「フェムテック」や「フェムケア」を自分事としてとらえる人が増える中で、時々見かけるようになった「メンテック」という言葉。フェムテックとメンテックというカテゴリの関係性や、そこから生まれる変化と可能性について、fermata(以下、フェルマータ)の村上茉莉さんと、TENGAヘルスケアの本井はるさんにお話を伺いました。
※「メンテック」という言葉が生まれた経緯や定義はまだ曖昧な部分もありますが、この記事では生物学的男性特有の健康課題を解決する製品やサービスを指す言葉として便宜的に用いています。
fermata
Business Development Division Director / Global Business Strategist。Dublin City University卒業後に東京大学大学院で国際公共政策学を専攻。外資系コンサルティングファーム・スタートアップのコンサルティングファームでコンサルタントとして勤務し、新規事業の企画・立案/立ち上げ支援やマーケティング戦略の立案支援などを実施。2021年9月よりfermataに参画し、企業向けのコンサルティング案件を担当。
TENGAヘルスケア
国内マーケティング部 グループマネジャー。お茶の水女子大学卒業後に早稲田大学大学院政治学研究科でジャーナリズムコースを専攻。地方新聞社の記者職を経て、性に対する認識変容を目指し2019年1月にTENGAに入社。TENGAヘルスケアとCARESSAのブランド・製品・サービスのPRを担当。
日本における「フェムテック」の現在地
――ここ数年の間に、「フェムテック」や「フェムケア」という言葉がずいぶん身近になったと感じます。まずはフェルマータの村上さんからご覧になったフェムテックの“今”について教えていただけますか。
村上 日本で「フェムテック」という言葉が使われるようになってまだ数年ですが、吸水ショーツや月経カップなどの生理アイテムにとどまらず、妊活や産後、更年期など、生物学的女性(以下、女性)特有の健康課題をテクノロジーで改善・解決するための新規事業に取り組む企業が増えています。国内でのローンチに向けた種蒔きのフェーズといったところでしょうか。
――これから国内で新たなフェムテックの芽が育っていくのですね。
村上 そうですね。フェルマータが伴走している企業の方とお話をしていると、ご自身の課題解決や、「まだ幼い子どもたちが将来、より生きやすくなるような社会づくりに貢献したい」という熱い思いを持つ方々が事業を推進されています。丁寧に開発されているからこそ、数カ月で世に出せるというものは少ないですが、ここ2〜3年のうちに、日本発のフェムテックプロダクトが続々誕生すると思います。
本井 それはすごく楽しみです。今回、メンテックについてお話をする中で、あらためてフェムテックの役割の大きさを感じています。言葉が社会に浸透して使われることで、生物学的男性(以下、男性)にとっても今まで揶揄されがちだった健康課題や体のことに意識が向くきっかけになっていますから。
村上 そもそも女性特有の健康課題はタブー視され、顕在化しにくいために調査・研究が進まず、声をあげても支援が得づらい悪循環にありました。フェムテックは、その悪循環を断ち切り、課題解決に向けた投資やサポートを受けるために生まれた言葉です。2016年にこの言葉ができて以降、投資額が増えたこと以外にも、さまざまな変化が生まれています。それらの変化は、メンテックにもポジティブな影響を与えるのではないかと思っていて。
本井 その変化のお話、ぜひ詳しく伺えますか。
「フェムテック」におけるカテゴリの見直し&言語化が「メンテック」に与える影響
村上 ひとつは「カテゴリの見直し」です。フェムテックによって発掘されるさまざまな現代女性の健康課題は、これまで認識されていたものとは大きく異なってきていて、その整理も進んでいます。
例えば昔と比べて平均初産年齢が上がっていたり、そもそも生涯妊娠・出産しない女性が多くいたりしますよね。そうすると生理の回数も変わってきますし、閉経前後の状況に違いがないとは考えづらい。それが、フェムテックの開発や利活用によって、今を生きる女性のリアルな悩みを抽出できるようになってきているんです。
きっと同じように、昔からの固定観念に基づいたカテゴリによって、苦しんだり悩んだりしている男性もいるはずですよね。そこに該当するフェムテックを横軸展開すれば、生物学的男性の課題にも取り組んでいけます。カテゴリがあることで、これまでフォーカスされてこなかった男性特有の課題にスポットライトを当てることにもつながるでしょうし。
本井 村上さんがおっしゃるとおり、きちんとカテゴライズされることによって、男性特有の課題に正面から向き合えるようになってきた印象があります。例えば、長らく女性側の課題とされたきた「妊活」も、女性だけに不妊の原因があるわけではないことが明らかになり、カテゴリがとらえ直されたことで、「男性の妊活」という新たなカテゴリができつつあるのではないでしょうか。
