【Stories of A to Z】私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に迷ったとき、必要なのは専門家の的確なアドバイス。この連載では、実在するAさんからZさんまで一人一人の物語をじっくりとインタビュー。抱えているお悩みや疑問に寄り添い、それぞれの専門家に丁寧にお答いただきます。今回は、yoiに届いた「特別養子縁組について知りたい」という声をもとに、養子縁組のエキスパートチーム「ベアホープ」の橋田じゅんさんに、家族のいろいろなかたちについてお話を伺いました。
Story5 いろいろな家族のかたちを知る
子どものために生まれた特別養子縁組制度
――まずは、「特別養子縁組」という制度について教えていただけますか。
橋田さん 特別養子縁組制度は、病気や貧困、虐待などさまざまな事情で生みの親(実親)と離れて社会的養護下に置かれている子どもたちが家庭を得るための福祉制度です。実親との親子関係は解消され、養親が親権を持ち、戸籍には実の親子と同じように「長男/長女」といったかたちで表記されます。対象となる子どもの年齢はこれまで6歳未満でしたが、2019年の法改正によって15歳未満までに引き上げられました。ほかにも「普通養子縁組」と「里親」という制度があります。
●普通養子縁組
親権は育ての親が持つが、生みの親・育ての親ともに親子関係が存在する。養親より年上でなければ子どもの年齢制限はなく、跡取りなどで養子を迎える場合などにも使われる。
●里親
育てられない親に代わって一時的に子どもを預かって養育する制度。里親と子どもの間に法的な親子関係はなく、親権は実親にある。子どもは途中で生みの親のもとへ戻るか、18歳で自立する。自治体から里親手当てや養育費が支給される。
――特別養子縁組について調べるなかで、厚生労働省の調査によれば、日本では生みの親のもとで暮らせない子どもたちが約42,000人、その約9割が施設で暮らしているというデータ※もありました。ベアホープでは、これまでにどのくらいの縁組が成立しているのでしょうか。
橋田さん おかげさまで2013年の設立以来、200人以上のお子さんが家庭に迎え入れられてきました。成立件数も年々増加しています。その背景として、妊娠や子育てに悩む実親さんからの相談に加えて、児童相談所や医療機関との連携によって対応できるケースが増えたことや、家族のかたちのひとつとして特別養子縁組について情報提供してくださる各機関の方たちの存在も大きいと感じます。
※参照元:令和4年1月 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」
養親(ようしん)になるためのプロセスは?
――養親を希望される方の年齢制限はあるのでしょうか。
橋田さん お問い合わせいただくときに「45歳まで」と認識している方がとても多いのですが、ベアホープでは子どもとの年齢差(委託時)が「45歳差まで」を基準にしています。特別養子縁組の対象となる子どもの年齢が0〜15歳未満だということを踏まえると、養親となる方の年齢は幅広いものになると考えます。養親希望者からの問い合わせは1日4〜5件ほどあり、30代後半から40代の方が多いです。
――養親になるために必要な条件はありますか? また、実際に養親になるまでのプロセスはどんな風に進むのでしょうか。
橋田さん 日本では、婚姻している夫婦であること、夫婦のどちらかが25歳以上(もう一方も20歳以上)であることが法律で定められています。そのため、内縁関係の方や同性カップルの方などは現在の法律では要件に満たず、残念ながら特別養子縁組を行うことができません。また、養親になるまでのプロセスは、おおまかに次の6ステップで進んでいきます。
①研修の受講・審査への申し込み
法律で定められている研修のうち座学①②③(動画研修・2日間の会場研修)を受講。その後、養親になるための審査への申し込みが可能となる。
②家庭訪問
書類審査⇒オンライン家庭訪問⇒実地家庭訪問の順番で審査が行われる。審査は3段階で実施され、各審査ごとに審査結果が届く。残念ながら途中で審査終了となる場合もある。
③待機家庭登録
すべての審査の結果、子どもを委託できる可能性が十分ある場合に「待機家庭」として登録される。登録後、養親は子どもを迎えるためにいつでも休暇を取れるようにしておく必要がある。申し込み手続きから待機家庭に登録されるまでの期間は約6カ月。
④委託
子どもの委託について団体から養親へ連絡。
⑤申し立て
家庭裁判所に特別養子縁組成立の申し立てを行う。申し立ての手続きについては、団体からのサポートが受けられる。
⑥審判確定
民法817条の8により、特別養子縁組の成立には6カ月以上の養育期間が定められている。そのため、申し立てから審判確定までは一般的に10カ月から1年ほどかかると言われる(ケースによって異なる)。
――「待機家庭」への登録後に「いつでも休暇を取れるようにしておく」というのは、どういうことでしょう?
