私は誰かを差別したりしないし、偏見なんて持っていない──どんなにそう思っていても、たとえ善意だったとしても、日常の何気ない言葉や行動に無自覚の差別・偏見が潜んでいることがあります。自分では気づきにくい「マイクロアグレッション」について、公認心理師の丸一俊介さんにお話を伺いました。

丸一俊介

公認心理師

丸一俊介

公認心理師としてメンタルヘルスに関わる相談業務やカウンセリングを行う。現在はマイクロアグレッションの調査活動やワークショップを開催。2020年9月より「ZAC(在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター)」を開設。民族的マイノリティが安心して暮らすためのコミュニティ作りやメンタルサポートなどを行う。『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(明石書店)の翻訳チームのメンバーでもある。

マイクロアグレッションとは、“毎日のように”遭遇する差別のこと

マイクロアグレッション 差別 ZAC 丸一俊介-1

──最初に「マイクロアグレッション」の定義について教えていただけますか?

丸一 社会において相対的に優位で特権的な立場にある「マジョリティ」が、それと比べて弱い立場に置かれ、“いないもの”とされやすい「マイノリティ」を【攻撃・侮辱・軽視】する言葉や仕草のことです。特徴的なのは、無自覚に行われたり、善意や親切の気持ちから発せられたりすることもあるという点。マイクロアグレッションが起きるとき、そのコミュニケーションは「これが普通・常識」といった形で偏見や価値観を押しつける、一方通行なものになりがちです。

例えば、日本に暮らすミックスルーツの方が、「何人?」と聞かれて「日本人」と答えると「えー!?」と否定的な反応をされることは、髪や肌の色などを含めた「“普通の”日本人像」を押しつける典型的なマイクロアグレッションです。

「マイクロ」と聞くと「小さい」差別であるかのように誤解されますが、「毎日のように遭遇する差別」だと解釈したほうがいいでしょう。
その影響は決して小さくなく、日々繰り返し体験することで、露骨に差別される以上に心の負荷が大きくなるという研究もあります。

──いつ頃から言語化されるようになった概念なのでしょうか?

丸一 初めて「マイクロアグレッション」という用語が使われたのは1970年代。アメリカの精神科医、チェスター・ピアスが、日常的に白人から黒人に向けられる無意識の中傷や侮辱を言い表す言葉として使いました。

──差別=悪意のある人がするようなイメージですが、無意識のうちに偏見や見下しを伝えてしまうこともあるんですね…。

丸一 「差別はよくない」と考える良識的な人も、時にマイクロアグレッションを受ける側の人も、すべての人が悪気なく【攻撃・侮辱・軽視】を発してしまう場合があります。

そこには私たちが育つ過程で社会から無意識に刷り込まれた価値観や思い込みが影響していて、言い換えれば社会の不平等なシステムの表れでもあることを示しています。完全になくしたり防いだりすることは難しいものだからこそ、「マイクロアグレッション」をしないよう意識的に取り組む必要があると思います。

差別や攻撃の対象になるのは、“いない”ことにされてきた人たち

──どのような集団や個人がマイクロアグレッションの対象になりやすいのでしょうか?

丸一 代表的なのは、社会の中でマイノリティといわれることが多い次のようなグループです。

・有色人種
・人種的・民族的マイノリティ(外国人や外国にルーツを持つ人)
・女性
・性的マイノリティ(LGBTQ+)
・障がい者
・宗教的マイノリティ
・高齢者

近頃急に「多様性」という言葉を見聞きすることが増えたと感じる人も多いかもしれませんが、いろいろな人が急に増えたわけではありません。これまでも、さまざまなバックグラウンドや属性を持つ人はたくさんいました。今まで“いない”ことにされてきた人たちが、ようやく可視化されてきたのです。

「マイノリティ」といっても、人種的・民族的マイノリティや性的マイノリティ、障がい者の方たちの割合は日本の人口のおよそ2割、女性や高齢者を含めると6割を超えるといわれます。

──マイクロアグレッションは、【攻撃・侮辱・軽視】する言葉や仕草ということですが、どのような特徴や傾向があるのでしょう?

丸一 マイクロアグレッションは大きく3つに分類されます。

マイクロアグレッションの3つの分類

①マイクロ・アサルト(攻撃:意識的かつ意図的)

従来の露骨で意識的な差別に最も近い。特定のマイノリティグループや個人に対して暴力的な言動をとる、蔑称で呼ぶ、避けるなど、相手を脅したり威圧したりする。

②マイクロ・インサルト(侮辱:たいてい無自覚的)

ステレオタイプに基づいて相手の社会的・文化的アイデンティティを無礼に扱う無神経な言動。例えば人種やジェンダーに基づいて相手を評価する、ある国や文化に対するステレオタイプを無意識に個人と結びつけて攻撃的になるなど、気遣いのないコミュニケーションが多い。

③マイクロ・インバリデーション(軽視:多くが無意識的、無自覚的)

社会的に弱い立場の人々の経験や感情、心理状態などを「そんなことはない」「気にしすぎ」などと否認し、無価値なものとして扱う言動。時に善意から発せられることもある。そして多くの場合、3種類の中でもっとも無自覚に行われ、言われた側も心の混乱や消耗をしやすい。

