誰もが無意識にしてしまう可能性がある「マイクロアグレッション」。日常にある差別や偏見に気づいたとき、私たちはどう行動すればよいのでしょうか。マイクロアグレッションをしない・させないための具体的なヒントについて、公認心理師の丸一俊介さんに教えていただきました。

丸一俊介

公認心理師

丸一俊介

公認心理師としてメンタルヘルスに関わる相談業務やカウンセリングを行う。現在はマイクロアグレッションの調査活動やワークショップを開催。2020年9月より「ZAC(在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター)」を開設。民族的マイノリティが安心して暮らすためのコミュニティ作りやメンタルサポートなどを行う。『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(明石書店)の翻訳チームのメンバーでもある。

「気にしすぎじゃない?」という対応は、相手の声をかき消すのと同じ

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──「気にしすぎじゃない?」という言葉がマイクロアグレッションであるというお話は、大きな気づきにつながると感じました。相手を励ますつもりで、よかれと思って言ってしまうこともあるでしょうから…。

丸一 マイクロアグレッションを受けた側の声は、時に感情的あるいは激しい表現になることがありますが、自分が傷ついたでき事について言いにくいことを話すとき、あるいは聞いてくれない相手に向かって話すとき、人は感情的になるものです。それは、偏見や差別を指摘するコストや負荷が大きくて「声を出すことが大変だ」という意味でもあります。

「気にしすぎじゃない?」という対応は、負荷に耐えてようやくふり絞った声をかき消してしまうのと同じ。当事者の声が無価値化されることの問題点について、下記に挙げたふたつの側面から考えてみましょう。

無価値化によるふたつの問題点

① 無価値化された側への影響

マイクロアグレッションを受けた人は、「相手の言動に問題があったの? それとも気にしている私がおかしいの? どうふるまえばよかったの?」と混乱や疑念が生じることがあります。無価値化は、突き詰めると「あなたの感覚がおかしい」「それを気にしているあなたの弱さの問題」といった指摘につながり、被害を受けた人が自己否定感をさらに強めることになります。

ルーツや性的指向など、自分にとって大事なアイデンティティを侮辱されたり見下されたりした人が、「いやだ」「やめてほしい」という自分の感覚や訴えそのものを疑われたり軽視されたりすることは、二重のダメージにつながるのです。

② 問題解決への影響

マジョリティの側から見た「気にしすぎ」という言葉には、「自分たちの言動や社会のあり方には問題がない」という思い込みや無意識的なバイアスがあることがわかります。マイノリティの声を無価値化すれば、マジョリティ自身が自分を省みたり、点検したりする必要がないので心理的負荷を感じずに済みますし「変わらないままでいられる」わけです。

しかし長期的に見れば、マジョリティが自分自身や所属する組織やコミュニティを公正なものに変えていく機会を失い、多様な人とよりよい関係を築き世界を広げていく機会を失うことになるので、大きな損失といえます。

──そう考えると、私たち一人一人が、この身近で見えにくい差別を知ることの意義は大きいですね。

丸一 はい。マイクロアグレッションという概念を理解することは、被害を受けた人(マイノリティ)、マジョリティの人々、そして社会全体にとって以下のような重要な意味を持っています。

マイクロアグレッションを理解することの意義

◆被害を受けた人(マイノリティ)

・これまで「なんとなくモヤモヤする」「言葉にできない違和感」として抱えていた体験が、実は社会構造に根ざした問題であることを理解できるようになる。

・「私が敏感すぎるのかも」「気にしすぎなのかも」と自分を責めることなく、「これは社会的な問題なんだ」と認識できることで、自己否定から解放される可能性がある。

◆マジョリティの人々

・自分は「ただの個人」ではなく、実は特定の社会的な立場や属性を持つ存在であることに気づくきっかけになる。

・これまで意識することのなかった自分の「当たり前」が、実は他の人にとっては「当たり前ではない」ということを理解できるようになる。

・多様な人たちが萎縮することなく、それぞれの持つ力を発揮しやすくなる。

◆社会

・これまで見過ごされていた日常の差別や偏見が可視化され、社会の課題として認識されるようになる。

・異なる立場や属性の人と交流し協働する(チームワークなどの)助けになる。

・職場や学校における心理的安全性への効果が高まる。

・多様な人々が共存する社会において、互いを理解し合うための双方向的な対話ができるようになる。

大切なのは「何を言うか・言わないか」ではなく、相手の背景に思いを寄せること

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──ハラスメントに対する反応と同じように、マイクロアグレッションについて「何も言えなくなる」「どう言えばセーフなの?」という声を聞くこともあります。