橋田さん 未就園児のお子さんを受託された場合、ご家庭に迎えてから審判が確定するまでの間は、ご夫婦のどちらかに育児休暇を取得し、おもたる養育者として育児に専念していただいています。幼稚園や小学校に通う年齢の子どもを受託された場合は、時短などで工夫しながら仕事をすることも可能です。ただし、学童保育や延長保育などは利用せずにお子さんの帰宅を迎える、発熱などで連絡が来たらすぐに迎えに行くなど、子ども最優先で養育することを約束していただいています。皆さん、会社の規定に合わせて育児休暇や時短勤務を利用されています。また、「ご夫婦のどちらか」というと昔は女性が育児休暇に入るケースがほとんどでしたが、今はご夫婦で半年ずつ交代で取得したり、二人そろって取得したりされる方もいます。
――養親になることについてはもちろんですが、実際に迎え入れたあとについても、しっかり話し合っておくべきことがたくさんありそうですね。
橋田さん そうですね。子どもの幸せのためにも、ご夫婦でたくさん話し合っていただきたいと思いますし、私たちもできるかぎりのサポートをしていきます。
制度を知ることが、社会を変える一歩になる
――子どものための制度である「特別養子縁組」を正しく理解するうえで、ベアホープが養親希望夫婦に求める条件はありますか?
橋田さん そうですね、要件としては9つあります。
①特別養子縁組は子どものためであることを理解している
②迎える子どもの性別や病気、障害の有無を問わない
③心身ともに健康である
④婚姻期間が一年以上(法的に婚姻関係にあり、かつ実際に同居している期間)の夫婦である
⑤共働きの場合、子どもを迎えて審判が確定するまで仕事を休むことができる(幼児以上を受託の場合は別要件あり)
⑥受託した子どものために養育環境を整えることができる
⑦経済的に安定している
⑧よい夫婦関係を継続するために努力をしている
⑨ベアホープを信頼している
このような要件以外にも、ご理解いただく必要のあることがたくさんありますので、ぜひ研修を受けて特別養子縁組の本質について知っていただければと思います。
――特別養子縁組というと不妊治療の先にある選択肢というイメージが強いように感じます。そう考えると、制度について誤解している人は多いかもしれませんね。
橋田さん 確かに不妊治療を経て特別養子縁組を考える方は多く、それ自体にはなんの問題もありません。ただ、最初にお伝えしたように、特別養子縁組は子どもの福祉のための制度だという大前提があります。問い合わせの中には「子どもの年齢や性別を選べますか」というものもありますが、迎え入れる子どもについてはいかなる希望も出すことはできません。養親希望のご夫婦には、「子どもが欲しい大人のための制度」ではなく「子どもに自分たちの家庭を提供する制度」であると理解を深めていただくためのお話をしています。
――制度について頭では理解できても、すべてに納得したうえで子どもを迎え入れる決断に至るのは容易ではないですよね。
橋田さん 本当に難しいと思います。初めての育児への不安もあるでしょうし、不妊治療を経験された方であれば、さまざまな痛みや苦しみを抱えていらっしゃることも多いです。だからこそ、ご夫婦でたくさん話し合い、自分たちが進むべき道を見出していただきたいのです。一方で、実際に研修を受けたり私たちと話をしたりする過程でどんどん理解を深め、「子どものために自分たちの家庭を提供したい」という思いに到達するご夫婦もたくさん見てきました。その姿勢と決断には感謝と尊敬の念しかありません。また、不安や迷いを感じている方には研修への参加をおすすめしています。
――養親希望について迷っている段階で研修を受けてもいいんですか?
