カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。第4回目のトピックは、日本とアメリカにおけるルッキズムについて。それぞれの国のメイクや整形、ダイエット事情には、資本主義の思想が複雑に絡んでいるとダニエルさんは言います。

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竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.4 "SAHGF" ——

“可愛く”なければ価値がない。資本主義や生産性と深く結びついている「ルッキズム」

ダニエルさん:先日、久しぶりに日本に滞在していたのですが、日本では女性が「容姿が可愛くないとダメ」と感じさせられているなと思うことが多々あって、今日はそのことについてお話しできたらと思います。

――どのような場面でそう感じたのでしょうか。

ダニエルさん:日本のタレントやアイドル、インフルエンサーが発信しているコンテンツを見たときです。一部の内容には、根拠が明らかではない美容法(「特定の食品や成分を摂取するだけで劇的な美容効果が得られる」など)や過度な食事制限、美容整形に関する情報が含まれていて、それをカジュアルに発信していることに違和感を感じました。こうした情報がもてはやされるのは、それを知りたいと思うフォロワーや視聴者がたくさんいるからですよね。

――どうしてこのようなコンテンツが人気になるのだと思いますか?

ダニエルさん“可愛いと得をする”という考えがあるからだと思います。そう感じさせてしまうのは、外見至上主義的な思想が資本主義と結びついているから。たとえば、「見た目がよくなって、SNSで『いいね!』がたくさんつく=インフルエンサーとしての市場価値が上がる=タイアップが増える=お金がたくさんもらえる」、「美人になる=お金持ちに好かれて結婚する=裕福な暮らしができる」といった、“成功(しているように見える)ルート”がSNSを通じて拡散され、憧れの対象になりつつあります。

物価は上がっていく一方なのに、特に女性は、仕事をまじめにしていても給与は上がらず、生活は楽にならない。だったら、「可愛いと思われる容姿になって、裕福な人に養ってほしい」という発想が生まれるのも、不思議ではないのかもしれません。

――なるほど。そこが資本主義や経済と結びついているんですね。

ダニエルさん:ただ、“見た目が可愛いと得をする”という考えが行きすぎると、整形依存や摂食障害につながりかねません。若い女性がダイエットにハマりやすいのは、自分で食べる量や吐く頻度をコントロールして、体重やサイズなど数字に結びつけて達成感を得やすいから。これも一種の“生産性”で、資本主義的な考え方がベースにあると思います。また、整形もわかりやすく見た目が変化するので、自分がレベルアップしたかのような錯覚に陥ります。

ただ、容姿に囚われるがあまり、自らを「醜い」と思い込み、ダイエットや美容整形を繰り返しても「終わり」が見つけられなくなって醜形恐怖症やうつ病になってしまう可能性もあります。

過度なルッキズムとメンタルヘルスの密接な関係

ダニエルさん過度なルッキズムはメンタルヘルスと結びついているのに、その深刻さがなかなか語られないですよね。整形やダイエットに関する情報を頻繁に発信するインフルエンサーのコンテンツを見ると、「常に自分磨きをしていて素敵!」といった称賛の言葉が並んでいて驚きます。

このような発信を続ける人たちの影響力が大きくなるほど、「可愛いほうが得をする」という考えが真理のような気がしてきてしまいます。そしていちばん怖いのは、いつしか「可愛くなることは努力の証」「可愛くない=努力が足りない人」と、見た目が人格に結びつけられてしまうことです。

――「容姿で努力していない人が、“成功”しない、お金を稼げないのは仕方がない」と自己責任論のように片づけられてしまいそうですよね。

ダニエルさん:そうなんです。また、行きすぎたルッキズムのせいで、子どもの頃から親に容姿についてうるさく指摘されたり、親の理想的な見た目になると突然肯定されたりすると、「人から愛されないのは私の容姿のせいだ」「可愛くないからだ」と思い込んでしまう人も。でも、その「可愛さ」とは誰が決めたのか? どうして可愛くないといけないのか?ということを一緒に考えてみたいと思います。

「可愛い」の基準は誰が決めた?

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J-waveのスタジオからの景色/Photo by Daniel Takeda

ダニエルさん日本における“女性は可愛い方がいい”、“若いほうが価値がある”という考えは、家父長制の価値基準に基づいていると言われています。家父長制は男性が家族や社会の主導的な立場を持ち、女性は男性の意見に従うことを期待され、外見に気を配ったり従順であることが求められる構造のこと。特に、「若さ」の象徴として“体が小さくて細い”、“声が高くて言動が子どもっぽい女性が「モテる」”の構図も、男性は“子どもらしさ”を求めていることを浮き彫りにし、よく問題として指摘されます。

この価値観から抜け出せないと、いつまでも「女性は若々しく、美しくいないといけない」という圧力に押しつぶされることになります。

ですが今は、男女平等の価値観が広がってきて、家父長制に対するまなざしも変化してきていますよね。女性の中には「整形やダイエットをするのは、モテたいからじゃない。“理想の姿”になって自分を愛したいから」と、あくまでも体の決定権は自分が持っていて、美の追求は自己表現のひとつ、セルフラブのひとつと主張する人もいるでしょう。とはいえ、そのなりたい顔や体は、社会の視線に合わせた“きれい”や“可愛い”が基準になっているかもしれません。

――ちなみにアメリカには、「可愛い」や「モテ」といった概念はないのでしょうか?

