッチングアプリを始めた。そこには恋愛市場があって、自分を商品のように並べざるを得ない。そのシステムに対応する中で、自意識にこだわっているとモテない、でもモテようとすると自分に嘘をついているような気持ちになる――と、自意識と感情の折り合いがつけられない状態に直面しているのが、相談者さんの現在地ではないかと思います。
エディターH:確かに。こういう悩みを感じたことのある人は多そうですね。
清田さん:問題はそれだけでなく、お便りの中にも「異性にウケる“モテ”を意識した写真」とありますが、マッチングアプリの世界では、写真を見る側、この場合は男性たちの判断基準も関係してくるわけですよね。これは“あるある”だと思いますが、例えばいいお店で食事をしている女性の写真に「お金がかかりそう」という印象を持ったり、あちこち海外旅行をしている写真を見たら「外国ナイズされていそう」と敬遠したり……。そういう男性側の目線が判断基準に入ってくるため、自分の魅力を表現したような写真ではなく、男性たちに脅威を与えないような親近感のある写真がよしとされたりする。
つまり、自意識と感情という自分自身のせめぎ合いに、「男たちの価値観やプライドに、自分を寄せていかなきゃいけないのか?」という葛藤も加わってくるのが厄介なところではないかと思います。
ライターF:それはモヤモヤしますね……。一体どうすればいいんでしょうか?
清田さん:まず、こういった悩みはアプリ市場が普及・拡大したせい、つまり「社会構造」に原因があるため、あまり自己責任的に考えないほうがいいと感じています。さらに、男性たちの許容範囲が狭すぎるのも一つの要因ですよね。とはいえ、それらをすぐに変えることもできない。だから、問題をクリアに認識している女性側が、解像度を落として、社会の仕組みや男性側に合わせなきゃいけないような形になってしまっている。解像度の高い方が低い方に合わせるのって、すごく大変ですよね……。
では、どうしたらいいか。問題が解決するかどうかはわからないけれど、一つの方法としては、とことん“モテ”に寄せてみる、というのもありかもしれない。単純にこだわりやプライドを捨てて男たちに合わせるのではなく、メタ視点で面白がりながら、プレイとしてやってみる、というか。「うわ、ベーシックな色の洋服を着ただけで、本当にマッチ率が上がるんだ!」みたいに、市場調査みたいな目線で楽しむ手もある(笑)。
そのうちに、素敵な人と出会えればベスト。そこまでうまくいかなくても、“モテ”の経験や確認はできるかもしれない。今の高い解像度を捨てる必要はなく、そのままの自分で気が済むまでやってみることで、何か発見があるんじゃないかな、と思うんです。
セラピー本① 歴史的な哲学者たちの考えに共感して、自信を得られる1冊
清田さん:今回は、そんな考えをもとに本をセレクトしてみました。1冊目におすすめしたいのは、『恋愛の哲学』。
戸谷洋志
『恋愛の哲学』
(晶文社)
清田さん:これは、プラトンやデカルトやヘーゲルといった、教科書で名前を見たことがあるような有名な哲学者たちが、恋愛についてどう論じてきたかということを、著者の戸谷洋志さんがわかりやすく解説してくれている本。
歴史に残る哲学者たちも、それぞれの時代で葛藤を感じながら、恋愛についてこう考えてきたんだ、こんな言葉を残してきたんだ、ということを知れる1冊です。
ライターF:哲学というと難しいイメージがありましたが、恋愛がテーマだということもあって、とても読みやすかったです。
清田さん:アスリートに、速く走れるとか高く跳べるといった能力があるように、物事を徹底的に言語化していく点に哲学者の能力があるのかもしれない。人間が陥ってしまう状況や抱えてしまう感情を言葉にしてしまう、言語化のすごみを感じられるのが、この本の魅力。「高尚すぎてわからない」ということがなく、理解を深められる心地よさを味わえると思います。
エディターH:本の中で掘り下げられる内容も、身近に感じられるものばかりでした。
清田さん:例えば、「なぜクズを愛してしまうのか」とか「好きな相手から好意を寄せられると、なぜ気持ちが冷めるのか」といった、現代に通じる問題もたくさん出てくるんですよね。
今、相談者さんたちが交わしているガールズトークや、そこから進めている分析や考察も、錚々たる哲学者たちが論じてきたことに匹敵しているかも。それに気づくことで、エンパワメントに繋がれば、と選んだ1冊です。「自分たちの考えてきたことは間違いじゃなかった!」と自信を持ってもらえたらいいな、と思います。
セラピー本② 恋愛のニッチな面白さに目を向けたコラム集
清田さん:そして2冊目に選んだのは……『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』です。
桃山商事
『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』
(イースト・プレス)
ライターF:この連載が始まって以来、初めてのご自身の著書の登場ですね!
