「酔えない人のためのお酒の代用品」というかつてのネガティブな位置付けから脱却し、昨今、新ジャンルの飲みものとして存在感を増す「ノンアルコールドリンク」。「最近ノンアル商品が増えてきたのはなぜ?」「“ソバーキュリアス”って何?」国内外で進化してきた商品の歴史や、急拡大する市場の裏側について、日本初のノンアルコール専門商社アルト・アルコの安藤裕さんに教えていただきました。
株式会社アルト・アルコ 代表取締役社長
1991年福岡県生まれ。一橋大学経済学部在学中にワーキングホリデー制度を利用して渡仏。本場のワインを学び、帰国後は英国最古のワイン商社「ベリー・ブラザーズ&ラッド」日本支店でインターン勤務。大学を卒業後、ワイン商社勤務を経た2018年に国内唯一のノンアルコール専門商社「アルト・アルコ」を創業。2020年にはノンアルコール専門オンラインサイト「nolky」を立ち上げた。著書に『ノンアルコールドリンクの発想と組み立て』(誠文堂新光社)がある。
「ノンアル派」「ソバーキュリアス」が増えているってホント?
安藤さん:厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(2019年)※1 によると、20歳以上の日本人男女の過半数が、お酒を「ほとんど飲まない」「やめた」「飲まない(飲めない)」と回答しています。特に女性は20代から70代以上の全世代で半数以上が上記3つの回答者で、全体の約70%を占めています。
平成期における酒類の「消費量」や「支出額」も年々減少傾向にあり、近年は“あえて”お酒を飲まないライフスタイル「ソバーキュリアス」といった言葉も知られるようになりました。国内でお酒離れが進み「ノンアル派」が増えてきていると言えるでしょう。
※1(国民健康・栄養調査90 飲酒の頻度-飲酒の頻度,年齢階級別,人数,割合 - 総数・男性・女性,20歳以上 | 統計表・グラフ表示 | 政府統計の総合窓口)
「おいしいノンアル」のトレンドは、コロナ前に海外から始まっていた
安藤さん:従来のノンアル飲料は、正当なお酒からアルコールを除去する「脱アルコール」製法で作られてきましたが、この方法には、お酒を作るための酒造免許やアルコールを抜くための大掛かりな設備が必要で、資本力の大きい企業しか参入できませんでした。味わいもお酒とは別物で、今日のような人気商品は生まれていませんでした。
しかし、2015年にイギリスの新興メーカー「SEEDLIP」が、ハーブやスパイスを調合してお酒さながらの味わいを実現する「オルタナティブアルコール」製法でノンアルコールスピリッツを生み出し、大ヒット。これをきっかけに、海外で中小企業によるノンアル業界への新規参入が一気に増え、新しいマーケットが広がり始めたのです。
2019年には世界的酒造メーカー「Diageo」が、前述のSEEDLIPの株の過半数を取得、2024年にはルイ・ヴィトンなどを傘下に収めるLVMHグループが、フランスのノンアルコール飲料メーカー「フレンチ・ブルーム」への投資を開始したことも話題になりました。
日本が「ノンアル後進国」と言われるのはどうして?
安藤さん:日本では2009年に世界初のアルコール度数0.00%ノンアルコールビールが発売されるなど、技術力で存在感を放ってきましたが、海外と比べるとノンアルの商品開発は後発で、種類も限定的でした。
これには、日本と諸外国の間にある輸入規制のギャップが関係しています。実は、海外メーカーの多くが商品に使用しているソルビン酸カリウムという添加物が、日本では清涼飲料水に使用不可となっているため、海外製のものは大半が規制の対象となり、輸入できないのです。添加物といっても、日本でも加工食品などには使われている一般的な保存料で、飲料に対して規制している国のほうが少数派なのですが......、そういった事情で、海外メーカーのおいしいノンアル飲料がたくさんあるものの、日本で手に取れる場所は限定されてしまっています。
実は、日本の「ノンアル」需要ブレイクもコロナ前から!
安藤さん:消費税の増税があった1997年(3→5%)と2014年(5→8%)や、飲酒運転に対する厳罰化が実施された直後の2003年と2008年には、国内でお酒の消費量が特に大きく減少しています(対前年比で約3%低下)。
増税や不況といった大きな経済的要因のほか、健康意識や社会の中でお酒への風当たりが強まったタイミングで、お酒の消費量は下がる傾向にあることがわかります。
2020年以降には、酒税法の改正や新型コロナウイルス感染症の流行に伴う「酒類提供禁止」がダイレクトに影響し、ノンアル需要が一気に高まりました。
世界中の飲料メーカーが「ノンアル」「ローアル」商品開発に注力
安藤さん:今、WHO(世界保健機関)が世界戦略的にアルコールの摂取量を下げようとしています。「喫煙」に続いて「飲酒」にも厳しい視線が向けられはじめ、お酒が“第2のたばこ”になることを恐れた世界中の酒メーカーが、ノンアルコール分野に参入してきました。日本でも、今年は厚生労働省から国としての初めて「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が発表され、生活習慣病リスクを高める飲酒量への注意喚起がありました。
こうした流れを受け、国内ではノンアルと並んで「微アル」などアルコール度数が低めに設定された商品も増えてきています。例えば、アルコール度数3.5%の商品ならば、5%のものと同じ量を飲んでも純アルコール摂取量が抑えられますね。健康課題を意識した商品開発とともに、ノンアルコール・ローアルコールの売上構成比を積極的に拡大しようとする動きが各所で見られます。
「お酒の雰囲気を楽しみつつ酔いたくない」現代社会のニーズが「ノンアル」とマッチ
ノンアルコールペアリング先進国と言われるオーストラリア発のドリンクブランド「NON」
安藤さん:2018年、アメリカで書籍『SOBER CURIOUS』(邦訳版:『飲まない生き方 ソバーキュリアス』、方丈社、2021)が刊行され、“飲めない”ではなく“飲めるけど飲まない”「ソバーキュリアス」という新たなライフスタイルが紹介されました。若い世代を中心に、お酒を避けることへのポジティブな変化が始まっています。
「体質的にアルコールを受け付けない」「妊娠・授乳中である」などの場合を除いて、若い世代の中には、お酒が嫌いなのではなく、「酔うと不便だから飲まない」という人が増えているように思います。例えば「外食をして帰ってからもう一仕事したい」「体を鍛えていて食事に制限をしている」、さらには「二日酔いで次の日を無駄にしたくない」など、忙しい現代人ならではのタイムパフォーマンスを意識した理由が挙げられます。
また、飲酒はSNSとの相性が悪いという一面も。 酔った状態での投稿はリスクが大きいのはもちろん、写真を撮る時に顔が赤くなっていたり、ちょっと目がうつろになっていたりすると、ちょっと嫌ですよね。お酒の雰囲気を楽しみつつも酔いたくないというニーズに応えるノンアルが支持されているのではないでしょうか。
一方、30代以上の方は、日本でノンアルコールビールが登場し始めた2008〜2009年頃の初期に一度試したけれど、全然おいしくなくて飲むのをやめた、という方が多かったのではないかと思います。しかし、コロナ禍で仕方なくまた飲んでみたら「あれ? おいしいかも!」と質の向上に気がつき、ノンアルに関して止まっていた時代が一気に進んだ方もまた多い。初期のノンアルを知っているからこそ、最近のノンアルをポジティブにとらえられるのかもしれません。
企画・構成・取材・文/月島華子