今週のエンパワメントワード「どうにかなるわ、きっと」ー『滝を見にいく』より_1

『滝を見にいく』
デジタル配信中 DVD¥2,090、Blu-ray¥2,750/発売・販売: キングレコード
©︎2014『滝を見にいく』製作委員会

偶然の出会いから生まれた親愛なる冒険映画

映画『滝を見にいく』(沖田修一監督)が公開された当時、宣伝や批評のなかで、盛んにある言葉が使われていたように思う。「普通のおばちゃん/おばさんの物語」。確かにこれは、紅葉と滝の見学ツアーに参加した7人の女性たちを描いた話で、演じたのは一般公募で選ばれたほぼ演技経験のない女性たち。「普通のおばちゃん/おばさんの物語」という言葉は、一般人が演じた普通の話がこんなにおもしろいなんて、と褒め言葉のつもりで多くの人が使っていたのかもしれない。

でもその言葉を聞いて、私はなんとなくこの映画を敬遠してしまっていた。中年女性を笑いものにしているようで、居心地の悪さを感じたのだ。ところが実際に映画を観て驚いた。劇中にそんな言葉はほぼ登場しない。一度だけケンカの場面で口に出されるけれど、「おばちゃん/おばさん」という言葉で相手を揶揄したり、自分を卑下する登場人物は一人もいない。予想に反して、『滝を見にいく』は、歳を重ねた女性たちが力強く生を満喫する、素晴らしい女性映画だった。

それぞれの理由から滝見物のツアーに参加した40代から70代までの女性たちは、道に不案内な新人添乗員によって山に置いてきぼりにされてしまう。なんとか自力で下山しようとするが、歩けば歩くほど道に迷い、空はどんどん暗くなる。性格も年齢もバラバラな7人は、極限状態の中で徐々に本音を露わにし、ときにいがみあう。でも山で一晩を過ごそうと決め寝床や食料を探すうち、彼女たちは徐々に団結していく。

7人の中には、既婚者も独身の人もいる。最愛の夫を失った人も、夫婦関係が微妙そうな人もいる。専業主婦、長年教師をしていた人、なぜかオペラが得意な人もいる。そんな背景や肩書は、山で時間を過ごすうちにいつしかどうでもよくなっていく。ここではみんな一人の人間でしかない。誰かの妻でも母でもない。気づけば、互いに「ジュンジュン」「ユーミン」「クワマン」など子どもみたいなあだ名を付け合い、たき火を囲んで昔の恋バナで盛り上がり、歌を歌う。その様子はまるで女子高生たちのキャンプのよう。眠りにつく前、ふと不安になった誰かが「ねえ、熊が出たらどうする?」とつぶやくと、リーダー格である「師匠」はこう答える。〈どうにかなるわ、きっと〉

添乗員は相変わらず行方不明、下山までの道のりも見つからないまま。希望などまるでなさそうなのに、〈どうにかなるわ、きっと〉というひと言に、みんながほっと息をつく。大丈夫、7人がいればきっとどうにかなる。彼女たちの力強い笑い声に、見ているこちらも勇気が湧いてくる。そういえば、この映画にはもうひとつ、最高のエンパワメントワードも登場する。「40超えたら、女はみんな同い年じゃ!」。年齢差があろうと、人生の経験値が違おうと、女はみんなただの友達になれるのだ。

山の中で生まれた、女性たちだけの不思議な共同体。社会からの抑圧も偏見もないこの場所で、彼女たちはただまっすぐに相手を見つめ、素直に友情を紡いでいく。これは「おばちゃん/おばさん」映画なんかではなく、魅力的な女性7人の、親愛なる冒険映画。こんな女性たちの晴れやかな友情の物語を、もっともっと見てみたい。

月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