今週のエンパワメントワード「だから

下足痕踏んじゃいました』麻生みこと ¥693/白泉社(花とゆめコミックススペシャル)
©️麻生みこと/白泉社・メロディ

それぞれの足もとから見る、ともに働くということ

すこし前の話だが、一人暮らしの友人の家に泥棒が入った。不在の間に荒らされていたそうで、帰ってみると室内は足跡だらけ。動転した彼女は警察を呼ぼうとしたものの、とっさに「こんな汚い状態ではいけない」と考え、部屋をきれいに片づけてから通報した。駆けつけた警察官には、「どうして掃除しちゃったんですか…」と呆れられたという。


外野からすればおまわりさんの失望はよくわかるし、話を聞いたときにはつい笑ってしまった。とはいえ、「もし自分だったら冷静に対処できたか」と考えてみると、当然ながらそんな自信はなく、他人事でも笑い事でもないと首をすくめた。


本作のタイトルにある“下足痕”は、“げそこん”と読む。事件現場に残された犯人の足跡や靴底の痕を指す警察用語だそうだ。本の帯には「警察×ヒューマンコメディ」とあった。せっかくの証拠を消してしまった私の友達のように、捜査中に下足痕をうっかり踏んでしまう関係者もいるんだろうか…と想像して、読む前からもう楽しい。


主人公の「加藤宙(かとうそら)」は、交番勤務を経て刑事になったばかりの28歳。上司は巡査部長の「工藤花(くどうはな)」。彼女は一つ年下だが、宙よりも早く刑事として勤務している。彼らが働く警察署の管轄内には、タワマンや官公庁、巨大ショッピングモールに競馬場に風俗街といった“暮らしと娯楽”がてんこもり。おかげで日々、さまざまな事件が発生する。


本作は隔月刊誌『メロディ』で連載されている。基本は一話(たまに二話)読み切りのため、どの回からでも作品世界に入ることができる。著者は1991年のデビューから30年以上、白泉社の少女漫画誌や講談社の青年漫画誌などで活躍し続けてきた。いずれの作品も、人々の穏やかな優しさやほのかな感情、そしてちょっとした笑いを、事件やでき事を通じて丁寧に描き出す。


かつて宙は警官として出向いた事件現場で、小柄な花が犯人の男をあざやかに取り押さえる姿を目撃していた。そのとき感じた驚きから花に尊敬の念を抱く宙は、年上の男性が主体の職場で彼女に対する理不尽な扱いを目の当たりにし、彼なりに花を守ろうと努めはじめる。


ある日、宙の歓迎会を兼ねた打ち上げに向かうさなか、宙は無意識に花を人混みからガードする。そんな彼に花は思い出話をする。警官時代の宙が見かけたように、花が男性警官と組んで被疑者に立ち向かうとき、被疑者はきまって彼女のほうに逃げてきた。見かけで判断する彼らに対し、花は「この入れ物に入ってるのが嫌になる」と屈辱感をあらわにする。


だからこそ、被疑者が自分を選んだことを後悔するほど、腕を鍛え訓練を積んだと話し、こう締める。〈だから 私の前に立つな!〉と。そうして宙の前を歩く花の言葉には、彼女がこれまで積み重ねてきた誇りと、宙のサポートへのひそかな感謝がにじんでいた。


社会人がともに心地よく働くためには、互いへの尊敬が欠かせない。宙は職場における花への理不尽に加担することなく、彼女をその仕事ぶりで判断し、リスペクトをもってフォローする。そのふるまいは性別や年齢を超えて、まぶしくも心強い。理想的な関係のこのタッグが、これから先どんな風に事件を解決し、その仲を深めていくのか。展開が楽しみだ。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行なってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報を務めている。

文/田中香織 編集/国分美由紀

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