カリフォルニアに暮らすZ世代のライター、竹田ダニエルさん。この連載ではアメリカのZ世代的価値観と「心・体・性」にまつわるトレンドワードを切り口に新しい世界が広がる内容をお届けします。第13回は「男性を中心に置かない考え方=Decenter men」について。その背景と課題についてダニエルさんに話を伺います。

竹田ダニエル Z世代 連載 decenter men

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。そのほか、現在も多くのメディアで執筆中。

—— Vol.13 “Decenter Men”——

ドラマや音楽から、男性中心の現状が見えてくる

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ダニエルさん:男性を自分の人生の中心から外そうという考え方=Decenter menという言葉が広がっています。

——男性を中心から外すということは具体的にどういうことですか?

ダニエルさん:女性がこれまで男性に傾けていたエネルギーを自分に、もしくは家族や友人、仕事や趣味に向けようとする考え方です。

——「Decenter men」という言葉が広まった理由は何でしょうか? 

ダニエルさん:そもそも、men centered (男性中心)な価値観は家父長制に基づいている考え方ですよね。女性を男性の隷属的な立場に置くのが家父長制ですが、そのような価値観が重視される社会では女性は若い頃から男性のニーズや欲求を優先するように教育されてきました。女性は男性に見初められて、結婚して、家族を築くという価値観が染み付いてしまっていたのは日本では特に顕著ですが、アメリカでも現代に至るまで「男性のご機嫌を取らないといけない」という生存戦略がやむなく必要とされてきました。

日本でも「モテ」や「男性ウケ」を意識したファッションやメイクなどが特集されることが多かったと思いますが、社会によって作られたこのような価値観を内面化してしまうのは、無意識に自分よりも男性を優先する思考に繋がってしまいます。

「Decenter men」を考える際に参考にしたいドラマがあります。映画化もされた大人気ドラマシリーズ『SEX AND THE CITY』、その続編の『AND JUST LIKE THAT…』です。この作品では、キャラクターの違う女性たちがそれぞれ直面する、さまざまな人間関係や恋愛やセックスにまつわる悩みについて率直でオープンな議論がされていますが、最近のSNSでは若い人たちがドラマを見て、その描写の「古さ」に驚いていることが話題になっています。「キャリーたちは男の話以外できないのか!?」と言われることもしばしばです。

主人公のキャリー・ブラッドショーは自立した魅力的な女性として描かれていますが、浮気したり、不倫したり、友達との会話は常に自分が気になっている男性や付き合っている男性の話ばかり。しかもその男性がキャリーに対してひどい扱いをしても彼女はなかなか離れない。恋愛とセックスをテーマにした作品ですし、ドラマのキャラクターだからめちゃくちゃな恋愛話こそが面白さなのですが、あまりに盲目的で男性中心的な思考に違和感を感じる人もいます。このことは現代における恋愛に対する価値観の変容を表していると思います。

また、若い女性を中心に絶大な人気を誇るテイラー・スウィフトの曲も(一部のコンセプトアルバムを省いて)基本は恋愛をテーマにしたものです。“好きな人ができた、フラれた、別れた”といったように、自分の人生がまるで男性中心に回っているかのような世界観。

私自身もテイラーの音楽とともに育ってきたので違和感はなかったのですが、それに対して、若い女性のファンが彼女の歌の世界観に共感する背景を立ち止まって考えてみる必要があるのではないか、女性にとって男性と幸せな恋愛をすることこそが人生のゴールのようにとらえてしまうような影響を与えているのではないだろうか、という指摘も出てきています。当然このようなラブソングばかり歌うのはテイラーに限らないのですが、テイラーがティーンの女の子たちの間でまた爆発的な人気を得ている今、再度注目されている話題です。

このように、テレビや音楽で親しんだジェンダー観や恋愛至上主義の価値観は自分の中に刷り込まれ、無自覚に男性中心の考えで行動するようになってしまう。歴史的に社会の中で中心的な地位を占めてきたのは男性です。彼らに認められる、価値があると思ってもらうために女性たちは行動する必要があった。その反対を考えると、男性を思考の中心から外すことで、ジェンダー格差や家父長制構造を見直すことができるということでもあります。

今のアメリカで「decenter men」が広がる理由

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——「Decenter men」という言葉を知ることで、当たり前にされてきた「男性中心的な考え方」の違和感に気づくということですね。ただ、アメリカはフェミニズムが浸透していて、どちらかというとdecenter menの考え方は普及していたように思うのですが、なぜ最近になってこの言葉が広まっているのでしょう?

ダニエルさん今のアメリカは、decenter menの概念を議論する必要性が高まっているような環境になってきているからかもしれません。というのも、アメリカでは多くの若者の雇用が不安定で、さらに急激なインフレによる住居費と食費の高騰によって、一人で家を借りて暮らすのはかなり難しくなっています。また、コロナ禍のロックダウンによって、孤独が深刻化したため、パートナーと同棲をしている(したい)という人が少なくありません。

すると、ヘテロセクシュアルの女性の場合は、経済的に安定しているパートナーの男性との家庭を築いていくことがまるで“勝ち組”になるためのライフハックであるかのような言説が支持を集めたりと、ある意味保守的な、男性中心的な価値観に陥りやすくなってしまう。

——以前の連載で紹介した「Tradwife」「SAHGF(Stay At Home Girlfriendの略称)」の話ともつながります。

ダニエルさん
:そうですね。現代のアメリカ社会はコミュニティケアが希薄で、パートナーしか頼れる人がいないという人も少なくないです。大学生活を送っている間はすぐ近くに友達もいたけれど、卒業・就職すると気軽に会える距離に友達がいなくなる。そうなると、パートナーに依存せざるを得なくなってしまい、女性に対して厳しい社会でサバイブするためには「頼れる男性パートナー」を獲得しなければならない、みたいな思考になってしまうことも多々あります。

仕事仲間、友人、家族、地域コミュニティ、そのような人間関係が希薄になるほど、恋愛やパートナー探しを「しなくてはならない」という強迫観念を感じやすくなってしまいがちです。

男性中心主義の弊害は?