TENGAヘルスケアの精子観察キット『メンズルーペ』も発売して7年ほどになりますが、カテゴリの創設と浸透には寄与できていると思います。適切なカテゴリがあることで、当事者意識の芽生えや、お互いの体の相互理解といったポジティブな変化もあるはずだと思います。
村上 より自分ごと化していくきっかけになりますよね。そして、もうひとつの変化が「潜在的な課題の掘り起こし」です。何世代にもわたって我慢することが当たり前となっているようなモヤモヤを言語化することは容易ではなく、当事者自身も課題であるとすら感じられていないことが往々にしてあります。
当社でも企業や研究機関と一緒に定量的なアンケート調査や、定性的なオンラインインタビュー・座談会などを行なっていますが、話すだけでは出てこない言葉も、モノに触れることで、少しずつ言語化できるようになってきます。生理用品が肌に触れることって不快だったんだ、と気づける「月経カップ」もいい例ですよね。
今は特に生物学的女性にフォーカスしていますが、同じようなことが生物学的男性の課題にも派生すると、より幅広い課題解決につながるのではないかと思っています。
本井 とても重要なことですね。特に性にまつわる課題は「卑猥」という文脈で語られることが多かったので、当社では多様な切り口を提案するために、性に関する硬軟さまざまな話題を取り扱う『月刊TENGA』というメディア向けのニュースレターを50号ほど発行しています。それらがメディアに取り上げられることで、社会の認識変容につながっていると思います。
「フェムテック」や「メンテック」で顕在化した課題が「ヘルスケア」として共有される未来
本井 先のインタビューでもお話ししたのですが、「メンテック」という言葉の起源は掴めていません。ただ、あえて「フェムテック」や「メンテック」といったカテゴライズをせざるを得ないのは、まだ一人一人の意識や状況にギャップがありすぎて、言葉として強調しなければ伝わらないのかも…と思いました。
村上 その側面はあるかもしれませんね。「フェムテック」と聞いても「自分は女性じゃないからわからない…」と自分事にできない方でも、例えば「メンテック」のような言葉があることで自分のヘルスケアとリンクさせて考えられたり、そこから「生物学的構造の違いによる色々な課題があるんだ」と気づいたりして歩み寄れたら、すごく素敵だなと思います。
本井 例えば月経管理アプリの情報をパートナーとシェアすることで、PMSでつらい時期や排卵のタイミングも理解できると思いますし、相手の状況を想像しやすくなりますよね。お互いの体の仕組みや違いについて知ることも、フェムテックやメンテックが「ヘルステック」や「ヘルスケア」として当たり前になる社会への一歩なのかなと感じます。
村上 今は女性の見えていない課題が圧倒的に多いので、そこにフォーカスしていますが、一人一人が感じる心や体の不調はさまざまなので、究極的には性別ではなく、個々人の事情に寄り添ったソリューションが理想なんですよね。ですから「フェムテック」「メンテック」という言葉にとらわれすぎるのではなく、「自分は今、どういう状況なんだろう」と確認することがすごく大事だと思います。
体調を管理できるアプリだったりウェアラブルデバイスだったり、気軽に使えるものは結構あるので、まずは自分の状況をトラッキングして、心や体に向き合ってみるといいのではないでしょうか。
本井 そう考えると、自分やお互いの体について知ったり、話題にしやすくなったりするサービスやプロダクトを提供することも、私たちにできることだなと感じます。私たちはメーカーなので、どうしてもプロダクト中心に物事を考えがちですが、フェルマータの皆さんとご一緒することで、フェムテック業界を俯瞰できるようになるんです。自分たちの立ち位置が見えて、どこに向かっていくべきなのかがより明確になるというか。
村上 ありがとうございます。 本井さんがおっしゃってくださったように、フェルマータは、企業やユーザーが迷いそうなときに必要な視点を提供したり、背中を押したりする役割を担うことも多いんです。また、さまざまな企業と協業し、広い範囲を見渡して市場創出に貢献するというミッションの性質上、個別のカテゴリをとことん深掘りするということをやりきれないときも多いので、同じ方向を見られて信頼できるパートナーが絶対に必要です。日本のセクシャルウェルネス領域において、TENGAヘルスケアほど突き詰められている企業はなかなかないので、私たちも頼りにしています。
▶︎続く後編では、カテゴリを超えてあらゆる人たちが心地よく過ごせる「ヘルステック」が当たり前になる社会に必要な視点について伺っていきます。
イラスト/三好愛 構成・取材・文/国分美由紀