清田さん:手前味噌で恐縮です(笑)。この本は、これまでに寄せられたお悩みや自分たちの経験をもとに、“細かすぎる恋愛の話”をおしゃべり形式で紹介していく1冊なんです。
エディターH:テーマになっているのは、恋愛における「ケンカ」や「お金」や「エロ」……それらの要素が、冒頭に牛のイラストで紹介されているのも面白いですね!
清田さん:タイトルに込めた意味でもあるんですが、恋愛の話というと“モテ”とか“愛され”がメインとされがちですが、それ以外にも楽しいことはあるよ! 牛肉でいうカルビやハラミ以外の、ニッチな部位にもおいしいところはあるよ! ということを伝えたかったんです。
現代の社会制度では、適齢期と呼ばれる歳に独身の男女が出会い、恋愛、結婚、出産とステップを踏み……というのが、なんとなく正規の道とされているじゃないですか。もちろん、その王道ルートに乗らなくても全然いいんだけれど、整備された道を外れることには、やっぱり恐怖やリスクもつきまとう。
じゃあどうしたらいいのか、という問いには答えが出ないのが正直なところなんですが、恋愛って、つき合ったり結婚したり子どもを授かったりすることだけじゃないよ、ということは言えるかな、って。
恋人とくだらないことで盛り上がったりもめたりもするし、さらにそれを、友達と話して大笑いしたり、仕事に生かしたりすることもあるわけじゃないですか。
エディターH:まさに、清田さんの活動やこの連載のように(笑)。
清田さん:そうそう。アプリでしょうもない男と出会って意味のない時間を過ごしてしまった、みたいなことだって、飲み会のネタになったり、SNSで共感の嵐を呼んだり。もしかしたら社会に対する問題提起にもなるかもしれない。
パートナー探しや婚活って、結果ばかりがフォーカスされがちだけれど、決して結果がすべてじゃない。「無駄だった」「自分がダメだった」なんて考えず、マッチしなかった経験から得られるエピソードや学びも宝物だと思ってもらえたら、と。
ライターF:いいお話……! お便りの最後には、「清田さんの“モテ”との向き合い方を聞かせてください」とありますね。
清田さん:自分なりに答えるとするなら、「まともに組み合う必要はないかも」ということでしょうか。社会的な“正解”のようなものを押し付けられたら、消耗してしまいますから。“モテ”とか“愛され”からは逃げて! 恋愛の、それ以外の面白いところも、余すことなく味わって! という感じ。この本が、そうするためのヒントになったらうれしいですね。
頑張らなくていい時代だけれど、踏ん張らざるを得ないときに、自分を鼓舞してくれる本は?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
挑戦してみたいことがあり、数年にわたって会社内での異動を試みているのですが、なかなか希望が通らず、虚無って動画に浸る日々です。心が折れそうだけれど、どうにか踏ん張りたい、そんな自分を鼓舞してくれるお守りのような本はありますか? 今の世の中には、時にはあきらめてもいい、頑張らなくてもいい、というムードがありますよね。そのほうが正しいとは思いますが、優しいことを言ってくれる人はピンチに陥っても助けてくれないし、ここぞというときに踏ん張れる力をつけたい! 人生においては、頑張らないといけない場面が何度か訪れると思うのですが、そのときに寄り添ってくれる本があったら心強いのではないでしょうか? 清田さんにとって、そのような本はありますか?