この3つは重なり合うことが多く、はっきり分類できるものではありません。あくまで自分の言動や相手の言動から感じるモヤモヤした体験を意識化・言語化するためのヒントとして役立ててもらえたらと思います。

「ハーフなのに」「悪い人ばかりじゃないよ」…何気ない言葉に潜む落とし穴

マイクロアグレッション 差別 ZAC 丸一俊介-2

──日常で見聞きすることの多いマイクロアグレッションの具体例についてもぜひ教えてください。

丸一 例えば、よくあるのは次のようなやりとりです。

◆個人の外見やルーツに対して…

「ハーフに見えない」「ハーフなのに英語話せないの?」といったステレオタイプに基づく偏見をぶつけられる。
・(親切心から)「日本生まれ日本育ちなら、あなたはほとんど日本人ですね」と言われる。

◆性的マイノリティ(LGBTQ+)に対して…

・教師に「自分は同性が好きなようだ」と悩みを打ち明けたら、「心配ないよ。大人になったら治るからね」と(同性愛が異常か病気であるかのように)励まされる。

◆障がい者に対して…

・視覚障がいのある人が誰かに道を尋ねたとき、なぜか耳元で大きな声で(他の機能や能力まで劣っているかのように)答えられる。

◆当事者の感情に対して…

・マイクロアグレッションについて相談しても、「気にしすぎじゃない?」「悪い人ばかりじゃないよ」と自分の弱さや感じ方の問題にされてしまう。
・あまりのつらさから感情的になると「●●人は怒りっぽい」「女性は感情的」など、さらに偏見を向けられる。

また、「性別に関係なく活躍できます」と謳う企業の管理職や重役、役員が男性ばかりで、実質的に女性は幹部候補だとみなされていない状況や、バリアフリー化されていない観光施設など、特定の属性や立場を「いないもの」として扱う「環境から発せられるマイクロアグレッション」もあります。

いずれも日本社会のマジョリティが持つ無自覚な偏見や差別心が言動になって表れてきたものです。そこには、次のような問題点があります。

・二級市民扱い
マイノリティであることで「劣った存在・異常な存在・いないもの」として扱われる。
・軽視
初対面なのにプライバシー情報をずけずけ聞かれたり、からかいの対象になったり「少しくらいなら人権侵害してもかまわない」という扱いを受ける。
※下地ローレンス吉孝・市川ヴィヴェカ(2024)「日本における複数の民族・人種等のルーツがある人々のアンケート調査」
・無価値化
自分の体験を価値のないもの、聞くに値しないものとして扱われる。あるいは正当な機会や利益を与えてもらえない。

──マイクロアグレッションを指摘されても「ちょっとからかっただけなのに」ととらえる人の言動は、まさに二級市民扱いや軽視の表れですね。

丸一 もちろん誰でも日常生活で嫌なことを言われたり、不快な思いをしたりすることはあります。ただ、マイクロアグレッションが一般的なからかいと異なる点は、それが「単発」ではなく、日常的に絶えず繰り返し体験するという「累積性」と「頻度」です。

「気にしすぎじゃない?」と言われる例を挙げましたが、研究によればマイノリティの人が特別「過敏」という事実はなく、マイノリティとマジョリティとの間に「感じ方」の違いはありません。両者における決定的な違いは、マイクロアグレッションを受ける「頻度」なのです。 

抑うつ、不眠、心疾患…マイクロアグレッションが心身に与える影響

──丸一さんたちが翻訳に携わられた『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』には、「マイクロアグレッションの影響は『ゆっくり、少しずつ、死ぬまで肉を削ぎ落とされる刑』が永久に続くようなもの」という一文もありました。改めてその影響について伺えますか。

丸一 さまざまな研究によって、心理面と身体面の両方に及ぶ以下のような影響が確認されています。

・ストレスによる不眠や抑うつなどの精神的問題
・母親における孤独感との関係、出産時の低出生体重児の増加
・過覚醒(心身がつねに緊張した状態)
・疲労感、消耗感
・一時的な情報処理や認知機能の低下、問題解決能力の低下

・高齢者における記憶力の低下
・心疾患、痛み、呼吸器疾患などの慢性疾患のリスク など

例えば、被害者が声を上げると「敏感すぎる」「怒りっぽいマイノリティ」とレッテルを貼られますが、沈黙しても状況は変わらず苦しみが続きます。こうした状況を「キャッチ22状態」と呼びます。何をしても除隊が叶わない戦争の狂気を描いた小説に由来するもので、「何もしなくても地獄、けれど何か行動を起しても地獄」という状態を指す言葉です。

こうした心理的葛藤や八方塞がりの状況は、被害者の精神的なエネルギーを著しく消耗させるだけでなく、孤立化にもつながっていくと考えられます。

▶︎後編では、マイクロアグレッションを知ることの意義と、乗り越えていくための具体的な方法について詳しく伺います。

イラスト/原 裕菜 画像デザイン/齋藤春香 取材・文/木内アキ 企画・構成/国分美由紀