連載『Stories of A to Z』Story9の後編。「暴力」と聞くと、どこか遠い話に感じてしまうけれど、いつでも、誰にでも起こりうるのが「デートDV」問題。もし身近な人が被害に遭っていたら? エンパワメントかながわの阿部真紀さんに、周囲ができるアクションについて教えてもらいました。
Story9 誰にでも起こりうる「暴力」の被害と加害
エンパワメントかながわ理事長
鎌倉市に育つ。上智大学文学部卒業、臨床心理学専攻。香港と米国カリフォルニア州で2児を育て、帰国後1999年よりCAP(子どもへの暴力防止)スペシャリスト。2004年にエンパワメントかながわを設立。デートDV予防プログラムの開発と普及に携わり、2011年にデートDVに特化した電話相談「デートDV110番」を開設。デートDVを予防することで、DVや虐待の連鎖を断ち切ることを目指す。著書に『暴力を受けていい人はひとりもいない』(高文研)。
未来を変えるカギは10代への予防教育
――デートDVの構造を生んでいる社会的な課題を変えていくには、どんなアクションが必要でしょうか。
阿部さん 私たちは、10代への予防教育がすごく有効だと考えています。人と人とが対等であることや、互いの違いを認め合うことの重要性を、できるだけ若いうちに知ることに大きな意義があると思います。
――阿部さんの著書で、2005年の高校生向けデートDV予防ワークショップを皮切りに、これまで3000回以上、10万人を超える子どもたちに暴力防止プログラムを実施されていると知りました。現場での子どもたちの反応はいかがですか。
阿部さん 衝撃的だったのは、子どもたちに「いやよ、いやよは?」と聞いたら「好きのうち!」と口をそろえて答えが返ってきたこと。前編でもお話ししたとおり、相手から嫌なことをされたときに「嫌だ」と拒否ができて、やめることができるのが対等な関係。「いやよ、いやよも好きのうち」という何十年も前の間違った慣用句が、令和の子どもたちにも引き継がれているのは由々しきことですし、私たち大人の責任です。「いやよ、いやよは嫌なんです。皆さんには暴力の加害者になってほしくない」と子どもたちに伝えています。子どもたちには予防プログラムを通じて、「Only Yes means Yes」だと知ってほしいのです。
――子どもたちがそんなフレーズを口にするなんて…想像するだけでもぞっとしますね。暴力はもちろん、性についても正しく知ることの重要性を痛感します。
阿部さん そうですね。性についての正しい知識を知ることも人権意識を培ううえで必要不可欠です。ただ、現状の学校での性教育は、学習指導要領に則った生殖にかかわる機能や受精・妊娠、性感染症については指導しますが、セックスは扱いません。以前、中学1年生へのワークショップで「性行為はセックスといいます。“H”とか“アレ”って言わないでね」と伝えると、生徒から「セックスってなんですか?」と質問されました。また、小学生に「プライベートゾーンって知ってる?」と聞くと「水着で隠れるところ!」と答えてくれるけれど、「じゃあそこには何があるの?」とたずねても不思議そうな顔をするばかり。自分の性器がある場所だということや、なぜ大切なのかまでは教えられていないのだと思います。性について正しい知識を伝えるために、私たちのような外部講師による性暴力防止プログラムを取り入れる学校が増えてきています。
――理解できていない状況があるからこそ、プログラムに参加した子どもたちの気づきも大きいのではないでしょうか。
阿部さん 自分が被害を受けていることに気づく生徒もいますし、自分が好きな人にしていたことが暴力だと気づいて、「自分がやっていました」と泣きながら話してくれた生徒もいます。自らの加害に気づき、認めるのはショッキングな経験ですが、加害に気づいたら変わることができます。そういうとき、私たちは「あなたが変わるためには誰かの力を借りてほしい」と伝えています。
「あなたは悪くない」と伝えつづける
――確かに被害者も加害者も、自分の力だけで変わっていくのはとても難しいだろうと思います。もし、身近な人が被害を受けていた場合、どんなサポートをすればいいのでしょうか。
阿部さん もし周囲で被害を受けている人に気づいたら、「あなたは悪くない」と伝えつづけてください。どんなに相手のことが好きでも、どんな理由があっても、暴力を受けていい人は一人もいません。すべての人は暴力を受けずに生きていく権利(人権)を持った、大切な人です。被害に遭っている方で、よく「他人に迷惑をかけちゃいけないと言われてきたから、助けてもらうことなんてできません」と言う方がいます。でも、人に迷惑をかけることと、助けてもらうことは別の話です。周囲の人は、「あなたは決して悪くない。だから助けてもらっていいんだよ」「人の力を借りることができるのは、あなたの力だよ」と言葉をかけつづけてほしいと思います。
――逆に、やってはいけないことはありますか。
阿部さん 「どうして別れないの?」「あの人のどこがいいの?」と問い詰めることです。心配だからこそいろいろ言いたくなるかもしれませんが、被害を受けている方は暴力が繰り返されるなかで、怖くて別れられないのかもしれません。自分が好きになった人のことを否定されたくない、大切な人たちに心配をかけたくないという気持ちもあるかもしれません。そんな状況で「どうして別れないの?」と言われたら、別れられないことを責められていると感じ、相談する気力を失っていきます。心配しても本人に届かない無力感から、周囲の人も疲弊して距離を置くようになると、本人がますます孤立し、被害から抜けられなくなるという負のスパイラルが生まれていきます。
――たとえ心配から出た言葉でも、被害に遭っている方を追い詰めてしまうことになるのですね。
阿部さん そのとおりです。だからこそ、まずは自分が悪いと思い込まされていることに対して「あなたは決して悪くない」と伝えながら、本人の中にある「自分がどうしたいか」を選ぶ力を取り戻せるようにかかわること=エンパワメントすることが何より重要です。そして、被害に気づきサポートする人にも知っておいてほしいことがあります。
――どんなことでしょう?
阿部さん 暴力に気づいたまわりの人自身も一人で抱え込まず、誰かを頼っていいということです。誰かを支えることは本当にエネルギーを使いますから。「デートDV110番」では、そういった周囲の人からの相談にも対応しています。これまで相談日は週4日でしたが、9月からは週6日になるのでぜひ活用してほしいと思います。
――身近な人の被害に気づけたとしても、どうしたらいいのかわからず戸惑ってしまうと思うので、本人以外の相談も受けてくれる窓口の存在はとても心強いです。周囲の人にとっても、誰かの力を借りることが、自分を大切にすることにもつながりますね。
阿部さん 「自分で自分を大切にしていいんだよ」というのが、私たちがいちばん伝えたいことです。社会には、「困っている人を助けましょう」「思いやりを持ちましょう」など、他人を大切にしようというメッセージが多いけれど、人は自分を大切にできて初めて誰かを大切にできるものです。「私のことはどうでもいいから、誰かを助ける」というのは不可能ではないでしょうか。一人一人が、自分は暴力を受けずに生きていく権利を持った「大切な人」であると思えたら、お互いのことも大切にできて、暴力をなくしていけると信じています。暴力とは、それくらい身近にあるものだと知ってもらえたらと思います。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)