ライターF:今回は、「挑戦したいことがあるのにうまくいかない」と悩んでいる方からのお便りです。「今は頑張らなくていい時代だけれど、ここぞというときに踏ん張れる力をつけたい!」――わかるわかる、とうなずいてしまいました。
清田さん:なるほど……。自分のタイムラインには最近、なぜか外国人同士がケンカしているショート動画ばかり流れるようになってきてしまい、AIのサジェスチョンセンスがよくわからなくなってきました。
そんなことはさておき、確かに今って、「頑張れ、負けるな、できないのは自己責任だ!」みたいなマッチョな姿勢はしんどいから、無理をしないで自分の心地よさを大事にしよう、という風潮になってきていますよね。自分としても、そのほうがいいなって心から思っています。
とはいえ、相談者さんの言うように、現実社会の中では頑張らねばならないときも確かにある気がするんですよね。例えば自分の場合、1本の原稿を書くうえで、たくさんの資料を読んで時間をかけて取り組んだほうが濃密なものができるな、とか。趣味でやっている草サッカーでも、日頃からトレーニングを積み重ねておいたほうがいいプレーができるな、とか。
「無理はよくない」「楽しむことが大事」というのも本当にそのとおりだけれど、頑張ったほうがやりがいや喜びを感じられることもあるんじゃないかな、と。だから、“頑張らなくていい時代”と“それでも踏ん張るべきとき”との間で揺れ動く気持ちには、とても共感できます。
エディターH:相談者さんの場合は、「会社内での異動を試みているけれど、希望が通らず心が折れそう」とありますね。
清田さん:会社員の方の場合は、組織の仕組みに問題があったり不本意な仕事を振られたり、というストレスも抱えがちかもしれませんね。構造問題の場合、本来であれば努力すべきは組織の側ということになるはずですが、そんな理不尽な場面でもやはり、「現実問題、今は現場にいる自分がやるしかない」という瞬間があったりする。
ライターF:今回は、まさにそんな場面で「自分を鼓舞してくれる、お守りのような本を」というリクエストですね。「清田さんにとって、そのような本はありますか?」という質問もいただいています。
清田さん:そういうときこそ、ビジネス書がいいんじゃないかと思って、2冊挙げてみました。ビジネス書や自己啓発本の類って、なかには「そんなにうまくいくの!?」とツッコミたくなるものも正直なくはない(笑)。でも、主張もロジックも明快で、読むと元気が出るんですよね。「これなら俺にもできるかも!」って。自分を鼓舞したいときにはぴったりの、“読むエナジードリンク”だと思います。
セラピー本① 「やりたいことをやったほうがいいんじゃない?」と気づきを与えてくれる1冊
清田さん:ビジネス書というと「あれをやれ」「これを学べ」みたいな方向性がまだまだ主流だと思いますが、今回ご紹介する2冊は、それらとは少しアプローチが異なる本で、いわば“脱力系”のビジネス書。最初におすすめしたいのは、『限りある時間の使い方』です。
オリバー・バークマン・著
高橋璃子・訳
『限りある時間の使い方』
(かんき出版)
清田さん:これは、全米でベストセラーになった話題の本。訳者の高橋璃子さんは、ジェンダーやフェミニズムの分野でも素晴らしい本を翻訳されていて。それが、興味を持ったきっかけでした。
この本の帯にあるのが、「人生は『4000週間』あなたはどう過ごすか?」という言葉。今の時代、「この世の中をサバイブするためには、生産性を上げて時間を有効活用しなければ」と考えがちだけれど、この本のメッセージは真逆。「人生は4000週間しかないんだから、いくら詰め込んだって、全部できるわけはない。時間と戦っても勝ち目がない以上、“今”を生きるしかない」ということが書かれているんです。
ライターF:冒頭で、「人生は4000週間しかない」と言われて、ハッとしてしまいました。
清田さん:ビジネス書のいいところは、はっきり言いきることで、要点が頭に入ってきやすいところ。この本では、「人生は限られている」という動かしようのない事実が、「80年」でも「30000日」でもなく「4000週間」と表されていて、すごくリアルに感じられるんですよね。
自分がこれを読んで感じたのは、“成功”と“幸福”は違うんだ、ということ。“成功”は外から設定された目標をクリアすることだけれど、“幸福”は自分が「いいな」と思える時間を過ごせる状態、というか。ずっとじゃなくても、たまにそういう時間があれば、豊かな人生だな、って思えそうじゃないですか?
