私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に迷ったとき、必要なのは専門家の的確なアドバイス。これまで2回にわたって「離婚」をテーマにお届けしてきた連載【Stories of A to Z】。3回目となる今回は、気づかないふりをしてきた「離婚したい」という本心に向き合い、迷いを抱えるJさんのストーリー。

Story12 「離婚したい」という本心に気づいたJさん

「そういう性格だから」と諦めてきた日々

“家長”を誇示し、価値観を一方的に押しつける夫….。「離婚したい」という本心に気づいたJさんのストーリー【離婚のお悩み vol.03】_1

ひとまわり年上のパートナーと出会い、「喧嘩もしないうちにすぐ結婚を決めました」と話すJさん。結婚して数カ月がたった頃、初めてパートナーに怒鳴られたときの恐怖で日常的に相手の顔色を窺うようになってしまったそう。その後もパートナーから「家事や子育てに集中するのが妻の務め」と一方的に価値観を押し付けられ、当初は反抗していたJさんでしたが、第1子の出産を機に大きな変化が。

「おそらく両親からの刷り込みもありますが、“子どもがいるなら絶対に離婚しちゃいけない”と考えるようになったんです。それからは夫に何を言われても我慢して、半ば諦めのような気持ちで生活してきました。しかも夫は“家長”という立場を誇示したいのか、子どもたちの前で私を怒鳴ったり、子どもたちの性格や気持ちを考えず頭ごなしに否定したりすることもあって…。子どもたちも私には本音で話してくれていますが、今後の父子関係を考えると不安しかありません」

家族や子育てに対する意識の違いに加えて、セックスに対する考え方のズレも夫婦の溝を深めている大きな要因のひとつ。Jさんが「子育ても家事も仕事もしているのに、夜まで夫のお世話をするのは嫌」という思いからセックスの誘いを拒否すると、そのたびにパートナーから軽蔑のまなざしで数日間無視されるうえ、「君のことは何とも思わない」「もう離婚だよね」と繰り返し嫌みを言われるのがいつものパターン。身近な友人たちからモラハラの可能性を指摘されても、「そういう性格の人だから」と諦めていたそう。

「友人からは『夫婦仲が悪いのに、どうして子どもが3人も?』と不思議がられますが、夫が不機嫌になる原因はたいていスキンシップ不足。だから、家の中でピリピリした空気があまりに続くと、子どもたちがかわいそうだし私も疲れるので、“私が我慢すればいいなら”とセックスに応じることで解決してきた結果です。とはいえ数年前からは、ほぼセックスレス状態です」

テレビ番組などで仲のいい老夫婦を見かけると「老後も手をつないで歩きたい」「ずっと僕のためにおいしいご飯を作ってほしい」と夢を語るパートナー。その言葉を聞き流すJさんの心にあるのは、「年老いても夫婦で一緒に出かけたいけど、その相手はあなたじゃない」という思い。そんなある日、不機嫌になったパートナーからいつものように「離婚だね」と言われた瞬間、Jさん自身の口から自然に「仕方ないね、いつにする?」という言葉が出たのだそう。

「きっと私の心がもう限界だったんだと思います。慌てて話を逸らす夫の姿を見て、彼は私が絶対に離婚しないとタカをくくっていて、実際には彼自身こそ離婚したくないのだとわかりました。一方で、私自身は今までずっと見ないふりをしてきた“離婚したい”という本心に気づけてスッキリしたけれど、すぐに離婚するのは難しいとも感じています。私は子育てで仕事を中断していて経済力が足りないし、何より子どもたちと一緒にいたい。でも、夫は絶対に親権を譲らないと思うので、せめて子どもたちが両親の関係を理解して独り立ちできる年齢になるまでは一緒に暮らしたくて…」

今すぐではないけれど、いつか離婚する日のために情報収集を始めたJさん。今、気になっていることを弁護士の水谷真実さんに相談してみることに。



Jさんが気になっていること


1. 離婚についてどんなタイミングで弁護士さんに相談するべき?


