今週のエンパワメントワード「数字を手放す勇気を持ってください。数字はツールであって、あなたの主人ではないのです。」ー『ダイエット幻想』より_1

『ダイエット幻想』磯野真穂 ¥924/筑摩書房(ちくまプリマー新書)

「やせたい」気持ちの後ろ側にあるもの

毎晩、そっと足をのせる体重計。表示された数字に納得できず、もう一度降りて量り直してみる。やっぱり変わらない。
お風呂に入れば少し減るかもなんて思ってゆっくり湯船に浸かったり、スマホに体重レコーディング用のアプリを入れてみたり。YouTubeで見つけた体操を試して翌日筋肉痛になったこともある。大抵は三日坊主に終わってしまうけれど、あの手この手で繰り返してきたダイエット。そういえば運動嫌いだけど早起きしてランニングをしたこともあった。マイペースに走るのは意外と楽しかったけれど、思うようには体重は落ちなかった。

いつからやせたいと思うようになっただろうか。
私の場合、強く意識し始めたのは出産後からだった。出産すれば当然出てきたぶんは減ると思ったのに、体型も体重も完全に戻ることはなかった。二人目、三人目と産むたびに少しずつ変わっていった姿は見ないふりをしていた。
でも本当はダイエットを意識しなかった頃に戻りたい。
さもなければ、ありのままの身体を愛せる精神を自分自身にインストールできたらいいのに。どちらもできなくて情けなさにグズグズしていた。

磯野真穂『ダイエット幻想』は、そんな私の毎日を変えた一冊である。
「やせたい」という気持ちを抱くようになる背景に何があるのかを探り、体重をコントロールできていることが自己管理の証しになるような物語、年齢より若く見えることを良しとする世界観、他者からの評価を求めるあまり「ふつう」に食べられなくなってしまう実態を分析していく。

ダイエットするときに必ず向きあう体重やカロリー計算については、数字が担う管理という役割の魔力について触れた第6章に詳しい。数字を表す言葉や色を表す言葉を持たない民族「ピダハン」を紹介しながら、カロリーや体重などの数値に振り回されて目の前の食べ物を「おいしい」と感じ取れなくなっていく仕組みを解説する。

〈数字を手放す勇気を持ってください。数字はツールであって、あなたの主人ではないのです。〉

数字に振り回されているのは私だ。カロリー計算をして、ランチにむしゃむしゃと味気なくサラダを食べ、体重計の数値を見て落ち込んでばかりいるなんて、つまらない人生な気がする。本書を読んでそう思い立ち、毎日の体重測定をやめ、ダイエットを手放したのだった。 

ところが、実はこの話には続きがある。
著者の磯野真穂さんにトークイベントでお会いした際に、『ダイエット幻想』を読んで体重測定をやめたことを意気揚々と話したところ「そうか、やっぱりそう読めちゃうよね」と答えられたのだった。

言われてみれば確かに、本書には「やせたい」気持ちを否定するわけではないと繰り返し書いてある。そう思わされている仕組みや構造を明らかにし、つき合い方を考えているのだ。
数字を手放したと語るその行為こそがこだわりを表していたような気がして、短絡的な自分が恥ずかしくなってもう一度本を開くと、さっきの言葉の直前にこんな一文があった。

「あなたがやせたいと思ったそもそもの理由は、もっといまを楽しく生きたい、そんなシンプルなものではないでしょうか。いまを楽しく生きるためには、具体的な世界の彩りと、それを一緒に作り上げてくれる仲間、そして何よりも、あなた自身にその彩りを感じ取れる力が必要です。」

今の私が出会い、共にいる人と何かを食べ「おいしい」と言葉を交わして思わず笑顔がこぼれるその時、この世界は輝く。それが世界の彩りってことなのかもしれない。かつての私の体重に戻る必要なんてないし、三度の出産も数多の苦労もそれなりに刻まれたこの身体で出会う人たちと、カロリーも栄養素も忘れて楽しいと感じる時を過ごし、生きていく。そこにダイエットとの距離の取り方の鍵があったのだ。

他者との関係は日々変化するし、これからもダイエットを試すことがあるかもしれない。
そのたびにこの本は、私を引き止め大事なことを教えてくれる。

宮台由美子

代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ

宮台由美子

代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。

文/宮台由美子 編集/国分美由紀