もちろん、これを読んだからと言って、コスパやタイパを求める意識がなくなるわけじゃない。社会の構造上、我々はちょっと油断するだけで焦燥感の渦に巻き込まれてしまいますから。ただ、この本は、そんな社会の問題や生産性の罠についてもしっかり解説してくれている。そのうえで、「限られた人生、やりたいことをやったほうがいいんじゃない?」と気づきを与えてくれるところが魅力だと思います。
エディターH:相談者さんの場合は、すでに何度かアクションを起こしているみたいなので、より心に響きやすいかもしれませんね。
清田さん:「やらなきゃいけない」ことで埋めつくされがちな中、「やってみたい」ことがあるなんて、とても貴重なこと。この本を読んで、肩の力を抜いて、「せっかくだから、もう少し踏ん張ってみるか!」という気持ちになれるといいですよね。
セラピー本② 気軽に読めて背中を押してくれる、エンパワーメント本
清田さん:1冊目が、説得力を持って脱力させてくれる本だとしたら、2冊目は、ゆるいアプローチで脱力させてくれる本。『最後はなぜかうまくいくイタリア人』です。
宮嶋勲・著
『最後はなぜかうまくいくイタリア人』
(日本経済新聞出版社)
清田さん:この本は、電車の中で広告を目にして手に取ってみたもの。
ライターF:この連載では初めて聞く出合い方ですね。
清田さん:著者は、長年、日本とイタリアを行き来しながら活動してきたワインジャーナリスト。その著者が、自分が見てきたイタリア人の特徴を主観的に述べながら、「几帳面でシビアな日本人は、おおらかで適当なイタリア人から学べることがあるんじゃない?」と問いかけてくれるんです。
エディターH:「アポの時間は努力目標」とか「いつでも仕事し、いつでもサボる」とか、なんかいいな、と思っちゃいました(笑)。
清田さん:そうそう、「仕事相手でも『友達』」とかね。公私混同って今の日本ではあまりよしとされていませんし、きちんと境界線を引きながらビジネス上の人間関係を築くことも大切だとは思う一方、時には公私混同しながら楽しくコミュニケーションをとるのもいいのかも、って。
自分の中に「イタリア人がみんなこうだとは言いきれないだろう」という斜めな視点もあるんですが(笑)、読んでいると不思議と癒されるんです。
ライターF:「へぇ~そうなんだ」「それでいいんだ!」と、楽しく読めて気がラクになりますね。
清田さん:タイトルの、『最後はなぜかうまくいくイタリア人』っていうのもいいですよね。イタリア人が誰かもわからないし、理由も特にないものの、“なぜか”うまくいくという(笑)。だいぶざっくりしているけれど、いつもいつも厳密で解像度の高いものに触れていると、疲れてしまう。これくらい軽いノリのほうが、パッと簡単に受け取れていいことだってあるんじゃないでしょうか。
自分とトミヤマユキコさんの共著である『大学1年生の歩き方 』(左右社)という本の帯にも、「大丈夫、絶対になんとかなる‼」というメッセージがあって。「よくわからないけれど、なんとかなる」というスタンスって、意外に大事だし、そう信じられる社会であってほしいと思うんですよね。
今回の相談者さんも、もう十分、頑張っているはずなので、「あれをしろ、これをしろ」とバンバン課題をつき付けてくる本だと、読むだけでエネルギーを消耗してしまいそう。これくらい気軽に読めて背中を押してくれる本のほうが、エンパワーメントになるんじゃないかな、と考えて選んだ1冊です。
人との距離の取り方、詰め方の正解がわからない…。距離感に悩んだときにおすすめの本は?
今月の“虚無っちゃった”読者のお悩み…
社会人10年目を迎えます。最近、同僚との間でよく話題になるのが、「世代によって、人との距離の取り方、詰め方がかなり違う」という問題。後輩に、コロナ禍以降に入社した人たちがいるのですが、自分が新人の頃よりも、いい意味でドライ。気を遣いすぎることなく自分軸で動いているのを見ると、「気持ちがいいな~、自分にはできなかった!」と思ってしまいます。一方、その様子を見た上司や先輩は、顔には出さずとも物足りないよう。上司や先輩の気持ちもわかりつつ、後輩のさっぱりした振る舞いが羨ましくもあり……。板挟みがつらくなると、虚無ってSNSを見続けてしまいます。コミュニケーションの正解、不正解を、どうやって判断していけばいいのでしょうか?
