今週のエンパワメントワード「問われないことも語ってみてください」ー『空に聞く』より_1

『空に聞く』
DVD ¥4,180/発売元:東風 販売元:紀伊國屋書店

途切れた言葉の奥にある、声にならない思いに耳を澄ませる

インタビューの仕事をしたあとは、いつも自分で録音データから文字を起こし、記事にまとめている。ある日、いつものようにインタビューの文字起こしをしながらハッとした。自分が質問をし、相手がそれに答え、また私が質問をする。取材時にはスムーズに進んでいると思えたそのやり取りによく耳をこらしてみると、ある瞬間、相手がふっと息を吸い込む音がした。それは、いったん話し終え沈黙したあと、もう一度口を開こうとする気配の音だった。

取材時の私は、その小さな息の音に気づかず、すぐに次の質問に移ってしまっていた。その後の会話は順調に進んでいたけれど、その小さな音を聞いてから、あのとき相手が何を言おうとしたのか、気になって仕方がなかった。大した意味はなかったのかもしれない。でも何か大事なことを言おうとしたのかも。それ以来私は、相手の声だけでなく、声にならないちょっとした音にも気を配ろうと思うようになった。

小森はるか監督が、東日本大震災後の陸前高田で撮影したドキュメンタリー『空に聞く』は、人の声を「聞く」ことについての映画だ。カメラが映すのは、震災後の約3年半、「陸前高田災害FM」のパーソナリティとして働いた阿部裕美さんの姿。阿部さんが街の人々に取材をしたり、プレハブのスタジオで原稿を読んだりする様子から、陸前高田の人々が震災後の時間をどんなふうに過ごしていたのかが、少しずつ見えてくる。

彼女が仮設住宅を訪ね、当時86歳の村上寅治さんに話を聞きに行くシーンがある。始まる前からおしゃべりがどんどん弾み、阿部さんが笑いながら「話もったいないがらもうはじめっぺし」と録音機のスイッチを押して、インタビューが始まる。年齢や生い立ちなど、寅治さんは楽しそうにひとつひとつの質問に答えていく。そうして二十年近く前に妻が亡くなったと話した直後、ふっと言葉が途切れ、寅治さんは照れたように「まあ、問われねえことは語んねべ」とつぶやく。すると間髪いれずに阿部さんはこう続ける。〈問われないことも語ってみてください〉。阿部さんの言葉に安心したのか、寅治さんは妻との思い出と、長年連れ添った相手に遺されることがどれほどつらいかを語りだす。

あのとき、寅治さんはきっと亡き妻の話をもっとしたくなり、でも聞かれてもない話をするのは恥ずかしい、これ以上はやめておこうと思ったのだろう。そんな寅治さんの、もっと話したいという気持ちをとっさに読み取った阿部さんは、遠慮の気配をさらりと退け〈問われないことも語ってみてください〉と返したのだ。しかも「語ってみてください」という言葉には、無理に語らなくてもいい、でもよければ語ってほしい、という微妙なニュアンスが感じられる。あくまでも相手の意思を尊重しながら語ることをそっと促す阿部さんは、まさに人の話を「聞く」能力に長けた人だ。

同じような状況になったとき、自分が阿部さんのようにすぐに言葉を返せるか、自信がない。でも、私もこんなふうに人の話を聞く人でありたいと思う。インタビューとは、ただ質問をしつづけるだけではない。人の声をじっと聞くこと、そしてときには声にならない音にも耳を澄まし、話の続きを促す仕事なのだから。

二人はこのインタビューを機に仲良くなり、40歳以上年の離れた茶飲み友達になったという。これは、二人が出会い、友情が築かれる、奇跡のような時間を映した映画でもある。

月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