「自分のしんどさを誰かに話すことで、相手にもしんどい思いをさせてしまうかもしれない」。

他者への配慮から、しんどい気持ちをぬいぐるみに語りかける学生たちを題材にした、映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』。通称「ぬいサー」と呼ばれる大学のぬいぐるみサークルを舞台に、それぞれがしんどさ、生きづらさを抱える学生たちの友情や葛藤を描いています。

俳優の新谷ゆづみさんが同作で演じる白城ゆいは、主人公の七森剛志、麦戸美海子ととに「ぬいサー」に入部する新入生。先輩に対しても物怖じしない、はつらつとした明るさを放ち、たくましく生きるキャラクターです。

恋愛感情を持ったことがなく、“男らしさ・女らしさ”という概念を苦手とする七森に、あるでき事を目にしたショックから自宅にこもってしまう麦戸。多様なキャラクターの視点を通じて本作が問いかける、“やさしさ”の定義や他者を受け入れる意義を、新谷さんに投げかけてみました。

新谷ゆづみさん

俳優

新谷ゆづみ

2003年7月20日生まれ、和歌山県出身。2014年、少女漫画雑誌『ちゃお』のモデル「ちゃおガール」としてデビュー。2016年5月にアイドルグループ・さくら学院に加入し、活動をスタート。2018年に同グループを卒業し、俳優業を本格化。2019年、『さよならくちびる』で映画デビュー。映画『小説の神様 君としか描けない物語』や『望み』(ともに2020年)を経て、2022年に『麻季のいる世界』で映画初主演を果たす。現在公開中の映画『わたしの見ている世界が全て』にも出演している。

受け入れることが、彼女の強さであり“やさしさ”だった

新谷さん演じる白城ゆいは、「ぬいサー」に属しながらも、ぬいぐるみに話しかけることはしない唯一の部員。また、たくましく生き抜くためには、セクハラ的コミュニケーションや性差別をも「受け入れなければいけない」という考えを持っています。そんな彼女を、新谷さんはどのような思いで演じたのでしょうか?

――映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は、同名の小説が原作。原作を読んだときの第一印象や、白城を演じることで抱いた感情・感想を教えてください。

主人公の七森がたまらなく愛おしかったです。ぬいぐるみと会話する部分を含めて、一般的には不思議というか、ちょっと変わってるよね、って言われがちな行動をとるんですが…私にはそれらが、七森の心のやさしさとして伝わって。(細田)佳央太さんが演じる七森に会うのが楽しみでした。

七森とは真逆な性格の白城を演じましたが、私自身は、七森に共感することのほうが多かったです。でもだからこそ、すごく客観的に分析できたという点で、私は白城役でよかったなと思いました。また、白城として七森と接することで、“他人の目に、私はこういうふうに映っているのか”と、自分のことも客観視できたことも学びにつながりました。

七森と白城

考え方も性格も真逆のキャラクターである、七森(左)と白城(右)。

――セクハラ的コミュニケーションや性差別に憤ることはなく、受け流す白城。彼女の思考や言動の理由をどう理解し、役作りを行いましたか?

私にとって白城は、人々が日常で意識せずに抱いている差別的な感情や思想を、“しかたのないもの”として素直に受け入れる女性。そう割りきれる彼女は、わかりやすく繊細な七森や麦戸と比べると一見やさしそうには思えないのですが、いろんなことを飲み込んで受け入れることもまた、“やさしさ”なんですよね。彼女なりにいろんなことを考えて、彼女らしい“やさしさ”を持っている。そんな白城のよさを表現したいと意識して演じました。

新谷ゆづみさん

相手の世界を壊さないために。自分の思いを伝えないことも“やさしさ”

登場人物たちの行動や独白を通して、さまざまな形の“やさしさ”が描かれる本作。そのなかでも印象的なのは、「ぬいサー」の部員たちがお互いに穿鑿・干渉せず、頼り合うことはないということです。“人にかかわらない” “人に自分の思いを伝えない”ということがどんな“やさしさ”を持っているのか。「自分は七森と似ている」と語る新谷さんは、どのように思っているのでしょうか?

――「ぬいサー」の部員たちは、互いに干渉し合わないという“やさしさ”を持っているのが印象的でした。新谷さんは人と接するうえで、どんなことを大切にしていますか?

何よりも、相手の意見や考えを否定しないことを気をつけています。否定することで傷つけてしまうんじゃないか、という不安もありますし、そもそも人それぞれが感じることや考えることは、何が正しくて何が間違っている、なんてことはないと思っているから、というのもあります。

もちろん、私とは違うな、と感じることはありますよ! でも、その人にはその人の世界があって、それを壊したくない気持ちのほうが強い。本当によくないことをしていたら、いつか自分で気づく機会があるはずですし。あまりにも破天荒なことや、法に触れるようなこと以外は、口出ししたくありません。

――新谷さん自身も、他人にアドバイスされるのは苦手ですか?

苦手ではないのですが…あまり響かないアドバイスは、無意識に流しているような気がします。そのせいか、よく人から“頑固だよね”と言われます(笑)。

――ぬいぐるみサークルの部員に共通するのが、「人を傷つけないために、ぬいぐるみに悩みや感情を打ち明ける」という行動。新谷さんは、他人に悩みを相談しますか? また、「悩みを相談する=聞く相手を傷つけるかもしれない」と感じたことはありますか?

