昭和から残る「昔からの価値観」と近年広まった「新しい価値観」、両者の板挟みになり、さらには、現実的に世の中で重視される「市場的な価値観」のプレッシャーも受けることで、つらさを感じる人が増えている今。さまざまな価値観からの圧力により、人を閉じ込めてしまう“ずるい言葉”が世の中には蔓延しています。その言葉に対する考え方や、言い返し方、逃げるための考え方を社会学者・貴戸理恵さんがバッサリ指南! 今回は仕事中に遭遇する言葉について。
社会学者
1978年生まれ。関西学院大学社会学部教授。専門は社会学、不登校の「その後」研究。。著書に『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)、『「生きづらさ」を聴く――不登校・ひきこもりと当事者研究のエスノグラフィ』(日本評論社)等。
貴戸先生が分析する、現代の同調圧力とは?
価値が多様化しているはずなのに、同調圧力を感じて息苦しいのはなぜ? 背景には、3つの異なる価値観のせめぎあいがあります。①「女性は女性らしく」といった伝統的な価値観、②多様性を認めるリベラルな価値観、③競争に勝つことや売れることを重視する市場的な価値観です。これらが隣り合わせに存在し、対立したり結びついたりするなかで、「多様なのに同調を迫られる」という不可思議な状況が生まれています。特に、yoi読者に多い30代は、恋愛や結婚、子育て、仕事などの局面で「こうあるべき」とする規範に晒されやすく、身動きが取りづらくなっています。
ずるい言葉① 「女性ならではの視点で」
──悪気なく言っているんだろうな……ということはわかりつつも、言われるとなんだかモヤッとしてしまう言葉です。
貴戸先生:「女性の視点」は必要ですが、ある人を勝手に「女性代表」にするのは違いますね。「私はこう思うけど、他の女性はどうだろう」と、個人の意見が言いにくくなってしまうかもしれません。
「女は黙っていろ」と言われたら反発しやすいけれど、「女性の意見も聞くよ」「だから女性ならではの意見をいっぱい言ってね」というのは、リベラルに見えるぶんやっかいです。
この言葉が出るのは、たいてい場に女性が少ないときです。なので女性を増やすよう要求するのがよいでしょう。「女性といってもさまざまな人がいます。なので私以外の女性も複数入れてください」と伝えてみてください。
ずるい言葉②「いつも帰るの早いですよね!」
──定時で帰るのは当然の権利ですが、残業も多い職場では、ちょっと嫌味っぽい一言をかけられてしまうことも…?
貴戸先生:まず、中堅やベテランが早く帰ることはとても大事なことです。特に管理職の場合は、早く帰ることでよい雰囲気を作り出し、部下もワークライフバランスを重視しやすくなります。
けれどこの言葉からは「早く帰りすぎじゃないか?」というメッセージも感じ取れますね。部下や若手としては、「相談したいときにいないので困る」ということがあるのかもしれません。
職場によるので一概に言えませんが、一つの返答としては、「定時を過ぎているので、家の用事もあるし帰ります。もし相談があるなら、メールをくれたらいつでも話を聞きますよ」というのが、さっぱりしていていいと思います。
相手としてはただちょっとした相談をしたいだけかもしれません。その場合は、ランチを一緒にとるなどすれば、残業しなくてもOKでしょう。
ずるい言葉③「スキマ時間は有意義に使わなきゃ」
──向上すること、効率よく生きることをよしとするこの言葉。他者から、「そうするべき」と言われることに、違和感を感じることもありますよね。
貴戸先生:通勤や家事をしながら英語を勉強したり、早起きして読書したり。「自分の資本価値を上げるために、時間を無駄にせず、日々努力する」という発想ですね。
未来のために頑張るのは必要ですが、そのことが現在の自分を本当に幸福にしているのか、「より資本価値の高い人材になる」ことがゴールで本当にいいのかと立ち止まることも大事だと思います。
また、職場に問題がある場合などでは、自己啓発的な発想で個人が解決すべき問題としてしまうと、「他者と連帯して社会を変える」という視点がなくなってしまいます。
いずれにしても、こう言われたからといって「私は怠け者でダメだなぁ」などと落ち込む必要はありません。
ずるい言葉④「男なんだから」
──「女らしくしろ」と言われることはだいぶ減ってきましたが、「男なんだから」はいまだにOKという空気が一部にはあることも事実です。
貴戸先生:「男だから優遇される」はNGになってきていますが、「男なんだから理不尽なことでも耐えろ」とされることがいまだにあります。「男なんだからしんどくても耐えろ」という言い方は非常に変です。これはヒーロー主義的な意味合いで少年漫画やスポーツ指導の場面に生き残っていますよね。
若い男性には、抵抗してもらいたいですね。「だから何だよ、関係ないだろ」って。
ずるい言葉⑤「もっとワークライフバランス充実させなよ」
──「仕事第一!」という価値観が薄れつつある今、「仕事とプライベート、どちらも充実させるのが素敵な大人」という風潮も。時には、仕事に打ち込みたいときもあると思いますが、そんなときにこう言われてしまったら?
