カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。

第9回はアメリカで移り変わるダイエットカルチャーとボディ・イメージについて。「ありのままの体を愛そう」というメッセージとともに広がった「ボディ・ポジティビティ」、今はそこから派生した「ボディ・ニュートラリティ」の考え方が徐々に受け入れられているといいます。また、新しい減量薬として注目を集める『オゼンピック』の危険性、過度なダイエットや摂食障害に陥らないために覚えておきたい「Food is Food」の考え方について伺いました。

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竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』(講談社BOOK倶楽部)での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.9 “Food is Food”——

ボディ・ポジティブからボディ・ニュートラルへ

竹田ダニエル Z世代 連載 ダイエット

photo by Daniel Takeda

ダニエルさん:アメリカでも日本でも、日々さまざまなダイエットカルチャーやフィットネストレンドが生まれていますよね。振り返ると2000年代はローカロリーとかファットフリーといった言葉をよく耳にしていましたが、今アメリカではカロリーを極端に制限することは不健康だという認識が広がりつつあります。一方で、ヘルシーで健康的な生活を意識するあまり、ハードな筋トレを毎日してプロテインを過剰に摂ったり、「炎症作用」のある食材等を厳密に避けたりする人もいて、そのように一見健康的に見えても、食事や体型に執着しているのもある種の摂食障害ではないかと指摘されているんです。

——日本でもプロテインが配合されている商品が増えましたが、適量を超えて過剰に摂取しすぎるのは気になりますよね。

ダニエルさん:SNSでは、プロテインだけでなく「1日にスムージーとスープという液体ベースに少量フルーツしか食べない」とか「生の肉とバターしか食べない」みたいな極端な人も見かけます。エンゲージメント稼ぎのための炎上商法とも考えられますが、一時期前に流行ったジュースクレンズのように、バランスの取れた普通の食事ではなく風変わりなトレンド療法に振り回される人もいまだにたくさんいる。

——こうしたダイエットトレンドが次々に生まれる背景には、どのような原因があると思いますか?

ダニエルさん:長年、広告やSNSなどで痩せたモデルや俳優が起用されていて、“スリムな体型=キレイ”といった一つの美の基準が定着し、それを見た若い女性が過度なダイエットにハマってしまったり、摂食障害に陥ってしまうことはいまだに根強い社会問題です。アメリカはいろんな人種の人がいて、体格がそれぞれ違うので日本ほどではないものの、外見や容姿を批判する「ボディ・シェイミング」や外見至上主義の「ルッキズム」もいまだ根強く、ファットフォビア(肥満恐怖症、嫌悪症)も社会に染み付いてしまっています。

そんな中で近年は美の多様性が広がり、「太っていても痩せていてもどちらでもいい。自分の体を愛そう」という前向きなメッセージを込めたボディ・ポジティビティがムーブメントになりました。

——企業の広告やファッションショー、雑誌でもさまざまな体型の人が起用されるようになってきましたよね。

ダニエルさん:アメリカではプラスサイズのバービーが発売されたり、シャンプーやボディソープで有名なブランド『Dove』が「セルフエスティーム・プロジェクト」を若者の自己肯定感を上げるための資料を配布したり、多様な体型のモデルを様々なブランドが起用したりと、大きな企業がこれまでもさまざまな取り組みを行ってきました。

ボディ・ポジティブは「細い=美しい」といったステレオタイプによる苦しみから解放されて、誰かと比べるのではなく、自分の基準で体型の見方を変え、前向きに受け止めようと伝えています。ただ、「自分の体を愛そう」というポジティブなメッセージをプレッシャーに感じる人もいました。長い間自分の体型やサイズを受け入れられなかった人にとって、「自分の体を愛そう」と言われてもなかなか難しい。そして、できないことでまた自信を失ってしまう。そうした中で、ボディ・ポジティブから派生した「ボディ・ニュートラル」という考え方が広がりつつあります。

——ボディ・ポジティブとの違いはなんでしょうか?

