性の営みを描いた浮世絵“春画“に惹かれ、文筆を中心に活動の幅を広げる「春画ール」さん。25歳で初めて春画を購入し、やがて約100点の春画をコレクションするようになった彼女に、“春画の沼“にハマるまでのストーリーと、その魅力について聞きました。

春画ール

春画―ル(SHUNGIRL)
春画―ル(SHUNGIRL)

1990年愛媛県生まれ。学生時代に見た葛飾北斎の「蛸と海女」で春画に目覚める。2018年より会社勤務の傍ら「春画―ル」の名で活動をスタート。「現代人が見る春画」をコンセプトに、国内外への発信を続けている。著書に『春画にハマりまして。』(CCCメディアハウス)、『江戸の女性たちはどうしてましたか? 春画と性典物からジェンダー史をゆるゆる読み解く』(晶文社)、『春画の穴-あなたの知らない奥の奥-』(新潮社)。

最新刊に『春画で読む エロティック日本』(祥伝社新書12月26日刊行予定)。また、11月24日より公開するドキュメンタリー映画『春の画-SHUNGA』にも出演。

思いがけず始まった「春画を持つ人生」

――現在、「365日春画のことを考える」日々を過ごしていらっしゃると聞きました。どんな毎日なのですか?

平日はフルタイムの仕事をしていますが、昼休みや通勤の電車の中では、常に春画について発信するSNS連載のネタを考えています。

同世代の同僚たちはドラマや漫画の話で盛り上がっていますが、私は「紫式部が主人公の大河ドラマが始まるのか…『源氏物語』を題材にした春画も多いので探しておこう」などと考えていて、全然話が合う気がしません(笑)。

取り扱うネタが決まれば、家にある春画や艶本をめくりながら資料を集めます。大学や美術館が所蔵する春画のデータベースで画像を調べたり、オークションでデータベースにない春画が出品されることもあるのでネットのチェックは欠かせません。

――ご自身で所有している春画はどれくらいあるのですか?

途中から数えるのをやめたのですが、100くらいだと思います。和紙で包んだりフィルムケースに入れ、作品ごとに分類しています。家の中は、だんだん春画のコレクションで大変なことになってきました。画集や古典籍資料集などは鈍器のように重いので、地震で落ちてきたら危ない(笑)。

クローゼットの服の下にも、プラケースに収納した春画が山積みになっています。作品は和紙でできていますから、たまに風を通してあげないとカビが生えたり、虫が食ったりします。こうして取材やイベントのために外へ持ち出すことで、虫干しにもなると思うようにしています(笑)。

――春画作品自体は、葉書よりも小さいサイズのものが多いのですね。

今回持ってきたものは豆判と呼ばれるハガキ程度のサイズのものばかりです。小さな画面の中に、季節ごとの行事を盛り込んで性の営みが描かれ、銀摺を用いたりして、とてもきれい。

傾けながら近くでじっくり見る喜びを伝えられるのは、対面のよさ。作品を所蔵するだけではなく、いろいろな人に見てもらいたくて、イベントや、カルチャーセンターでの春画講座を開催しています。

教えるというより、私が春画のここを見て「面白い!」と感じることを共有したいという気持ちで始めました。会社と家の行き来ではできないコミュニティが生まれて、楽しいです。

春画 渓斎英泉「枕文庫 浮名の辰巳」(1825年)

渓斎英泉「枕文庫 浮名の辰巳」(1825年)

――春画を個人で所有できるということ自体が意外でした。どうやって購入しているのですか?

絵って、美術館や画集で見るもので、買うという選択肢がある方ってなかなかいないですよね。けれど春画は入手しやすいものだと、ギャラリーで1枚5,000円くらいから販売があります

私自身は、データベースに掲載されていないものを購入したり、同好の士と誕生日プレゼントに贈りあったりという楽しみ方をしています。
 
また、神保町などの古書店街には春画を扱うギャラリーがあります。行くと買ってしまうのでなるべく近寄りたくない(笑)。以前そこで、どこのデータベースにも載っていない歌川国貞の珍しい作品に偶然出会ってしまいました。

かなり高額だったのですが、「これが私の家にない人生なんてあり得ない!」と。ちょうど書籍の印税が入ったところで、自分の趣味のお金は自分で回していこう!と考えました。購入して以来、会社で嫌なことがあっても、「うちにはあの春画があるからなんてことないわ」って思えます(笑)。

――初めて春画を購入したのはいつのことですか?