ライターF:今回のテーマは、“人との距離の取り方、詰め方”。相談者さんは社会人10年目ということで、上司や先輩と、後輩との間で板挟みになっているようですね。
清田さん:なるほど……自分のタイムラインには、最近やたらと収納系のショート動画が流れてきて、「シンデレラフィット」という言葉に胸躍るようになってしまいました。
そんなことはいいとして、僕自身はいわゆる会社組織に属した経験がないのですが、相談者さんが味わっている“中堅ならではの板挟み状態”というものは、自分にも身に覚えがあります。
時代的な流れで見れば、バブル崩壊以降、ずっと右肩下がりの世の中で、会社にフルコミットすることより、自分で自分の身を守ることのほうが重要、という価値観が主流になってきましたよね。昭和から平成、令和へと時代が移り変わるにつれて、「会社は家のようなものだ!」「仕事仲間はファミリーだ!」「飲みニケーションは必要不可欠だ!」みたいな考え方から、「いや、会社は仕事をするための場所ですよね」「自分たちには個人的なプライベートの時間も大切なので」「会社では仕事に必要な関係を築き、それ以外はちゃんと線を引くべきだ」みたいな考え方に、どんどんシフトしているように感じます。
だから、相談者さんが20代だった頃は、当時30代だった人たちがこのお悩みのようなことを感じていたかもしれないし、今40代の自分が20代だった頃だって、さらに10~20歳上の世代の人たちが同じように感じていたかもしれない。こういった世代差は、社会構造が生み出している側面もあると思うんです。
エディターH:ということは、いつの時代も中堅世代が抱えてきた悩み、ということでしょうか。
清田さん:ただ、ここ10年くらいで、ハラスメントやコンプライアンスへの取り組みが進み、「権力を持っている側がそうでない側を、無自覚に傷つける事例があるから気をつけなくては」という意識が、すごく高まっていますよね。それが進んで、昔なら若者の立場でいられたはずの30代の人にすら、「加害者になってしまったらどうしよう」という恐怖感が広がっているような気がします。
もちろん、そういう時代や社会の変化はあってしかるべきものだと思います。でも、それによって、相談者さんの文面からにじみ出ている、「上の世代にされて嫌だったことはしたくない」「でも、自分たちが慣れ親しんだコミュニケーションが通用しないのはもどかしい」「自分たちにはできなかったことをやってのける後輩たちに、どこかで嫉妬してしまう」というような、複雑な気持ちが生まれているところもあるのではないか……。
ライターF:難しいですね。「コミュニケーションの正解、不正解を、どう判断していけばいいのでしょうか?」とありますが、時代や社会が変わっていくと、正解、不正解も変わってくるでしょうし……。
清田さん:そうなんですよね。これからも変化は続いていくだろうから、一度正解にたどり着けたと思っても、1年後には不正解になっている可能性もある。「これが正解!」「こうすれば間違いない!」というものは、おそらく存在しない。
……と言うと希望がないように聞こえるかもしれませんが、面倒でも、試行錯誤しながら、その時その時で、その人その人との、コミュニケーションのあり方を探っていくことはできるし、それはすごく大事なことなんじゃないかな、と思います。
セラピー本① 複雑な問題について考え続ける意欲を与えてくれるエッセイ
清田さん:というわけで今回は、“正解はない”を前提に、コミュニケーションのあり方を探るうえで、気づきを与えてくれる2冊を挙げてみました。1冊目は、『共感と距離感の練習』です。
小沼理・著
『共感と距離感の練習』
(柏書房)
エディターH:タイトルからして、今回のお悩みにぴったりですね!
清田さん:そうなんです。これは、男性の同性愛者としてジェンダーやセクシュアリティの問題について考えたり、アートやカルチャーの紹介をしたりしている、ライター・小沼理さんのエッセイ集。
小沼さんは同業の後輩で、優しくて文章も素敵で、つねに“線引き”の問題について考え続けている方なんです。この本でも、例えば、人の話に安易に「わかる」と言ってしまうと、相手によっては暴力的にも感じられるのではないか、でも誰も傷つけないように距離を取りすぎてしまうと、わかりあえないままで終わってしまうのではないか──というようなことが、試行錯誤を伴いながら書かれている。
ライターF:ひとつひとつの問題について、揺れ動きながら書かれているのが伝わってきて、とても誠実で丁寧な印象を受けました。
