「私なんて」と自分を卑下してしまったり、誰かと比べて落ち込んだり…生きづらさの要因になりうる、この「劣等感」はどこから来るのでしょうか? 臨床心理士の石上友梨さんに、その正体と、解決のヒントになる考え方「セルフ・コンパッション」について伺いました。

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石上友梨 

公認心理師、臨床心理士

石上友梨

心理学部を卒業後レコード会社へ就職。アーティスト自身が生きづらさを抱える姿を目の当たりにしたことをきっかけに「生きづらさの軽減」をテーマに心理士を目指し心理職公務員に。現在は認知行動療法とスキーマ療法にセルフ・コンパッションを取り入れた手法で、カウンセリングを行っている。著書に、『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)など。

まわりと自分、理想と現実を比べて落ち込む…。そもそも劣等感とは? 劣等感を抱きやすい要因は?

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ーーyoiでお悩みを募集すると、「劣等感を抱いてしまい苦しい」という声が多く届きます。そもそもこの、「劣等感」とはどのような感情なのでしょうか。

石上先生 劣等感は、自分自身とまわりの人/テレビ・SNSで見ている人、または現実の自分と理想の自分などを比べて「劣っている」と思う感情で、見た目の美しさや性格、置かれている環境など人それぞれ比べるポイントは違います。

劣等感を抱くことで、人生がうまくいっていないように感じたり、満たされていない気持ちになったりするため、“生きづらさ”を感じる要因のひとつになってしまうことがあります。

ーー劣等感が生まれてしまう原因は何なのでしょうか?

石上先生 原因は、大きくわけてふたつあると考えられます。ひとつは、その人自身の性格や気質、特性によるものです。他人の言動に敏感だったり、不安を抱きやすかったり、共感性が高く人の痛みも自分のことのように感じてしまう特性がある方は、劣等感にも敏感になりやすい傾向があります。

もうひとつは、育ってきた環境で構築された価値観によるものです。私たちは、どのような環境でどのような経験をしたかによって、自分や他人、世界に対する価値観を形成していきます。親やきょうだい、学校の先生や友人との人間関係など、子ども時代を取り巻く環境下において、「認められている」「愛されている」という肯定を感じることが少なかった場合、自分を軽視してしまいがちになることがあります。他人と比較されて育てられたり、人と比較されることを見聞きしたりしやすい環境だと、「比較すること」が習慣になり、劣等感が生まれやすくなってしまうのです。

ここで強調したいのは、劣等感とは「よりよくなりたい」という人間としてとても自然な感情であり、あなた自身が悪いわけではないということです。とはいえ、生きづらさの原因にもなり得るため、その根っこを癒していく方法を知ることが大切です。

劣等感に向き合う3つのステップ

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ーーでは、他人と自分を比べて落ち込んだり劣等感を抱いたりしてしまった場合、どのようにその感情と向き合っていけばよいのでしょうか。

石上先生 自分の中に生まれてしまった劣等感と向き合うには、大きく分けて3つの段階があると考えています。

①自分の感情に気がつき、認める
まずは自分のなかに生まれた感情、劣等感に気づいてあげることが大切です。なぜなら、“気づいていること”しか変えることができないからです。

②劣等感のルーツを探す
次に、その感情のルーツを探してみましょう。抱いてしまった劣等感に対して、どんな経験や言動が原因になっているのかを、じっくり考えながら向き合っていきます。

③自分を認め、受け入れる
最後に、自分のなかの劣等感を無理に取り除くのではなく、認めて、感情のひとつとして受け入れることが大切です。誰かに話せて口に出すことができる場合はそれも有効です。縛りつけられるような想いが解けて、楽になることもあるでしょう。

ーー①〜③のプロセスを踏んでも、どうしても自分を認め、受け入れること自体が難しいこともある気がします。

石上先生 そうですね。なかなか自分自身を認めることができないと、それ自体が“生きづらさ”の大きな要因になってしまいます。そこでお伝えしたいのが、「セルフ・コンパッション」の考え方です。

そもそも「コンパッション」とは、他人の苦しみを感じとり、それを和らげ、苦しまずにすむようにしてあげたいと心を尽くすことで、日本語だと「思いやり」と訳されます。その思いやりを“他人ではなく自分に向けて大切にすること”がセルフ・コンパッションです。どんなときも寄り添い、気持ちを共有し合う友達のように自分に接してあげるというイメージです。

「セルフ・コンパッション」の3つの要素

石上先生 セルフ・コンパッションをより具体的に説明すると、大きく3つの要素に分けられます。

①過去や未来ではなく「今」の事実に集中すること(マインドフルネス)
“今この瞬間”に目を向けて、あるがままを受け入れることです。過去の失敗や未来の不安に意識を向けるのではなく、この瞬間を生きる自分に集中します。他人と自分を比べたり自己批判したりせず、事実は事実としてありのまま認めることが大切です。

②無条件に自分を肯定すること(セルフカインドネス)
自己批判せず無条件に肯定することです。よい面も悪い面もあるありのままの自分を認めて、大切な人に接するように自分にも優しくしましょう。目先の快楽ではなく、長期的に見てプラスになる行動を取るようにしてください。

③他者とのつながりを感じること(コモンヒューマニティー)
人との共通点に気づき、つながりを感じることです。自分一人が悩んでいるのではなく、誰もがそれぞれの悩みや苦しみを感じている、ということを知ることで、孤立している感覚が変化していきます。

セルフ・コンパッションは、この3つの要素がそろうことが大切です。

セルフ・コンパッションが心と体に与える影響

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ーー自分自身を思いやる、セルフ・コンパッションの考え方を取り入れることで、心や体にどのような影響を与えるのでしょうか?

石上先生 自分に優しさを向けることで、幸せホルモンともいわれる「オキシトシン」という神経伝達物質が分泌され、気持ちが安定するという研究結果があります。ほかにも、以下のような効果が実証されています。

□感情のコントロールができるようになる
□気持ちが安定する
□あきらめずに挑戦できるようになる
□失敗から学び成長する力が増す
□コミュニケーションが促進される
□ストレスに強くなる
□人の失敗を許せるようになる

自己肯定感があがり、不安や心理的問題が改善することもあるといわれています。記事の後編では、今日からできる、セルフ・コンパッションのアイディア9選を紹介します。

取材・文/平井莉生(FIUME Inc.) イラスト/Kotomi Fujiwara 企画・編集/種谷美波(yoi)