友達と旅ができない、パートナーに指摘されたと、いびきに悩んでいる人の声を聞きます。いびきは、睡眠の質を低下させるのでしょうか? また、近年、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が、女性に増えているというデータもあります。SASを専門に治療する日本睡眠学会専門医の井坂奈央先生に伺います。
Dクリニック東京ウェルネス 睡眠・SAS外来 睡眠センター長
医学博士。埼玉医科大学医学部医学科を卒業後、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科を経て、2022年9月よりDクリニック東京ウェルネスで勤務。睡眠時無呼吸症候群を専門とし、男性にとどまらず女性・小児と数多くの診療を経験。専門は睡眠時無呼吸症候群など。日本睡眠学会専門医。
「いびき」はなぜ起こる?女性でなりやすいのは?
増田:いびきは、なぜ起こるのでしょうか? 睡眠にどのように関係しますか?
井坂先生:いびきは、睡眠中に気道が狭くなり、そこを空気が通るときに喉が振動することによって生じる音です。つまり、いびきをかくということは、気道が狭くなっている証拠なのです。
増田:なぜ、気道が狭くなるのでしょうか?
井坂先生:気道を狭くする要因は、さまざまあります。あお向けで寝ると、健康な人でも重力で舌や軟口蓋が気道を狭くしてしまいます。
そこに加えて、加齢や筋力の低下、肥満、舌が重くなる、あごが後退している、扁桃肥大がある、軟口蓋が形態的に長いことなどでも、気道が狭くなったり、舌が下がったりします。また、鼻が詰まって口呼吸になっていると、口呼吸のクセがついて、舌は下がりやすくなります。
女性の場合、小顔であごが小さいと、気道の幅が狭く、あお向けで舌が奥に行くことで気道を塞ぎます。いびきのリスクになりますね。
また、筋肉があれば、あお向けになっても、舌が上に留まっていられるので気道を塞ぎません。でも、加齢や肥満で筋肉が減って脂肪が増えると、あお向けのときに舌は下に落ち、気道を塞いでしまいます。特に、あごが小さい人は、年齢を重ねることや体重増加とともに、リスクが上がります。両親ともに、いびきをかく人は要注意です。
【正常な気道】
正常な場合でも睡眠中は、軟口蓋、舌根、喉頭蓋が下がり、重力によって気道は狭くなります。
【狭くなった気道】
鼻や喉になんらかの異常があると、慢性的に気道が狭くなって、ときには気道が塞がり呼吸をしにくくなります。
いびきと睡眠の質の関係は?
増田:いびきをかくと、睡眠が浅くなったり、睡眠の質に影響しますか?
井坂先生:いびきだけであれば、睡眠の質に影響はないと思います。影響を受けるのは、隣に寝ている人やパートナー。いびきがうるさくて眠れないなど、睡眠の質が落ちることがあります。
いびきで気をつけなくてはならないのは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)です。いびきは、SASの症状で最も多く、SASを見極めるうえでの大事なサインになります。1時間当たりの無呼吸が15回以上あって、さらに日中の眠気などのある人は、SASを疑ってもいいと思います。
【睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは?】
睡眠中に呼吸が止まり、それによって日常生活にさまざまな障害を引き起こす病気です。潜在患者数は国内で約900万人とも言われています。SASのおもな症状は、いびき。いびきをかくということは、気道が狭くなっている証拠です。また、寝汗や寝相が悪い、夜中何度もトイレに起きるなどもSASに起こりやすい症状です。起床時に頭が重い、倦怠感がある、日中の眠気も重要なチェックポイントです。
いびきの治し方:舌のトレーニング
増田:いびきを治す方法は、ありますか?
井坂先生:肥満の方は体重を落とすことで、いびき軽減効果があります。アレルギー性鼻炎の方は、その治療をしましょう。
歯科でマウスピースをオーダーメイドでつくるという方法もあります。また、口呼吸のクセを治す、市販の口テープを試してみるのもいいと思います。
舌の筋力の低下で、舌が気道を塞ぐことで、いびきをかくわけですから、舌の筋肉を鍛える体操をご紹介いたします。
【舌のトレーニング】
舌は口腔内のさまざまな筋肉とつながっており、舌の筋肉が衰えると、睡眠中に支えられなくなります。舌をトレーニングして口周辺の筋肉を鍛えて、口呼吸の改善、いびき改善にもつながります。
●舌を前に突き出す
舌を思い切り前に突き出して5秒キープ。これを3回くり返します。
●舌を頬に押し付ける
片方の頬に舌を押し付けて、手を頬に当てて軽く押すようにします。舌でそれを押し返すイメージで。左右3セットずつ行います。
睡眠時無呼吸症候群はどんな人がなりやすい?
