今年5周年を迎えたライフスタイルブランド「EMILY WEEK」。生理週間を軸に、女性の4週間のバイオリズムに寄り添うアンダーウエアシリーズなどを展開しています。

「EMILY WEEK」の生みの親であり、ブランドコンセプターの柿沼あき子さんは、現在不妊治療中。ブランドコンセプトのリニューアルの裏側にあった想いについて伺った前半に続き、後編では、実際の不妊治療のステップや、治療を通して考えたことをお話しいただきました!

柿沼あき子さん

やってみないとわからない。不妊治療のステップ

――柿沼さんは、具体的にどんな治療をされてきたのでしょうか?

前編でお話しした、不妊の原因を調べる検査をしながら、同時に行なっていたのが「タイミング法」です。排卵前に卵胞が大きくなっているか、病院でチェックし、タイミングを取る日を告げられます。その後、超音波検査などもあって、だいたい月に3回くらいは病院に通っていました。

6回くらいタイミング法を続けましたが、結果が出なかったので、次に「人工授精」に移りました。良好な精子を集めスポイトのような専用の器具を使って、子宮膣内へ送り込む方法で、精子に問題がある場合や、精子が子宮まで到達できない場合に有効な方法だそうです。病院へ通うペースはタイミング法とほぼ同じですが、排卵を起こすためのホルモン剤を注射するなど、補助的な治療も必要で、費用面では少し負担が増えました。

人工授精は統計的に、7回目以降の妊娠率が極端に低下することもあって、だいたい5〜6回が目安といわれています。私は6回まで行い、「体外受精」に移りました。体外受精は採卵手術で卵子を取り出し、体外で精子と出合わせ、受精して培養した卵子を再び子宮内に戻す治療です。排卵誘発剤による高刺激の方法で卵子を育て、少しでも若い卵子を一度にたくさん採取し凍結できれば効率的ですが、体への負担は大きくなります。

一方、マイルドな刺激で1〜2個ずつ採卵する方法もあり、体の負担はそれほど大きくありません。どちらを取るかは病院との相談次第。体外受精になると、病院に行く回数も倍になり、月に5〜7回ほどになりました。助成金制度や保険適用はあるものの、人工授精と比べて費用も倍以上になります。

柿沼あき子

――想像していた以上にたくさんの治療ステップがあるのですね。



そうですね。これは私の場合ですが、不妊治療は進めていかないと、どこに原因があるかがわからなくて。ステップを進めていくなかで、あれが障害なのかもしれない、これが原因かもしれないと、徐々にわかっていく感じでした。なので、ひとつの方法だけをずっと粘っていても、時間の無駄になってしまうことがあるんですよね。病院と相談しながら、治療の有効性を見極め、切り替えていくことが大切だと感じます。

いったいいつまで続けるの? 不妊治療で感じたギャップ

――実際に不妊治療を始めて最初に感じたのは、どんなことでしたか? 



最初は、不妊治療を始めたら、すぐに子どもができると思っていたんです。だから、それはそれで大変かもしれないと思っていました。ブランドが立ち上がったばかりで、会社になんて言おうか、誰にどうやって引き継ぎしようか、あれこれ考えていたのですが、そんな不安をよそに全然できなくて(笑)。



――ほかにも不妊治療についてイメージとギャップを感じたことはありますか?



いちばんギャップを感じたのは、治療の痛みや金額のことではなく、“長さ”です。「人工授精」とか「体外受精」というワードを聞くと、大変そう、つらそう、と思いますよね。ですが、実際やってみると、想像していたよりも「できてしまう」という感覚があって。私の場合は、治療は我慢できない痛みではないし、助成金などに頼れば、金銭的に払えないということもない。続けようと思えばずっと続けられるというのが、正直な感想です。ただ、「今月もダメだった」「また今月もダメだった」と、期待しては裏切られるというショックの波が毎月繰り返され、しかもそれがいつまで続くかわからない。そのつらさは想像していなかったんですよね。

『EMILY WEEK』 ブランドコンセプター・柿沼あき子さんが不妊治療から考えた“仕事と生活”。選択の難しさ【後編】_3

最後の人工授精を終えて、仕事との両立の難しさを実感

――これまでの治療の中でいちばんつらかったのは、どんなことでしょうか?



人工授精が6回目のとき、「これで最後にしよう」という想いで臨みました。今度こそできるだろうという、賭けみたいな気持ちもありました。でも、やっぱり生理がきてしまったんです。それまでは生理がくると、ひと月我慢していたお酒を飲んで、好きなものを食べて、「また来月頑張ろう!」と乗りきってきたのですが、そのときの絶望感は今までと比べ物になりませんでした。泣きすぎて立ち上がれなくなってしまったほど。そして次の日、初めて会社を休んだんです。ここまで仕事と不妊治療を両立してきましたが、この先は難しいかもしれない。そう思い、退職することを決めました。



――会社を辞めるという選択もまたつらかったと思います。実際、今の生活はどうですか?



