竹田ダニエルさん連載「New"Word", New"World"」をまとめた書籍『ニューワード ニューワールド 言葉をアップデートし、世界を再定義する』に収録している対談を、WEBでも特別公開!

ジェンダーや人間関係にまつわる話題をコラムやPodcastで発信し、これまで多種多様な“恋バナ”にも耳を傾けてきた4人組ユニット・桃山商事。その代表で、『yoi』でも連載している文筆家の清田さんと、唯一の女性メンバーであるワッコさんをお呼びして、日本とアメリカの恋愛・人間関係の違いや共通点について語り合いました。

竹田ダニエル 桃山商事 対談

竹田ダニエル

ライター

竹田ダニエル

1997年生まれ、米カリフォルニア出身・在住。カリフォルニア大学バークレー校大学院在学中。エージェントとして日本と海外のアーティストをつなげ、音楽と社会を結ぶ活動を続ける傍ら、ライターとして執筆。文芸誌『群像』の連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』に続き、2023年秋に『#Z世代的価値観』(いずれも講談社)を刊行。

桃山商事

清田隆之、森田、ワッコ、佐藤を中心に活動するユニット。2001年の結成以来、人々の悩み相談や身の上話に耳を傾け、そこから見えるジェンダー、恋愛、人間関係、コミュニケーションなどさまざまな問題をコラムやPodcastで紹介している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』『どうして男は恋人より男友達を優先しがちなのか』(すべてイースト・プレス)など。Podcast番組『桃山商事』『オトコの子育てよももやまばなし』も不定期更新中。(ロゴデザイン/美山有)

日本とアメリカ、“恋バナ”や恋愛に対する価値観の違い

竹田ダニエル 桃山商事 清田隆之 恋愛

——まず初めに、桃山商事はどんなきっかけで活動がスタートしたのでしょうか? 

清田さん 結成したのが大学時代の2001年で、近隣に住む友人の佐藤と森田と一緒に、女友達から恋愛の悩みや失恋話をよく聞いていたのが始まりでした。それが珍しかったのか、「失恋の話を聞いてくれる男子たちがいるらしい」とクチコミで広まり、友達以外からも依頼がくるようになって。それで段々とまじめな活動になっていき、2011年から聞き集めたエピソードをメディアでアウトプットするようになりました。そこから本なども出させてもらえるようになって、2016年には知り合いだったワッコさんをスカウトし、今はPodcastの配信を中心に活動しています。

話しに来るのはシス・ジェンダー/ヘテロセクシュアルの女性が大半で、そこでは悩みの原因となっている男性の困った言動について聞くことが多いんですね。それで、「ひどい彼氏だな」「でも似たような話が多いな」「ていうか自分にも身に覚えがあるぞ…」という感じで他人事ではいられなくなり、その背景を考察するうちにジェンダーの問題に関心が広がっていきました。さまざまなエピソードを聞き集め、自分たちの体験談なども交えながら紹介していくのが基本的なスタイルで、これまで「恋愛とジェンダー」の話が中心でしたが、最近Podcastの番組をリニューアルするなど、今後はより幅広いテーマを扱っていけたらと考えています。

——ダニエルさんは友達やまわりの人と“恋バナ”をすることはありますか? アメリカと日本で恋愛に対する違いを感じることがあればぜひ知りたいです。 

ダニエルさん アメリカと日本とでは恋愛の形も“恋バナ”の形も全然違うと感じますね。アメリカにはポリアモリー(関係者全員の同意を得たうえで複数のパートナーと関係を築く恋愛スタイルのこと)を公表している人も少なくないですし、ジェンダーアイデンティティもセクシュアリティもかなり多様です。その分、恋愛の形もたくさんあって、オープンリレーションシップ(1対1のパートナーシップに囚われず、パートナー以外にデートやセックスなどをする相手がいる関係)、シチュエーションシップ(友達以上恋人未満や、つき合っていても、それを公にしない関係)、エクスクルーシヴリレーションシップ(正式につき合っているとは限らないが、ほかの人とは会わないでお互いだけにとどめる関係)など、本当に多様です。

