価値観が大きく変化し続ける現代。多様性がキーワードになりつつあるものの、依然として「同調圧力」は存在しています。さまざまな価値観が混在する“今”だからこその同調圧力とは? そして、今の社会で、yoi読者にも多い30代が置かれている状況とはどんなものなのでしょうか? 社会学者・貴戸理恵さんにお話を伺いました。
同調圧力…集団において、少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制すること。
社会学者
1978年生まれ。関西学院大学社会学部教授。専門は社会学、不登校の「その後」研究。。著書に『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)、『「生きづらさ」を聴く――不登校・ひきこもりと当事者研究のエスノグラフィ』(日本評論社)等。
「同調圧力」を生む現代の価値観は「伝統的な価値」「リベラルな価値」「市場的な価値」による三つ巴のモザイク状になっている
──日本には、多くの同調圧力があるといわれており、SNSなどでは同調圧力に悩む人の声が散見されます。少数派の価値観を抑えこむことが多い同調圧力ですが、価値観が移り変わる真っ只中の現代では、同調圧力の特徴も変化しているのでしょうか?
貴戸先生:現代では価値が多様化している一方で、根強い同調圧力があります。この「多様なのに同調を迫られる」という不思議な状況について考えるとき、3つの価値を腑分けしてみることがヒントになります。
まず「伝統的な価値」。戦後の高度経済成長期に広まった「日本型」の家族や企業、教育などに根差した価値を、そう呼ぶことができます。男は仕事・女は家庭という性別役割分業、痴漢やセクハラが当たり前の環境、滅私奉公の奨励、「仲間である」ことを認識するための非合理な慣行……。これらは差別や偏見を含んでいたり時代に合わなかったり、見直す必要があるものも多いです。
次に、多様性を肯定する「リベラルな価値」。これはマイノリティの権利の尊重や共生の思想などいろんなものを含んでいます。女性だからといって妻や母という役割に閉じ込められなくていい、LGBTを含む性的マイノリティの権利を尊重すべき、障害の有無や国籍の違いにかかわらず共に生きる社会をつくる、というものですね。日本では1970年代頃からのマイノリティ運動のなかで主張され、グローバルスタンダードに合わせる必要もあって、次第に制度に組み込まれていきました。
もうひとつは「市場的な価値」です。これは競争に勝つ、能力を高める、個性を生かして生産活動をする、消費を通じて承認を得る、などを重視する考え方です。
現代では、この「伝統的な価値」「リベラルな価値」「市場的な価値」が三つ巴のモザイク状になっています。そして、人々は属するコミュニティや状況により、これらの価値観それぞれから──特に「伝統的な価値」と「市場的な価値」から──「こうであれ」という同調圧力を受ける可能性があり、身動きが取りづらくなっていると考えられます。
同調圧力を生み出す3つの価値観は対立するだけでなく、結びつくこともある
──同調圧力のもととなる価値観は3種類あるんですね。ところで、三つ巴の“モザイク状”とはどういうことでしょうか。
貴戸先生:異なるものが隣り合わせに共存する、ということです。まず、「伝統的な価値」と「市場的な価値」は結びつきやすいです。
個々の人びとの行動や考えの水準でも、このふたつはよく隣り合わせになっています。例えば、性別役割分業。近年では共働き世帯が多くなり、女性も男性並みに稼ぐパワーカップルが増えました。それでも、子どもが生まれれば女性がキャリアを調整しつつ家事育児を多くやるケースは多いです。ただ、その性別役割分業は「伝統的な価値」に基づいているとは限りません。
実際、女性よりも男性のほうが稼いでいるカップルが多数派です。すると、収入の多い男性が仕事を調整して家事育児をするよりも、女性が調整したほうがよいと考えられがちです。「夫に出世レースから降りてほしくない」というエリート妻のプライドがあったりもする。
当事者たちに「男が働き、女が家を守る」という伝統的な価値観がなくても、世帯年収を最大化するための合理的な選択の結果として、伝統的な価値観に近づくことがあるのです。実際、そのような夫婦に考えを聞くと、「男は仕事、女は家事」という価値観をそれほど持っていないことも多いです。これが「市場的な価値」が「伝統的な価値」と結びつくパターンのひとつですね。
──では、「市場的な価値」はどのように「リベラルな価値」と結びつくのでしょうか。
貴戸先生:「リベラルな価値」は「市場的な価値」と足並みをそろえてやってくる面があるんです。「市場的な価値があれば多様性を認める」というように、結託する場合も多い。
例えばプラスサイズモデル。痩せていることだけでなく、多様な体型の美しさが認められるのは大事です。けれども結局、受け入れられるのはプラスサイズモデルの方たちのように「おしゃれで美しくて個性として売り出せる」ものだけで、普通の人は「太っている自分はダメ」と思わされがち。相変わらずダイエット関連商品は巨大なマーケットをなして、女性を追い詰めています。プラスサイズモデルの方の仕事は、多様なボディイメージに貢献しており大事だと思います。しかし社会の受け入れ方を見ると、多様性というより、「売れるならよい」という市場の原理に基づいているように見えます。
さらにこの例だと、結果的に「女は若くて美人がいい」という「伝統的な価値」を強化している面もありますね。
このように「リベラルな価値」が「市場的な価値」に横すべりし、その結果「伝統的な価値」を強化することもあります。まさにモザイク状の複雑な関係ですよね。
同調圧力はコミュニティやシチュエーションによって異なり、とくに30代が受けやすい?
──現代の同調圧力は「伝統的な価値」と「リベラルな価値」によって板挟みになっており、そこに「市場的な価値」からのプレッシャーも加わっているという背景があるのですね。
貴戸先生:仕事でたとえるなら、「みんなが残業しているのだから自分も残業すべき」という「伝統的な価値」と、「ワークライフバランスを重視すべき」という「リベラルな価値」のあいだで引き裂かれるということはあるでしょうね。「市場的な価値」からの「定時退社したいなら結果を出せ」というプレッシャーが加われば、がんじがらめです。
──確かに、どの価値観からの圧力も経験があるという人は多いのではと思います。価値観が混在している今だからこその同調圧力の特徴ですね。同じ会社でも、部署によって3つの価値観のバランスが違ったりして、その場その場でどのように振る舞うのがいいのか悩む……ということもありそうです。
貴戸先生:コミュニティやシチュエーションによって、どの価値が強いか変わるので、動きづらいですよね。特に30代くらいの世代だと、昭和的な価値を振りかざす上司と、Z世代の部下のあいだで板挟みになることもありそうです。恋愛・仕事・子育てなど、さまざまなことで現役世代ですので、「こうあるべき」という規範と「そうはできない」という現実、「こうしたい」という自分の思いのあいだで調整が難しく、もやもやするでしょう。30代は特に大変……かもしれないですね。
イラスト/ふち 取材・文/東美希 画像デザイン・企画・構成/木村美紀(yoi)