2. やっぱり経済力がないと親権は持てない?


3. “いつかの離婚”のために今から準備できることは? 




今月の相談相手は……
水谷真実(まこと)さん

弁護士

水谷真実(まこと)さん

まこと法律事務所代表。とくに、離婚・男女トラブル問題の解決に注力している。「一生懸命生きていれば、トラブルに遭うこともあります。トラブルに遭うことは恥ずかしいことではありません。あなたの人生を決めるのは、世間ではなくあなた自身です」。初回法律相談は無料。問い合わせはメールやLINEでも可能。

大切なのは「本当の望み」を知ること

“家長”を誇示し、価値観を一方的に押しつける夫….。「離婚したい」という本心に気づいたJさんのストーリー【離婚のお悩み vol.03】_2

Jさん “離婚したい”という気持ちには気づいたものの、具体的にどうするか、本当に離婚するのかなどは何も決めていない状態。そんな段階でも弁護士さんに相談してもいいものでしょうか?

水谷さん もちろんです。実際、「何をしていいかわからない」と相談にいらっしゃる方も多いんですよ。そういう場合、これまでの経緯を伺いながら一緒に状況を整理することから始めて、ご本人の本当の望みを洗い出していきます。例えば「今すぐ離婚したい」のか「関係を修復したい」のか、あるいはご自身とお子さんの安全のために「別居したい」のかといった状況的な望みや、ご自身がどうありたい、どう生きたいのかという心にまつわる望みもあります。

Jさん なるほど…私一人ならとっくに離婚していますが、子どもたちにつらい思いや心細い思いをさせたくないので、離婚は子どもたちが成人してからでもいいかなと。本当は夫との問題にちゃんと向き合わなきゃいけないのかもしれないけど、今はそれより自分や子どものことにエネルギーを使いたいというのが正直なところです。私一人では経済的にも不安定ですし。

水谷さん Jさんにとっては、ご自身のつらさを解消するよりも、お子さんのそばにいることが一番の望みなのですね。ただ必ずしも、離婚しないこと=子どもを傷つけない選択、というわけではないことも知っておいてもらえたらと思います。

Jさん それはどういうことですか?

水谷さん 冷えきった夫婦の関係や口論を見せること自体が、子どもへのストレスや精神的虐待につながる可能性があるからです。私が相談を受けたケースでも、近隣の方が警察に通報するほど夫婦喧嘩の絶えないご夫婦は、お子さんが児童相談所に保護された際、「子どもの前で夫婦喧嘩をしない」という誓約書を求められました。そういう状況になった場合は、子どもたちのためにも別居したほうがいいという選択肢もあるということです。

経済力以外の要素も重要な判断ポイントに

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Jさん 確かに子どもたちにとってはストレスですよね…。うちの子どもたちも、私と同じように夫の顔色を窺って過ごしているし、何を言われても黙ってやりすごすようになってしまいました。長女から「もう男チーム(夫と息子)と女チーム(私と二人の娘)で別れて暮らそうよ」と言われたこともあります。でも、夫が別居を承諾するとは思えないし、下手をすると「離婚だ!」と言い出しかねません。今離婚しても私には経済力がないから親権が取れるとは思えないし…。

水谷さん Jさんはご自身に経済力がないから親権が持てない、離婚できないと考えているようですが、親権は経済力だけでジャッジされるものではありません。

Jさん 夫より収入が少ない私でも親権を取れる可能性があるということですか? その場合、どういうところで判断されるのでしょうか。

水谷さん たとえば調停をした場合、提出した書類をもとに家庭や幼稚園などに対して調査官が聞き取り調査を行います。親の経済力が重視されることもありますが、それ以外にも、子どもの年齢や家事育児を担う割合、ハラスメントやDVの有無、そしてお子さんの年齢によっては本人の意思が尊重されることもあります。最終的には、家庭への貢献度やお子さんとの関係性などを総合して判断されます。

Jさん 今まで育児や家事に追われて仕事量を減らしてきたけれど、私が親権を持てる可能性もあるということですね。

水谷さん そうですね。お子さんの成人までは養育費も受け取れますし、慰謝料はもらえなくても「解決金」という形で手にできる場合もあります。今の経済力が足りないからといってすべてを諦める必要はありません。

Jさん お話を聞いて少し気持ちが楽になりました。いつか離婚するかもしれない日のために、どんな準備をしておけばいいですか?

