中元日芽香さんは乃木坂46の元メンバーであり、現在は心理カウンセラー。この連載では、“推される側”を経験し、“推す側”のメンタルにも寄り添ってきた彼女ならではの視点で、推し活とメンタルヘルスの関係について語ります。第6回のテーマは、推し活と「欲」について。エネルギーの泉にもなる欲のコントロールと、欲の“同一化”がメンタルヘルスに及ぼす影響について、アイドル時代と今の自分とを見くらべながら、教えてくれました。
心理カウンセラー&メンタルトレーナー
1996年4月13日生まれ、広島県出身。2011年からアイドルグループ・乃木坂46のメンバーとして活動し、2017年に卒業。早稲田大学で認知行動療法やカウンセリング学などを学び、2018年にカウンセリングサロン「モニカと私」を開設。心理カウンセラーとして活動を始め、今に至る。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(共に文藝春秋)。現在、ポッドキャストサイトPodcastQRにて、パーソナリティを務める『中元日芽香の「な」』を配信中
第6回のテーマは、推し活での「欲」との向き合い方
最近、大事な撮影に備えてちょっと体づくりを頑張っています。ジムに行き食事にも気をつけていますが、つらい思いをした10代の頃のダイエット経験にくらべると、今はなりたいボディイメージがあり自分のために頑張れているという実感があります。あくまで私自身にとってのよいイメージを目指せている今の状態は「健康的になったなあ」と感じています。
そんな私は、心の中にささやかな“欲”をひとつ飼っています…
「目標に到達したら、人生初の家系ラーメンを食べたい!」(笑)
自分に勝ったごほうびで食べるこってりラーメンは、さぞおいしいだろうな…そのときはカロリーも気にせず、スープも飲み干してやろう!と楽しみにしながら、日々ジムに通っています。
これは私にとってのモチベーションになる(ちょっぴり禁断の?)欲望。皆さんの中には、どんな欲がありますか?
食欲や睡眠欲と“推し欲”のバランスコントロール、上手にできていますか?
食欲・睡眠欲のように生命維持にとって必要な欲に加えて、仕事や勉強、推し活などでさまざまに生まれる欲。それは欲望・欲求・夢や目標という言葉に置き換えてもいいでしょう。欲を持つことは、エネルギーにつながります。欲がある人は「自分がこうなりたい」というイメージが明確にできて、それをかなえるステップを具体的に描きやすいようにも思います。
「推しの限定ブロマイドを絶対手に入れたい! 推しのライブツアー会場を全制覇したい!」という“推し欲”を「平日の仕事を頑張ろう!」というやる気につなげていく方は多いかもしれません。けれど、欲は用法・容量を守って適切に付き合わないと暴走してしまうことも。
「睡眠を削って、夜な夜な配信をチェックする」「グッズを買うために食費を抑える」という状態だと、ヘルシーな推し活から遠のいている恐れがあります。
推しが生活の一部になっている方には、自分の生活で“推し欲“がどのくらいの比重を占めているか、そのウェイトを量ってみることをおすすめします。推しへの欲が、睡眠欲や食欲などと比べて突出してしまっていないか?アンバランスになっていないか?と考え見つめ直すこと。それは自分のメンタルヘルスをチェックするバロメーターになりそうです。
「自分のなりたい推しになってほしい」——欲の“同一視”には要注意
心理学には、“同一視”というキーワードがあります。自分自身の存在を対象に重ね合わせて、物事を感じたり考えたりするという状態。推し活であれば、「推しにうれしいことがあると、自分のことのようにうれしい」「推しがSNSでたたかれたりしていると、自分もつらい」という共感がそうだといえます。
また、同一視は、「自分がかなえられなかった欲望・願望を相手に託す」という形でも起こります。例えば「野球選手になりたかったけれど、自分はなれなかった、だからその分、あの選手に活躍してほしい」というファンの心理。「アスリートやアイドルになりたい」という共通の夢でなくても“なりたかった自分像”を推しに重ねて、推しの成功を願うことも同一視のひとつです。
同一視が過剰になるとメンタルバランスをくずす一因になることは、この連載の第1回「推し活と距離感」・第3回「推し活と現実生活」でも語ってきました。推し活と現実の距離が近すぎて自分が見えなくなってしまうような状態は、ヘルシーとはいえません。欲についても同じことがいえます。
推しが夢をかなえることが自分の夢、という気持ちは素敵です。けれど本来、人はそれぞれ育ってきた環境や、今おかれている立場も違うもの。推しと自分の「こうしたい」という欲を想像の中で重ねすぎて、自分の100%を傾ける支えにしてしまうことは要注意。推しを失ったときに、一人で立っていられなくなる恐れがあるからです。
ヘルシーに推すためには「自分が自分自身で、本当に求めているもの」を見つめて、地に足をつけて一人で立つ、そんな姿勢が大切なように思います。
自分自身の欲は、自分自身のもの。人に託さず、人とくらべないのが大切
推される側も「自分自身がこうしたい」という欲を持つことは、とても大事。アイドル時代を振り返るとそう感じます。
推される側は、人気が高まるほど、たくさんのファンからの期待を受け止めます。私自身も「こうなって!」というファンの方々の欲に流されすぎずに、「自分が自分でこうなりたい」という欲を持っていたら「精神的にもっと強くいられたかな」と思います。
それから、10代のアイドル時代に経験したことがもうひとつ。「他人とくらべて、他人よりこうなりたい」という欲もまた、危うさがあるということです。
握手会で、自分以外の列にはすごくたくさん並んでいるのに、自分の列はそうでもない気がする。すると、自分には価値がないのかなあと思ってしまう。まわりのメンバーはみんな細いから、私ももっと細く見られたい。そうすれば価値のある自分になれるはず。そんな強迫観念から始めたダイエットはつらいものでした。食べたいものを我慢するけれどやっぱり長続きせず、欲が爆発してドカ食をいしてしまい自己嫌悪に陥ってしまう。ちょっと体重が増えただけで自分はダメだと落ち込む、という負のループからなかなか抜けられませんでした。
欲の出発点に自分という主体がなくて、第三者の目や社会的な立場が入ってしまうと、必要以上に欲深くなって無茶な努力をしてしまうのかも。これはアイドルという立場でなくても起こり得ることです。例えば、SNSにアップしてみんなからの「いいね」をもらうために大きな買い物をする。そうして買ったものは本当に欲しいものでしょうか? 一個手に入れたら「もっと目立つものを」「高いものを」とエスカレートしていくような気がしませんか?
誰がなんと言おうと「私はこれが好きで欲しい!」というお金の使い方のほうが、満足感も高くて心をヘルシーにしてくれるはず。やけ食いや散財のような欲の爆発も、自分自身にとってのごほうびや、頑張ろうと思う活力に変えることができれば素敵です。
推す側も、推される側も、“一人の自分自身”として、“自分自身のための欲”を持ち、満たしてあげることが心をヘルシーに保つ秘訣なのかもしれません。
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撮影/森川英里 ヘア&メイク/上野祐実 スタイリスト/辻村真理 画像デザイン/齋藤春香 取材・文/久保田梓美 企画・構成/木村美紀(yoi)