多様性や個人の感情や個性が重視される現代において、注目されているのは「IQ」ではなく「EQ(emotional intelligence quotient)=心の知能指数」。実は、人生全般の質をアップするのに必須のキーワードなんです。今回は日本におけるEQ研究の第一人者である髙山直さんに、基礎知識や今注目されている背景、EQを高めることのメリットなどを伺いました。

EQ 髙山直 心の知能指数 キャリア 人間関係

お話を伺ったのは…
髙山直

EQエグゼクティブマスター

髙山直

EQ理論提唱者であるピーター・サロベイ博士とジョン・メイヤー博士との共同研究を行い、EQ理論に基づいた「個人の自立と成長を支援する」プログラムを開発。1997年、株式会社イー・キュージャパンを設立し、日本初のEQ事業を開始し、日本におけるEQ(感情知性)理論の第一人者として現在も普及活動に取り組む。『EQ こころの鍛え方』(東洋経済新報社)をはじめ、著書多数。公式サイト

EQ=心の知能指数って?注目されている背景とは?

──まずは、EQとはどんなものなのかを教えてください。

髙山直さん(以下、髙山):EQは、日本では「心の知能指数」としてビジネスシーンを中心に、教育、医療に至るまで幅広い分野で注目され、活用されています。

噛み砕いて言うと、自分や相手の気持ちを感じ取り、その場にふさわしい気持ちや行動に切り替える力のことで、先天的な要素が少なく、トレーニングを通して誰でも高めることができるといわれています(※)。

※EQトレーニングは、治療を目的としているものではないので、発達障害などの診断を受けている方は、専門医のサポートを受けてください。

例えば、不機嫌なとき、その感情に飲み込まれてしまうと、他者の行動や何気ない発言も「なんでこんなことするんだ」とか「嫌な聞き方だな」と、なんでもかんでも嫌な受け取り方をしてしまいがちですよね。

でも、EQを活用して、不機嫌という感情を意識下に置けば「今、自分は不機嫌だから気をつけないといけない」と自身の感情やそれに伴う行動を変えることができるので、得られる結果にも差が生まれます。

──特にビジネスシーンでEQが注目されているのはなぜでしょうか?

髙山:時代の変化が大きいです。20世紀は、みんなが同じ方向を向いて、会社の成長のために効率や統制が重視され、他者との競争が当たり前の社会でした。

しかし、21世紀、特に近年は、多様化が進み、個性やそれぞれの感情、ウェルビーイングが重視される時代になっています。

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髙山さんの著書『EQトレーニング』(日経文庫)より引用して作成。

ビジネスの成功の要因としてIQが占めるのは20%。80%は対人関係能力(=EQ)

髙山:実際、世界経済フォーラム2023で発表された、2030年ビジネスパーソンに求められる10個のビジネススキルでは、3位にレジリエンス、柔軟性、4位に自己認識能力、8位に共感力と傾聴力とEQに関連するスキルがランクインしていて、ほかにも人間力に関する項目が多くを占めました

日本ではまだ価値観が追いついていない企業も多いですが、このままだと人材確保に苦戦するので、企業側も変革が求められていますね。

──EQはいつ頃、どのように誕生した概念なのでしょうか?

髙山:アメリカの心理学者で、第23代イェール大学学長を務めたピーター・サロベイ博士と、ニューハンプシャー大学教授のジョン・メイヤー博士が1990年に“Emotional Intelligence”という論文を発表し、はじめてEQ理論が提唱されました。

当時、アメリカでは、一般的にIQが高い人がビジネスでも成功すると考えられていて、彼らは心理学の立場からビジネス社会におけるIQ以外の成功要因を調べるため、フィールドワークを行いました。

すると、予想に反し、ビジネスの成功の要因としてIQが占めるのは20%のみで、80%は自分自身や他者の感情の状態を把握し、それをうまくコントロールする対人関係能力でした。

この結果から、彼らは「感情が私たちの行動に重大な影響を与えている。感情をうまく管理し、利用することは知識である」というEQの概念を生み出しました。 

つらいときやピンチのときこそ、EQが私たちを救う

──EQを高めることでビジネスシーンでの成功につながるということですが、ビジネスシーン以外も含めて、EQを高めることにはどんなメリットがあるのでしょうか?

髙山:一番大きいのは対人関係が良好になる点ですね。ビジネスシーンでの悩みの8割は対人関係と言われています。日常生活もそうですが、対人関係において感情は避けて通れません

対人関係にEQは不可欠であり、EQを高めることは、ビジネスのみならず私たちが生きていくうえで重要な役割を担っています。

例えば、対人関係が良好になれば、周囲から支えてもらえたり、応援してもらえたりして、イキイキと働き、生きることができます。結果として、EQは人生の質を高めると、私は思っています。

また、ネガティブな感情に囚われないためにもEQは必要です。感情には蓋をしないことがとても大切で、ピーター・サロベイ博士も、嫌な感情も受け入れることは、自身の成長につながりEQは豊かな人生の道標になると言っています。

休みの日など、ギアを入れる必要がない日は、ネガティブな感情を意識下に置き、味わい、受け入れる。そうすることで、引きずることなく、次のステップに進むことができます。

ビジネスシーンでは、嫌いな相手と仕事をするときやミスをしてしまったときなど、ピンチのときこそ、EQが役立ちます

一瞬の感情、一生の後悔」と私は言いますが、つらいときに負の感情に支配されてしまい判断を誤ると、一生後悔するような行動につながりかねません。

EQを高め、適切な感情を作り出せれば、ピンチがチャンスに変わり、信頼を勝ち取ることができるでしょう。

EQを高めるために知っておきたい4つの要素

──EQを高めるにはどうしたらいいでしょうか?

髙山:具体的なトレーニング方法は後編で紹介しますが、まずはEQを構成する以下の4つの能力を押さえておきましょう。 

①感情の識別:自分と周囲の人の感情を知覚し、識別する能力
②感情の利用:自分の問題、課題解決のために適切な感情を作り出す能力
③感情の理解:自分や他者の感情の原因や、どのように感情が変化するか予測する能力
④感情の調整:他者に適切かつ効果的に働きかける行動をとるために、自分の感情を活用する能力

EQ 髙山直 EQを構成する4つの要素 感情の識別 感情の利用 感情の理解 感情の調整

髙山さんの著書『EQトレーニング』(日経文庫)の中から「EQで必要な4つのブランチ」を引用して作図。

例えば、あなたは些細なミスをしてしまい尊敬する上司に指導を受けたとする。

そこで、まずは①感情の識別では、自分が抱いている上司への不快感を認識します。

次に②感情の利用では、上司の立場にたって冷静に考え、業務全体を改善する役目を担う上司は自分がミスを繰り返さないように指導してくれたことを理解することで、気持ちを落ち着けます

そして、③感情の理解では、ミスを軽く考えていたために、指導する上司に対して不快感を抱いたのでは、と自分の感情を分析し、理解します

結果、④感情の調整で、上司への感謝と申し訳ない気持ちを持って、素直に謝ったところ上司も励ましてくれました。

EQ 髙山直 EQを構成する4つの要素 感情の識別 感情の利用 感情の理解 感情の調整 実例

このシチュエーションのように、私たちは瞬時にこの4つの経路をたどることでEQを発揮し、良好な人間関係を構築、維持しています。

どれが欠けてもEQを円滑に発揮することができません。EQを高めるには、4つのうち自分が弱い部分を把握し、それを伸ばす必要があります。後編では、4つの能力のセルフチェックと、それぞれを高める具体的な方法をお伝えします。

イラスト/ハシモトチャン 取材・文/長谷日向子