ダニエルさん:ボディ・ポジティブは自分の外見や体型に対するコンプレックスをポジティブに受け止めようとする考え方ですが、「ボディ・ニュートラル」は体のサイズや見た目をわざわざ祝福したり、無理に「愛する」こともを頑張らず、つまりニュートラルなスタンスを取る考え方です。ボディ・ポジティブのような前向きな気持ちを強要しないことが、長年ボディ・イメージに苦しめられてきた人たちに寄り添うものとして受け入れられています。体の機能や中身に主眼を置き、見た目に振り回されない価値観として革新的な可能性を持つと思います。

アメリカで爆発的に流行っている“痩せ薬”「オゼンピック」とは?

竹田ダニエル Z世代 ダイエット

photo by Daniel Takeda

——アメリカではいろんな体型の人が自分のコンプレックスを無理に肯定しようとせず、受け入れ始めているのでしょうか?



ダニエルさん:今はまだボディ・ニュートラリティの認知度が高くないので、これからかなという感じはあります。実際にZ世代を中心に人気を集めているのはベラ・ハディッドのようなスリムな体型のモデルですし、キム・カーダシアンやアデル、ミンディ・ケーリングが最近激痩せしたことでも話題になりました。スリムになったセレブの中には公表していないけれど、「オゼンピック」を使ってサイズダウンした人もいるともうわさになっているんです。

——「オゼンピック」とは何でしょうか?

ダニエルさんもともと糖尿病患者のために作られた薬なのですが、副作用で食欲が減退すると言われていて、それが痩せ薬として広まってしまったんです。*(参考記事 https://www.newyorker.com/culture/2023-in-review/the-year-of-ozempic)

——オゼンピックは簡単に手に入るものなのでしょうか?

ダニエルさん:処方には医師の診断が必要で、さらに高額(アメリカだと30日分約10万円*)なので、今はまだ一部の間でしか広まっていないと思います。ただ、オゼンピックの服用によって減退した食欲は薬を飲むのをやめれば戻るので、体重をキープしたいのであればオゼンピックを服用し続けなければなりません。

そして、長期間の使用によってどれぐらいの健康リスクが伴うのかはまだ誰にもわかっていない。かなり危険性が高いと思います。加えて、本来糖尿病や多嚢胞性卵巣症候群の人が必要としている薬なのにもかかわらず、ダイエットのために服用したい人たちの影響で品薄になっていることも大きな問題になっています。

——オゼンピックがあまりに人気になってしまったため、ジェネリック版や偽物も出回るようになっているというニュースもありますね。お金を持った限られた人が買い占めて、本来必要としている人の手に渡らないことも問題ですね。

ダニエルさん:アメリカではオゼンピックのような薬はおろか、地域によっては生鮮食品が買えるスーパーがなくて不健康なファストフードや加工食品しか手に入らないような場所もあります。つまり健康的な食事をしようと思ってもできない人も、特に貧困地域には制度的な理由、政治が絡んだ地理的な理由でたくさんいる。

ロサンゼルスにある超高級スーパーマーケット『Erewhon Market』を知ってますか? 品質の良いオーガニック商品やグルテンフリーの食品等、いわゆる「オシャレな商品」をメインにしているのですが、顧客には健康意識の高いセレブが多数います。ヘイリー・ビーバーとコラボしたスムージーは1杯約3000円とかなり高額。Erewhonで買い物をすることが一種のブランド的ステータスで、わざわざ借金までしてErewhonでの買い物を続けるという若者たちの存在も話題になりました。 













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——借金まで…! ダニエルさんの話を聞いていると、健康的な食事を摂ること、スリムでいることが一部の限られた人にしかできないものに思えてきました。

ダニエルさん:昨年さまざまな体型や肌の色、職業の人々が生き生きと暮らす世界を描いた映画『バービー』が大ヒットしましたが、実はその背景で「バービーボトックス」が流行したんです。いわゆる典型的な痩せ型のバービー人形のような細く長い首になりたいという願望を抱く人が増え、僧帽筋にボトックスを注射するトレンドが生まれてしまったのです。

