女性が抱えるさまざまな問題——人に言えない悩み、貧困、DV、虐待、性被害、月経トラブル、妊娠出産、産後のこと、更年期のこと…。たくさんの人が悩んでいながら、相談先がなかなかないのが現実です。そんな中、頼りになるのが、親身になってケアしてくれる医師たち「フェムシップドクター」。ぜひ、心に留めておいてほしい存在です。

フェムシップドクターに参画している14名の女性医師たち

「フェムシップ」という言葉に込められた想い

新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していた2020年8月、産婦人科ドクターの対馬ルリ子先生が代表を務める「一般財団法人 日本女性財団」がスタートしました。財団のシンボル、活動の中心となるのが「フェムシップドクター」です。“フェムシップ”とは何を意味するのでしょう? 自身もフェムシップドクターのひとりである対馬先生に聞いてみました。

対馬ルリ子先生

産婦人科医

対馬ルリ子先生

対馬ルリ子女性ライフクリニック銀座院長。女性の生涯にわたる健康のために、さまざまな情報提供や啓蒙活動を行なっている。美容家・吉川千明さんとの話題の共著『「閉経」のホントがわかる本 〜更年期の体と心がラクになる!』(集英社)ほか著書多数。 

「フェムシップは、フェミニン(Feminine:女性の)とシップ(Ship:船/-ship:身分や状態を表す接尾語)をつなげた造語です。女性を救済して乗せる母船、マザーシップをイメージしました。日本女性財団の構想は数年前から持っていたのですが、これは絶対にやらなくちゃ!と思ったのが新型コロナのパンデミックに入ったとき。閉塞した環境の中で、深刻な状況に陥った女性が増えていることを診療の現場で痛感したのです。

例えば、外出自粛で夫が家にいる時間に恐怖をおぼえる女性。夫がそばにいると呼吸が苦しくなり、息ができない。配偶者や交際相手から暴力を受けたり支配されていながら自分を押し殺して生活している人が、たくさん埋もれているんです。原因不明の体調不良に悩んでいる人の中には、被害を受けていながらそれに気がついていない人もいます」

内閣府男女共同参画局によると、2020年度のDV(ドメスティック・バイオレンス)相談件数は約19万件と、2019年度の約1.6倍に。在宅時間が増え、抑圧された環境の中で、家族やパートナーへの暴力が深刻化しているのです。保険証を取り上げられたり治療費を持ちあわせなかったりして、医療機関に相談したくてもできない女性たちも多いといいます。

悩んでいる女性イメージ写真

「何か事件が起き、警察を経由して医師の元へ来る被害女性が多いのですが、そんな最悪のことが起こる手前で助けてあげられることもあるはずです。駆け込んできた女性のケアとして、緊急処置や一時シェルターの提供、必要に応じて適切な関係機関、関連窓口や支援団体につなぐ。それがフェムシップドクターの役割です

DVや性的虐待、性暴力だけでなく、生理の貧困やPMS、婦人科系の病気、望まない妊娠や中絶、望まない性行為(レイプ)、妊娠したいのに妊娠できない苦しみ、更年期の不調など、女性は多くの悩みを抱えがち。そうした問題は一人にひとつではなく、いくつも抱えていることが普通です。

「ひとつひとつの問題に対しては、さまざまな支援団体もあるし、サービスもあるにはある。ただ、窓口がものすごく狭くて全部バラバラ。今苦しんでいる人に、『こういう問題は受け付けるけれどもこっちのケースは対応できない』では、あまり役に立たないと思うんです。困っている人はなんでも相談できる。それが母船、フェムシップです

将来は、各都道府県にフェムシップドクターを

実はこうした女性たちを取り巻く状況の悪化は世界的なものだと対馬先生は言います。


「昨年4月、『UN Woman(国連女性機関)』から『コロナの環境下でDV被害、虐待、性暴力などがエスカレートしていく可能性があるから気をつけてほしい』と警告があったんです。

私はそれを見てすぐに『もし困っていたら、24時間いつでも銀座のクリニックに来てください』とFacebookに投稿しました。ここは交番まで数分だし、夜間はエレベーターも止まらないし、シェルターとしても機能できる!と気がついたからです。すると、ひと晩で1,700人もの人が、投稿に賛同してシェアしてくれました。


*実際の投稿はこちら

翌日にはこれが医師仲間の間にも広がり、北海道から沖縄まで50人ほどのドクターがすぐにオンラインでつながって、苦しんでいる女性たちに関する情報交換をしました。そこから急ピッチでフェムシップドクター設立への動きが加速していったのです」

対馬先生は20年ほど前から全国のドクターと連携する中で、各地域でなくてはならない存在となっている婦人科医たちの存在を知っていました。今回、フェムシップドクターに名を連ねているのはそんな方々です。

「立ち上げに際しては、私から直接電話で連絡して地域の代表になってほしいとお願いしたんですが、どの先生も二つ返事でOKしてくださいました。例えば暴力を受けて逃げ出してきた人を病院に泊まらせてあげたり、診察代や緊急避妊薬の費用、性感染症の検査代、あるいは衣服が泥だらけになっている人の洋服代、支援団体までのタクシー代を肩代わりするなど、これまでもそうしたさまざまなサポートを各地で、自分のポケットマネーでしてきた方たちです」

人々が手をつなぐイメージ写真

2021年8月、対馬先生を含めた15名のフェムシップドクターたちはクラウドファンディングを実施。困窮している女性をケアする費用に充てるためです。目標金額は 250万円でしたが、50日あまりで支援総額は約634万円に! クラウドファンディングを通さずに直接支援金を振り込んでくれた人たちもいたため、実際には700万円弱の支援金が集まりました。
*実際のクラウドファンディングページはこちら

「支援金は全国各地のフェムシップドクターたちに分配します。一人の女性を助ける予算を約3万円として、まずはひとり5人分ずつ。何にいくら使ったか、どんなふうに役立ったかなど、これから1年かけてデータを収集していき、次の予算を立てる計画です。既にフェムシップドクターの新たな希望者もたくさんいるので、この活動がそれぞれの地域でどう連携しているかといった情報を還元して、次に役立ててもらいたいなと思っています。

将来的には、各都道府県にフェムシップドクターがいてほしい。いちばん大事なのは、地域を守るネットワークです。つねにドクター同士が連絡を取り合って、地域を守り、次の世代を守るという気持ちを共有すること。今、特に女性医療の分野で仕事をしたいという医師たちがすごく増えているんです。医師だけでなく、看護師、保健師、助産師、薬剤師、理学療法士など、いろんなメディカルの関係者がこの分野に関心を寄せてくれています。

現状では女性医療に関する教育の場所が少ないので、いずれはフェムシップドクターの研修所とか研修会など、学びあったり情報交換できる定期的な機会をつくっていきたいと考えています」

困ったとき、誰に相談していいかわからない問題に直面したとき…思い出してほしいフェムシップドクター。お近くのドクターを知りたい際は、日本女性財団のサイトから。

取材・文/蓮見則子 写真提供/日本女性財団 Photo by Chameleonseye/iStock/gettyimages 編集/浅香淳子(yoi)