何気ない言葉や振る舞いによって生まれるギスギスした空気や、なんとなく嫌な感じ。ハラスメントとも言い切れないグレーなその言動は、ひょっとしたら「インシビリティ」かもしれません。「インシビリティ・マネジメント研修」を手がけるピースマインドの後藤麻友さんに、ハラスメントをしない・させないための基礎知識を伺いました。

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お話を伺ったのは…
後藤麻友

ピースマインド

後藤麻友

公認心理師、臨床心理士、国際EAPコンサルタント(CEAP)。臨床心理学の修士号を取得後、ピースマインドに入社。EAPコンサルタントとしての臨床業務の傍ら、研究、研修、サービス開発にも従事。現在は、部長として主にコンサルタントのマネジメントや育成支援を行っている。

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インシビリティとは、「他者への思いやりや配慮に欠けた言動」

――「インシビリティ」という言葉は初めて聞きましたが、何を意味する言葉ですか?

後藤さん 職場や家族、友人といったさまざまな人間関係の中で起こる、他人に対する思いやりや配慮を欠いた失礼で無作法な言動のことです。行為者の意図が曖昧な点が特徴で、本人に相手を傷つける意図や自覚がない場合が多く見られます。言葉自体は昔からありましたが、メンタルヘルスの文脈では比較的最近用いられるようになった新しい概念です。

――なぜ最近になって用いられるようになったのでしょうか。

後藤さん ハラスメント対策が企業に義務付けられて対策が進む中で、身体的な攻撃など明らかなハラスメントと思われるケースは少なくなっています。その一方で、ハラスメントかどうか判断に悩むグレーなケースをひもといていくと、行動面の要因がインシビリティに該当するケースが多いことから注目されつつあるのだと思います。

――具体的にはどんな言動が該当するのでしょう?

後藤さん よく見られる言動として、例えば次のようなものがあります。

◆冷たい対応
・質問をしてきた後輩に「それくらいわかるでしょ」と突き放した言動をする。
・特定の人に対して無愛想な振る舞いをする。

◆やらない(不作為)行為
・会議までに読んでおいてほしいと伝えた資料に目を通さず会議に参加する。
・質問や投げかけに対して返答をしない。

インシビリティを放置すると、その場がギスギスした雰囲気になり、行為を受けた側は嫌な気持ちになってパフォーマンスが下がるなどの影響を受けます。先行研究では、職場でインシビリティに該当する行為を受けた人のうち、20%近くが退職したこともわかっています。

また、たとえ当事者ではなくても、インシビリティに気づいている場合は「こういうことが起きる職場にはいたくない」と退職のリスクにつながったり、「自分も同じような振る舞いをしても許される」と考えるようになっていじめやハラスメントに発展したり、メンタルヘルスの悪化を招いたりするリスクもあります。

インシビリティは、誰でも、いつでも、“する側”になり得る

――「相手を傷つける意図や自覚がない場合が多い」ということですが、そもそもなぜインシビリティな態度をしてしまうのでしょうか?

後藤さん インシビリティの背景には、3つの要因が掛け算のように関係し合っています。

◆要因①性格特性
「自分の言動によって他者がどのような気持ちになるか」を想像することが難しく、無意識のうちにインシビリティにあたる言動をしている場合がある。ただし、「他者への共感性が低い」という性格特性はよくある上、必ずしもインシビリティにつながるものではない。

◆要因②生育環境
インシビリティが当たり前にある環境や、親子関係が希薄or好ましくない環境のもとで育った場合、自分にとっては「普通」「当たり前」だと思っている言動が、他者にとってはキツイものや失礼なものとして受け止められることがある。

◆要因③個人の価値観(先入観・偏った価値観)
個人の価値観は、その人の経験によって構築されるが、例えば「普通わからないことがあったら自分から質問にくるべき」「管理職は優秀であるべきだ」といった価値観から言葉がとげとげしくなったり、なんとなく冷たい態度を取ってしまうことに気づいていないケースも少なくない。

また、それまで大きなトラブルがなく過ごしてきた人でも、「忙しい・ゆとりがない」「疲れている」「不安や気がかりなことがある」「気が緩んでいる」「立場が優位にある」「自分が正しいと思っている」といった状況で出現する傾向があります。



――つまり、誰でも、いつでも、インシビリティな態度をしてしまう可能性があるということですね。

後藤さん そうです。だからこそ、正しく知ることに意味があると思います。

インシビリティを自覚したら、「価値観」を変えるのではなく「行動」を置き換える

――もしインシビリティを自覚した場合、どうしたらいいのでしょう?

