仕事、人間関係、恋愛、健康……、毎日を過ごす中で、なんだかモヤモヤと心が重くなることって、ありますよね? 心が疲れたら、ひと息ついてもいいんです。臨床心理士のみたらし加奈さんと、ちょっと甘いものでも食べながら、お話ししませんか? メンタルヘルスをもっと身近に考えるためのヒントをお教えします。

臨床心理士・みたらし加奈の、毎日を生きやすくするブレイクトーク。「ちょっと甘いものでも。」1【後編】_1

この連載では、みたらしさんがみたらし団子になってお話しします。

みたらし加奈

臨床心理士

みたらし加奈

総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行ないつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(ハガツサブックス)がある。

今回の相談者さん
マフィンさん(仮名)
マフィンさん(仮名)

30代。元看護師。現在は学生時代の留学経験と看護師の経験を活かして、医療翻訳の仕事をしている。夫と二人暮らし。

1.【後編】 今「やりたい」気持ちを否定されることもストレスに。 自分の感覚に自信が持てず周囲の反応にも疲れてしまいます。

前編では、 転職しても拭えなかった仕事に対するモヤモヤの正体について相談者のマフィンさんに大きな気づきがありました。では、今後のキャリアとどう向き合っていけばいいのか。対話の中で「自分の感覚」を取り戻したマフィンさんは、密かに温めていた思いを話してくれました。


みたらしさん (前編で)マフィンさんは、ご自身を「コツコツと努力するのは得意」とおっしゃっていましたね。

マフィンさん そうですね、自分が魅力的だと感じたものに影響を受けて、コツコツと目標に向かって動くことは好きだと思います。だから、食品会社への就職も看護師への転職も「これだ!」と信じて突き進んだ道だったんですが、続けられず……。

みたらしさん たしかに「これだ!」と思えることが見つかっても、そのあと1から10に行くまでの道のりは想像以上に長いんですよね。1から2、2から3、3から4……と、ひとつずつしか進まない。時には、「毎日同じことの繰り返しじゃん」って飽きることだってあるかもしれないし、コツコツ積み上げている途中で「あれ? これでいいんだっけ?」と不安になることもある。それがキャリア形成の途中で起きると、どっと疲れてしまいますよね。

マフィンさん そう言われれば、食品会社では下積みのような現場仕事の毎日に疲れ、看護師も単調に感じてしまってやりがいを見いだせず……、なかなか進んでいかない感じに耐えられなかったのかもしれません。

臨床心理士・みたらし加奈の、毎日を生きやすくするブレイクトーク。「ちょっと甘いものでも。」1【後編】_2

みたらしさん それでも、看護師の仕事は5年って決して短い期間ではないですよ。違和感がありつつも、続けられた理由はなんだと思いますか?

マフィンさん 家族のサポートがあって看護師になったので、少なくとも3年は続けようと思ってたんです。いちばんハードな最初の3年間を乗り越えた頃には、一人でできることが増えて気持ちもラクになって、「もうちょっと続けられるかな」とも思えるようになりました。ただ、だんだんと患者さんからお礼を言われても、そこに喜びを感じられなくなったり、同じ看護師をしている母親の強い使命感と自分の冷めた姿勢を比べてしまったりもして……自分も母のようにこの仕事を続けていきたいのかな? って疑問に思って。

みたらしさん 看護師という選択肢を与えてくれたお母さまの存在が、同時にプレッシャーにもなることもありましたか? それともお母様のことが気になるほかの理由がありましたか?

マフィンさん プレッシャーというか、母はちょっと、私を疲れさせる人なんです。母にまつわることで気持ちが落ち込むことがたびたびあって……。同じ職種に就いてからはスタンスの違いを理解していたので安易に頼れなくなったというつらさもあります。最近も、意見の食い違いで母から少し攻撃的な反応が返ってきてショックを受けました。最終的に、母が冷静になって仲直りはしたんですけど、そういう一挙一動に疲れを感じてしまう。私の気持ちをすべてわかってくれなくてもいいけれど、価値観を押しつけられることがすごくつらいんです。

みたらしさん 価値観の違いを受け止めてはいても、お母さまに疲れてしまうことがある...これは以前からもありましたか?

マフィンさん 昔は感じなかったんですけど、離れて暮らすようになってからですね。さらに、同じ看護師になってからは仕事に対する姿勢が真逆なことにも気づいて。母は看護に100%のパワーを注ぐ熱いタイプだったんですが、私は真逆で、生きるために看護師として働くというスタンス。母はミスをしたら絶対に申告するタイプだけど、私は少しのミスだったら先輩に相談して、上には黙っておく。ちょっとずるいところがあるんですよね。100人の看護師がいたら100通りの看護があるので、仕方のないことだと思うんですが、相手が母親となると、ぶつかるのはしんどい。なので、仕事の話は極力しないようにしていました。

みたらしさん コツコツと積み上げている最中に、自分にとって影響力の大きい、身近な人の言動によって、ときには気持ちが浮き沈みしたり、ストレスに感じることもありますよね。とくに同じ職種であれば、お互いに比べてしまうことだってあるかもしれない。看護師を辞めることは、お母さまも知っていたのですか?