私自身も同じような理由から、あまり人に相談しないタイプです。相談するという行為は、相手に考えさせて意見を求めること。答えを導き出すために考えるのって、とてもエネルギーを要するので…仕事などで疲れているかもしれない相手を、さらに疲れさせてしまうのは申し訳ないな、って考えちゃいます。

人の意見を知ることも大事だとは思いますし、悩みを言葉にして共有することも大切だとは思う。でも他人に自分の話をすることが得意じゃない私は、相談することでさらにストレスが増してしまうんです。

人の悩みを相談されることは、相手の考えを深く知ることができるのでむしろ好きなのですが、自分が相談する側となると別の意識が働いちゃう。不思議ですよね。

新谷ゆづみ「たとえわかり合えなくても、何も知らないままよりいい」【映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』スペシャルインタビュー】_4

自らのつらい気持ちを人に話すことが苦手なサークルメンバーにとって、「ぬいサー」は心の拠り所になっている。

――つらいことや悲しいことがあったときは、一人でどのように対処し、解消していますか?

とことん考えて解決しています。答えが見つかるまでは、別のことをしているあいだも、ずーっと考えていますね。考えないように意識すると苦しいので、考えたいだけ考えます。頭の中で、ぐるぐると言葉が流れている感覚は、「ぬいサー」のみんなが、ぬいぐるみと話す感覚と似ているかもしれません。

考えることに疲れて、ちょっと頭を休ませたいな、と感じたときは、決まってお香を焚きます。香りのよいもの全般が好きなのですが、なかでもお香は、心がとても安らぐんです。おばあちゃんの家の匂いを思い出すからかな。日頃から買い集めていて、その日の気分に合った香りを選んでいます。集中力が増す効果もあり、台本を読むときにも焚いています。

新谷ゆづみさん

たとえわかり合えなくても、何も知らないままよりいい

本作では、白城と麦戸という性格も考え方もまったく違うキャラクターの交流が描かれるのもみどころのひとつ。自分とは違う人間を受け入れ、よい関係を築くために、新谷さんが心がけていることとは?

――白城が心を通わせるキャラクターの一人、麦戸は、性暴力やセクハラの被害者が我慢しながら生きる社会に絶望し、心を病んで自宅にこもってしまいます。現代社会に生きる女性像を、あえて両極端から描いた目的を、どのように考えますか?

両極端な発想を持つ白城と麦戸が心を通わせる姿には、お互いをわかろうと努力することの大切さが込められていると感じます。世の中にはさまざまな考え方があり、すべての人がひとつの意見に同意することはあり得ないですよね。意見の異なる相手を、“私とは違う!”と突き放すことは簡単。でも、それぞれがなぜそう思うのか、理由を共有して受け入れ合えたら、もっと素敵だなと思います。

――異なる意見を理解するために、新谷さんが意識して行なっていることはありますか?

相手を発言や行動だけで判断せず、内面に目を向けるようにしています。すべてを理解することは無理だけど、理解しようとするだけで、自分も相手も気持ちがやわらぐような気がして。最終的にわかり合えなくても、何も知らずに背を向け合うよりは、ポジティブな行動だと思います。

とはいえ、わかり合うためには相手の努力も必要。相手にその気がない場合は、無理に受け入れてもらおうとせず、“私とは違う性質の人なんだな”と割りきっています。“なぜわかってくれないんだろう?”と追及してしまうと、お互いにしんどいので。その人には受け入れてもらえなくても、受け入れてくれる人は必ずいます!

新谷ゆづみさん

二十歳になるのが楽しみ! フレッシュな気持ちで再出発したい

――昨年は、映画に初主演されるなど、俳優として大きく躍進した1年だったかと思います。これからの目標や、挑戦したいことなどを教えてください。

今後も引きつづき、お芝居を通じて何かを伝えることを続けたいと思っています。どんな作品であれ、私らしく役を演じることが目標。これまではおもに学生の役を演じてきたので、そろそろ社会人の役にもチャレンジしたいですね。7月には二十歳という人生の節目を控えており、すでにドキドキとワクワクを感じています。小学生の頃から、二十歳になったらどんな人生を歩んでいるんだろう? と考えていたので。20代としての人生を楽しみに、フレッシュな気持ちで再出発したいです。

新谷ゆづみさん

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新谷ゆづみ「たとえわかり合えなくても、何も知らないままよりいい」【映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』スペシャルインタビュー】_8

映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
「おもろい以外いらんねん」「きみだからさびしい」をはじめ、繊細な感性で話題作を生み出しつづける小説家・大前粟生氏による同名の短編小説を映像化。京都のとある大学の「ぬいぐるみサークル」を舞台に、“男らしさ”“女らしさ”のノリが苦手な大学生・七森(細田佳央太)、七森と心を通わす麦戸(駒井蓮)、そして彼らを取り巻く人びとを描く。

4月14日(金)より 新宿武蔵野館、渋谷 ホワイト シネクイントほかロードショー
製作・配給:イハフィルムズ
監督:金子由里奈
脚本:金子鈴幸、金子由里奈
原作:大前粟生
出演:細田佳央太、駒井蓮、新谷ゆづみ、ほか
公式HP:https://nuishabe-movie.com/

©︎映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

取材・文/中西彩乃 撮影/浜村菜月(LOVABLE) ヘアメイク/坂本志穂 スタイリスト/世良 啓 企画・編集/木村美紀(yoi) 衣装協力/ToU I ToU SERAN