今週のエンパワメントワード「家の扉を閉めるとき、いつも“やりたいことをやるなら今よ”と思うの」ー『さらば愛しきアウトロー』より_1

『さらば愛しきアウトロー』
デジタル配信中 DVD¥4,180、Blu-ray¥5,280/発売・販売: VAP
© 2018 Old Man Distribution, LLC. All rights reserved.

自分のための人生に必要なもの

歳を重ねた一人の女性。彼女は、心のどこかで、ずっと何かを望みつづけている自分に気づく。今の生活にはそれなりに満足しているし、過去に後悔を抱えているわけでもない。では、いったい何を求めているのか。答えはわからないまま、彼女は自分の冒険心に火をつける何かを探している。

『さらば愛しきアウトロー』で描かれるのは、そんな一人の女性の心に住み着いた、ある男の物語。現在『グリーン・ナイト』が公開中のデヴィッド・ロウリー監督が、名優ロバート・レッドフォードの最後の主演作として作った映画で、レッドフォードが演じるのは、名うての銀行強盗「フォレスト・タッカー」。彼は銃を片手にアメリカ各地の銀行を次々に襲いながら、決してケガ人を出さず、颯爽と盗みを成功させてきた。そして老人とは思えぬそのスマートな手口が、いつしか話題を呼ぶようになる。

ある日、いつものように“仕事”を終えたタッカーは、警察の追跡を逃れる途中、車が立ち往生していた「ジュエル」と出会う。夫を亡くしたあと、テキサスの農園で暮らすジュエルを演じるのは、『キャリー』をはじめ、数々の映画に出演してきたシシー・スペイセク。この映画に出演した頃、スペイセクは60代後半のはず。白髪混じりの長い髪を無造作に束ね、夫が遺した車でドライブし馬を乗りこなす彼女は、これまで見てきたどんな役より輝いて見える。

ジュエルは決して不幸な人生を歩んだ人ではない。けれど「大丈夫、自分は幸せなんだ」と日々言い聞かせながら暮らすうち、ある日ふと気づいたのだと彼女は言う。夫や子供のために生きる人生は終わった。あと何年生きられるかもわからないのだから、もうそろそろ自分勝手に生きてもいいのかもしれない。そして彼女は、タッカーにこう語る。〈家の扉を閉めるとき、いつも“やりたいことをやるなら今よ”と思うの〉

長年平穏な暮らしをつづけてきたあと、「やりたいことをやるなら今よ」と考えはじめたジュエル。彼女がこれほど愛らしく見えるのは、歳を重ねたからこそ得た落ち着きと、新しい何かを求める子供のような無邪気さが同居しているからだ。そしてだからこそ、彼女は突然目の前に現れたタッカーにひかれたのだろう。ジュエルが職業や生い立ちを聞いても、タッカーはセールスの仕事でアメリカ中を車でまわっているとしか答えない。謎の多い彼を警戒しつつ、その謎ゆえにひかれていく。車一台でアメリカ各地を旅し、好きなときにふらりと姿を現すタッカーは、ずっと同じ場所で暮らしてきたジュエルからすれば、自由気ままな冒険者に見えるはずだ。

何より、彼の顔にいつも浮かんでいる柔らかな微笑みが、ジュエルを魅了する。ジュエルだけではない。彼の被害者たちは決まってこう言う。「犯人は銃を持ってはいましたがとても紳士的で、幸福そうな笑みを浮かべていました」。銃で自分を脅した相手をそんなふうに言うなんて、普通に考えればおかしいけれど、実際にその笑顔を見れば確かに納得する。いったいどうすればこれほど幸せな笑みを手に入れられるのか。彼を逮捕しようと執念を燃やす若い刑事「ジョン」ですら、いつしかその魅力に夢中になる。

少年時代から強盗と脱獄を繰り返してきたタッカーと、新たな冒険の予感に胸をときめかせるジュエル。二人にはどんな未来がありえるだろう。タッカーの視線で見るか、ジュエルの視線で見るかによって、この映画はまったく別の物語になりそうだ。

月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