マフィンさん 緊張しすぎて、電話ではなくLINEで報告しました。看護師長に話すときよりも緊張しましたね(苦笑)。ただ、私が一生懸命考え抜いて送った文章に対して、母はひと言「わかりました」って。本当はもっと言いたいことがあるはずだったと思いますが、あっけなくて拍子抜けしちゃいました。

前編で見えてきたように、マフィンさんのモヤモヤは、さまざまな要因が連鎖したことでより濃くなってしまったものだったようです。理想の自分像とのギャップ、リーマンショックやコロナ禍という困難なタイミング、さらにはお母さまの存在が悩みに拍車をかけ、自分では出口が見つけられなくなってしまっていたのかもしれません。

臨床心理士・みたらし加奈の、毎日を生きやすくするブレイクトーク。「ちょっと甘いものでも。」1【後編】_3

みたらしさん 総合病院を辞めたあと、ほかのクリニックなどで看護師を続けることを考えたことはありますか?

マフィンさん 産業保健の看護師や美容系のクリニックも考えましたが、自分が進みたい道とは方向が違う気がしました。看護師資格にこだわると選択肢が狭まってしまって難しいなと。

みたらしさん マフィンさんの中で、資格を活かすことよりももっと大事なポイントがあることに気づいているんですね。モヤモヤするということは、ピンときていないということ。裏を返せば、言語化できていないものも含めて「こういう仕事はしてみたいけどこの業務は嫌」「こういう働き方をしたいけどこの条件は嫌」というマフィンさんなりのこだわりがたくさんあって、その感覚にとても敏感なのかもしれないですね。

マフィンさん そうですね……実はまた、ぼんやりとですが興味のあることがあって……。2、3年くらい前に、一度自分のやりたいことや好きなものを改めて考えてみたんです。私がときめくことってなんだろうって。浮かんだのは、下着でした。高校2年生のとき、地元の下着屋さんに母が連れていってくれたことがあったんです。そこで初めて良質な下着を身につけて、すごくテンションが上がった。あのときの気持ちを思い出すと、ピンとくるものを感じます。

気持ちがほぐれてきたマフィンさんの口から、「実は下着に興味がある」という素直な心のうちが吐露されました。意外な展開に驚くことなく、ゆるやかに対話を進めるみたらしさん。そして、下着の話をし始めた途端、それまで陰っていたマフィンさんの表情が明るくイキイキとしはじめました。

臨床心理士・みたらし加奈の、毎日を生きやすくするブレイクトーク。「ちょっと甘いものでも。」1【後編】_4

みたらしさん 下着づくりには、語学力や看護師資格もいかせることもあるかなと思うのですが、そのあたりはどうでしょう?

マフィンさん 具体的なことはまだわからないんですけど、入院中でもラクに身につけられて、かつ可愛い下着があったらいいなって思うんです。それなら私の経験も活かせるんじゃないかって。たとえば、乳がんの治療をしている方だったり、下半身のリハビリをしている方だったり、色んな方の需要に合わせて提案できることがあると思うし、それは日本だけじゃなくて海外の人たちにも喜ばれるかもしれない。実は、すでに一度、下着メーカーに応募したこともあるんです。

みたらしさん すごくいいですね。私は、「ピンときた」という感覚をみんなもっと大事にしてもいいと思うんです。人が感覚的に好きだな、苦手だな、嫌いだな、と思うのにはちゃんと理由があるはずです。「ピンときた」、その「ピン」にも、何かしらの感性が動いているはずなので、マフィンさんにとっての「ピン」をかき集めていったら、何かヒントが見えてくることもあるかもしれませんよね。マフィンさんの“やりたいこと軸”で発想を広げていくと、選択肢はまだまだありそうですね。

マフィンさん ありがとうございます。なんだか、自分の気持ちを尊重してもらえて少しラクになりました。家族や友人など身近な人に話すと、「英語はいいの?」「看護師資格あるのに?」という話になりそうで、「どうせ言っても否定されるんだろうな」という気持ちが強くなっていました。そうやって気持ちを押さえ込んでいるうちに、自分は本当は何が好きなのかわからなくなってしまっていたのかもしれません。

みたらしさん ピンとくるものって、実は無意識の中でもたくさん持っていると思うんです。その感覚を自分で自覚して、意識的に言語化していく。日記に書き出してもいいし、信頼できる人に話すでもいいので、残していくことで気づけることもあるかもしれません。そうやって自分の好き嫌いを整理していくと、「なりたい自分」や「やりたいこと」のフォーカスがもっとクリアになると思います。それがキャリアにつながることもあると思いますし、人間関係でモヤモヤが生まれたときも、ときには自分を守ってくれる助けになるかもしれません。

マフィンさん はい。自分の感覚をもっと大事にしてあげようと思います。

みたらしさん 今日はお話くださって、本当にありがとうございました。また疲れたときは、休みに来てくださいね。

自分の感覚を言語化して、整理する。その作業は大抵、友人たちや家族との“会話”の中で行われるものです。でももし、話すことをためらうようになってしまったら……? マフィンさんのモヤモヤがどんどん積み重なっていってしまったのも、そこに原因があったのかもしれません。話し終えたマフィンさんの表情は明るく、来たときよりも軽い足取りで部屋をあとにしました。

別腹トーク「みたらしな日常」

みたらしさんが出合った、なにげない日常のひとコマをご紹介。

臨床心理士・みたらし加奈の、毎日を生きやすくするブレイクトーク。「ちょっと甘いものでも。」1【後編】_5

「雨が降り始めて雷が鳴ると、白い花が光って綺麗でした」(みたらしさん)

撮影/花村克彦(みたらしさん) 山崎ユミ(みたらし団子、マフィン) 取材・文/千吉良美樹 構成・企画/高戸映里奈(yoi)