まずは相手の財産を把握し、経済的自立を目指す

“家長”を誇示し、価値観を一方的に押しつける夫….。「離婚したい」という本心に気づいたJさんのストーリー【離婚のお悩み vol.03】_4

水谷さん まず、Jさんも気にされていた経済的自立は大事な要素だと思います。離婚後の生活を立て直すためにはもちろん、精神的な安定にもつながりますから。

Jさん そうですね。ちょうど末っ子が小学生になるタイミングなので、少しずつ仕事を再開しようと思っています。

水谷さん ちなみに、Jさんのパートナーは会社員ですか?

Jさん いいえ、個人事業主です。

水谷さん 個人事業主の場合、財産分与の際に「資産がない」と言われてしまう可能性があるので、離婚に向けて具体的に動き出す数カ月前までには、預貯金の支店名や口座、生命保険、株といったパートナーの財産状況を把握しておくといいと思います。

Jさん 夫側の情報収集も大切なんですね。親権を求めるとなると、やっぱり裁判になるのでしょうか。

水谷さん 夫婦がお互いに親権を望む場合はもめやすいので、直接やりとりするよりも弁護士や行政などの第三者を入れたほうが安心だと思います。また、離婚の相談先は状況に合わせてさまざまな窓口や方法がありますし、法的手段といってもいきなり裁判になるわけではなく、深刻度によって段階が変わります。まずは、いろいろな選択肢があることを知ってもらえたらと思います。

●相談窓口
行政、無料法律相談、警察、配偶者暴力相談支援センター、離婚に注力している弁護士など
●相談手段
メール、オンライン、電話、LINE、対面など
●法的手段の段階
①協議:夫婦の話し合いによって離婚条件を決め、離婚届を提出する。
②調停:家庭裁判所の調停室で、離婚について話し合いを行うこと。調停委員が双方の話を聞き、離婚の合意や財産分与といった離婚の条件について客観的な立場で意見の調整を行う。
③裁判:調停で解決できない場合、家庭裁判所に離婚訴訟を提起して裁判を行う。裁判離婚をする場合、原則として調停のプロセスを経ていることが前提となる。

調停や裁判については、ネット検索で得た情報と同じように行動しようとする方も多いのですが、離婚に至る理由は本当にケースバイケース。誰かのケースを鵜呑みにするのではなく、あくまで参考程度にとどめるのがいいと思います。

Jさん いきなり裁判をするわけではないんですね。まずは無料の法律相談も探してみようかな。

モラハラ行為はメモや録音で記録しておく

“家長”を誇示し、価値観を一方的に押しつける夫….。「離婚したい」という本心に気づいたJさんのストーリー【離婚のお悩み vol.03】_5

水谷さん それからJさんご自身は自覚されていないようですが、パートナーからモラハラを受けている場合には、スマホのメモなどに、具体的に言われた言葉やふるわれた行為を日時と一緒に記録しておく、会話を録音するなど、証拠を残すことがとても重要です。

Jさん やっぱりモラハラなんですね…。でも、日記のようなメモでも証拠になるんですか?

水谷さん はい。毎日でなくとも何か加害が発生したときに記録しておくと有効です。もし調停や裁判になった場合、相手は必ずモラハラ行為を否定しますから。裁判で証拠として録音データを提出することもあります。モラハラやDVの被害を受けている方は、相手と距離を置いたり、第三者に相談したりする過程で被害に気づき、正しい判断ができるようになるケースが多いんです。

Jさん 渦中にいるときは必死ですもんね。ちなみに、私は夫に怒鳴られて以来、彼の機嫌が悪くなるたびに恐怖を感じるので、甘えたり本心を言ったりできず、心身ともに委ねられない状態です。セックスに対する価値観も合わず、相手の機嫌を損ねないよう我慢して応じることがほとんどでした。こういうことも離婚の正当な理由になるのでしょうか?