清田さん:まずは、この小沼さんの言葉を、存分に浴びてもらえたら……と思っておすすめしました。タイトルにも『共感と距離感の“練習”』とある通り、ここにはノウハウが書いてあるわけではないんですが、正解のない問いに対して考え続ける人の文章を読むと、不思議と優しい気持ちになれるし、複雑な問題について考えてみようという意欲がわいてくると思うんですよね。
世代が違う人とも、重なる部分もあるし違う部分もある。重なっていると思ったら違っていることもあるし、違っていると思ったら重なっていることもある……、というように、ぐるぐると考えてみるのもいいんじゃないかな、って。
ライターF:小沼さんの姿勢に励まされて、モヤモヤしていることも肯定的にとらえられるようになるかもしれませんね。
清田さん:悩んでいること自体は、決して悪いことじゃない。むしろ、考え続けることで自分の感覚や意見が変化・更新していき、それが自然と目の前の人間関係やコミュニケーションにも反映されていくはず。そんなふうに思えるようになるきっかけを与えてくれる1冊だと思います。
セラピー本② 人との距離を考えることの奥深さに気づかせてくれる1冊
清田さん:2冊目は、ご存じ“ヒデちゃん”の著書、『いばらない生き方ーテレビタレントの仕事術ー』です。
中山秀征・著
『いばらない生き方ーテレビタレントの仕事術ー』
(新潮社)
エディターH:1冊目とは、また違ったテイストの本ですよね。
清田さん:この本は、ひょんなことからその存在を知り、興味を持った1冊。中山秀征さんといえば、どんな番組にも溶け込んで、いつも楽しそうに話をしているイメージがあるじゃないですか。なんとなくふわっとした印象だけれど、よく考えたら、単なる人当たりのよさや物腰の柔らかさだけで、浮き沈みの激しい芸能界を40年以上も生き残れるわけはないよな、と……。そんな“ヒデちゃん”が仕事論を語っているというのも意外で、何が書かれているのか、すごく興味を持ったんです。
読んでみると、やっぱり絶妙なポジション、絶妙な距離感の裏側にある哲学が明かされていて。ひと言で言うと、つねに、現場の空気感やそこで求められている自分の役割、共演者との関係性や相手のキャラクターなどを瞬時に感じ取って、その都度その都度、そこにアジャストしている、という感じなのかな、と思うんです。
ライターF:ものすごい能力ですよね……!
清田さん:いや~、まじで匠の技術ですよ! あんなに特殊な世界で、俳優さんや芸人さん、天才的な学者さんや天然系のタレントさん、強面の大御所や一期一会の一般人と、あらゆる世代のあらゆる肩書きの猛者たちを相手に、毎回、距離の取り方や詰め方の最適解を探りながら円滑にコミュニケーションしていくわけですから……ある意味すごすぎて怖い(笑)。
ライターF:しかも、テレビで楽しく見ているだけでは、そんなに特別なことをされているとは気づきにくいところもすごい!
清田さん:以前から自分も、例えば勝俣州和さんとか、ドラマ『不適切にもほどがある!』で絶賛の声が上がった八嶋智人さんとか、「本当は特殊すぎる存在なんだけれど、それを誰にも気づかせない熟練の凄み」、みたいなものを放っている人の存在が気になっていて、中山さんもその一人だったんですが、それもこの本を「読まなきゃ!」と思った理由かも。
本の中で書かれていることも、ひとつひとつは「確かにそうだな、自分も同じようなことはやっているかも」と納得できるようなことなんですよ。例えば、「自分が前に出て話すんじゃなく、みんなの会話を拾うことで盛り上げることもできる」とか「無理に面白い経験を作るより、心から楽しんでいる姿を見せればいい」とか。
でも……そのすべてを並べてみると、「これを全部、40年以上もの間、どんな場面でも、どんな相手にも、その都度その都度、的確にやっている」ということが極めて恐ろしいことのように思えてきて、思わず震えてしまう。だって、芸能界のどんな大物の隣にいてもまったく違和感がないなんて人、そうそういないでしょう? まったく恐ろしい能力ですよ(笑)。
エディターH:この本のおすすめポイントとしては、その恐ろしい能力から学ぶことがある、ということですか?
清田さん:もちろん、中山さん自身が悩んだり壁にぶつかったりした経験も書かれているから、失敗やその乗り越え方を教訓にすることもできると思います。でも、それ以上に自分の心に響いたのは、コミュニケーションの世界にはコミュニケーションの世界の匠がいる、ということかな(笑)。人との距離の取り方や詰め方も、奥の深い世界。茶道や華道みたいなものだということがわかるんじゃないか、と。
ライターF:“距離道”みたいな感じでしょうか(笑)。
清田さん:そうそう、“距離道”を極めている“ヒデちゃん”の背中を見れば、こんなに奥の深い世界の入り口に自分も立ったんだ、と思えるはず(笑)。相談者さんも、まだまだ悩んでも当たり前だなって思えて気持ちが軽くなるといいな、と思います。