連載『Stories of A to Z』Story14の後編。「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に迷ったとき、必要なのは専門家の的確なアドバイス。今回は、妊娠・出産を経てメンタルの変化を感じた3人のストーリー。それぞれの悩みや疑問を、母性看護専門看護師の長坂桂子さんに相談しました。

Story14 「みんな大変だから」の裏側で起きていること

今月の相談相手は……
長坂桂子さん

母性看護専門看護師、助産師、看護学博士

長坂桂子さん

ウィメンズヘルス・アドバイザー、キャリアサポート・アドバイザー。NPO法人フィットフォーマザージャパン理事。西武文理大学看護学部准教授。母性看護専門看護師として女性の困りごとに耳を傾けつづけ、女性の一生をサポートしている。

「上の子可愛くない症候群」かも…と自己嫌悪に陥ったLさん

ガルガル期、上の子可愛くない症候群、産後うつ病…経験者が語るメンタル変調のリアル
「Stories of A to Z」Story14【後編】_1

「実は断続的に『上の子可愛くない症候群』でした」と、当時を振り返るLさんは2児の母。1年半ほど前に第2子を出産し、ほぼワンオペでの育児を続けてきました。気持ちの変化を感じたのは、当時長男が3歳、次男が生後2カ月を迎えた頃。



「今思えば、⻑男も赤ちゃん返りしていたのだと思いますが、着替えや靴の脱ぎはきといった普段なら一人でできることを『ママにやってほしい』と言ってくるようになったんです。私は次男の世話で手を離せないことのほうが多く、長男が自分でやってくれないことに必要以上にイライラするように。ものすごく些細なことでも、怒り出すとどんどんヒートアップする自分を止められなくて…子どもが寝たあとに反省しながら自己嫌悪に陥っていました」



長男のそうした言動は、その後4カ月ほどで落ち着いたそう。Lさん自身も、次男が1 歳を過ぎ、親の手と目が離せるタイミングが増えるにつれて、コントロールできないいらだちはおさまっていったといいます。



「次男はお兄ちゃんが大好きで、今は二人が仲良く遊んでいる姿が微笑ましいです。私の『上の子可愛くない症候群』は、産後うつ病の一種なのかもしれない。あのとき、どう対処すればよかったのかな…と今もふと考えます」

一人育児と二人育児はまったく別物。ゼロからのスタートだと考えて!

ガルガル期、上の子可愛くない症候群、産後うつ病…経験者が語るメンタル変調のリアル
「Stories of A to Z」Story14【後編】_2

長坂さん 3歳児と0歳児をほぼワンオペで育ててこられたLさんは、本当にすごいと思います。まわりからは、「次男が生まれたときにはもうママ歴3年」と見られるかもしれないけれど、「2児のママ」としては0カ月のスタートなので、初めての経験だらけですよね。それから、医学的に「上の子可愛くない症候群」という診断名はないんです。しかもこれは、そもそもネーミングがよくないと思います。Lさん、「移行」って聞いたことはありますか? 

Lさん いいえ、初めて聞きました。移行って何ですか?

長坂さん 移行というのは、「慣れ親しんだこれまでの世界を離れ、未知なる新たな世界に飛び込むことで、比較的安定した状況から新しい安定した状況への通過点であり、それは未知と不確実さのあいだにいる」(※1)と説明されています。ちょっと小難しそうに聞こえるけれど、実は人生の節目で誰もが経験していることなんですよね。例えば、学生から社会人になるとき、結婚して妻/夫になるとき、親になるとき、そしてLさんがご経験されたように、「〇〇くんの親」から、「二人のお子さんの親」になるときなどです。

「二人のお子さんの親」として新たな役割を身につけ、多くの変化が生まれる時期ですから、精神的な余裕がなくなって怒りっぽくなったり不安になったり、体のマイナートラブルが起きたりするのは当然の反応なんです。だからこそ、この時期は特に周囲のサポートが必要!

