カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載では、アメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に、新しい世界が広がる内容をお届けします。

第2回のトピックは、近年アメリカで広がっている「Therapy Speak(セラピースピーク)」について。一般の人が、セラピストのような話し方・聞き方を取り入れる「セラピースピーク」が流行しているのはなぜ? その背景にあるアメリカにおけるセラピー事情は?などを伺います。

竹田ダニエル 連載 アメリカ 人間関係 Z世代

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.2 "Therapy Speak" ——

アメリカではセラピストとマッチングできるサービスがある⁈

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植物園に生える巨大なサボテン(Photo by Daniel)

――今回はアメリカのZ世代的価値観における「メンタルヘルス」について伺えたらと思います。アメリカでは、日本よりもカウンセリングや心理セラピーに行くことへのハードルが低い印象がありますが、実際はどうなのでしょうか?

ダニエルさん:そうですね。アメリカでカウンセリングは「サイコセラピー」と呼ばれ、保険が適用されることも。疾患がなくとも心の調子を整えたり、パートナーや家族との関係をよくするために気軽に話に行く、という認識も広く浸透していると思います。特に新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降は、体の健康と同じくらいメンタルヘルスの重要性が認知されるようになり、カウンセリングや心理セラピーに通う人がこれまで以上に増えているそうです。

――気軽にセラピーを受けられる環境が整っているんですね。

ダニエルさん:他にも、セラピストとマッチングできるサービスがあったり、テキストメッセージだけでやり取りできるサービスも増えています。私の友達は映画を観たあと、「この映画は自分のトラウマと重なる部分があったから、すぐセラピストに話さなきゃ」と言っていました。そのくらい、自分のメンタルヘルスについて語ることがタブーではなくなってきている、という印象があります。

また、TikTokやInstagramなどのSNSでは、メンタルヘルスに関する情報や具体的なアドバイスを発信するアカウントも増えていて、それと同時に一般の人までがセラピストのような話し方をする「Therapy Speak(セラピースピーク)」が広がっています。

─―具体的にどのようなことが「セラピースピーク」と言われるのでしょうか?

ダニエルさんセラピストがクライアントに接するときのような話し方を取り入れることをいいます。「インナーチャイルド(心の中の、生まれたときから備わっている領域)」や「OCD(強迫性障害)」などの心理学用語を日常会話で引用する人もいますね。

“エセ”セラピー情報が蔓延している背景

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サンフランシスコのフェス、Outside Landsのステージ(Photo by Daniel)

ダニエルさん:一方で、セラピーを受けることがカジュアルになり、メンタルヘルスに関するコンテンツが増えたことで、SNSなどでは間違った情報が広がっています。

例えば、SNSに存在するセラピストのアカウントには、専門的な知識がない“エセ”セラピストもいます。彼らは投稿をバズらせるために、抽象的な概念をわかりやすい言葉に言い換えて、大事な部分が抜け落ちた内容を発信していることも少なくありません。

ひとつの例として、“友人から相談を受けたときにうまく断るための「セラピースピーク」”が一気に拡散され、非難されたことがありました。その投稿によると、自分には抱えきれない相談を誰かにされたら、「相談してくれてありがとう。でも、今の私には余裕がないから話が聞けない」と答えるようにしよう、というHow Toが書いてあったんです。

どこか定型文的で、他人行儀な言葉遣いには少し違和感があるし、目の前で助けを必要としている友人をシャットダウンするような態度に、批判的な声も集中しました。

本来のセラピーは相手に寄り添い、傾聴し、気持ちの言語化を促すことが目的なはず。なのに、バズ目的で発信された“ポップ”で浅い内容によって、「セラピースピーク」=“お願いを断りやすいフレーズ”、“表層的な会話をインテリ風に見せて、自分本位で進めるための話術”という印象がついてしまった。

セラピーが広まったことで、相手を気遣ったり、自分に向き合ったりしているように見せかけて、結果的に相手をコントロールするためのツールが広がってしまったことも弊害としてとらえられています。

人間関係はHow Toで攻略できないもの

――間違った情報によって、セラピーを取り巻く事情は変わってきていると感じますか?

ダニエルさん:専門家の言葉遣いやそれっぽい言い方を日常で見聞きしやすくなったことで、「セラピースピーク」を応用し、友達を簡単に切り離してしまう傾向があると指摘されています。

「ごめん、今忙しくて無理」とアッサリ返すのは気まずい。でも、基本フレーズさえ知っておけば、相手が誰であれ断ることができる。セルフラブの意味を履き違えて、自分が傷つかないために、本来相手と向き合うコミュニケーションツールであるはずの言葉を、定型文のように利用する人が増えています。つまり、人間関係をHow toで攻略しようとしているということです。

これも第1回目に話した、人と深い関係を築くことを避ける「反コミットメントカルチャー」のひとつだと思います。

心の状態を“メンヘラ”という言葉で一括りにしない

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ナム・ジュン・パイクの展示にて(Photo by Daniel)

――「セラピースピーク」が広がり、さまざまな議論が繰り広げられる中で、よかったと感じる変化はありますか?

ダニエルさん:以前に増してメンタルヘルスについてオープンに話せるようになったり、精神分析学の知識を知る機会が増えたりしたことはよかった点だと思います。風邪をひいたり、ケガをしたときに病院に行くように、心がふさいだときに専門家に頼ったり、無理せず休むということがノーマライズされるようになってきました。

また、セラピーに通うことはネガティブなことではなく、クールなことという認識が広がっています。自分の問題と向き合うことは、それを乗り越えようとしている証。逆にセラピーに行ってない人とはデートしたくないという人もいるほど。ジムに通っている人は健康意識が高い、向上心があるととらえられているのと同じです。

人は誰しも体調がいいとき・悪いときがあるように、不安や悩みを抱えることもある。それはその人の性質ではなく、ただの状態です。でもそれが、 “メンヘラ”などという言葉に括られて軽視されるような環境下では、自分の心の状態についてオープンに語ることが難しいですよね。もっとつらさや弱さを吐き出せる場にアクセスしやすい社会になってほしいと思います。

相談を受けたときに覚えておきたい「バウンダリー」

――セラピストではない私たちが、誰かから相談を受けたときに大切なことはなんだと思いますか?

ダニエルさん:相手に寄り添うことが大切とはいえ、リクエストに応えすぎて自分が苦しくなってしまわないようにしなくてはいけない。自分と他者との間に心理的・物理的な境界線(バウンダリー)を引くことは、重要だと思います。

ただその際に、誤って解釈された“セラピースピーク”のような、定型文的なフレーズを使うのではなく、今の自分がなぜ寄り添えないのかを、本心で伝えること。そうすれば相手も「拒否された」とは思われないはずです。相談する側もされる側も、リスペクトを持ってお互いに向き合っていくことが大切だと感じますね。

取材・文/浦本真梨子 企画・編集/種谷美波(yoi) タイトルロゴ写真/ArisSu(Getty Images)