「とっても難しかったです。悩み出すとキリがないから、途中から考えるのをやめました」

日本を代表する名俳優として、作品も役柄もいっさいの枠に収まらない活躍を続ける黒木華さんにそう言わしめた役の名は、「おきく」。江戸時代末期の江戸を舞台にした『せかいのおきく』の主人公である彼女は、武家育ちで溌剌とした雰囲気の持ち主。物おじしない発言力が持ち味ながら、喉に負った傷により声を失ってしまいます。

ショックから自宅に篭るおきくが、再び世に出て、人々と心を通わせる様子を描いた本作。江戸時代には手話がなかったことから、黒木さんは、おきくが想いを伝えるためのジェスチャーを自ら考案して演じたそう。

言葉以外にも、想いを伝える方法はたくさんあるんだ。そんな気づきを与えてくれる、おきく役を演じた黒木さんへのインタビューのテーマは、コミュニケーション。人との会話で意識していることや、コロナ禍に気づいた人と会えることの尊さ、悩みとの向き合い方など、自身の経験と学びを交えながら語ってくれました。

黒木華さん

俳優

黒木華

1990年3月14日生まれ、大阪府出身。2010年、野田秀樹氏作・演出のNODA・MAP番外公演『表に出ろいっ!』でデビューする。2013年、『シャニダールの花』や『舟を編む』での演技が高く評価され、日本アカデミー賞やブルーリボン賞など日本の主要映画賞で計7つの新人賞を受賞。翌年、23歳の時に『小さいおうち』で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞する。その他の代表作は、『リップヴァンウィンクルの花嫁』、『日日是好日』、『凪のお暇』、『イチケイのカラス』など。現在、『ヴィレッジ』が公開中。

相手の目や表情を見ているからこそ、生まれる表現がある

想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_2

<目の前の人とのコミュニケーション>
侍に喉を切られたことにより、
声を失ってしまうおきく。
人との接触を避けて自宅に篭るなかで、
かつて読み書きを教えていた
子どもたちに説得されて、ついに外へ。
身振り手振りで会話する術を学んでゆく。

――本作の舞台である江戸時代末期には、まだ手話がなかったため、監督より「あなたが思う身振り手振りでやってもらっていいですか」と頼まれたそうですね。ジェスチャーのみで想いを伝える作業は、いかがでしたか?

とっても難しかったですね。まず、江戸時代を生きていないから、その時代の人々がどんなしぐさをしていたかがわからない。“この動作って現代っぽくないかな?”と考えてしまって。着物を着ている分、動きが制限されるので、その点も意識しました。

ジェスチャーを考えるプロセスとしては、言語が異なる人とコミュニケーションを取るのに似た感覚でした。特に表現するのが難しかったのは名詞。例えば“せかい”は、宙を仰ぐような所作で表現すると、空とも天井とも取れる。単語ひとつでも難しいのに、それをつなげて文章にしようとすると、ますます頭を抱えてしまい…キリがないので、途中からあまり考えないようにし、感覚のままに演じました。

想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_3

――俳優という職業柄、身振り手振りや表情などのセリフ以外の表現で、想いを伝えるために大切にしていることはありますか?

あまり表現しようと思っていないかも。こうしよう、ああしよう、と考えると、余計な所作が増えて不自然になってしまうんです。自分が発するよりも、相手の目や反応を見て、その人が何を伝えたいのか、どんなことを表現したいのかを、察しながら動いているような気がします。

――その意識は、お芝居以外でのコミュニケーションにも共通していますか?

そうですね。幼い頃から、“人の目を見て話しなさい”と教えられてきたので、相手が何を思いながら喋っているのかはつねに意識しています。特に、こういった取材もそうですけど、相手は私の、私も相手の、お互いの性格や本質を知らない場合に、私独自の感覚を相手に伝えるのって難しいですよね。共通言語がないから。

「いやいや」という咄嗟の反応ひとつでも、すごく否定的に捉える人もいれば、好意的に受け取る人もいたりと、相手の性格によって受け取り方はさまざま。私を熟知している家族や友達ならばまっすぐに伝わることも、相手が他人ならば誤解が生まれてしまうかもしれません。そのうえで、どんな言葉を選べば誤解が生まれないか、そして、その言葉で伝わらない場合はどう補足するべきかを、考えながら話しています。

相手の表情を見ていると、関心も不安も瞬時に伝わってくるんです。ただ、続けて見つめられると人は威圧感を感じるらしいので、適度に目を逸らすようにしています。

想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_4

自分の行動や伝え方を変えることで、コミュニケーションがうまくいくことを知りました

想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_5

<行動を通してのコミュニケーション>
おきくの住む長屋を担当する下肥買いの中次。
二人は頻繁に顔を合わせるようになり、
お互いに特別な感情を抱きはじめる。
おきくは自分の想いを伝えるために、
雪の降るなか、彼の住む家まで会いに行く。

――おきくを演じて得た、コミュニケーションにおける新たな学びや発見があれば教えてください。

現代はSNSやメールなど、伝える手段にあふれていますよね。それにもかかわらず、といいますか、だからこそなのかな。いつでも簡単に連絡が取れるからこそ、今じゃなくてもいいか、と不精になっていた自分に気づきました。会わなければ伝えられない、おきくの暮らす江戸時代は大変さもあるけれど、現代にはないよさもあると感じます。

――想いを伝えるために会いに行く、という行動は、劇中でおきくが中次に示す愛情表現のひとつですね。誰かのために何かをする、という行動を通して気持ちを伝えることの大切さを実感したことはありますか?