Lさん そうだったんですね…少し安心しました。

長坂さん Lさんは、上のお子さんが寝たあとに反省されていましたよね。「子どもが寝たあとに反省する」という経験は私にもありますし、多くのママから聞かせてもらう相談でもあります。「反省」を吐露されるママたちのお話をゆっくり伺うと、「赤ちゃんが泣くと、上の子を我慢させてしまったり、あたってしまったりするんですよね」といったように、実は、お子さんに対する気持ちというよりも、慣れない2児の子育てやワンオペの状況、育児に関係のないストレスなどに悩まれていることも多いんです(※2)。

これはサポート不足も関係していることが多いので、ご自身を責める必要はないし、責めてもうまくいきません。Lさんが本心では上のお子さんとどうかかわりたいと思っていらっしゃるのか、そのためにどんなサポートがあったらいいのかということを、ご家族やまわりの方と話し合えるといいですね。

※1 出典:Golan N (1981) Passing through transitions: a guide for practitioners. The Free Press, New York.
※2 日常的に「怒りがこみ上げる」「この子がいなかったら」などと感じる場合は、専門職に相談されることをお勧めします。乳幼児健診や保健センターでの育児相談の機会も利用でき、そこには、小児科医師や看護職などの専門職スタッフがいます。

二人同時に愛することはできる。ただ、手が足りないだけ

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_3

Lさん 長男とどうかかわりたいか…考える暇もなかった気がします。

長坂さん 例えば、上の子にイライラしてしまう状態の根っこにある本心は、「上のお子さんと離れたい」のか? それとも逆に、「赤ちゃんがいないところで上のお子さんとゆっくり過ごしたい」のか? 実は「ワンオペの状況に腹が立っている」のか? 相談の場でも、「どうしても下の子につきっきりになるけれど、本当は上の子ともっと触れ合いたい」とおっしゃる方が多いんです。もしかしたらLさんも、以前のように上のお子さんとゆっくりかかわる時間が取れないことへのストレスや、焦りを感じたりしていませんでしたか?

Lさん 言われてみると、思うように長男の相手ができないことへの罪悪感やいらだちが、イライラにつながってしまっていたかもしれません。

長坂さん 世話にかける時間=愛している証しではないと思うんです。二人のお子さんを同時にいつくしんでいるけれど、腕は2本しかないから一人しか抱っこできない。現実的に手が足りないだけなのに、「子どもたちそれぞれに対して、自分はうまくできない」と悩まれる方も多いんです。物理的な限界と、ご自身の愛情を混同してしまうと、自分を責めることにつながってしまうので、できるだけ切り離して考えることが大切だと思います。それから、Lさんは「産後疲労」も感じていたのではありませんか?

Lさん もちろん体は疲れていましたが、それは育児をしているみんな同じですよね?

長坂さん 産後疲労は、体の疲れだけでなく、睡眠不足や育児困難感、サポートを頼める人がいないこと、などが総合的に含まれます。産後疲労がたまると、「余裕のなさ」や「いらだち」を感じるというデータもあります。「イライラしてしまうな」「余裕がなくなっているな」と感じたら、数時間でもいいので頑張っている体と心を休めてあげることが大切です。といっても、周囲のサポートがなければ休む時間をつくれないのも現実ですよね。だからこそ、一人目、二人目にかかわらず、①産後はサポートを要請すること ②外部支援サービスの調整も含めて、まわりの方はママが休めるように家事や育児を担当することを、ぜひ心がけてほしいと思います。

Lさん あの頃、世話にかける時間と愛は違うんだと知っていたら、もっと楽になれた気がします。まわりにサポートを求めることも含めて、身近な人たちに話してみようと思います。

産後うつ病の治療をしたいけれど、ワンオペ育児で治療をためらうMさん

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_4

3年前に出産し、家族3人で暮らすMさん。子どもが生後4カ月を迎えた頃に産後うつ病を発症しました。

「娘がほとんど寝ない子で、下におろそうとすると泣いてしまうので1日じゅう抱っこ。家のことも自分のこともほとんどできない状況が続いていたある日のことでした。いつものようにベビーカーでお散歩中に信号待ちをしていたら、近づいてくる大型のトラックを見て“あ、あのトラックに突っ込みたい”と思ってしまったんです。その瞬間に娘が泣いたので、ハッと我に返って思いとどまったけれど、そのあとはもう歩くこともままならなくて。どうにか夫に電話をして、仕事を早退してきてもらいました」

パートナーは育休が取れず、里帰りできたのは5日ほど。そこからはずっと一人での子育てが続いていたといいます。

「もともと、パニック障害で心療内科に通院していたので主治医に相談したけれど、薬の種類もたくさんあるので自分に合うものを探すのが大変で…。合わなければ副反応が強く出てつらいし、合う薬が見つかっても服用するとぼんやりしてしまったり、やる気が削がれてずっと横になっていたくなったり。手のかかる子をワンオペで育てている私は薬を飲むことができず、治りも遅い状態です」

主治医、パートナー、家族…みんなでサポート体制を整える

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_5

Mさん 私のような状況でも、育児と並行できるうつ病の治療法はないのでしょうか?