後藤さん 先ほどお伝えしたように、インシビリティは本人に明確な意図や自覚がないことが特徴なので、価値観を無理に変える必要はありません。ポイントは、価値観ではなく、行動を置き換えること。そして、行動を置き換える第一歩は、自分の自動思考に気づくことです。

――自動思考とは何ですか?

後藤さん 何か出来事が生じたとき、価値観によって無意識に生じる考え方のクセ(思考パターン)のようなものです。そして、すべての行動は思考パターンが影響しています。言葉のとおり、自動的に生まれる思考なので自分では気づきにくいものです。インシビリティに関連する代表的なものをご紹介します。

【代表的な自動思考】

●二極化思考
「成功or失敗」「勝ち組or負け組」「ミスがあったからすべて台なし」など、両極端に物事を考える。

●過度の一般化
いくつかの例を見ただけで「常識的に考えて○○だ」「普通は○○だ」「みんなこうしている」などと決めつける。

●心のフィルタ―
「絶対に○○ない」「他人はすべて信用できない」など、ネガティブなことだけをクローズアップする。

●マイナス変換
ポジティブな事実でも「たまたま」「まぐれ」「どうせ次はうまくいかない」などマイナスに置き換える。

●論理の飛躍
一部の事象から、「あの人のやり方じゃうまくいかない」「きっと自分は嫌われている」とネガティブな結論を導き出す。

●過大評価と過小評価
「うまくいったのはたまたま、失敗したら自己責任」のように、ポジティブな面を過小評価し、ネガティブな面を大きくとらえる。

●感情的決めつけ
「真面目に見えても、あの人はやる気がないから」のように主観的な感情を、事実を証明する根拠であるかのように扱う。

●べき思考
「上司は○○すべき」「仕事では○○すべきではない」など、自分の考えが周知の事実であるかのように言い広める。

●レッテル貼り
「最近の若い奴は」「○○世代は」「男/女は」など、ごく一部の事象だけを見て、その人の性質であるかのように扱う。

●個人化
「自分のおかげで仕事が回っている」「自分がいないとうまくいかない」とさまざまな事象を自分に結びつけて考える。

行動を置き換えることで、結果は変えられる

――ほとんどの人が何かしら思い当たるのではないでしょうか…。

後藤さん 自動思考は、文字通り自動的に浮かぶ考えのことで、それ自体がよい・悪いというものではありません。程度の差こそあれ、誰にでも当てはまる事象です。ただ、その思考の強さによっては、日常生活によくない影響をもたらすことがあります。自分がどんな考え方をしやすいかに気づくことによって、対処が可能です。

もし自動思考をしている自分に気づいたら、考え続けることを止めてみましょう。もし頭の中で止めるのが難しいなら、コーヒーを買いに行く、誰かと話すなど、その場から離れたり、気持ちを切り替えたりする工夫も効果的です。

――行動を置き換える具体例についても教えていただけますか。

後藤さん インシビリティの対になる概念が「シビリティ」です。シビリティは、相手に対する丁寧さ、礼儀正しさという意味です。シビリティの特徴は、感情にとらわれずに礼儀正しく振る舞える、ということです。極端にいえば、たとえ“面倒だな”“嫌だな”という感情があっても、最低限の礼節を保つことができればシビリティな言動です。

例えば、最近忙しくてまわりに挨拶していないなら、「おはようございます」と声をかけることを習慣に変えてみようとするだけでもシビリティな行動といえるでしょう。また、忙しさのあまり返信すべきメールを放置している場合、こちらの状況がわからない相手にとってはインシビリティな態度と捉えられてしまいますよね。ですから、まずは「数日お時間をください」と一時的な返信を送るだけでも、シビリティな行動といえます。

インシビリティは表に出ている行動を置き換えることで、結果を変えられます。考え方や行動をどう置き換えたらいいのか思いつかないときは、「尊敬する人なら」「友達や親なら」「絶好調の自分なら」どうするかを想像してみるのもいいと思います。

▶︎次回は、インシビリティ解消に役立つコミュニケーションスキル「アサーション」について伺います。

構成・取材・文/国分美由紀