女性ホルモンが虫歯や歯周病などの「歯の病気」を悪化させて妊娠や出産におけるリスクを高めてしまうこと、実はまだあまり知られていません。
女性にぜひ知ってほしい「女性ホルモンと歯科疾患の関係」について、歯科医師の長谷川陽一先生にお話をお聞きしました。
1988年生まれ、栃木県出身。2013年昭和大学歯学部卒業。大学病院の補綴科(ほてつか/義歯や被せ物などを用いた治療が専門)や都内近郊の歯科クリニックで約10年間研鑽を積み、一般診療をはじめ口腔外科やインプラント・矯正治療まで、幅広い知識と技術を習得。2024年に「御茶ノ水つばめ歯科・矯正歯科」を開業。
Q1.男性より女性のほうが歯の病気になりやすい?

A1.歯科疾患の多くは女性ホルモンと関係しています。
長谷川先生:月経周期や妊娠・出産によって大きく変動する女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)は、虫歯や歯周病の原因となる細菌を増殖させたり、歯肉の炎症や出血を引き起こしたりする作用も持っています。
そのため、PMS症状の一環で周期的に歯ぐきが腫れたり、普段より虫歯の痛みを強く感じたりするケースがあります。
妊娠すると、大幅な女性ホルモン量の変化によってさらに虫歯や歯周病が進行しやすく、口腔内の細菌による早産・低体重児出産といった特有のリスクも高まります。
生活習慣やセルフケアの度合いによっても個人差がありますが、女性のほうが口内環境が変化しやすく、それだけ虫歯や歯周病になるリスクが高いと言えるでしょう。
Q2.女性に多い歯科疾患にはどんなものがあるの?

A2.歯周病やTCH、顎関節症、妊娠期特有の歯肉腫などが挙げられます。
・エプーリス(歯肉腫)
虫歯や慢性的な歯石の蓄積、合っていない歯の詰め物などの影響で生じる歯茎のしこり・腫れを指します。歯ぐきに赤いコブのようなものができて、痛みや出血を伴うケースもあります。
女性ホルモンが原因となる細菌を増殖させやすい性質を持っているため、統計的に女性の発生率が高く、なかでも妊娠中の女性が発症するものには「妊娠性エプーリス」という名前がついています。
これは産後に自然と治ることが多いのですが、エプーリスがある部分は特に汚れがたまりやすく、歯肉炎や歯周病のリスクが高くなってしまいます。
・歯周病
エプーリスと同様に思春期・妊娠・出産などで増加する女性ホルモンが原因菌を増殖させやすく、女性は特に注意が必要な歯科疾患のひとつです。
日常的な歯磨きが不十分でプラーク(歯垢)が残っていると、エプーリス→歯肉炎→歯周病へと進行しやすくなってしまいます。近年は若い方にも多くみられるようになってきました。
・顎関節症
顎の関節や筋肉に痛みや違和感が生じて、口が開きにくくなり、顔の歪みやむくみの原因にもなります。
原因ははっきりと特定されていませんが、デスクワークやスマートフォンの使用など顎関節の負担となる生活習慣のほかに、骨格や筋肉量が関係していると考えられます。
統計的に女性の罹患率が高く、特に20~30代の女性に多いとされています。
・TCH(歯牙接触癖)
通常、人は何もしていないときは上下の歯の間にわずかな隙間がありますが、気づかないうちに上下の歯が何度もこすれてしまうのが歯牙接触癖(Tooth Contacting Habit=TCH)です。
長時間同じ姿勢でスマホやパソコンなどを見ていて首が前に突き出た姿勢でいるとなりやすく、歯が損傷して痛みが生じたり、頭痛や肩こりの原因となることがあります。
Q3.虫歯や歯周病が妊娠や出産に悪影響を与えるって本当?

A3.細菌や炎症性物質が子宮の収縮を促し、早産や低体重児出産の原因となる可能性があります。
長谷川先生:歯周病の原因となる細菌や炎症性物質が、血液を通して子宮や胎盤まで届いてしまうと、子宮の収縮を促したり、胎盤機能に影響を与えたりして、早産や低体重児(出生時の体重が2500g未満)出産のリスクを高める原因となることがあります。
歯科業界では「歯周病にかかっていると、早産や低体重児出産のリスクが7倍に高まる」と発表したアメリカの研究データがよく知られており、喫煙や飲酒よりも高いリスクが生じるとされています。
厚生労働省からも、歯周病が関連する全身疾患のひとつとして早産・低体重児出産の注意喚起がなされています。
Q4.歯医者さんを受診するときの目安は?

A4.妊活中なら一度は受診を。定期検診は3~6カ月毎がおすすめです。
長谷川先生:女性は、妊娠を計画しているタイミングであれば、早めの歯科受診がおすすめです。
妊娠すると、さまざまな歯科疾患が進行するリスクは高まるのに、レントゲンや麻酔が使えずすぐに適切な治療を受けるのが難しい......というジレンマが生じてしまいます。
つわりやお腹の重みで受診そのものが難しくなってしまう方も少なくありません。
出産までの準備の一環として、口の中の健康状態も確認しておけると安心です。
もしすでに妊娠中でも、歯の痛みや口内の出血などの症状がある場合は、なるべくすぐに受診してください。妊娠中であることを伝えたうえで相談すれば、専門的なアドバイスや産後の治療プランを提案してもらえます。
歯科は、歯並びの矯正治療やホワイトニングなど自費診療の需要が高いことで高額なイメージがあるかもしれませんが、定期検診は保険が使えて、一回2000〜3000円ほど。
虫歯や歯周病が進行して専門的な治療が必要になると、病院に行く回数も費用もかさんでしまうので、トータルで見ると定期検診を受けているほうがおトクな場合が多いです。
費用が気になる場合は「保険が使える定期検診を受けたいのですが」と問い合わせてみても◎。ぜひ歯医者さんを有効活用してください。
構成・取材・文/月島華子 イラスト/川添むつみ