ハラスメント予備軍ともいわれ、職場や家族、友人など身近な人間関係の中で起きやすい「インシビリティ」(他人に対する思いやりや配慮を欠いた失礼で無作法な言動)。今回は、インシビリティ解消のヒントとなるコミュニケーションスキル、「アサーション」について、公認心理師の後藤麻友さんにお話を伺いました。

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お話を伺ったのは…
後藤麻友

ピースマインド

後藤麻友

公認心理師、臨床心理士、国際EAPコンサルタント(CEAP)。臨床心理学の修士号を取得後、ピースマインドに入社。EAPコンサルタントとしての臨床業務の傍ら、研究、研修、サービス開発にも従事。現在は、部長として主にコンサルタントのマネジメントや育成支援を行っている。

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Mary Long/Shutterstock.com

お互いを尊重し合いながら対話できるのが「アサーション」な状態

――最初に、「アサーション」とはどういうものか教えていただけますか。

後藤さん アサーションとは、自分も相手も尊重しながら自己表現するためのコミュニケーションスキルのことです。1950年代に、対人関係がうまくいかない人たちのためのコミュニケーション改善や支援の方法としてアメリカで開発されました。1970年代以降は、人種差別や性差別などを受けている社会的弱者のためのコミュニケーション手法としても活用されるようになりました。

――まさにインシビリティを解消するために必要なスキルですね。

後藤さん はい。「アサーション権」ともいわれますが、アサーションは、「誰もが尊重され、自分の意見をいう権利がある」という考えに基づいています。どんな立場や状況でも、伝えたいことがオープンに話せて、相手の伝えたいことも受け止められる。そんなふうにお互いを尊重し合いながらキャッチボールができるのが、アサーションな状態です。そうあれない場合は、インシビリティな言動になっている可能性があります。

――では、そのアサーションを身につけるには、どうしたらいいのでしょう?

後藤さん まずは、自分を知ることです。アサーションでいうと、コミュニケーションのタイプは次の3つに大別されます。

①アグレッシブ(攻撃的)タイプ
自分の意見や価値観を主張し、本人にそのつもりがなくてもまわりに自分の考えを押しつけてしまう。自分を守ろうとして攻撃的な言動をするケースも多く、もし相手を傷つけたことに気づいても、振り上げた拳を下ろしづらい。口調がきつくなるだけでなく、相手を言いくるめようとするケースも少なくない。

②ノンアサーティブ(非主張的)タイプ
相手に不快感を与えないように自分を押し殺し、自分の考えや気持ちを口に出さない、表現や態度を曖昧にするタイプ。本当は言いたいことがあっても胸に収めてしまうので、真意が相手に伝わらなかったり、自分が我慢して関係性を保つことの反動で心の中に攻撃的思考や感情を持ったりしている。

③アサーティブ(自他尊重的)タイプ
アグレッシブタイプとアサーティブタイプの中間に位置するタイプ。自己主張を行いながらも、相手の気持ちや意見に配慮したコミュニケーションが取れるので、周囲の人との信頼関係を築くことができる。

どんな場面でもアサーティブでいられる人はいない

――コミュニケーションの問題と聞くと、ついアグレッシブタイプが原因だとイメージしてしまいがちですが、確かに自分の気持ちを抑えてしまうノンアサーティブタイプも「伝わらない」という問題がありますね。

後藤さん そうなんです。相手との関係を考えすぎたり、自信がなかったりして主張できない・しないというのも、相手に対してインシビリティな言動となっている可能性があります。その場で自分を守るために最善な方法がノンアサーティブあるいはアグレッシブな言動だったとしても、そのコミュニケーションを受け止める側の気持ちになった場合はどうなのかを考えると、自己理解にもつながると思います。

――3つ目のアサーティブタイプを目指すには、どうしたらいいのでしょうか。

後藤さん 理解しておいてほしいのは、どんな場面でもつねにアサーティブなタイプでいられる人はいないということです。状況によってアサーティブにできる場面もあれば、アグレッシブやノンアサーティブになってしまう場面もあります。

――なるほど。揺らぐものであるという前提を理解しておけば、「つねにアサーティブでなければいけない」というプレッシャーを感じることも少なくなる気がします。

後藤さん そうですね。最初にお話ししたことと重なりますが、大切なのは、コミュニケーションにおいて自分の考えや感情を表現することは、誰もが生まれたときから与えられた基本的人権(アサーション権)であるということ。そして、自分の言動をひもとき、整理しながら自分を知ることです。

自分の感情と言動に意識を向ける習慣を

――具体的にはどうすればいいのでしょうか。

後藤さん ひとつは、感情の記録をつけてみることをおすすめします。カレンダーアプリや手帳などに「イライラした」「悲しい思いをした」など、その日に自覚した感情を表情の絵文字などで記録しましょう。そして、落ち着いている状態を「5」として、1日の感情のアップダウンを10段階評価でつけましょう。それを1〜2週間続けてみると、自分の傾向がわかってきます。

また、女性の場合は生理周期によっても感情や行動に影響を受けるので、生理周期アプリなどで記録するのもおすすめです。自分のリズムや傾向に気づけると、生理周期で感情コントロールが難しい時期にはできる限り重要な予定を入れないようにするなどの対策を打てるようになります。

――言動の傾向だけでなく、体のリズムを把握することも有効なのですね。

後藤さん はい。そして、ご自身にとってインパクトのある出来事からひもといていくという方法もあります。その出来事が起きたとき、自分がどう感じたのか、エピソードから状況や感情を整理していくと、前回お話しした自動思考(考え方のクセ)が影響してることに気づけることもあります。

例えば、母親と同世代の女性上司とのコミュニケーションをうまく取れない人が、その理由をひもといていくと、母親から叱責され続けて「自分はダメだ」と思い込んでしまった経験が影響していることに気づけたケースもあります。

▶︎次回は、実際にインシビリティが起きたときに実践したいアサーションのテクニックをご紹介します。

構成・取材・文/国分美由紀