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——男性を中心に据えた考え方のままでいると、どのような弊害があると思いますか?

ダニエルさん:まず、自分の価値を男性に託しやすくなってしまいます。例えば、好きな男性に振られた、浮気されたといったことが原因で、自分に自信がなくなってしまい、自己肯定感が下がってしまう。男性からの承認がなくなったときに、「自分には価値がない」と思い込んでしまいます。

恋人がいる人もつねにパートナーを中心とした生活を送っていると、これまで友達と過ごしていた時間が減ったり、新しいコミュニティをつくるチャンスを失う可能性がある。これは男性中心的な価値観に限らず、恋愛至上主義的な価値観が浸透した社会には共通している問題です。

——パートナーと別れたとき、自分のまわりに誰もいないということになりかねない。

ダニエルさん:そうですね。あと、女性の中にはこれまで楽しんでいた趣味やファッションを好きな男性のために変えてしまう人もいますよね。特に日本だと「モテるため」の服装やメイク、仕草や言動などが中学生向けのメディアでも謳われてしまっているので、意識してやっているというよりも刷り込まれてしまう価値観ではあると思います。アメリカでも、男性パートナーの趣味趣向に合わせる(ことが求められる)女性が多い一方で、その逆のパターンは少ない、ということが頻繁にパートナー間でも問題になります。

もちろんそうではない人もいるから一概には言えませんが、男性は自分の生活を崩さずキープする人が多く、女性は自分の時間をパートナーに捧げがち(そしてそれが「尽くしている彼女」と形容されがち)なのは、やっぱり家父長制的な社会構造から来るものだと思います。

そして最大の弊害は、男性を中心にした考え方が当たり前になると、女性は自分にとって何が大切かを見失ってしまうことだと思います。だから、あえて「decenter men」というフレーズを提起することで、男性中心的な考え方になっていないか立ち止まろうと呼びかけられるようになったのだと思います。

阿佐ヶ谷姉妹はdecenter menを実践している!?

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——ダニエルさんが、decenter menを実践していると思う著名人はいますか?

ダニエルさん:阿佐ヶ谷姉妹の二人を想像するとわかりやすいと思います。

——阿佐ヶ谷姉妹のエッセイ『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』で綴られていた、六畳一間の家で共生する二人の生活はとても楽しげですよね。

ダニエルさん:二人が助け合いながら生きている姿は、異性の視線を介在させず、自分らしい選択をしているように見えます。女性がともに暮らし、互いを尊重し合いながら生きていく姿はdecenter menを象徴していると思います。

また、アメリカでは、シングルマザーが集まって共同生活をするコミューン「mommune(モミューン)」が話題になっています。シングルマザー世帯が複数組一緒に暮らし、子育てや家事を分担しながら共生しています。

——日本はシングルマザーに対する支援の少なさが指摘されるのですが、アメリカはどうでしょうか?

ダニエルさん:自治体や州によってばらつきはありますが、支援団体は多いのでそれなりにサポートはあります。日本よりもシングルマザーの数が多いというのもあると思いますが、アメリカではさまざまな生き方があって当たり前だと考えられているので、世間の風当たりはそれほど強くなく、TikTokやInstagramなどではシングルマザーのインフルエンサーがさまざまなコンテンツを発信しているのもよく見かけます。

——Decenter menについて発信する人が増えている印象はありますか?

ダニエルさん:XやTikTokで「decenter men」と検索すると、さまざまなコンテンツがヒットします。それと併せて、最近はドラマや映画においても、男性中心的な考えを持った主人公や、異性愛中心のストーリーが少なくなってきました。それを象徴するのはディズニープリンセスの描かれ方ですよね。『シンデレラ』や『白雪姫』のように王子様を待ち続けるスタンスで描かれていた時代は、結婚し、家庭に入ることが女性の最大の幸せという背景があったからです。

でも、2000年代に入ると、『アナと雪の女王』のエルサとアナ、『モアナと伝説の海』のモアナのような自分の与えられた使命を果たすためや、愛する家族を守るために冒険をし、夢や自己実現、自分のための成長に向かって挑戦をしていくプリンセスが多く描かれています。

——日本でも、最近はNHKの連続テレビ小説の主人公の描かれ方に変化がありますよね。

ダニエルさん:そうですね。男性を中心から外すということは、自分の人生から男性を排除したり、彼らとの人間関係・恋愛関係を遠ざけるのではなく、自分の時間やエネルギー、感情、お金を自分自身に戻すことです。また、これまでは社会の中で男性が中心的な地位を占めてきたケースが多く、女性は彼らに認められる(価値があると思ってもらう)ために考え、行動する必要がやむなくありました。

逆を考えると、男性を思考の中心から外すことで、ジェンダー格差や家父長制構造を見直すことができるということでもあります。性別に関係なく、一人一人が自分の幸せのために考え、行動することが尊重されるべき。decenter menという言葉を通して、どんなジェンダーであっても、自分の判断や行動を振り返るきっかけになるといいなと思います。

画像デザイン/坪本瑞希 構成・取材・文/浦本真梨子 企画/種谷美波(yoi)