——そういったことを助長する内容の映画ではなかったのに…。

ダニエルさん:アメリカでは「ファットフォビア(肥満恐怖症)」の概念が根強く、ボディ・ニュートラリティに行き着くにはまだまだ道のりが遠いと感じます。痩せられるツールはいろいろあるのに使わないということは、日本での美容整形の状況と同じように、太っている=努力不足と捉えられてしまう時代になってしまった。

俳優やセレブが痩せると賞賛されるのを見たり、食事制限を強制する親の影響、インフルエンサーのライフスタイルを真似ることなどによって、結局「痩せていること=いいこと」といった白人中心的な価値観が無意識にも支持され続けているんだと感じてしまいます。

「いい」も「悪い」もない。「食べ物は食べ物」という考え方

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photo by Daniel Takeda

——アメリカは日本よりも医療費が高額なので、病気を防ぐためにフィットネス文化が根付いていると聞いたことがあります。痩せるよりも鍛える意識が日本より強い気がするのですが、実際はどうでしょう?

ダニエルさん:たしかにそういう面はあると思いますが、フィットネスインストラクターの中にはお尻を大きくしようとか、お腹を引き締めようとか、見た目を変えるために体を鍛えようと呼びかける動画コンテンツで人気を博している人はいまだにたくさんいます。



もちろん批判の対象にはなっていますが、体型を変えたいと思う人にとっては魅力的に映ってしまいますよね。運動が健康的な体づくりよりも、スリムな体型、マッチョな体型になりたい、という「目に見える」目標を持った方がモチベーションが沸きやすいという理由もあると思います。



昨年、Z世代の女性の中で「Pink Pilates Princess(ピンクピラティスプリンセス)」というフィットネスのトレンドが生まれました。「ピラティス=痩せる」といった誤った認識が広がり、サイズダウンするためにピラティスに勤しむ、そしてピンクのウエアに身を包み、ピンクのタンブラーを持ち歩いて、「#pinkPilatesPrincess」のハッシュタグをつけてSNSにアップする。フィットネスが見栄えを競うためのただのツールにしかなっておらず、これによって歪んだボディイメージや誤った健康知識が広まり、過激なダイエットや摂食障害など多くの若い女性が抱える問題に繋がると言われています。



——映えるウエアや小物を買って写真を撮ることも本来のフィットネスの目的から離れているような。

ダニエルさん:そうですね。ボディイメージが変わりつつあっても、ダイエット願望はなかなかなくならないんだと実感します。でも、インフルエンサーの中には「痩せることにとらわれて筋トレばかりしていた時が一番不健康だった」とか「食事を極端に制限して、ジムに行かなきゃいけないという強迫観念を常に抱いていた」とカミングアウトする人も増えてきました。その中で「Food is Food」という言葉がすごく重要だなと思うんです。

——「Food is Food」とは?

ダニエルさん:食べ物は食べ物であって、いいも悪いもないということです。例えば、Good FoodやBad Food、Guilt Free、Clean Foodといった言葉が頭から離れないと摂食障害を引き起こしたり、過度なダイエットに陥りやすいと言われています。ダイエット中の人がジャンクフードを食べたら、「私はなんて悪いことをしてしまったんだろう」と自分を否定したり、「今日は夜ご飯を抜かなきゃ」と過度な罰を与えてしまう。

——私もお菓子を食べていると罪悪感を感じてしまいます。

ダニエルさん:要はバランスであって、食べ物にいいも悪いもないはずなんです。食べ物は空腹を満たすためだったり、満足感を得たり、仕事や家事をこなすために必要なエネルギーを摂取するために存在しています。食べ物の選択によって自分を責め続けると、次第に食べることをポジティブに受け止めにくくなってしまう。

摂食障害の治療では、食べ物と中立的な関係を築くことを目指すと言われています。食べ物は体に栄養を与えるものであり、バランスよくさまざまな食材を食べることで不安や恐怖を軽減する。特定の食べ物に対して罪悪感や恥ずかしさを感じることなく、すべての食べ物を「栄養」としてニュートラルに向き合うこと。「Food is food」の考え方を知ることで私たちは食べることをもっと楽しめるのでないでしょうか。

画像デザイン/坪本瑞希 取材・文/浦本真梨子 企画・構成/種谷美波(yoi)