日々、当たり前のように行なっている「睡眠」。実は、私たちが健康に過ごすうえで欠かせない重要な役割を担っています。その仕組みや役割はもちろん、睡眠不足のデメリットから“質のいい眠り”を手に入れるためのアドバイスまで、医学博士の西野精治先生に教えていただきました。今回は、「睡眠不足がもたらすリスク」について。
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Q6.睡眠不足が続くと太るのはなぜ? ほかにも体へのリスクはありますか?
医学博士
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長。日本睡眠学会専門医。ブレインスリープの創業者兼最高研究顧問。著書に『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)、『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』(日本文芸社)など。
A6. 睡眠不足は食欲にかかわるホルモンに影響します。肥満や生活習慣病、がんの発症リスクが高まり、瞬間的な居眠りも発生!
質の悪い睡眠や慢性的な睡眠不足は、日中の眠気や判断力の低下だけでなく、免疫力を下げ、 ホルモン分泌や自律神経に悪影響を与えます。
例えば、食欲にかかわるホルモン分泌に異常をきたすと太りやすくなり、悪化すると糖尿病や高血圧などの生活習慣病を引き起こします。心筋梗塞や脳血管疾患、がんの発症リスクも高まります。そのほか、うつ病など精神疾患のリスクを高めることもわかっています。
また、日本では働く人の3割近くがシフト制の交代勤務に従事しているといわれます。不規則な勤務形態では睡眠も乱れやすくなります。そうした状況を少しでも改善しようと、体内時計を同調させやすいシフトを組む業態もみられます。看護職のような3交代制の業態で、「日勤→準夜勤→夜勤」の順で数日間ずつ後ろにずれるシフトを組む方法です。
体内時計は、後ろにずらすほうが合わせやすいので、前にずらすシフトやランダムなシフトよりも体への負担が軽くなります。もちろん、同調のしやすさには個人差があり、誰でもうまくいくとは限りません。本来、職種によって睡眠に差が出てはならないはずです。
寝ていないことは自慢できることではありません。日本において、「睡眠が正しく管理されていないことによる経済損失は年間15兆円」という試算もあります。睡眠不足は産業事故をはじめ、社会全体で大きな損失を生むのです。どんな仕事も、十分な睡眠を確保できる働き方が求められます。
ホルモンバランスの異常で食欲が抑えられなくなってしまう
「短時間睡眠の女性は肥満を表すBMI値(体格指数)が高い」。これは、肥満と睡眠時間の関係について、サンディエゴ大学の研究報告によってわかったことです。夜ふかしをすると、つい余計なものを食べてしまいがちです。実際、スタンフォード大学の学生と実験を行なったときにも多くみられた典型的な行動でした。夜遅くに食べることも積み重なり、肥満につながっていくと考えられます。
なぜ、眠らないと食べてしまうのでしょうか。それは、起きている時間が長いから食べる量が増えるのではなく、睡眠不足により、食欲にかかわるホルモンが影響を受けているからです。
米国・ウィスコンシン州の住民を対象に行なわれた「睡眠時間とホルモン分泌の関係」についての調査で、睡眠時間が短いほど、脂肪細胞から放出されて食べすぎを抑制するホルモン「レプチン」が減り、食欲を増加させる胃のホルモン「グレリン」が増えていることがわかりました。つまり短時間睡眠によって、ホルモン量が変化し、食欲が抑えられなくなることで食べすぎてしまうのです。
本人も気づかない「瞬間的な居眠り」が起きていた!
また、睡眠負債を抱えた状態での運転は、アルコールや薬物摂取時の運転と同じくらい危険です。一見、正常に活動しているように見えたり、本人の自覚がなかったりするぶん、飲酒運転より危険かもしれません。
アメリカの学会誌『Sleep』に、内科など夜勤がある科の医師と、放射線科など夜勤がない科の医師20名を対象に、日中の覚醒状況を比較した調査結果が発表されています。その調査によると、夜勤明けの医師は、勤務中であるにもかかわらず、本人も認識していないほど瞬間的な居眠り(マイクロスリープ)をしていることがわかったのです。
マイクロスリープとは、脳波から読みとることができる眠りの状態で、1秒足らずの瞬間的なものもあれば、10秒程度続くこともあります。夜勤明けの医師にみられたマイクロスリープは最長4秒ほどもありました。
たいていは、ほんの一瞬の短い眠りであるために、本人も気がつかない場合が多いのがマイクロスリープの怖さです。例えば、時速60kmで車を運転していた場合、4秒眠っている間に70m近くも進んでしまいます。寝不足の日には、絶対に運転してはいけません。
取材・文・構成/国分美由紀
出典/『眠れなくなるほど面白い 図解 睡眠の話』(日本文芸社)