貴戸先生:……これは「女性なら」という暗黙の枕詞がついていそうですよね。「女性なのに仕事中心の生活ってどうなの?」という含意を感じますし、女性に対して特定の性別役割や期待を押しつけるものと受け取れます。
男性の場合は「仕事ばっかしてて彼女・奥さんは怒んないの?」というような感じになりそうです。「仕事しすぎはダサい」というツッコミも、男性相手だと、仕事ができない負け惜しみととらえられそうな気がします。
つまり、これは「リベラルな価値」による発言と見せかけて、根深い性別役割分業からの同調圧力である可能性がありますね。
ずるい言葉⑥「◯◯さんは時短勤務だからね」
──主に育児が理由で、時短勤務をしている人に向けられる言葉。嫌味っぽく感じてしまうのは気のせい……?
貴戸先生:育児の際に時短勤務になるのはほぼ女性です。「マミートラック」と呼ばれますが、育児のために短時間で責任の少ない仕事に配置されることで、職場で居心地が悪くなったり、キャリアプランが崩れたり、仕事のやりがいが失われたりします。
そもそも、肩身の狭い思いをする必要はないはず。人材の補充がなく他の人に業務がしわ寄せされているなら、それは時短勤務になった個人の問題ではなく、代替の人材が不足しているという職場の問題です。
「ご迷惑かけてすみません」とつい言ってしまいたくなりますが、この言葉に対しては、謝ることはしないほうがいいと思います。悪いことをしているわけではないし、さらには若い世代に「時短勤務は職場に迷惑をかけるもので、謝るべきだ」という間接的なメッセージを送ってしまうことになりかねません。
代わりに「はい、おかげさまで子どもとの時間を持てています。ありがとうございます」と言ってはどうでしょう。お礼でいいんです。自分のライフスタイルを尊重し、ポジティブな姿勢を示したいですね。
ずるい言葉⑦「意識高いね〜」
──頑張っているときや、正当な主張をしているときに「意識高いね」なんて言われてしまうと、モヤモヤしたり恥ずかしい気持ちになったりしてしまいますよね。
貴戸先生:真面目に取り組んでいる人をこのように揶揄する人は「努力しないでできるほうがカッコいい」「真面目にやるなんてダサい」という考え方の傾向があるんでしょうかね。就活などで前のめりに取り組む学生を「意識高い系」と揶揄するような風潮もありました。
ジェンダーなどマイノリティの人権の問題に取り組む人に対して、この発言をされることもあるようです。これは卑劣です。問題について自分の意見を言うわけでなく、みずから動くわけでもないのに、動いている人の気持ちを挫く言葉だからです。
自分が行動できないなら、その限界を認め、少なくとも足を引っ張ることのないようにしてほしいですね。言われた側は、「ハエが止まった」くらいに考え、無視するしかありません。
イラスト/ふち 取材・文/東美希 画像デザイン・企画・構成/木村美紀(yoi)