長坂さん パニック障害の治療をされていたMさんのように既往症がある方は、安心して育児ができるよう、妊娠中から産婦人科医・精神科医、助産師を交えて、ご家族と産後に向けた調整をしてサポート体制を整えていきます。例えば、パートナーに育休や時短勤務、在宅ワークなどの体制を整えてもらったり、ご実家からの支援状況を確認したり、お住まいの自治体で利用できる妊娠中や産後のサービスを調べて申し込んだり。ご本人の希望や了解を得て、担当の保健師さんとあらかじめつながっておく場合もあります。治療のために薬が飲める環境、夜眠れる環境をつくることが大事なんです。ところがMさんは、頑張って、頑張って、ワンオペ育児をされていたんですよね…それは本当に大変だったでしょう。大きな負担を感じられていたのではありませんか。

Mさん とても寝ていられる状況ではないですね…。それに抗うつ薬はクセになりやすいとも聞くので、そういう不安もあります。

長坂さん Mさんは、①うつの薬の依存性 ②薬を飲むとぼんやりして育児ができなくなることのふたつを気にかけておられたのですね。ご自分が気になっていることは、気を遣うことなく、ご家族や主治医に伝えていいのです。むしろ、伝えたほうがうまくいきます。薬の飲み方はとても大事なので、主治医に細かく相談したほうが、ご自分に合った対策が立てやすくなりますよ。

Mさん そうなんですね。

長坂さん 産後の生活については、妊娠中から産婦人科や助産師外来でも相談できますし、産後は自治体からの新生児訪問や、保健師さんとの面談で相談すると自治体の産後ケアにつなげてもらえることもありますよ。ぜひ相談してみてくださいね。

子どもは社会で育てるもの。一人で抱え込まないで

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Mさん 一応、現在も心療内科には通っているのですが、子どもを連れて行けないので親に預けて月に1回通うのがやっとの状態。「預かり保育を使えば?」とも言われるけれど、もしそこで子どもが病気をもらってきたら…などと悪いほうに考えてしまって、利用をためらっています。自分にできるケア方法ってありますか?

長坂さん まず、Mさんには通院したいという意思がおありですよね。ここが大切なポイントだなと思いました。その意思をパートナーやご家族に率直に伝えて、お子さんを見ていてもらうか、預けられるように調整してもらうのもひとつの方法です。例えばパートナーが月に1回でも仕事を調整すれば、現状+1回で月に2回は通院できるかもしれませんね。

Mさん 夫に仕事を調整してもらうのは申し訳ない気がして…。

長坂さん “トラックに突っ込みたい”と思ってしまった日、Mさんはパートナーに電話でSOSを発信できましたよね。それは、Mさんが持っている大きな力です。電話を受けて急いで帰ってきてくれたパートナーも、状況を判断したうえで仕事を調整できる強みをお持ちだなと思いますが、いかがでしょうか。お二人の関係性を考えても、Mさんが相談すれば、一緒に考えてくれそうな気がします。どうしても難しい場合は、数は少ないけれど、心療内科でもオンライン診療に対応しているクリニックもあります。

Mさん オンライン診療なら受けられそう。でもまずは改めて夫にも話してみます。

長坂さん 先ほど、自分にできるケア方法を知りたいとおっしゃっていましたが、Mさんは何事も「自分でやらなきゃいけない」と考えることが多いのではありませんか? メンタルの不調を抱えながらのワンオペ育児に加えて、Mさんだけがセルフケアを頑張ることは得策ではありません。子育てには、複数のサポーターが必要です。少しずつでもいいので、誰かと一緒に子育てをしながら「一人じゃない」「完璧じゃなくてもいい」という経験が積み重なっていくといいですね。

Mさん 自分でやるのが当たり前だと思っていたので、すぐに変えるのは難しいかも…。でも、まずは自分の思いを口にすることから始めてみようと思います。

身近な人の言動が気になってイライラが止まらなかったNさん

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_7

7歳と3歳の子どもを持つNさん。第1子を出産したあと、パートナーや家族へのイライラが募り、落ち着かない日々を過ごしていたといいます。

「夫が家事をしていても、何をするにも雑さや乱暴さに気が立って、いちいち小言を言ってしまい、ギスギスした毎日でした。当時は母が手伝いに来てくれていたのですが、母がご飯をよそったあとにしゃもじを置いた場所が気に入らないというだけで『こっちに置いてって言ってるじゃん!!!』と私がキレてしまったことも…。今思えば、本当にどうでもいいことなんですけど(笑)」

