私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる迷いや不安に寄り添う連載『Stories of A to Z』。今回は、生理の不調や不妊治療のつらさをパートナーに理解してもらえず孤独を感じているRさんのストーリー。

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Story18 パートナーの共感や理解が得られず、孤独を感じているRさん

二人のことなのに、自分だけ頑張っている気がする

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「不妊治療は夫婦二人のことなのに、私一人で頑張っている感じがずっと消えなくて…。もちろん『子どものため』と頑張っているけれど、注射をお尻に打たれるのも痛くてしんどいし、『なぜ私だけが』という思いがあります。ただ子どもが欲しいだけなのに、そのことで大好きな彼とケンカしてしまうのもつらいです」

涙を浮かべながら、心に積もった思いを話してくれたRさんが不妊治療を始めたのは28歳のとき。もともと生理不順とひどい生理痛があり、治療のためにピルを服用していましたが、結婚式を終えたタイミングで妊娠を見据えて服用をストップ。けれど、なかなか生理がこないため婦人科で血液検査をすると、排卵しにくい多嚢胞性卵巣症候群であることが明らかに。

「実はコロナ禍で結婚式を1年延期したので、式の前にブライダルチェックを受けておけば、その1年を無駄にしなくて済んだのに…と後悔しています。2年ほど排卵誘発剤の薬を飲みながらタイミング法を実践してきて、2回妊娠できましたが、1回目は胎盤の絨毛に異常が発生する胞状奇胎という異常妊娠のため妊娠を継続できず、2回目は早期流産でした。

ピルの服用をやめたことで重い生理痛やPMSも復活し、月の半分は体調がすぐれない状態。パートとして働く職場でも思うように動けなくなり、さらに通院と重なって休むことが増えると、「職場に迷惑をかけている」というストレスも大きくなったといいます。

「職場には生理痛がひどいこと、妊活中であることは伝えていましたが、自分なりに仕事の責任を果たしたいという思いがあったので、だんだん『休ませてください』と言いづらくなってしまって。夫に相談したら、『休むのはしかたがないし、パートだから気にしなくていいんじゃない』と…結局、仕事は今年の春に退職しました。彼は話を聞いてくれるけど、共感や理解はしてくれないから、自分だけ頑張っているような気持ちになるんです」

不妊治療に対する気持ちのズレを感じるだけでなく、言い合いになってしまうこともあるそう。パートナーとのすれ違いにまつわる苦しみを、不妊カウンセラーの永森咲希さんに相談することにしました。

今月の相談相手は……
永森咲希さん

不妊カウンセラー

永森咲希さん

国家資格キャリアコンサルタント、家族相談士、両立支援コーディネーター。一般社団法人MoLive(モリーブ)オフィス永森代表。大学卒業後、外資系企業と日系企業数社の経営や営業部門でキャリアを重ねる。6年間の不妊治療を経験し、仕事と治療の両立の難しさから離職するも、最終的には不妊治療をやめて子どもをあきらめた経験を持つ。その後2014年に自身の体験をまとめた『三色のキャラメル 不妊と向き合ったからこそわかったこと』(文芸社)を出版し、同時に一般社団法人MoLiveを設立。「子どもを願う想い・叶わなかった想いを支える」を信条に、不妊で悩む当事者を支援すると同時に、不妊を取り巻くさまざまな社会課題解決のため、教育機関・企業・医療機関といった社会と連携した活動に従事。令和3年厚生労働省主催「不妊治療を受けやすい休暇制度等導入支援セミナー」講師。現在、不妊治療専門医療機関にてカウンセリングおよび倫理委員も務める。

経験できることが違うからこそ、客観的に伝える工夫を

Rさん 彼との子どもが欲しくて頑張っているはずなのに、最初は「どうしてそんなに他人事なの?」と感じるぐらい私のつらさが伝わらなくて、「本当に子ども欲しいと思ってる?」と聞いたこともあります。私を気遣って「つらくなったらやめたほうがいいと思うけど、最終的にどうするかは決めていいよ」と言うけど、私はそこも一緒に考えたいんです…。

永森さん 不妊治療に対してご夫婦の足並みがなかなかそろわない、というお悩みは本当に多いんです。「つらくなったらやめたらいい」「どうするかは決めていいよ」という言葉も、気遣いから出たのだと思いますが、本来は二人で選択して、二人で決めていくことですよね。そんなふうに言われたら孤独感やプレッシャーが募り、一人ぼっちだと感じてしまうのも自然なことだと思います。私も不妊治療中に、自分だけがマラソンコースを走っていて、夫が観客席にいるような感覚を覚えたことがあります。

