「yoi」ではSDGsの17の目標のうち「3. すべての人に健康と福祉を」、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「10. 人や国の不平等をなくそう」の実現を目指しています。そこで、yoi編集長の高井が、同じくその実現を目指す企業に突撃取材! 第15回となる今回は、ナイキ、ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団が大坂なおみ選手と一緒に取り組む「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」について、ナイキの森本美紀さんにお話を伺いました。
◆「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」とは?
ナイキ、大坂なおみ選手、ローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団のパートナーシップによる、遊びとスポーツを通じて女の子たちの人生を変えるプログラム。地域に根ざすコミュニティ団体と連携し、楽しく前向きな遊びの体験や安心安全なスポーツの場づくりを行うほか、女の子特有のニーズに配慮したジェンダー・インクルーシブなコーチング研修による指導者育成とネットワーク構築にも取り組む。2020年に東京でスタートし、その後ロサンゼルスやハイチ、大阪にも支援を拡大。国内の支援人数は、累計で延べ4100人以上(子ども・指導者ら)が参加、うち女の子・女性は約2500人にのぼる。2024年10月には東京で「女の子のためにスポーツを変えるウィーク –COACH THE DREAM–」が開催された。
(左から)高井編集長と森本美紀さん。
生理や受験が、女の子がスポーツから離れるきっかけになっている
高井 ナイキが女の子のスポーツの未来に力を注ぐために、大坂なおみさんとローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団と「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」を設立された背景について、改めてお聞かせください。
森本 ありがとうございます。「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」は、草の根事業などを通じてスポーツの機会を提供するプログラムですが、その背景には女の子のスポーツ参加率の低さがありました。年齢にもよりますが、例えば日本における女の子のスポーツ参加率は男の子に比べて15〜20%低い状況です。グローバルでも同じように顕著な数字が現れています。
スポーツへの参加率を詳しく見ると、10歳から少し低下して、15歳からさらに落ち、18歳以降は回復していません。スポーツ企業としてそこに大きな社会課題を感じていました。ちょうど2019年にナイキアスリートに加わってくれた大坂なおみ選手も同じ課題を感じていたので、女の子のためのプログラムをやろうというところから企画が始まっています。
高井 そうだったのですね。今のお話を伺っていると、「女の子」というのは高校生ぐらいまでが対象になるのでしょうか?
森本 そうですね。もともとナイキでは、7〜12歳に特化した運動遊びプログラム「JUMP-JAM(ジャンジャン)」に取り組んでいましたが、今お話しした女の子のドロップアウト率を見ると、私たちがリーチしたい年齢の女の子には届いていないという状況がありました。そこで、12歳までだった対象年齢を2020年度から17歳までに引き上げたんです。17歳というのはアメリカの学年の定義なので、日本では18歳ぐらいまでですね。
高井 なるほど、より現状にフィットする形に設定されたのですね。「女の子」と聞いたときに小中学生ぐらいかなと思っていたので、お話を聞いて腑に落ちました。
森本 年齢でいうと、10歳前後で生理が始まると体型が変化してきて、心理的にも異性を意識しはじめるため、より女の子に配慮したスポーツ環境が必要となります。そして、15歳は高校受験など進学に向けた学業の過渡期なので、そこでスポーツからドロップアウトしてしまう子たちもたくさんいると思うんです。今後もその点に着目しながらプログラムや情報発信をしていく予定です。
そして、スポーツしているときに体が心地悪いと心にも影響するという思いから、スポーツブラの重要性も発信しています。親がスポーツをしていないと、どうしてもスポーツブラの必要性を認識しづらいので、走ったときに胸が揺れて痛みがある、心地悪く感じるという課題がありました。私自身もそうですが、着心地がいいスポーツブラでサポートされている心強さは大きなパワーになると思うので、フィッティングのアドバイスカードなども制作・配布しています。
スポーツは人生をよりよく歩んでいくためのツール
高井 もうひとつ、素朴な疑問として伺いたいのですが、日本における「スポーツ」というと、ハードな体育会系の部活動も含めて、誰かと競うことや成績などの評価を伴うものという印象があります。でもその一方で年齢などに関係なく、健康づくりなどの一環として楽しむ「生涯スポーツ」という考え方もありますよね。例えば、社会人になって自分の心身の健やかさを保つためにヨガやピラティスをしたり、山登りをしたりということも「スポーツ」なのでしょうか?