いろんな関係性があるからこそ、コミュニケーションを重ねてお互いの条件を擦り合わせていかないといけないことは多いと思う。これから自分たちはコミットする関係を結ぶのか、ゆるいつながりを保つのかとか。そういうやりとりができず、ずるずるとシチュエーションシップを続けてる人もいるわけだけど。

ワッコさん そう考えると、日本って「つき合う」の形が概ねひとつしかない感じがします。オープンリレーションシップやポリアモリーであることを公表している人もそんなに多くなさそうだし。

清田さん 日本では「告白」が重視される傾向があり、「つき合う」以外はハッキリしない関係ととらえる向きもありますが、ちなみにアメリカのカルチャーでは、例えばつき合う前のカップルのあいだで「私たちの関係って何?」「そろそろこの関係について話しましょう」みたいな会話ってあったりするんでしょうか?

ダニエルさん 人それぞれなので一概には言えないですが、私のまわりのヘテロセクシュアルのカップルの場合だったら、デートを数回重ねて女性のほうから聞くことも多いんじゃないかという体感です。おそらく女性側からしたら「私は性的に搾取されてるのかも」という不安を払拭したいんだと思う。

ポリアモリーだとしても、パートナーに不満があれば話し合いをしたり、「私よりもあの人と一緒に過ごしている時間が多いことに、不安を抱えている」などと伝えて、よりよい関係を築こうとしている人も多いと聞きます。

清田さん なるほど…。これまで桃山商事で聞いてきた話でも、関係性をめぐる話し合いにおいては女性側から働きかけるケースが多く、男性は関係を曖昧なままにしておこうとする傾向があるように感じます。

ワッコさん 女性向けのファッション誌などでもいまだに「彼からプロポーズしてもらえるように仕向ける!」みたいな記事をやっていたりしますよね。何もしない男性にけしかける、みたいな。

ダニエルさん 日本では直接的なコミュニケーションを避けたがりますよね。

清田さん 話し合うことが苦手だったり、ネガティブな行為ととらえたりする人が多いのかもしれませんね。それで思い出したのは、2016年にヒットしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』です。多様なテーマを含む作品ですが、とりわけ“対話”や“議論”を重視していて、「たとえ親密な間柄であっても、他人同士擦れ違うのは当たり前だよね」「だから何か問題が発生した場合は話し合うことが大事だよね」ということに徹底的に向き合ったドラマだったように思います。あの作品がセンセーショナルに受け取られたのも、直接的なコミュニケーションを避けるカルチャーと無関係ではないはずですよね…。

“恋バナ”という言葉自体が恋愛至上主義的? 時代の変化と恋愛の関係

竹田ダニエル 桃山商事 清田隆之 恋愛 コミュニティ

清田さん ダニエルさんの本を読んでいると、アメリカには関係性や状態を表すさまざまな言葉があって、話し合うための道具がたくさんあるんだな…とつくづく感じます。それだけ関係性のあり方が多様ということなのだと思いますが、一方の日本では、「つき合う=オールインワン」という感じがする。

昔インタビューしたナンパ師の男性がこんなことを言っていました。いわく、「出会ったばかりの女性とセックスしたかったら『つき合おう』って言えばいい」、と…。いったんつき合う関係になってセックスをして、「ごめん。やっぱ別れよう」って言えば問題ないとナンパ師は豪語していました。

なんともひどい話ではありますが、そこにはおそらく、「つき合う」の中にさまざまなアクセス権が含まれるという背景があるのではないか。セックス“だけ”をするのはナシだけど、つき合っているならセックスもアリ…みたいな心理をナンパ師は巧みに利用していたのだと思います。

ダニエルさん それってつまり、女性にとって「つき合う」ということのバリューがすごく高いということですよね。「彼氏が欲しい」みたいな言葉って、どういう人とつき合うのかというよりも、パートナーがいること自体が大切なのかな?って思っちゃう。男女でそこにどういう差があるのかには興味があります。

