マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第2回は、2023年11月2日に第6巻が発売となる『氷の城壁』。作者の阿賀沢紅茶さんにお話を聞かせていただきました。

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●『氷の城壁』あらすじ●
人と接するのが苦手で、周囲との間に壁を作っている小雪。高校では他人と深くかかわらず過ごしていたが、なぜかぐいぐい距離を詰めてくるミナトと出会い──。孤高の女子・小雪、クラスの人気者・美姫、距離ナシ男子・ミナト、のんびり優しい陽太。凸凹な4人のもどかしい青春混線ストーリー。

性格も価値観も違う4人の化学反応

──『氷の城壁』は、スマホなどでスクロールして読む「縦スクロール」や「ウェブトゥーン」と呼ばれる形式で描かれたマンガです。口コミで人気が出て大ヒット作となりましたが、そもそものアイデアはどのようなものでしたか?

はじめは趣味で描いていたのでうろ覚えなんですけど、お話よりも、違うタイプの子たちが一緒にいるときに生まれるバランスみたいなものが頭にあったと思います。小雪と美姫みたいに性格も価値観も全然違う子同士が仲良かったり、合わない子と対峙したときにどういうふうになるかな?と。

氷の城壁 阿賀沢紅茶 コミック 集英社 マーガレット-1

©︎阿賀沢紅茶/集英社

──メインの4人はどのように生まれたんですか?

つり目でクールな雰囲気の女の子が好きなので、まず小雪を描いて。次に正反対の女の子を考えました。男の子は、おっとりした子と、ちょっとずる賢さもあるような子。そうやって凸凹な4人の関係性から描きはじめたのが、『氷の城壁』でした。

──タイトル通り、物語が進むにつれて、それぞれが持つ心の壁が見えてきます。

実はタイトルの動機は、投稿したアプリの作品募集のテーマが「冬の恋愛マンガ」だったからなんですよ。どうにかして冬っぽさを出そうとして「タイトルに氷を入れとくか」とか「主人公の女の子は冬っぽい名前にしよう」とか、よこしまな気持ちでつけました(笑)。

──入学してから時間がたち、冬になっても友達がいない状況からはじまる第1話はすごく印象的なので、結果オーライですね(笑)。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

「誰かが見てくれたらいいな」と描きはじめた

──最初は趣味で描いていたとおっしゃっていましたね。

自分がマンガ家になるなんて考えたこともなかったんです。マンガを投稿できるアプリがあって、「誰かが見てくれたらいいな」と『氷の城壁』を描きはじめました。そのアプリが終了してしまったので「LINE マンガ インディーズ」に移ったら、投稿作を編集者に読んでもらえるという集英社とのコラボ企画があったんです。軽い気持ちで応募したら、特別賞をいただきました。

──マンガの発表や投稿方法にも新しい波が来ているのを感じます。

賞をいただいたものの、私はとにかく『氷の城壁』を完結させたかったんですよね。それでLINEマンガの公式連載にしていただいて、最後まで描かせてもらいました。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

──『氷の城壁』は初めてのオリジナル作品だそうですが、もともと絵を描くのがお好きだったんですか。

はい。学校は普通科で、まわりに絵を習っている友人もいなかったので、ずっと「絵がうまい子」って扱いをされてきたんですよ。賞をいただいたときに、ストーリーを褒められて「絵が魅力的になるように頑張りましょう」ってコメントをいただいて、初めて「おや!?」って(笑)。絵を描く人たちの身近で暮らしていなかったからこそ、いきなりマンガを描いたりできたのかもしれません。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

「描けてたんだな」とほっとした瞬間

──繊細でリアルな心理描写は『氷の城壁』の魅力のひとつ。心に残るシーンはありますか?

序盤はまだ読者の反応がわからない状態で描いているので、「派手な出来事がまったく起きないけれど、本当に伝わるのかしら」と思いながら描きためていました。25話で、小雪が言葉に詰まって、のどのあたりがぎゅーっとなって泣きそうになるシーンがあります。この話を世に出して「わかる!」って反応をいただいたときに、「描けてたんだな」とほっとしました。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

──心情をリアルに感じるのは、季節感が丁寧に描かれているからということもあるかもしれません。

「季節が変わったな」って思う瞬間が好きなんですよね。それを共感できる人がいるってすごく素敵なことで。高校って3年間しかなくて、巡る季節の回数にも限りがあるから、大人以上に記憶と結びついている。その感覚を描きたいと思っていました。

──物語の終盤には、美姫と陽太が秋を感じる名シーンもありますね。

私も好きなシーンです。ちょうど今、単行本にするために『氷の城壁』を横組みに直してもらっているんですが、時間もたっているし、横組みで読むと新鮮で。自分でも「いい回だな」と思いました(笑)。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

──縦スクロールのウェブトゥーンと横組みのマンガは、描かれていてどんなふうに違いますか?

縦スクロールにはページや長さの制約がないので、思い浮かんだ順に並べるだけでいいんですよ。『氷の城壁』はモノローグが多いんですけど、縦スクだと文字を少し離すだけでテンポが作れる。そこは描きやすいし、読みやすいんじゃないでしょうか。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

人と比べることなく、みんなそれぞれ健やかに

──ウェブトゥーンならではの表現で、小雪が自分をカエルにたとえるシーンも忘れられません。スクロールしていくとカエルが水槽から外に出て、世界が明るくなる。

感情的には重いけど絵柄的にはふざけていて、私も好きです。シリアスな状況でも絵に笑いどころがあるとほっとしますよね。ミナトの飼っているポメラニアンのポン太も、いるだけで画面が緩くかわいくなるので重宝しました(笑)。

──それでは最後に、yoi読者にメッセージをいただけますか。

20代から30代にかけてって、人生の分岐が多い時期だと思うんです。就活があったり、結婚する人がいたり、「もうそんなに出世してるのか」みたいな人も現れたり。学生のときは横並びだったのに、それぞれが違う人生を歩みだす。だからこそ、もう本当に人と比べることなく、みんなそれぞれ健やかに生きていきましょうねって思います。

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©︎阿賀沢紅茶/集英社

阿賀沢紅茶

漫画家

阿賀沢紅茶

あがさわ・こうちゃ●2020年に集英社少女マンガグランプリで特別賞を受賞し、ウェブトゥーン『氷の城壁』でデビュー。現在は、「少年ジャンプ+」にて、付き合いたての高校生カップルを描く『正反対な君と僕』(隔週月曜更新)を連載中。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

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『氷の城壁』 阿賀沢紅茶 ¥990/集英社

取材・文/横井周子  構成/国分美由紀