70%の人が一生に一度は経験するという「インポスター症候群」。SDGs(持続可能な開発目標)のひとつである「ジェンダー平等の実現」を阻む要因としても注目されています。一体どんなものなのか、なぜ女性に多いのか、公認心理師の小高千枝さんに伺いました。

お話を伺ったのは…
小高千枝

公認心理師

小高千枝

小高千枝メンタルヘルスケア&マネジメントサロン代表。カウンセリングオフィスでの臨床をはじめ、企業顧問として従事。女性の自立と自律の支援活動に注力し、子育て、うつ、人間関係、コンプレックスの克服、ライフデザインなどの講演も行う。ユーキャン『心理カウンセリング講座』監修。著書に『本当の自分を見失いかけている人に知ってほしい インポスター症候群』(法研)

女性に多いといわれる「インポスター症候群」とは?

インポスター症候群 とは 特徴

――「インポスター症候群」の「インポスター」は、英語で「詐欺師」や「偽物」とも訳されますが、一体どんなものなのでしょう?

小高さん インポスター症候群とは、自分のことを信じられず、周囲からの評価と自己評価のギャップに苦しんだり、「実力がないことがバレるのでは」と不安にさいなまれたりする心理状態のことです。心の中で「人を騙しているような気持ち」になってしまうことから、その名称がつけられました。

――「心理状態」ということは、精神疾患ではないということですね。

小高さん はい。心理的な傾向を表すものなので、精神医学的には病気ではありません。また、本人の性格に関係なく誰でも陥る可能性があり、「生涯に少なくとも一度はインポスター症候群を経験する人は、70%に及ぶ」という研究報告もあります。インポスター症候群に陥るかどうかは、本人の実力や能力の有無や程度に関係なく、あくまで「自分がどう感じるか」がポイントです。

「インポスター症候群」によくみられる傾向

――それはかなりの割合ですね。例えばどんなことを感じる人が多いのでしょうか。

小高さん よくみられる傾向として、次のようなものがあります。当てはまる項目が多いほどインポスター症候群の可能性が高いと思われますが、明確な診断基準があるわけではないので、あくまで「よくある例」として参考にしていただけたらと思います。

【考え方】
●人から褒められても素直に喜べない
●まわりからの期待が高まることに恐怖を感じてしまう
●今の自分のポジションは、実力よりも運でつかんだものだと思う
●今のポジションが崩れてしまうのではないかという不安がある
●自分が無能だとバレたらどうしようという恐怖感がある
●いつも偽りの自分を演じているような意識がある
●人とのコミュニケーションや自分の考え方に自信がない
●何か任せられると「○○さんのほうがうまくできるのに」と思う

【言動】
●自分の能力が偽物と思われたくないため、一生懸命取り組む
●自分の中のエネルギーが低下していて、やる気が起きない
●頼られそうな状況になることを避けようとする
●褒められると居心地が悪く、否定するようなことを言ってしまう
●期待されることが怖くなって、能力や知性をあえて隠そうとする
●大勢の人がいる場面だと発言できないが、1対1だと話せる
●「もう限界…」と思いつつ、自分に鞭打ってギリギリ対応している
●自分の考えより、相手にとっての正解を言うようにしてしまう

デジタルネイティブ世代が「インポスター症候群」に陥りやすい要因とは?

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――リストを見ると、多くの人がひとつは感じたことがありそうなものばかりですね。例えば、20〜30代が陥りやすい要因などはあるのでしょうか。

小高さん 若い世代の場合、特にSNSの普及によって誰もがステップアップへのチャレンジや成功をつかみやすくなった分、インポスター症候群に苦しむ人が多くなったように感じます。

――「自分を演じることに疲れる」「リアルな自分とのギャップを感じる」といった、“SNS疲れ”も関係しているのでしょうか。

小高さん そうですね。特にデジタルネイティブである若い世代は、さまざまな情報に囲まれていることが当たり前の状況に生きています。自分の本質を模索する時期である10代からその中で過ごしていると、自分の意見ではない「誰かの言葉」や「情報」を土台にして、なんとなくアイデンティティを確立したような気になってしまうことも多いはずです。

そのため、社会に出て個人の意見を求められたときに等身大の自分の意見が出てこなくて自信を失ったり、自分の本質を見失ったり、空虚感から不安につながったりしやすのではないかと思います。

女性の社会進出を阻むのも「インポスタ-症候群」

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――インポスター症候群の概念が初めて報告された1978年の論文では、社会的に成功している150人以上の女性を5年間にわたって調査したそうですね。女性のほうが社会や環境から影響を受けやすい要因があるのでしょうか。

小高さん 1970年代のアメリカでは女性の社会進出が進んでおらず、「出る杭は打たれる」の諺どおり、社会的に成功した女性が自分のことを肯定しにくい世の中だったという背景があります。また、「成功」や「失敗」のとらえ方をみると、男性は成功を自分の能力や才能、努力など個人的な要素に結びつける傾向がありますが、女性の場合、成功したのはタイミングや運のおかげであり、失敗は個人的な欠点が原因だと考えやすいといわれています。

――「女性が自分のことを肯定しにくい世の中」というのは、今の日本の状況とも重なりますね。

小高さん まさに「ジェンダー平等の実現」に対する理解が深まらないまま、見切り発車的に制度だけを進めている日本のアンバランスな状況や、「こうあらねばならない」といった同調圧力に対する恐怖心などは、大きな要因になると思います。また、女性はライフイベントによって生活や環境が大きく変化しますが、そのタイミングでSNSの情報に振り回されてしまう人も多いようです。そのため、インポスター症候群は女性の社会進出を阻むものとしても注目されるようになっています。

▶︎続く後編では、具体的なお悩みに対して、小高さんから解決のためのTIPSを教えていただきます。

構成・取材・文/国分美由紀 企画/種谷美波(yoi)