先進国の中で最も痩せている女性の割合が多く、20代の5人に1人が「痩せ」状態にある日本。これまで見過ごされてきた「痩せ」にひそむ健康リスクと、若い女性が「痩せているのに痩せたくなる」社会問題に向き合うため、2024年3月に『マイウェルボディ協議会』が立ち上がりました。内閣府も関わる大きなプロジェクトでもある『マイウェルボディ協議会』の代表幹事・田村好史先生と副幹事・室伏由佳先生にお話を伺いました。
医学博士・マイウェルボディ協議会代表幹事
医学博士。マイウェルボディ協議会代表幹事。順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー教授。糖尿病学・運動生理学・運動疫学などスポーツと医学による予防医学(スポートロジー)を研究。
スポーツ健康科学博士・マイウェルボディ協議会副代表幹事
スポーツ健康科学博士。マイウェルボディ協議会副代表幹事。順天堂大学スポーツ健康科学部/大学院スポーツ健康科学研究科 先任准教授。株式会社attainment代表取締役。専門領域は、女性の健康課題、アンチ・ドーピング(スポーツ医学)、スポーツ心理学等。2004年アテネオリンピック陸上競技 女子ハンマー投出場経験があり、アスリートとしてのキャリアを有している。
痩せている人は、太っている人と同じくらい糖尿病のリスクが高い
——初めに、今回のプロジェクトの軸でもある、若い女性の「痩せ」問題に注目したきっかけを教えてください。
田村先生:これまで糖尿病の専門医として、長年「メタボ」*と言われるようなどちらかというと肥満体型の人を研究対象にしてきました。その一方で、研究を進めるうちに、痩せている人が、太っている人と同じぐらいか、それ以上に糖尿病のリスクがあるということを知りました。ただ、なぜ痩せていて糖尿病になり易いのかが分からなかったので、調査してみたところ、若い痩せた女性は標準体重の女性に比べて、少食で運動量が少なく、筋肉量も少ないという「低回転タイプ」であるという傾向がわかってきました。
*メタボリックシンドローム:内臓脂肪症候群。内臓脂肪型肥満をきっかけに、脂質異常、高血糖、高血圧になる状態。
——「肥満は体に悪い」というイメージが強い一方で、「痩せは体に悪い」というのはあまり知られてない気がします。
田村先生:そうですよね。糖尿病のほかにも「痩せ」にはさまざまなリスクがあります。年代によっても違いますが、10代の体重が増加する時期に食べてないと月経に問題が起きやすく、さらに運動していないことが加わると骨密度が増加しにくくなります。20代以降も、貧血、月経異常、不妊の原因になりますし、骨密度が下がる閉経後は、骨減少症や骨粗鬆症のリスクも高まります。
妊娠・出産に際しても、低体重児が生まれやすく、低体重で生まれた子供は、将来的に糖尿病になりやすいなど、リスクが次世代に及ぶこともあるんです。このように、女性が⾃分らしく健康的な体を保つことが難しくなっている流れがあり、その背景にある「痩せ願望」につながる社会的なプレッシャーを軽減すべく、『マイウェルボディ協議会』が立ち上がりました。
先進国で最も「痩せている女性」の割合が高い日本
——ちなみに、「痩せ」とは、具体的にどんな状態を指すのでしょうか?
田村先生:国際的な指標に基づき、BMI*が18.5未満を「痩せ」としています。例えば、160cmの人だとBMI18.5の場合、47.4kg未満は痩せにあたります。
*BMI:ボディマス指数(Body Mass Index)。体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数。計算式は、体重kg÷(身長m)2。
——若い女性の「痩せ」はいつからどのくらい増えているのでしょうか?
田村先生:日本は、20代の5人に1人が「痩せ」状態にあり、先進国の中で最も痩せている女性の割合が多いんです*。統計を見ると、1980年ぐらいから増えていて、その原因としては、70年代後半からのダイエットブームの影響が考えられます。また、同じ時期にタレントのプロフィールに体重が明記され始めたことも理由のひとつにあるかもしれません。
*痩せている女性の割合は、日本が9.8%なのに対して、韓国は4.9%、アメリカは1.7%。途上国の栄養状態が改善され世界的にBMIの平均値が上昇している国がほとんどななか、日本とシンガポールの女性のBMIだけが低下傾向にある
ダイエット経験がある痩せの女性は、勤勉でストイックな傾向がある?
