20センチュリー・ウーマン

『20センチュリー・ウーマン』
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『20センチュリー・ウーマン』が紡ぐ1979年の空気と女性たちの物語

マイク・ミルズ監督は、いつも家族をめぐる映画をつくってきた。『人生はビギナーズ』(2010)は、75歳で自分がゲイだとカミングアウトした父親とその息子の話。『カモン カモン』(2021)は、突然9歳の甥との共同生活を送ることになった叔父の話。そして『20センチュリー・ウーマン』(2017)では、母と息子のあるひと夏の物語が描かれる。どの作品も、フィクションではあるものの、監督自身と家族との関係が発想の源になっているという。

『20センチュリー・ウーマン』が描くのは、1979年の夏、アメリカのカリフォルニア州サンタバーバラで暮らす、15歳の少年「ジェイミー」と母「ドロシア」の物語。夫と離婚後、一人でジェイミーを育ててきた55歳のドロシアは、最近、息子のことがうまく理解できずにいる。大人になりかけの息子を親がもてあますのは当然だが、母子の間には時代の壁がある。長く続いたベトナム戦争が終結し、数年が経った1970年代末。文化も、政治状況も、家族のありかたも、自分が若い頃とは大きく変わり、ドロシアには今を生きる若者がわからない。

そこでドロシアは、自分たち親子とルームシェアで一緒に暮らす写真家の「アビー」と、ジェイミーの幼なじみ「ジュリー」を呼び出し、こう提案する。この混沌とした時代に、自分を保って生きるのは難しい。だけど私はもう子離れしないといけない。だから私の代わりに、どうかジェイミーを助け、見守ってほしい──。いわば後見人に任命されたアビーとジュリーは、戸惑うばかり。アビーは子宮頸がんの闘病中で、まだ自分の身の振り方もわかっていないし、ジュリーはジェイミーとほとんど変わらない年だ。ジェイミーもまた、母が何を考えているのかわからず、反発する。

困惑しながらも、やがて女性たちは15歳の少年に人生を教え、彼の成長を見守りはじめる。なかでもジェイミーの手本となるのは、グレタ・ガーウィグ演じるアビーだ。フェミニズムについて書かれた本を読ませ、女性の敬い方を学習させる。トーキング・ヘッズを聴かせ、クラブでの楽しみ方を伝授する。エル・ファニング演じるジュリーもまた、自分なりの方法で彼に何かを伝えようとする。

ある夜、闘病後の調子を気遣うジェイミーに、アビーはこうこたえる。〈確かなのは、人生は予想と違うものになるってこと〉。それは、アビーが自分のこれまでの半生を振り返ったすえに出てきた言葉。仕事や恋人との関係、肉体関係の持ち方、病を患ったこと。今の彼女を形づくるすべては、自分が15歳のときに予想したものとはまったく違う。この先に何が起こるのかだってわからない。でも人生とはそういうもの。さらりと語るアビーの言葉は、ジェイミーの心にどう響いただろう。

波乱に満ちたこの時代において、自分の子どもだけは正しい方向に導きたいと、ドロシアは考えたはず。だけどアビーが言うように、いつだって〈人生は予想と違うものになる〉。女性たちが請け負った奇妙なミッションは、やがて自身の人生を振り返るきっかけになる。アビーは病を機に将来を見つめなおし、ジュリーは自分の抱える問題と向き合おうとする。ドロシアもまた、ジェイミーの母というだけではない、自分の行く先を考えるだろう。この映画は、少年の成長物語であるとともに、彼を取り巻く女性たちの物語でもあるのだ。


 


 

月永理絵

編集者・ライター

月永理絵

1982年生まれ。個人冊子『映画酒場』発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』編集人。書籍や映画パンフレットの編集のほか、『朝日新聞』 『メトロポリターナ』ほかにて映画評やコラムを連載中。

文/月永理絵 編集/国分美由紀