増田:睡眠時無呼吸症候群(SAS)になりやすい人は、いびきをかく人でしょうか? ほかにも、なりやすい人はいますか?
井坂先生:肥満の人、高血圧、糖尿病の方はリスクが高いです。あごの小さな女性も、SASのリスクになります。
SASは、肥満によって気道が狭くなり、太った舌が気道を塞ぐことで起こす40~60歳の男性に多いのですが、女性でも更年期から増加していきます。
更年期以降は、体重が増えやすくなり、加齢とともに筋肉もゆるみます。舌も太り、筋力が低下すれば、気道がより塞がれやすくなり、いびきやSASのリスクも上がるのです。特に女性は、もともとあごが小さいため、気道が塞がれやすい形態的な問題もあり、また女性ホルモンが気道を拡げる役割もしているので、更年期以降は注意が必要です。
けれども肥満がなくても、ほかの条件が重なることによってSASは発症することがあります。たとえば、SASの30%の人は、BMI 25未満の肥満をともなっていない人です。日本人は、肥満程度が軽くても、あごが小さいなどの問題からSASを発症しやすい人種と言われています。ですから、あごの小さい女性でさらに閉経以降は、SASのハイリスクとして注意してください。SASは、心不全、脳卒中などの命にかかわる病気とも関連することがわかってきて、症状がある人は早めの検査がすすめられます。
睡眠時無呼吸の検査や治療法は?
増田:どのような検査をするのですか? クリニックは何科を受診すればいいですか?
井坂先生:クリニックは、睡眠外来やSAS外来を検索してみてください。クリニックでは、自覚症状、日常の睡眠状況、日常生活について問診します。日ごろの睡眠に関する悩み、昼間の眠気や既往歴、体調や体型の変化、SASに特徴的ないびきなどの情報は、診察するうえで大切な情報です。
問診の結果で、SASが疑われる場合は、まず「簡易検査」として簡単な検査機器を使って、自宅で1〜2日間検査をします。手の指先や鼻の下にセンサーをつけ、いびきや呼吸の状態や酸素飽和度を測定することで、SASの可能性を調べます。簡易検査の結果をみて、SASと診断されたら治療を開始します。SASの検査は、健康保険が使えて、保険診療3割負担で3500円程度です。
増田:SASと診断された場合の治療法にはどのようなものがあるのでしょうか?
井坂先生:SASと診断された場合は、「CPAP(シーパップ)療法」「生活習慣の改善(体重増加の減量プログラム)」「マウスピースによる治療」「外科的手術」のおもに4つの治療法があります。
なかでも、舌が気道を塞いでしまって起こる中等症以上のSASには、CPAP療法がファーストチョイスの治療法です。欧米や日本国内でも普及しています。CPAP療法は、鼻から専用のマスクを通じて気道に空気を送り込むことで、舌が沈み込んで、気道を塞ぐのを防ぎます。SASを改善するだけでなく、高血圧の予防や改善、不整脈や糖尿病の改善などにも効果があり、SASの合併症である心不全などの循環器系の病気の発症を抑制したり、発症後の経過を改善することも明らかになっています。CPAP装置は毎日装着して寝ます。10年前よりコンパクトになり、使いやすくなりました。SAS中等症以降で保険適用です。
のどを手術やレーザーで広げて、いびきを治す日帰り手術などもありますが、この治療では治らない人もいます。のどの日帰り手術は、専門医に相談して、手術で治るいびきかどうかを見極めてもらいましょう。
増田:いびきと睡眠時無呼吸症候群について、ケア法や治療法を教えていただきました。日常生活の改善が大事ということが改めてわかりました。ありがとうございました。
取材・文/増田美加 イラスト/大内郁美 企画・編集/木村美紀(yoi)