室伏先生:研究では、同じ痩せた女性でも、ダイエット経験がある人とない人では自身の体重に対する認識が異なることが明らかになっていて、ダイエット経験者は未経験者と比べて、体重に対する基準がとても厳しいことがわかりました。
また、性格特性にも違いが見られます。ダイエット未経験者の女性の特徴として、ダイエット経験者と比べて「開放性」が高く新しい経験に対して開放的な傾向であるのに対し、ダイエット経験者は未経験者と比較して「勤勉性」の得点が高いことがわかっています。
ダイエット経験者の特性として、責任感が強く自制心と忠実な行動を持って目標達成に向け努力する傾向にあるかもしれません。そのため、ダイエット経験のある低体重の女性はよりストイックに痩せにつながる行動をとる可能性があります。
SNSによる、歪んだボディイメージの刷り込み
——本来は痩せる必要のない人までもが自分の体に満足できずダイエットに駆り立てられてしまう、という背景には、何があるのでしょうか?
室伏先生:自己のボディイメージはメディアや社会文化に影響を受けるため、例えばSNSで痩せすぎている、非現実的な体型の写真などに触れ続ければ、歪んだボディイメージが刷り込まれ、形成されていく可能性は否めません。
——ボディイメージの歪みにつながるような、偏った社会認識や知識を変えるにはどうすればいいのでしょうか?
室伏先生:やはり、若い年代からの教育的アプローチは重要になると思います。日本では運動や食事に関する教育や情報発信は充実しているように思いますが、自他ともにボディイメージをどのように認識していくと良いのかなど、教える側の情報量や知識量にはまだ改善の余地が大きいと思います。まず、保護者や生徒に密接に関わる教職員の知識をアップデートしていくといいと思います。
今回はさまざまなデータを紹介しましたが、データのみで対応や解決策を検討するのではなく、実際に若い世代の皆さんと膝を突き合わせて生の声を聞きながら一緒にウェルボディについて考えていくとよいですね。
海外でのボディイメージの現状と日本のこれから
——海外の事例で参考になる事例はありますか?
室伏先生:先行研究をみると、例えば海外では学校教育においてボディイメージ教育プログラムを導入した事例があります。ボディイメージ教育とは、個人が自身の身体に対し、健康的で肯定的な見方を持つように促すプログラムや取り組みを指します。この教育では、自尊感情の向上、摂食態度の改善や摂食障害等の予防、メディアから受ける影響への批判的思考能力の育成などを目指しています。
あるカナダのプログラム*1では、一定期間にわたりボディイメージ満足度や自尊感情、ダイエットに対する態度が改善するなど、ポジティブな効果が示されています。また、摂食障害と家族や仲間の影響との関係を評価した研究*2では、思春期のダイエット行動、体形への不満、過食症の症状には、家族と仲間の両方が不健康な食習慣に影響を与えているというメタ解析のデータもあります。
日常的な社会的交流は思春期世代への不健康な食習慣に影響を与えますし、特に両親や同世代の仲間の体重に関する問題は、思春期の少年少女に伝播する可能性があるとされています。
体形が変化する思春期の年代だからこそ、身近な他者からの容姿や体型に関するコメント体型に関して嫌なコメントを発せられた際の対応について教育が必要であり、もし言われたらどう返答するのかを学ぶことも重要です。また、心理学的な視点から容姿や体型に関するコメントが人間関係やメンタルヘルスにどのような影響を与えるかについても理解することが大切だと思います。
*1 McVey, G. L., Davis, R., Tweed, S., & Shaw, B. F. (2004). Evaluation of a school‐based program designed to improve body image satisfaction, global self‐esteem, and eating attitudes and behaviors: A replication study. International Journal of Eating Disorders, 36(1), 1-11.
*2 Marcos, Y. Q., Sebastián, M. Q., Aubalat, L. P., Ausina, J. B., & Treasure, J. (2013). Peer and family influence in eating disorders: A meta-analysis. European Psychiatry, 28(4), 199-206.
——『マイウェルボディ協議会』の公式ページを見ると「ひとりひとりが自分らしく心地よくあり続けられる健康な身体=“ウェルボディ”を、自らの意志で選択できる社会」とあります。個人だけではなく、社会も含んでいるのが印象的でした。
室伏先生:ウェルボディのためには体や心の健康はもちろん、健康な心持ちで社会と接し、社会の一員として満たされることが大切です。だからこそ、若い女性の痩せを社会課題として捉え、個人の努力にとどまらず社会全体で取り組んでいけるように、『マイウェルボディ協議会』を通じて、皆さんと力を合わせご一緒に取り組んでいければと願っています。
取材・構成・文/長田杏奈 構成/種谷美波(yoi)