丸一 マイクロアグレッションは「言ってはいけないことリスト」を作ることが目的ではありません。「何を言うか・言わないか」ではなく、まずは相手の言葉や経験、気持ちを聞いて理解しようとすること。「その人がなぜそう感じるのか」「その背景にはどんな体験があるのか」ということに思いを寄せ、想像する力を育むことが重要ではないでしょうか。

また、自分にある無意識の偏見に気づこうとする姿勢も大切です。「今の発言は相手をどう感じさせるだろうか」「この表現には無意識の思い込みが含まれていないだろうか」と立ち止まって考える習慣を身につけることで、よりよい対話ができるようになると思います。

──「自分も差別している側かもしれない」と考えることに、抵抗を感じる人もいるかもしれませんね…。

丸一 差別やマイクロアグレッションの話について、反発や戸惑いを感じる方は多いですね。私自身もかつてはそうでした。日本人男性で、異性愛者で…とマジョリティ要素がかなり強いですから。研修や発信をしている立場なのに、これまでも、そして今もさまざまなマイクロアグレッションをしてきています。それくらいやっかいで、根深いものなんです。

差別を自覚したときや指摘されたときに大切なのは、自分を責めすぎないこと。マイクロアグレッションが示す重要なポイントは「悪い人や悪意のある人が差別をするわけではない」「人は、親切心や善意とともに偏見や見下しを伝えてしまうことがある」ということです。

自責から身を守る防御反応として逆ギレしないためにも、「差別と人格を切り離して考える」ことが大事だと思います。自分の人間性への期待を持ち続けながら、社会から植えつけられた偏見や差別的な価値観について考えるほうが、いい結果につながるのではないでしょうか。

──マイクロアグレッションをしないために、何から始めたらいいのでしょうか。

丸一 私はいつも、「自分自身のマイノリティ性とマジョリティ性を把握することから始めましょう」と提案しています。私たちの中にはマジョリティ性とマイノリティ性の両方があって、自分がマジョリティである分野ではマイクロアグレッションをする側になり、マイノリティである分野では受ける側になる。この理解がすべての前提となります。

また、先ほどお伝えしたように個人の問題ではなく、「社会のマジョリティが抱える課題」としてとらえていくことも必要です。さまざまな人と課題を共有し、対話していくことも効果があると思います。

身近に話せる方がいない場合や、より専門的な助言が必要な場合は、相談機関を活用する方法もあります。私が所属するZAC(在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター)でも、そうしたマジョリティとしての相談をお受けしています。

マイクロアグレッションから心を守るための対処法

──マイクロアグレッションを受けたとき、自分の心を守るためにできる対処法を教えてください。

丸一 マイクロアグレッションを受けると、後から何度もその場面を繰り返し考えてしまったり、混乱や自分への疑念がわき出てきたりしやすくなるので、いくつかの対処法をお伝えしておきますね。

◆状況を理解する

「これってマイクロアグレッションだよね」「私はマイクロアグレッションを受けたんだ」と、自分の身に起きたことを理解すると、心を守る助けになります。モヤモヤの渦に落ち込まないよう、まずは自分の感情を受け止めましょう。

◆自分を責めずにいたわる

マイクロアグレッションを受けた人が、自分を責める必要はありません。「私も悪かったのかも」「言い返せばよかったのかな」と自分を責めるのではなく、ダメージを受けた自分をいたわり、ケアすることで、自分が大切な存在であることを思い出しましょう。

◆対処行動を取る

同じバックグラウンドを共有している人や話を理解してくれる人がいる場合は、その人に話を聞いてもらいましょう。また、マイクロアグレッションに関する良質な情報が得られるウェブサイトを見たり、好きなことをして気分転換をしたりすることも効果的です。

もし身近な人がマイクロアグレッションに遭っていたら

──身近な人がマイクロアグレッションに遭っているのを見聞きしたときにできることはありますか?

丸一 その場の状況や関係性によって対応は変わりますが、代表的な方法は以下のようなものです。

◆直接的な方法
・抗議や指摘をする
・「私は違う意見です」と意見の相違を示す
・動作や態度で示す(首をふる、顔をしかめる、冗談を笑わないなど)

◆間接的な方法
・所属する組織や公的な相談窓口に報告・相談をする
・現場で何もできなかったときは、後から当事者に話しかける(「あの人の発言、よくなかったと思う」「あのときは何もできなくてごめん」など)

一見、小さな行動に見えても効果があり、意味もあります。大事なのは、当事者が孤立してしまわないこと。そして、「みんながマイクロアグレッションに賛同しているわけではない」という事実を示すだけでも有害な影響や脅威を減らすことができると思います。

イラスト/原 裕菜 画像デザイン/齋藤春香 取材・文/木内アキ 企画・構成/国分美由紀