「生理は病気じゃないから我慢して頑張らなきゃ」「大事な仕事を任せてもらったのに妊娠したら迷惑?」。これまで長い間、そして今もなお、女性の体の不調や変化は“個人の問題”として、一人で抱え込んでしまうことが少なくありませんでした。
しかし、こうした悩みは「社会で向き合うべき課題」と、サイエンスとビジネスの力で社会に一石を投じるのが、アーティストであり起業家でもあるスプツニ子!さん。20代の頃からテクノロジーとアートの領域で世界を舞台に活躍し、『生理マシーン、タカシの場合。』『ムーンウォークマシン、セレナの一歩』などの作品を発表。海外と日本を行き来して活動を続けるなかで、日本のジェンダーギャップが健康領域にも及んでいることを実感しているといいます。
今回yoiでは、前後編にわたってスプツニ子!さんのスペシャルインタビューを掲載。今まで語られることの少なかったスプツニ子!さんご自身の、10代から現在にいたるまでの体や心との向き合い方と、そうした経験を経てたどり着いた新サービス『Cradle(クレードル)』の立ち上げについて伺いました。
アーティスト・株式会社Cradle代表取締役社長
1985年東京都生まれ。ともに数学者の両親のもとに育ち、日本のアメリカンスクールからロンドン大学インペリアル・カレッジに進学。その後、本格的にアートを学ぶために進んだ英国王立芸術学院(RCA)の卒業制作として発表した『生理マシーン、タカシの場合』で大きな注目を集める。MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ助教授、東京大学大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。2022年4月に新サービス『Cradle』を立ち上げる。『Cradle』公式サイト:https://cradle.care
生理がつらくて勉強に支障が出るほどだった学生時代
インタビューを始めるとさっそく、「ちょっと見てもらいたいものがあるんです」とパソコンを取り出し、私たちにある画面を見せてくれたスプツニ子!さん。そこには、スプツニ子!さんがこれまで直面してきた体の悩みと、それに対してどんなアクションを取ってきたかが年表にまとめられていました。
「これを見ていただくとわかるんですが、私のこれまでの歩みと体の悩みは切っても切り離せません。日本で学生生活を送っていた15歳のとき、生理痛がひどく、初めて婦人科にかかったのですが、年配の医師に『痛み止め飲んで頑張って!』と言われただけで根本的な解決策の提示はありませんでした。その後、イギリスの大学に進んだ18歳のときに、やっぱり生理痛が我慢できずに現地の病院に行ったら、無料で数ヶ月分の低用量ピルを処方され痛みは改善。勉強もプライベートも劇的にはかどったんです。それが2004年くらい、日本でピルが承認されて5年ほどの頃でした。『こんなにすごいものが、まだ日本ではあまり知られていないんだ!』ということに驚いたのを覚えています。
それからは、気になったらどんどん情報収集する自分のオタク気質を発揮して、さまざまな種類のピルから自分に合う薬を選んで処方してもらうようになり、33歳のときに卵子凍結も経験。34歳になってからは子宮内に装着する避妊具のミレーナを入れました。避妊の効果だけでなく、経血の量が減ったり、まるで生理そのものがなくなったようにわずらわしさが軽減されて、『生理がきてすぐにこれを入れたかった!』と思ったくらい。その後、35歳でパートナーと結婚し、ミレーナをはずして幸運にも自然妊娠。昨年、第一子を出産して今にいたります」(スプツニ子!さん、以下同)。
サイエンスにもジェンダーギャップがあることのショック
イギリスで低用量ピルに出合った経験が、社会のあらゆるジェンダーギャップに気づくきっかけになったというスプツニ子!さん。
「日本で低用量ピルの承認がおりたのが1999年、アメリカよりも40年近く遅いんです。ところが、男性のED治療薬であるバイアグラは、提案からたった半年でスピード承認されました。大学で理系の勉強をしていた私は、それまでサイエンスはみんなにフェアに課題解決をしていると思っていました。しかし、日本でのピルとバイアグラの承認時期の差は明らかなジェンダーギャップの例で、日本に限らず、世界のサイエンスのさまざまな領域で、治験対象や研究予算や承認時期などにジェンダーギャップが起きやすいことに気づきました。そうしたモヤモヤから生まれたのが、英国王立芸術学院の卒業制作として発表した作品『生理マシーン、タカシの場合。』でした。男性が生理を疑似体験できる機械をつくり、装着するまでを描いた映像作品です。
アートの世界でも、ある評論家に『20代の女性の作品は価値がつけられない』と言われたことがあります。女性は将来的に妊娠・出産などで創作活動から離れることで、アーティストとしてのキャリアが長くない可能性があるからという理由です。ビジネスにおいても、女性の起業家は男性に比べて極端に少ない。その背後には、これまで起業家も投資家も男性が圧倒的に多い社会のなかで、起業や資金調達に関する情報がとどまってしまっているため、女性はどうしてもその情報網のアウトサイダーになってしまい、起業のスタートラインに立つことのハードルが高くなってしまう状況があると思います」