ワッコさん 「彼氏が欲しい」って実はざっくりした言葉なのかもしれませんね。具体的にどんな欲求が含まれているのかは人による。ダニエルさんのおっしゃるように「彼氏がいる自分になりたい」なのか、「セックスできる相手が欲しい」なのか、「結婚して一緒に子育てができるパートナーが欲しい」なのか。もしくはその全部なのか。

ダニエルさん アメリカでは特にZ世代のあいだで結婚・出産に対する憧れが薄れてきています。環境や政治が不安定で将来への不安も大きくなっているから、一人の人とコミットして“つき合う”よりも恋愛の楽しいところだけを摂取したいという人、もしくは厳しい社会を生き抜くためにパートナーを探したい人、このふたつに二極化しているなと思うことがあります。

清田さん サバイブするためのパートナー探し?

ダニエルさん 家賃や物価は高いし雇用も不安定で、一人で生きていくのがハードすぎるから、厳しい社会を一緒に生き抜ける人をパートナーや恋愛相手に求める、現実思考の人もいるんですよね。だから、そういう人はつき合ってから同棲するスピードも早いんですよ。

清田さん なるほど…。2017年に桃山商事として『生き抜くための恋愛相談』という本を出したんですね。アラサー世代の女性から寄せられた恋愛相談に回答していく内容なのですが、恋愛の悩みを通して浮かび上がった問題が、社会をサバイブするためのツールにもなりうると考えてつけたのがそのタイトルでした。あれから7年経ちましたが、「生き抜く」という言葉がリアルな“生存”に直結してきているとは…。

自分はここ4年ほど女子大で非常勤講師をしているのですが、学生たちの話を聞いてると、日々の不安が将来の不安と直結しているような印象があります。家賃や奨学金の心配、カツカツの生活費、課題やバイトで埋まる毎日。人間関係ではミスが許されず、SNSではさまざまな言説に煽られ、就職できるかもわからず不安だらけで、メンタルに不調をきたしてしまったという話もよく耳にする。そういう中にあっては、確かに恋愛に求めるものも変わってきているかもしれません。ただ、社会構造から受ける影響はまだまだ男女で差があるというのが現状で、そこから生じる溝やすれ違いも大きいという…。

ダニエルさん 女性がいくら男性と平等に人間関係を結びたいと思っていても、女性のことをアクセサリーかお手伝いさんかお母さんのようにしか思ってない男性も、まだまだ多い。それがすごく不均衡だなって思う。

清田さん シス・ヘテロという“マジョリティ男性”である自分が他人事のように言える問題ではないのですが、女性たちの話を聞いていると、「もはや男に期待してない」というムードがひしひし伝わってきます。例えばワッコがよく言ってる“おなマン”の話もそれに通じるものがあるよね。

ワッコさん それは「同じマンションに住む」って意味の造語なんですが、結婚とかではなく、気の合う女友達と近所に住んで、生存確認し合いながら自由に生きていくほうがよっぽどリアルな選択肢じゃないかって思うんですよね。

ダニエルさん アメリカにも「mommune(モミューン)」といって、シングルマザーのグループが一緒に暮らすことができるコミュニティがあります。考え方は似てるかも。男性を介在させずに、子育てや家事を分担してお互いをサポートしながら生活する場が少しずつ広がっているんです。

—— 桃山商事のお二人も、人間関係において恋愛よりもほかの関係を大事にするという動きに共感する部分はありますか?

ワッコさん そうですね。恋愛もコミュニケーションや人間関係のひとつ、という感じがしていて。無理してするものではないんじゃないかと思うようになりました。桃山商事の肩書きも最近まで「恋バナ収集ユニット」だったのですが、恋愛至上主義っぽい感じが気になってきて。恋愛がメインテーマだったPodcastも装い新たにリニューアルしたところでした。

清田さん 恋愛には人間関係を壊してしまうリスクが伴うし、そこにかかるコストやエネルギーもバカにならない。みんな日々をサバイブするのに精一杯という状況にあっては、恋愛がある種の“贅沢品”というか、若干ハードルの高いものになりつつあるのは確かだと感じます。

コロナ後のマッチングアプリ事情

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—— ダニエルさんは、アメリカのZ世代的な価値観での恋愛について、過去のインタビューでカジュアルデーティングやシチュエーションシップといった関係性が増えてきているとおっしゃっていました。取材時の2023年6月から月日が経ちましたが、改めてアメリカでの恋愛事情について現状を教えていただけますでしょうか?