休みが取れると大阪に住む両親や友達に会いに行くんですけど、コロナ禍では、それができなくって。ようやく会いに行けるようになったときに、改めて、面と向かって話せることの尊さを実感しました。

先日も仕事で大阪に滞在していた際、何年振りかに地元の友達と会えて。会えないあいだもLINEで連絡は取っていましたが、彼女の子どもたちの成長ぶりを目の当たりにし、知らぬ間にすごい時間がたっていたんだな、と驚きました。気心の知れた友達と近況報告をし合うことで、仕事をしているときとは違った自分の時間を持てたといいますか。同じようにコミュニケーションを取るのでも、会うか会わないかで充実度がまったく違いました。

――中次とは身分が異なるため、声を失う前にも会話は多くありませんでした。それでもおきくが中次にひかれた理由を、どのように理解して演じましたか?

中次のまっすぐさじゃないかな。仕事やおきくに対してもそうですけど、そもそも生きることに対して素直でまっすぐなんですよね。おきくは声を失ったあとも耳は聞こえるのに、中次はあえて、おきくと同じように声を出さず、身振り手振りだけで自分の愛情を伝えてくれた。そんな彼の真摯さ、そして生きるうえでの力強さにひかれたのではないでしょうか。

想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_6

――“声を使わない”という行動を通して、おきくを大切に想う気持ちを伝える中次のまっすぐさが印象的でしたね。黒木さんご自身は、大切な人への想いをストレートに伝えるほうですか?

思ったことは、きちんと伝えたいので「ありがとう」や「好き!」は伝えますね。ただしネガティブな意見の場合は、相手を傷つけないように気をつけています。相手を否定せずに、私はこう思う、と自分の意見として伝えますが、その時々で見極めて、言わなくていいことは言わない。正論は人を傷つけると、経験から学んだので(笑)。

――その学びについて、詳しく教えてください。

私の場合、言い争いになると冷静に淡々と詰めてしまうから、相手は逃げ場がなくなっちゃうみたいで。友達から相談を受けているときもそう。私は「こうしたらいいんじゃない?」とアドバイスしていたけど、ほとんどの人は、ただ聞いてほしいだけだと知りました。

結局、行動に移して自分を変えるかは相手次第ですから。それに、恋人であれ、友達であれ、他人だから性格も育ってきた環境も違う。自分と考え方が違って当然だし、それを受け入れなければいけないと、33年かけて少しずつ理解してきました。

いい意味で、適当に。人生の変化を楽しんでいきたい

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<自分自身とのコミュニケーション>
自宅に一人で篭るなかで、じっくりと時間をかけて、
首の傷や声を失った事実を受け入れていくおきく。
ようやく外へ出る決心がついたとき、
その表情には、苦悩を乗り越えたような清々しさが。

――つらい経験をしたときや悩みを抱えているとき、黒木さんは、どのように解消・解決していますか?

なるべく忘れるようにします。もともとネガティブ思考なこともあって、落ち込むと、悪い方向にしか考えられなくなってしまうんです。なのでいったん、おいしいごはんを食べたり、自分の好きなことに触れたりして、心を通常の状態に戻す。冷静になってから向き合うと、案外、なんでもないことだったりするんですよね。

――本作のタイトルにちなんで、黒木さんご自身の“せかい”が大きく変わった瞬間や経験はありますか? また、環境の変化を感じたときに心がけていることがあれば教えてください。

俳優の仕事の始まりとなった野田(秀樹)さんの舞台や、『小さいおうち』で海外の賞を受賞したことなど、節々にありますね。モットーは何事も楽しむこと。実際に過去を振り返ると、楽しいことしか思い浮かばないですし…つらかったな、と感じることはあまりないかも。

――“何事も楽しもう”をモットーに掲げるようになったキッカケは?

母との会話から学んだといいますか、育てられながら影響されたんだと思います。母は、すごいポジティブなんですよ。昔は私とは真逆だな、と思っていたけど、年を重ねるごとに母と思考が似てきて。不思議ですよね。30代になってから、いい意味で、適当に生きられるようになってきました。

それと、年齢とともに経験を重ねてきたことも要因のひとつ。経験値が増えれば、あらゆる場面で取るべき行動や選択肢がわかるようになりますよね。20代はがむしゃらに頑張るしかなかったけど、頑張るだけじゃダメなんだ、とも気づけましたし。タフになったといいますか、図太くなった(笑)。年の功ですね。だから私は、年を重ねることが好きです。

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想いを伝えるのは“言葉”だけじゃない。黒木華が演じる「おきく」が教えてくれた、コミュニケーションの温もり【映画『せかいのおきく』スペシャルインタビュー】_9

映画『せかいのおきく』
舞台は江戸時代末期の江戸。おきく(黒木華)は武家育ちでありながら、現在は寺子屋で子どもたちに読み書きを教えつつ、父(佐藤浩市)と2人で貧乏長屋に暮らしている。ある雨の日、厠に駆け込み、ひさしの下で雨宿りをしていた、のちに下肥買いになる紙屑拾いの中次(寛一郎)、下肥買いの矢亮(池松壮亮)と出会う。つらい人生を懸命に生きながら、次第に心を通わせていく3人。しかし、悲惨な事件に巻き込まれたおきくは、喉を切られて声を失ってしまう。

4月28日(金)より全国公開
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
脚本・監督:阪本順治
企画・プロデューサー:原⽥満⽣

出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司ほか
公式HP:http://sekainookiku.jp/

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取材・文/中西彩乃 撮影/干田哲平 スタイリスト/梅山弘子(KiKi inc.) ヘアメイク/新井克英(e.a.t...) 企画・編集/木村美紀(yoi) 衣装/ドレス ¥137,500・ネックレス¥59,400・ブレスレット(ゴールド)¥29,700・ブレスレット(シルバー)¥29,700  全て sacai (03-6418-5977 sacai.jp