水谷さん 裁判となった場合、離婚原因は民法770条で認められたものが対象となります。性格や性的行為に関する不一致は「その他婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)」として記されていますし、精神的DVもここに含まれます。そうした理由の場合、先ほどの記録に加えて、医師からの診断書も証拠になります。

Jさん セックスの価値観が合わないことも理由になるなんて知りませんでした。ずっと経済力がないと親権が取れないと思っていたので、何とか子どもと長く暮らせる方法を探してきましたが、親権が持てる可能性やいろいろな選択肢があると知って安心しました。

水谷さん 最後に、パートナーとの関係性についてもお話しさせてください。離婚のタイミングを決める意味でもしばらく様子を見ていくのなら、パートナーと最低限のコミュニケーションが取れる関係性は維持したほうがいいと思います。コミュニケーションが断絶してしまうと、会話すらできなくなってしまいますから。

Jさん 子どもたちへの伝え方や接し方ばかり考えてきたけれど、確かに今後のことを考えると夫とのコミュニケーションも必要ですね。自分なりに意識していこうと思います。

一時的な対処法を身につけ、理解者を増やす

パートナーとのコミュニケーションについては、第1回第2回に登場してくださった公認心理師の福山れい先生にアドバイスをいただきました。

福山れい先生

公認心理師

福山れい先生

2011年より心理カウンセラーとして、女性相談(夫婦問題・モラハラ・DV・離婚など)に携わる。子どものころから親の価値観に縛られ自己肯定感が低く、結婚しても自分が我慢すればいいと夫に振り回されていたが、離婚を決意したことで自分の可能性に目覚め、心理の学びを深める。その後、自分と同じような思いをしている女性をサポートするために起業。延べセッション数は2000件以上。無料メール講座「相手と関係なく自分が主役の人生を生きる」も実施。近年は、SNS相談員、スクールカウンセラーとしても活動中。著書に『7つのワークで「自分らしさ」を取り戻す モラハラ夫の精神的支配から抜け出す方法』(日本能率協会マネジメントセンター)。

福山先生 モラハラを加えてくる相手とのコミュニケーションは苦痛かもしれませんが、タイプごとに一時的な対処法があるのでぜひ試してみてください。パートナーからの束縛で孤立させられるケースも多いので、できるだけ身内や友人に相談して、理解者を増やすことも大切です。加害の証拠はしっかり残しつつ、負のスパイラルから抜け出す準備を整えましょう。

①自分が家庭の最高権力者だと思っているタイプ
自分の考えに絶対的な自信を持ち、夫婦間で上下関係をつくるタイプには、わざと何もわからないふりをするのがおすすめです。従順な態度を示し、相手が主導権を握っていると思わせておきましょう。夫への表面的な顔と、本心の顔をゲーム感覚で上手に使い分けるのがストレスを軽減するコツです。

②家庭では妻を支配し、外ではいい人を装うタイプ
このタイプは、自分より立場が上の人やメリットのある人に弱く、世間体や人の目を気にしがち。人前で大げさに褒めたり、周囲からのいい評価(嘘でもOK)を伝えると、機嫌がよくなる傾向があります。

「離婚」をテーマにお届けした3人のストーリー。それぞれの理由や状況は違えど、共通していたのは、我慢したり、自分を責めたり、感情に蓋をしたりすることで、気づかぬうちに心が傷つき、こわばってしまっていたことでした。つらさや悲しみを抱えているときこそ、「私はどうしたい?」と自分自身に語りかけ、心の声に耳を澄ませる。そして、湧きあがる感情に気づいたら、否定せずにそのまま受けとめる。そのプロセスは、いつかきっと自分を支える杖となってくれるはず。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)