ダニエルさん:「守ってあげたくなるような弱い存在=可愛い」といった概念は、私が知る限りはないと思います。「弱い存在」を求めるのは、“有害な男性性”から来る支配欲や、男性の自尊心の低さからきている証拠であるとされていたり、女性に「弱さ」を求めるのはそもそもセクシズムの一環として批判されます。

男性に搾取され、利用されるのも、本質的には女性にとってはリスクが大きい。ヘテロセクシュアルな恋愛の場合、男女が平等な立場でないのは、あまりにも旧時代的な家父長制度的であるとして、今では批判される対象です。

そのため、「守ってあげたい」と思われることは日本ほどポジティブに受け取られていません。また、“男性から人気がある女性のほうが価値がある”という発想自体、薄れてきています。男性からの視線を気にして自分の容姿を追求すること、自分の人生を構築することはやめようと思っている人も多いです。

ただ、多くの女性が男性目線から離れて自立を目指す中で、アメリカの一部では、伝統的な専業主婦に憧れる“Tradwife”のムーブメントも起こっています。そして、それが若い世代にも影響して、“Stay At Home Girlfriend(SAHGF)”になりたいという人が増えているんです。

ハッスルカルチャーのより戻しである“SAHGF”

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グリーンルームビーチの帰りの夕焼け/Photo by Daniel Takeda

――“SAHGF”はどのような人たちなのでしょうか?

ダニエルさん恋人から完全に経済的に支えられている女性で、パートナーが働いている間は基本的に家事をしたり、自分の外見を磨くために多額のお金や時間を費やしたり、体型を維持するためにジムやピラティスに頻繁に通ったりする傾向があると言われています。“SAHGF”は2022年頃からTikTokを中心に使われるようになり、一時期トレンドになりました。彼女たちが発信する動画には賛否両論あります。

婚姻関係にない中で、完全に経済的に依存していることのリスク、ダイエットのために一日中固形物を食べずにスムージーやお茶ばかり飲んでいることの不健康さ、“キラキラ”に見せようとしているけれど、その投稿者自体が幸せではなさそうなことなど、さまざまなことが問題視されていました。さらに、“Tradwife”の概念を復活させようとしているのは、基本的に超保守の政治思想を持った男性たちであり、そのプロパガンダに若い女性たちが巻き込まれてしまっている危険性も、かなり議論されています。

――伝統的な性別役割を見直されている中でなぜ今、“SAHGF”が若い世代の一部に支持されるのでしょうか?

ダニエルさんアメリカのZ世代の多くはパンデミックの影響を不当に受け、雇用に不安を抱えていることが大きな理由だと思います。将来、家を購入したり、家族を持つという夢も描きにくい。“SAHGF”の女性は、伝統的な性別役割を担うことで、裕福な男性に養ってもらい、ハッスルカルチャー(仕事至上主義)のストレスから解放されて、安定して穏やかな暮らしができると提案しているのです。

もちろん女性はバリバリ働かなければいけないとは思いません。どんな生き方をするのか選択するのは自由です。ただし、“Tradwife”信仰や“SAHGF”が、容姿を男性目線に合わせることや、男性への従順を促進していることと密接に結びついている点に注意を払うべきだと思います。

表層的な関係は、孤立を深めるだけ。生きづらさを作るサイクルに加担しないために

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ロサンゼルスのグラフティアート/Photo by Daniel Takeda

――日本で画一的な美の基準やルッキズムから離れるためにどのような考え方が助けになると思いますか?

ダニエルさん:ダイエットや整形によって外見は美しくなっても、結局見た目だけを評価する人に気に入られるだけで、自分の内面を見てくれる人が増えるわけではありません。表層的な付き合いは孤立を深めます。ルックスで判断しない人がそばにいてくれるほうがメンタルヘルスにもいいはずなんです。

また、見た目にとらわれて「●●さんみたいになりたい」と思って努力しても、他の人と似た容姿になるだけで、本当の自分がいなくなってしまう。みんなが憧れる顔は時代によっても変わっていくので「ゴール」が動き続け、満足感が得にくい。

人を見た目だけで判断することは、自分が人と出会うチャンスを逃していることでもある

ダニエルさんまた、“画一化された美”は自分を否定するだけでなく、他人を否定する基準になってしまうと思うんです。人を見た目だけで判断してしまうと、生きにくい社会の負のサイクルに加担することになります。当たり前のことですが、人間は外見がすべてではないですよね。その人が持つユーモアや価値観、知識などいろんな魅力、側面がある。外見だけを見て人を判断していたら、自分と話が合う人や親身に向き合ってくれる人と出会うチャンスをなくしているかもしれない。これはとてももったいないことです。

「可愛い」や「きれい」は経済活動や社会的な評価と複雑に絡み合っています。自分の本当の幸せに気づくこと、自分自身の価値観やメンタルヘルスを大切にすることが、ルッキズムに振り回されないきっかけになるのではないでしょうか。

取材・文/浦本真梨子 企画・編集/種谷美波(yoi) タイトルロゴ写真/yurii_zym(Getty Images)