橋田さん はい。実は、説明会やお問い合わせでいただく質問のほとんどは、研修でご説明している内容なんです。研修を受けることで漠然とした不安が解消されたり、思いが明確になったりする方が多いように感じます。研修では実親さんの抱えている困難や背景についてもお話ししますし、決して明るい話ばかりではないので、「やっぱり考え直したい」「自分たちには向いていない」と途中で断念される方もいらっしゃいます。研修を経て実際に申し込む方の人数は、参加者の3分の1ぐらいですが、それは制度について正しく知ったうえで考えた結果ですし、制度を理解する人が増えれば社会全体の意識も少しずつ変わっていくはず。まずは、特別養子縁組制度について正しく知ってもらうことが大切だと思っています。
現状を知ること、そして正しい性の知識を持つことがアクションに
――裁判所の審判が確定して親子になったあとも、サポートしてもらえるのでしょうか。
橋田さん お子さんの成長と同時に相談したいことも出てくると思うので、ベアホープではお子さんが16歳になるまでフォローアップを提供しています。まず委託時に、いつでも相談できるサポート用のグループSNSをつくって助産師や保健師、社会福祉士や公認心理師などが対応します。定期的に家庭訪問も行いますし、養親さん同士のネットコミュニティで情報交換もできるようになっています。
――養親さん同士がつながれるのは心強いですね。養親を希望されるのは30代以上の夫婦が多いということでしたが、20代の夫婦や実子がいる人でも養親になることはできますか?
橋田さん もちろんです。不妊治療経験や子どもの有無にかかわらず、20〜30代の方たちが家族のかたちを考えるときに「特別養子縁組で子どもを迎え入れる」という選択肢もぜひ持っていただきたいと思います。残念ながら、現状では生みの親のもとで暮らすことができない子どもの数が急激に減るということは難しいと思っています。だからこそ、養親さんの年齢層の幅が広がるほど、提供できる家庭が増えるという希望にもなります。
――制度を必要とする子どもがいる現状を理解するためには、養親希望者だけでなく、社会全体で制度について正しく知ることが大切ですね。
橋田さん 本当にそうなんです。社会的養護下にいる子どもの存在や、特別養子縁組を含めた多様な家族のかたちについて、若い頃から学ぶ機会のある欧米に比べて、日本は社会的な理解が50〜60年遅れていると言われています。理由のひとつとして、「家」や「血のつながり」を重視する日本の文化的背景もあります。日本にはさまざまな素晴らしい文化がありますが、文化や価値観を重んじる一方で、「子どもたちを守るために自分の家庭を提供する」という価値観や、そういった家庭への周囲の理解が進んでいくことを目指したいです。
――そのために、年齢や立場にかかわらず今日からできるアクションはありますか?
橋田さん 「社会的養護下ってなんだろう?」「どうしてそういう子どもたちがいるんだろう?」と疑問に感じたら、ぜひ現状を知るための行動を取ってみていただきたいと思います。実際に子どもを託したり迎えたりする立場でなくても、身近な問題として、自分ごととして考えられる人が増えたらうれしいですね。また、特別養子縁組で子どもを託す理由のひとつとして、若年で出産するケースもあります。社会的養護下の子どもたちを減らすには、正しい性の知識を持つことも出発点のひとつになると思います。世代を問わず自分の体と命を大切にして、困ったときは迷わずSOSを出してくださいね。
ベアホープが掲げる目標は、すべての社会的養護下にある子どもたちに家庭を提供する夫婦が増えるよう、社会意識の改革・変革を促すこと。橋田さんいわく、「現実は、2歩進んで1.5歩下がるぐらいのペースで進んでいく感じですね」。けれど、私たち一人一人が知識を持つことで、社会的養護下の子どもが減り、すべての子どもたちが安心できる環境で暮らせるようになるかもしれない――。そう考えることがいつか、あなたや私、あるいは大切な誰かの人生につながるかもしれません。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)