ダニエルさん 当時、コロナ禍直後で出会いの場がなかったから、マッチングアプリが人気でした。手軽に新しい人と出会えるし、コミュニケーションのリハビリみたいな感じで盛り上がってたけど、それも2023年ぐらいまでの話。今はアプリ側がより利益を求めるようになって、ユーザーが課金しないといい人とマッチングしづらい仕様になっているから、まわりでもマッチングアプリ離れが進んでると感じます。

ワッコさん それ、私も最近まわりの人と話してたんですよ…! 「無課金だと、アプリ上で自分のプロフィールが表示されづらくなっているんじゃないか」と言っている友達もいました。

ダニエルさん 日本でも仕様変更があるのかもしれないですね。アメリカでアプリ離れが進んでいるのは、実は女性側が多いそうなんです。例えばアメリカで人気の『Hinge』というアプリには、顔写真を掲載するだけでなく、パーソナリティや嗜好についても色々な項目を選べて、「最高の日曜日の過ごし方」とか「今までに受けた最高のアドバイス」みたいな質問とそれに対する自分の答えを表示するような選択肢もある。

理想の相手を見つけるのに役立つそうなんですが、女性側はきちんと書いて自己開示してるのに、男性側はすごく薄い内容しか書いていない、という話がSNSで愚痴として盛り上がりがち。また、女性に性的な言葉を送りつけるだけで人として見ていなかったり。

問題はアプリの外にもあって。アメリカの場合は今、男性の孤独問題が深刻になっているんですよね。若い男性の中には、自分たちの雇用が不安定になったり、なかなか彼女ができなかったりするのは女性の社会進出のせいだと勘違いしている層もいて、右派インフルエンサーの影響もあって「女は主婦になるべき」と一部で急激に右傾化が進んでいる。一方、女性の大半は社会の性差別をはじめとした不条理に気づいてラディカライズされつつあるから、そこで大きな差が生じる。日本の場合はどうですか?

ワッコさん SNSを見る限りですが、婚活界ではまだ、年収や筋肉量の多い男性が人気で、そういう層の男性に好かれそうな女性を目指すことをよしとするカルチャーが根強いのかなと思いますね。そのカルチャーに嫌気がさしている人は男女関係なくいるんじゃないかと。私もマッチングアプリユーザーですが、そういう“ザ・婚活的価値観”が苦手な人たちとだけ仲良くなれました。知り合った男性の中に「孤独を飼いならすためにいろいろ模索している」と言ってる方がいて。ダニエルさんのおっしゃっている孤独問題にもつながってくるなと聞いていて思いました。

清田さん 男性の孤独は自分としても興味深い問題で、以前トークイベントでもテーマにしたことがありました。その背景には能力主義や自己責任などを過度に押しつけてくる新自由主義的な社会構造が関与しているように思えてなりませんが、なぜかネガティブな感情の矛先が女性に向かってしまうことがままある。不安や寂しさがこじれ、それが被害者意識に転じてしまう、というか。女性を憎みつつ女性からのケアを欲するというのは、いわゆる「ミソジニー」の典型ですよね…。

ダニエルさん 私のまわりの友達の中にも、相手と親密な関係を築かず身体的な関係で終わらせようとする人は一定数います。“ケア要員”としていろんな相手を消費はするけど、関係性にコミットしたくない。なぜ、コミットしたくないのかといえば、将来が不安でこれからどうなるかがわからないから。結婚や出産を目標にしている人が少ないから、つき合う意味もよくわからない。だから、アプリは暇つぶしで、かつその時々の孤独を拭うためや不安解消のために用いられているのかもしれません。

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画像デザイン/前原悠花 構成・取材・文/浦本真梨子 企画/木村美紀・種谷美波(yoi)