ハラスメント予備軍ともいわれ、職場や家族、友人など身近な人間関係の中で起きやすい「インシビリティ」(他人に対する思いやりや配慮を欠いた失礼で無作法な言動)。今回は、インシビリティ解消のヒントとなるコミュニケーションスキル、「アサーション」の実践テクニックを公認心理師の後藤麻友さんにお話を伺いました。

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お話を伺ったのは…
後藤麻友

ピースマインド

後藤麻友

公認心理師、臨床心理士、国際EAPコンサルタント(CEAP)。臨床心理学の修士号を取得後、ピースマインドに入社。EAPコンサルタントとしての臨床業務の傍ら、研究、研修、サービス開発にも従事。現在は、部長として主にコンサルタントのマネジメントや育成支援を行っている。

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インシビリティの“あるある”に使えるアサーションスキル

――インシビリティな態度になってしまう相手とコミュニケーションを取る上で、実践しやすいアサーションスキルはありますか?

後藤さん アサーションのスキルを分解した「DESC法」というテクニックがあります。自分の状況や主張したいことを4つのステップで伝えていく方法です。例えば、すでにいくつかの仕事を抱えていて忙しいときに、上司から急ぎの仕事を頼まれたケースで考えてみましょう。

●D(Describe/描写):現状や相手の行動を客観的に伝える
「いま、AとBとCの案件を抱えています」

●E(Explain/説明):自分の意見や感じていることを説明する
「これから新たにDの案件を進めるとなると、締切日の16日までに作業するのは難しそうです」

●S(Specify/提案):課題を解決するためのアイデアや代替案を提案する
「Dは17日以降に対応したいと思いますが、いかがでしょうか」

●C(Choose/選択):提案に対する相手の反応によって自身の行動を選択する
・YESの場合:「では、ABCは予定どおり16日までに、Dは20日までに完了させます」
・NOの場合:「それでは、18日までに完了させるスケジュールではどうでしょうか」

――対面でもメールでも、このプロセスの順に考えていけばスムーズに意図を伝えられそうですね。

後藤さん 状況や思いをこの4段階に分解して考える習慣を身につけると、アサーティブな考え方がしやすくなります。また、次の2つも比較的取り入れやすいのではないかと思います。

●Iメッセージ
例えば、「あなたの言い方はひどい」ではなく、「私はそう言われると悲しいです」「私は○○だと感じました」のように、主語を「自分」に変えて伝える。主語を変えることで批判的な表現が和らぎ、相手を不快にさせるリスクが減る。

●Yes,but法
相手の意見に対していきなり否定や反論をするのではなく、一旦相手の意見を受け止めてから自分の考えを伝える。相手に共感することで、自分の意見も受け入れられやすくなる。
(例)

「あなたのプレゼン資料は、最新のリサーチデータも入っていたし、すごく丁寧につくられていました。けれど、●●を工夫するともっとわかりやすくなると思います」

インシビリティな言動をしてしまった…と気づいたときのアサーションスキル

――ちょっとした言い換えや話す順番の入れ替えによって、かなり印象が変わりますね。逆に、自分がインシビリティな言動をしていることに気づいた場合はどうすればいいのでしょうか。

後藤さん ハラスメントと同じで、インシビリティな態度をしてしまってもすぐに謝ることができれば、大きな問題には発展しづらくなります。ただ、たとえ本人に「しまった…」という自覚はあっても、その場で謝ることができないケースも多いものです。

――自覚があるのに謝れないのはなぜでしょう?

後藤さん 本人にも「●●だから、自分もこういう態度をとってしまったんだ」という言い分があることが多く、そのような場合は素直に謝罪するのが難しいものです。例えば、カウンセリングでこのような相談を受けた場合、どのように対応しているかをご紹介します。

①本人の思いを受け止める
まず最初に、本人の中にある「●●だったんだ」という思いを受け止める。そうすることで、ようやく本人が次の行動に移るための準備が整う。

②「謝罪した場合」と「しなかった場合」をイメージする
「失敗は誰にでも起こりうる」という考え方を共有した上で、失敗した場面ですぐに手当(謝罪)をした場合、しなかった場合をイメージしてもらう。

すぐに謝罪した場合のメリットをイメージできるようになると、「その行動をしてみよう」という動機づけになります。そして、日常生活で同じような場面に再び遭遇した際、すぐに謝罪ができ、それによって関係や空気が悪くならなかったという成功体験が持てると、行動は変わっていきます。このプロセスは、カウンセリングを受けなくても、一人でやってみることもできますので、ぜひトライしてみてください。

あらかじめ準備しておくことは、インシビリティな態度をとってしまった、と気づいたときの初動が変わりますし、結果的に自分や相手を守ることにもつながるので、とても役立ちます。

インシビリティを目撃した場合のアサーションスキル

――インシビリティな態度をしたり、受けたりした場合について伺ってきましたが、身近でインシビリティを目撃して注意を促したいときは、どんなふうに伝えればいいのでしょう?

後藤さん インシビリティを目撃した場合も、IメッセージやYes,but法が活用できます。先にお話ししたとおり、インシビリティな行為を起こした本人は、誰かを傷つけているということに気づいていないことがあります。ですから、まずは本人の意識に上げることで、本人にとっても客観的に自分の行為を振り返る機会になるはずです。

【インシビリティを起こした本人に声をかけるなら…】
「さっきあなたと〇〇さんの会話を見ていて、私が〇〇さんの立場だったらちょっと傷つくかなぁと思ったんだけど、どう?」

「あなたがさっき〇〇さんに『●●●●』と言った理由はわかった。けど、私が〇〇さんの立場だったらちょっと傷つくなぁ。例えば『▲▲▲▲』と言っても意図は伝わるんじゃない?」

ただ、インシビリティな態度をとった本人にとってはバツの悪い指摘でもあるので、弁明の余地を残したコミュニケーションができるといいと思います。

アサーションを実践してもうまくいかなかったときはどうすれば?

――先ほど「失敗は誰にでも起こりうる」というお話もありましたが、アサーションを実践したものの、うまくいかなかった…という場面はあるかと思います。そんなときはどう考えたらいいのでしょうか。

後藤さん これがベストだ!とトライしてもうまくいかないことや、私たちのような専門スタッフが一緒に実践する場面でもうまくいかないことはあります。自分のことを知っているつもりでも、それだけ無意識の世界や気づかない世界をたくさん持っているということなのだと思います。

――だからこそ、「うまくいかないことはある」という前提が大切なのですね。

後藤さん そうですね。一度やっただけで諦めてしまわないで、何度かチャレンジして、成功体験につなげてもらえたら。とはいえ、うまくいかないことに再チャレンジするのもエネルギーがいるものです。

スマホの待ち受けやメモアプリで「気にしない」「大丈夫」といった自分を勇気づけたり、気分をあげたりするような言葉をすぐ目にできるようにしておくといいと思います。うまくいかなかったな…と感じたときは、その言葉を見たり思い出したりしてほしいと思います。

構成・取材・文/国分美由紀