退職を決意できたのには、ブランドが成長して、もう私一人で頑張らなくてもよくなったということもありました。チームの協力には本当に感謝しています。現在はフリーランスとしてブランドに携わっていますが、以前に比べてはっきりと生活に軸足を置くことができていると感じます。時間の使い方も自由になったので、病院に行くためにその都度会社に断りを入れなくてもよくなりましたし、明確に「治療第一!」と思っているので、仕事と治療を天秤にかけて、罪悪感を感じることもなくなりました。そういう意味では、ストレスは格段に減ったと思います。



――仕事と治療を両立しながらも、やはり罪悪感を感じたり悩んだりすることがあったのですね。



「結局会社を辞めるんだ」と思われてしまったら悲しいのですが…。仕事をしながら頻繁に通院することは、やっぱり精神的にも肉体的にも大変だなと感じるときはありました。治療は排卵のタイミングがかかわるので日にちをずらすことができないんです。そこに大事な仕事が重なったりすると、結局仕事を選ばなきゃいけない状況があり、その月は治療をあきらめるということもありました。でも、不妊治療が長引くと、ひと月治療を見送ることが、大きなチャンスを逃してしまうという恐怖に変わっていって。ブランドの立ち上げから成長させるまでできたことには、まったく後悔はありません。ただ、「このまま子どもができなかったら」という焦りや不安は、正直ずっと抱えていましたね。

柿沼あき子さん

不妊治療も仕事も人生。どちらも選べる社会になってほしい

――お話を伺って、ひとつひとつ人生を選択していくことの難しさを改めて感じます。特に女性は生理や妊娠、不妊治療など自分の体がかかわるので、さらに悩むことが増える気がしますね。



そもそも生活と仕事って、切っても切れない、相互に作用するものだと思うんです。生活をするために仕事をするし、仕事することが生活でもある。それなのに、どちらか選ばなきゃいけない、あるいはキャリアを犠牲にしなきゃいけない状況があるということは、やっぱり社会的なフォローや制度が足りないと感じてしまいますね。

コロナ禍でテレワークが主流になり、生活に軸足を置きやすくなったからか、不妊治療をする人が増えたと聞きます。そういうちょっとしたきっかけで、治療に時間を使えるようになることもあるんですよね。ライフステージの変化によって何も犠牲にすることのない、制度やサポートが整うといいなと思います。

柿沼あき子さん

疎外感を感じている人へ、「一人じゃないよ」と伝えたい

――不妊治療中の方やこれから取り組みたいと考えている方へ、柿沼さんから何か伝えたいことはありますか?

私はネットでさまざまな情報を得ていたのですが、実はいちばん役立った情報源は病院でした。今通っている病院は2軒目なのですが、治療法や治療方針を、時間をかけてわかりやすく説明してくれるので、とても信頼できます。自分が今、治療ステップのどこの位置にいて、次にどういうことにチャレンジしなきゃいけないのか、それがわかっていると、安心して新しい治療にトライできるんです。また、必要な費用や助成金などについても発信してくれるので、病院から学んだことがたくさんあります。

1軒目の病院では、そうした説明がまったくなく、こちらにも知識がないので「どうしますか?」と聞かれても戸惑うばかりでした。なので、病院に行くこともストレスになってしまって。もう少し早くセカンドオピニオンを見つけていれば、数回でも早く治療を終えられたかもしれないと、今も後悔しています。病院選びは本当に大切です。少しでも不満があれば、早めに病院を変える勇気を持ってほしいです。

――柿沼さんの経験談が多くの方の参考になるといいですね。



今、不妊治療をしている人はもはや少数派ではないと感じます。毎週のように病院に通っていると、いつも待合室はいっぱいで、「あの人も、この人も…」という気持ちになるんです。

不妊治療は、それぞれに状況や治療ステップが違うので、なかなか身近な場所にコミュニティを作りづらいところがあると思います。それでも、SNSなどで検索してみると、自分と同じような気持ちを抱えている人がたくさん見つかりますし、そこに交流が生まれていたりもします。私もこれまで、ブログやSNSに掲載された経験者の声に励まされて、「あの人もこうだったから私も大丈夫」とか「私もここまで頑張ろう」と思えたことがたくさんありました。

私の経験談も、そういう励みになれたらいいなと思って。そして、私の場合は不妊治療でしたが、いろんな状況で、疎外感を感じてしまう人は、たくさんいると思うんです。だから、「あなただけじゃないよ」と伝えたい。私の話が、少しでも視野を広げるきっかけになったらうれしいです。

柿沼あき子

「EMILY WEEK」ブランドコンセプター

柿沼あき子

美大卒業後、ベンチャー企業のWEBディレクターを経て、2014年「ベイクルーズ」へWEB販促プランナーとして入社。2017年同社の社内新規事業として、生理週間を軸に女性のバイオリズムに寄り添うライフデザインブランド「EMILY WEEK」を事業化。コンセプターとしてアイテムの企画開発から商品セレクト、プロモーションまでブランド全体のディレクション業務を行う。現在はEMILY WEEKのプロモーションに携わりながらフリーランスとして活動中。

撮影/上澤友香 構成・文/秦レンナ