パートナーや自分の親だけでなく、義理の母の言動にもたびたび心を乱されたのだそう。

「義母に子どもの世話をお願いしたとき、『孫を職場の人に見せに行く』と言い出し、さらに『自分じゃはずせないから』と、抱っこひもの背中のバックルをとめないまま出かけようとしたんです。また、別の日に家に来たとき、私の授乳枕を背もたれにしようとしたので、顔を引きつらせながら『やめてください』と注意したことも。本当にちょっとしたあやし方まで気になったのを覚えています…。産後のメンタルが不安定な時期に、身近な人との距離感を保つコツが知りたい!」

イライラのパターンを分析してみる

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_8

長坂さん これは多くの産後のママが経験される、気持ちや感情の波が大きくなる状態ですね。いわゆる「病気」ではありません。ホルモンのバランスが乱れることで、何に対してもイライラしやすい時期なんです。子どもの命を守ることに精一杯だからこそ、Nさんのように、赤ちゃんの安全や健康に関係することで身近な方とケンカになることもよくあります。

Nさん これっていわゆる、ガルガル期ですか? いろいろなことが気になって、うまく距離を取れずにいました。

長坂さん ガルガル期は、「産後のホルモンバランスの乱れにより、精神状態が不安定になる時期」を表すネットスラングですが、Nさんのご経験もそこに当てはまりそうですね。そして、うまく距離感を保つコツのひとつは、自分がどんなこと・どんなときにイライラしてしまうのかをリストアップしたり、信頼できる人を通じて相手に伝えてもらったりすることです。

たとえ身近な人でも、お互いに心地いい距離感を見つけるのは一筋縄ではいかないし、時間もかかることなので、この時期だけは物理的に会う場面を減らして距離を保つことで、うまくいっている方もいますよ。抱っこひもは安全性に関することですが、「安全」のとらえ方には世代間のギャップもあったりして難しいですよね。私も、義母とのあいだで同じようなことがありました。

Nさん 私だけじゃないんですね…。バックルをとめてほしいと伝えても「大丈夫よ〜」と言われて、ますますイライラして何も言えませんでした。

長坂さん そこでいろいろ言ったとしても、お互いに不快な思いをするだけで、相手が変わることは期待できそうにないですものね…。ところで、Nさんはご自分のイライラのパターン分析をされたことはありますか?

Nさん パターン分析ですか?

長坂さん はい。「家事」や「育児」、「安全・衛生」「コミュニケーション」、「疲労」や「月経サイクル」に「体調」、「朝の身支度時」や「夕方の食事どき」、「寝かしつけのとき」など、自分がどんな場面でイライラするのかを書き出してみると、パターンが見えてきます。例えば、あやし方は「育児」、しゃもじの置き場所は「家事」、抱っこひもは「安全・衛生」とグルーピングできますし、そこには「自分のルールを乱されたくない」などの理由があるはずです。

Nさん なるほど。それはわかりやすいかも。

長坂さん パターンがわかれば、パートナーと具体的にシェアできますし、まわりにサポートをお願いするときの振り分けもスムーズにできそうですよね。私たちは一人一人違うので、すれ違いは当たり前。だからこそ自分を知って、共有することで、うまくいくことも多いんです。

自分なりの切り替えTIPSを見つけておく

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「Stories of A to Z」Story14【後編】_9

Nさん それは子育てに限らず、いろいろなことに応用できそうですね。とはいえ、イラッとしてしまった瞬間に心を落ち着ける方法も知りたいです。長坂さんはどうしていたんですか?

長坂さん 私も苦労しましたよ〜。「イライラしたら5秒待つ」「飴やチョコレートを食べる」「外の景色を見たり、深呼吸する」など、怒りのコントロール方法としてよく挙げられることはひと通り試しました。あまりにイライラしたときは、子どもたちを夫に預けて“プチ家出”をして、自分のための時間をつくったことも2回ほどあります。

Nさん ちょっとした行動も、切り替えのきっかけになるんですね。パターン分析も含めて、少しずつ取り入れてみようと思います。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)