Rさん その感覚、すごくよくわかります! 彼なりに心配して寄り添おうとしてくれているんだろうけど、噛み合っていない気がして。でも、私が泣きながら「つらい」と言ったとき、「どうしてあげたらいいのかわからない」と泣く夫を見て、二人とも苦しんでいるんだなと気づいたんです。だからこそケンカになるのが苦しくて。

永森さん 私どものカウンセリングには、女性だけでなく男性もいらっしゃいます。「妻に怒られるけれど、どうしたらいいのかわからない」というご相談も目立ちます。ご自分が経験したことがない、また経験できない治療なわけですから、妻にとってどうしてあげるのがいちばんいいのかといった具体的イメージが湧かないのでしょうね。それも当然のことです。どうしていいかわからず、心の中でおろおろする男性の姿を見ていると、気の毒にも感じます。

Rさん まさにうちと同じパターンですね…。

永森さん 不妊治療の場合、二人が同じ目標を持っていても、立場や役割が違えば経験できることも変わってきます。例えばRさんの場合、薬の服用や注射、内診といったことは、どうしてもRさんだけの経験になりますよね。逆に、精子を回収する採精はパートナーだけの経験です。人は自分が体験しないことはイメージが湧きにくいので、客観的に伝える工夫が必要になってきます。

Rさん 私もそのつど細かく話すようにしていますが、いまいち伝わっていないのかな?と思うこともしょっちゅうです。だから、「なんでわかってくれないの?」「勉強してよ!」とイライラすることも多くて。どんなふうに伝えたらいいですか?

不妊治療への思いや状況を共有する交換日記をつくってみる

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永森さん 身近な相手だからこそ、どうしても感情的なコミュニケーションになってしまうし、わかってもらえないと余計にイライラしますよね。例えば、共有ノートのような交換日記をつくって、そこに伝えたいことや、わかってもらいたいことなどを書き出してみるのはどうでしょうか。

Rさん ノートなら、直接話すより落ち着いて伝えられるかも…。

永森さん そうなんです。夫婦の会話って“傾向”があるんですよね。こういうトーンになるとどうしてもケンカになってしまうとか、責めているわけではないのに「責められた」と受け止められてしまうとか。だから肝心な話ができない、というご夫婦が少なくないんです。そこで有効なのが、本当に伝えたいことこそ文字で記してみるという方法なんです。普段なかなか言えないことも、ノートに書き出すとなると少し冷静に考えられます。ただ、ダラダラと感情的に書いては効果はありません。

Rさん 私はつい気持ちが出てしまうので、書き方のポイントを知りたいです!

永森さん 「ユー(You)トーク」といって、「あなたは〇〇だから」「あなたの〇〇が▲▲だから」など「あなた」を主体にするのではなく、「私」を主体にした「アイ(I)トーク」で書くことがポイントです。「私は〇〇してもらうとほっとする」とか「私は最近〇〇なの」とか。例えば、「あなたってホントに治療の話、聞いてくれないよね」ではなく、「私は、あなたに治療の話を聞いてもらえると、一人で闘っているんじゃないと感じられてほっとするの」「採卵した日は鈍痛があってしんどいから、その日は思うように動けないの。サポートしてもらえると助かる」など、できるだけ端的に書きましょう。そういった癖をつけていき、会話でもアイトークができるようになれば、喧嘩はだいぶ減るかもしれませんね。

Rさん メッセージアプリを使うのもありですか?

永森さん アプリは日常的に使うツールなので、「今日はクリニックがすごく混んでいて3時間かかっちゃった」とか「新しい薬を使うことになったよ」といった事務的な連絡に使うのはいいと思います。不妊と向き合う想いは、たとえ夫婦でもそれぞれなので、お互いが繊細なドアを開けなくてはならないんですよね。そのためだけに向き合えるツールのほうが、落ち着いてコミュニケーションができるかもしれません。普段は面と向かって言えないような、本来大事にすべき言葉も添えられるのが交換日記のメリットです。

Rさん 確かにそのためだけの交換日記なら、「ちゃんと向き合う時間なんだ」って思そうですね。

永森さん 交換日記を実践した女性は、パートナーから普段会話では聞けない「ありがとう」という言葉や、相談に対する具体的な考えが書き込まれるようになって、ご自分も「冷静にパートナーに伝えていないことが多かった」という気づきがあったそうです。交換日記でなくても、例えば休日に遠出したときに話すなど、二人が落ち着いて情報共有やコミュニケーションができる環境・ツールを探してみてくださいね。

▶︎後編では、周囲に相談できる人がいないことや、パートナーとのこれからに対する不安について永森さんにお話を伺いました。

イラスト/naohiga 構成・取材・文/国分美由紀