森本 とても大事な質問をありがとうございます。私自身、スポーツというと部活動のようなイメージが強かったのですが、ナイキに入社したときの研修で「スポーツとは、自分のコンディショニングを調整するサポートツールであるべきだ」という話に大きな衝撃を受けました。もちろん、競技性が強くて勝ち負けのあるアスリートの世界が悪いわけではありませんが、高井さんのおっしゃるとおり、それが大衆にも押し付けられてきたことで社会に「生涯スポーツ」という考え方が浸透しにくかったのかなと。
ナイキはスポーツの力を信じ、「体さえあれば、誰もがアスリート」と伝えてきた企業なので、スポーツは評価を受けるためではなく、人生をよりよく歩んでいくためのツールであることを知ってほしいという思いがあります。そして、これまで男性の視点から定義されていた競技性のスポーツだけではこぼれ落ちていく子どもたちがいる現状を踏まえて、一人一人にあったスポーツに変えていきたいという思いから、先日開催した東京サミットでは「女の子のためにスポーツを変える」というタイトルを掲げました。
高井 素敵なタイトルでしたよね。遊びやストレッチなども「スポーツ」であり、楽しんでいいんだと思えるだけでも、心理的なハードルは低くなる気がします。
森本 そうなんです。スポーツのいいところは、自分で決めたチャレンジに到達することによって内なる自信が得られることにあります。特にアジアの女性は、「こうあるべき」という社会的な期待の中で育てられてきているので、どうしても外の目を気にしながら行動する傾向があるんですよね。そのときに、ヨガやピラティス、日常の遊びなども含めた多様なスポーツの選択肢があれば、「これなら私にもできる」と思えるでしょうし、参加率も高まっていくと思います。そして、自分で目標値を設定することは、「自分が何をやりたいか」という自己表現の糧につながるはずです。
私たちは誰でも女の子のロールモデルになれる
「女の子のためにスポーツを変えるウィーク –COACH THE DREAM–」のパネルディスカッション「障壁を知る『私たちは何を考えるかー女の子の声を聞いてみて』」に登壇した読売ジャイアンツ女子チームの田中美羽選手(写真中央)。
高井 恥ずかしながら、私はセミナーに登壇された田中美羽選手(読売ジャイアンツ女子チーム)のような女子野球選手がいらっしゃることを今回の機会をいただくまで存じ上げませんでした。野球やサッカー、ラグビーなど、観戦や応援がカルチャーとして根づいているスポーツほど、男性の選手の活躍ばかり目についてしまう機会が多いと感じます。そうした環境を改善していくために検討されているアクションはありますか?
森本 カルチャーの課題はとても根深いものですが、それは多くのスポーツにおいて男性のロールモデルばかり注目されてきたことが影響していると思います。ですから、私たちは女性のロールモデルを増やすことや、女性に決定権を持つ役割に入ってもらうことなどを呼びかけ続けています。今までの文化やこれまでを否定するわけではなく、新しい定義を加えていくことが重要だという考えのもと、今後もさまざまなパートナーシップを考えているので楽しみにしていてください。
高井 それは楽しみです! ロールモデルを増やしていくことは、まさに未来をつくることにつながりますね。
森本 ナイキでは、プロアスリートはもちろん、例えば学校の先生や児童館の先生など、誰もがロールモデルになれるとお伝えしています。ロールモデルに加えて、子どもたちの人生にいい影響を与える存在を増やしたいという思いから、コーチングにも力を入れています。というのも、多くの方にヒアリングする中で、スポーツにおけるコーチは時に人生を左右することもあるほど大きな存在だということがわかったんです。
そこで、指導者をはじめ子どもたちに接する人みんながコーチとなって、本人が到達したい目標を応援してほしいという思いから、「女の子のスポーツ参加を促す指導者ガイド」を発行しています。サミットのタイトル「COACH THE DREAM」も、子どもたちの夢をコーチするという意味が込められているんです。
高井 素晴らしいですね。大人がスポーツを楽しむことはもちろんですが、自分の家族や身近にいる女の子がスポーツをしていることに対して、ジェンダーバイアスにとらわれず、シンプルに「それは素敵だね」と伝えることも環境づくりにつながりますよね。
森本 そのとおりです。日頃から自分の心や体に目を向けていらっしゃるyoiの読者の皆さんには、ぜひ体を動かすことを楽しみながら、女の子たちのロールモデルになってほしいと思います。身近にロールモデルが増えていけば、必然的に次の世代の女の子たちも同じ視点に立つことができますから。
取材を終えて…
自らを振り返ってみると、思春期以降「スポーツって楽しい!」と思ったことがなかった、と気がつきました。昭和という時代もあって、根性論とか、何かができないと先生に怒られるとか、ネガティブな思い出ばかり。それが今回「スポーツとは、自分のコンディショニングを調整するサポートツールであるべきだ」という言葉に触れ、この概念に10代の自分が出合っていたら!と思わずにはいられません。
私は今、スポーツそのものでロールモデルにはなれませんが、ジェンダーバイアスにとらわれず、スポーツをする女の子に寄り添い、応援し、「夢をコーチする」ことはできます。その行動が身近な女の子のスポーツを変える第一歩になって、その女の子はきっと、未来のロールモデルになれるはず。いろいろなことを深く考えさせられた取材でした。(高井)
撮影/露木聡子 画像デザイン/齋藤春香 取材・文・構成/国分美由紀 企画/高井佳子(yoi)