女性の体の問題は社会の問題。個人の問題に追いやらない
「実は長く活動を続けるなかで、最初の数年はこうして私自身の体についてメディアで質問される機会はあまりなかったんです。タイトルに“生理”と入っている作品を出しているのにもかかわらずです。本当は『私の体にはこんな課題があって、こんなふうに向き合ってきたんだ』というバックグラウンドも重要なのに。
大学の教壇で学生から質問を募ったときに、印象的なことがありました。それは、ある女子学生が『アートに関係ない話ですみません…』と前置きをしたうえで、『私は将来、メディアアートに関わってキャリアを積んでいきたいのですが、結婚や妊娠出産のタイミングについて迷ってしまいます。スプツニ子!さんはキャリアを積むにあたってどう考えてましたか?』と質問したこと。自分の妊娠出産のことを“本業のアートとは関係ないこと”と思っている、彼女がそういうふうに大学で思わされていることがよくないと思いました。生理や妊娠出産は、女性の体を持つ私がアーティストとしてのキャリアを積むうえで、ものすごく向き合わなければいけなかったったトピックなのに、そして女性は人類の半分なのに…「妊娠出産はアートと関係ない」だなんて、変ですよね。
生理も妊娠も出産も、女性の仕事やプライベートに影響を与える重要なトピックなのに、私たちはそれを公の場で話してはいけない、「仕事とは関係ない」と社会に思い込まされている。重要なのに話せない、知りたいのに知ることができないという状況がずっとあったように思います。しかし、自分の人生の選択肢を増やすために自分の体と向き合うこと、そしてその重要性を学べる環境を整えることが、多様性ある未来を目指すために不可欠だと思います。そして、ようやくここ数年で、その潮目は少しずつ変わってきたように感じています」
日本の社会でもこの数年で、生理や更年期の話、妊娠・出産といったテーマを女性がオープンに話す空気が生まれてきました。「もっと自分たちの体のことについて知りたい!」というムーブメントも高まり、健康課題をテクノロジーの力で解決しようという“フェムテック”にも多くの関心が寄せられています。
「そうした風潮の大きな立役者は、ソーシャルメディアの存在だと私は考えています。2017年に『#Me too運動』がアメリカで起きて、日本では2019年あたりから、女性が自分たちにまつわるハードルに対して声を上げるようになった。それに伴って、これまではオープンに話しづらかった生理や妊娠などについても、オンラインで話す土壌が育っていったように感じます。私は『生理マシーン』をはじめ、アートを通していろいろな考えを発信してきましたが、やっと日本国内でもさまざまな分野で、女性の健康課題に関する問題提起の声を目にするようになりました。
そんななか、私自身は美術館やホワイトキューブの枠を超えて、多くの人の働き方やライフスタイルを変えられるようなものをつくりたいと思うようになっていました。ちょうどフェムテック領域の起業がアメリカやヨーロッパ、そして日本でも話題になり始めていて、この領域こそ私のやりたいことなのではないかと思えたんです。そこから、法人向けのD&I推進支援サービス『Cradle』の立ち上げにいたりました」
“知識は味方になる”と信じてる
今年の4月にスプツニ子!さんが新たに立ち上げた『Cradle』は、導入企業に向けたオンラインセミナーや従業員のヘルスケアサポートなどを提供する法人向けのサービス。女性特有の体の悩みに関するリテラシーを高め、妊娠・出産・更年期までを考慮したキャリアの選択肢を増やすことで、誰もが輝ける社会の実現を目指しているといいます。また、従業員の家族もサービスが利用できたり、『Cradle』と提携したクリニックの診療サポートが受けられるなど、その対象や内容も幅広いのが特徴です。
「『Cradle』は、女性の健康課題の解決を軸にサービスを展開していますが、当事者の方だけでなく管理職や人事担当の方もヘルスケアリテラシーを高めることで、働く人それぞれがライフプランとキャリアを両立しやすい環境づくりをサポートしていきます。私はこれまで、“知識は味方になる”と強く信じて生きてきました。社会の縮図でもある職場でのジェンダーバイアスやアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)をなくしていくためには、そこで働くすべての人が正しい知識を持ち、情報を共有していくことが大切。私がかつて、痛み止めを飲んで生理痛を我慢するしかなかったときのように、『我慢するしかない、仕方ない』で終わらせない社会を目指したいと思っています」
▶︎続く後編は、『Cradle』の立ち上げと自身の妊娠・出産のタイミングが重なった経験から、まわりの理解を得ながら自分らしい人生とキャリアを築いていくためにスプツニ子!さんが取り組んでいることについて、たっぷりと伺います。
撮影/花村克彦 取材・文/田中春香 企画・編集/高戸映里奈(yoi)