25歳のとき、会社の賞与で買いました。30〜40枚くらい大量のセットがヤフオクに出ていて、合わせて30万円くらいしたのかな。それまで自分は、絵なんて買わない人生だと思っていたのですが…。職場と家の行き来だけではない新しいコミュニティが欲しい、そう思ってたどり着いたのが、なぜか春画だったのです。
 

25歳で出会った、一生をかけて勉強したい好きなこと

春画 渓斎英泉「春花とり合せ」(1825年)

<写真中央>渓斎英泉「春花とり合せ」(1825年)。文を読む女性と、甘えて抱きつく男の表情の対比が微笑ましい。

――高校生で春画と出会い、衝撃を受けたという春画―ルさん。25歳で春画熱が再燃したきっかけはなんですか?

もともと歴史や古典にはまったく興味がなく、大学を卒業する前に結婚。すぐにでも子どもが欲しいパートナーに対し、そこで「今は子どもが欲しくないな」という自分に気づきました。考えがとても浅はかでした。

特に面白みのない毎日を過ごして、結局20代前半で離婚。私の人生、何も楽しいことがない、って思っていたとき、高校時代の一瞬、春画に惹かれたことを思い出したのです。
 
専門の研究者でもない私がのびのびと勉強できて本も出せたのは、先達がいてこそ。以前から研究されている方々が本当に優しかったんです。「ようこそ! わからないことがあったらいつでも聞いてくださいね」という感じで手を差し伸べてくださいました。そんなありがたい環境があって、活動できています。
 
もっと早かったら大学で研究する道もあったのだろうな、と思います。けれど、25歳で、何も知らない状態から勉強を始めて、今33歳。まだまだ続けられるし、一生勉強できる。どうしてかといえば「好きだから」ということに尽きます。「好きって無敵だ」と思います。

独自の視点で見つめた、春画のなかの性文化

春画 蹄斎北馬「女郎と客」(1827年)女郎(売春婦)が、不細工な客に抱かれながら、見えないところで小判を数える様子。

蹄斎北馬「女郎と客」(1827年)。女郎(売春婦)が、客に抱かれながら、見えないところで小判を数える様子。

――SNSでの発信を通じて、「春画ール」として活動を始めてから5年。連載中のブログや書籍では、さまざまなアプローチで江戸の性文化を紹介していますね。

春画の中に生理用品がちらりと描かれていたり、江戸時代から包茎の手術の記録があったり、民俗学的な視点から春画や身体に関する書物を見るのも面白い。

そうした文献から、江戸時代に使われていた潤滑剤や、吾妻形と呼ばれるビロードで作ったオナホールを再現して、実際に自分やパートナーと一緒に試したりもします。研究者の方はそんなことしないですね(笑)。科学的なエビデンスがない時代だから、今見るとはちゃめちゃな民間治療やおまじないもあります。どこまでみんな信じていたのだろう? と楽しみながら実践しています。
 
自分が生きていない時代を生きていた人間がどういうことを考え、どういう表現が美しいと思っていたのか。死んでしまった人たちの価値観にすごく興味があるのです。春画を通して昔の人々の姿や価値観を知り、考えるたびに、生きる喜びを感じます。

――独自の活動を通じて、今後したいこと、考えていきたいことを教えてください。

春画には、時代背景とともに当時の価値観が映し出されます。そうするとやはり、江戸時代の春画には、差別や暴力があり、女性を「もの」として扱う性表現があることは否めません。好きなことって、調べれば調べるほど嫌になる部分も見えてきますよね。そこをどう自分の中に噛み砕いて、折り合いをつけて、もっと好きになれるのかと考えています。
 
例えば、私が10代のときに強烈に惹かれた北斎の作品『喜能会之故真通』に掲載されている「海女と蛸」に対しても、現在のフェミニズムの観点から「女性が蛸という人間以外の生物で快楽を感じている図に違和感がある」という意見があります。私はその発言に対して「なんて変なことを言っているのだろう」というよりも、「ついにそこに“気づかれるフェーズ”に来たんだ」と感じました。

誰しもが江戸時代の春画を手放しで賛美する時代ではありません。春画についての発信を続け、春画を好きでいるためには、性文化や精神的な土壌、また当時の性差別などの暗部に関しても、目を逸らさず、ジェンダー史としてひもといていきたい春画は今まで、そうした視点では語られてこなかったように思います。

撮影/江原隆司 取材・文/久保田梓美 構成/渋谷香菜子